【リフレーミング】弱点を「最強の武器」に変換する 4/5
「ノアくん。今こそ、あなたの『最強の武器』の出番じゃないですか?」
アリサの言葉に、ノアはビクッと肩を震わせた。
ギルドの入り口では、『銀の天秤』のリーダーが頭を抱えて絶望的な声を上げていた。
「くそっ、誰か! 手の空いている斥候はいないか! 逃げる途中で、最後尾にいた魔法使いのアイリスが森に逸れちまったんだ! 今すぐ助けに戻らないと、魔物の餌食になっちまう!」
しかし、その場にいた他の冒険者たちは皆、気まずそうに目を逸らした。
「無茶だ……今の『幻惑の森』は魔物が活性化してる」
「ベテランの斥候抜きで、あの罠だらけの森に突っ込むなんて自殺行為だぜ……」
誰も名乗りを上げない重い空気の中。
カタカタと震える足で、一人の小柄な少年が前に進み出た。
「ぼ、僕が……行きます。僕がルートを案内します……っ」
「あぁ!?」
リーダーの男は、血走った目でノアを睨みつけた。
「ふざけるな! お前はちょっと物音がしただけで泣き喚いて逃げ出す、有名なビビリのノアだろ! お前みたいな足手まといを連れて行ったら、今度こそ全滅しちまう!」
怒鳴りつけられ、ノアの顔からサァーッと血の気が引く。
いつものノアなら、ここで「ひぃっ、すみません!」と逃げ出していただろう。しかし、彼はギュッと拳を握りしめ、アリサから教わった『報告の魔法』を頭の中で展開した。
「……リーダーさん。(事実)おっしゃる通り、僕は異常なほどの怖がりです。だからこそ、死ぬのが恐ろしくて、これまでギルドの資料室にある『幻惑の森の生態系と罠のパターン』を、過去十年分すべて暗記しています」
「なっ……」
「(推測)先ほどの『不自然な草の揺れ』で奇襲を受けたなら、相手は恐らく幻影狼です。彼らは必ず風下から群れで回り込みます。……(提案)僕が風向きを計算して、絶対に奴らと遭遇しない安全な迂回ルートを案内します。僕を、連れて行ってください!」
事実、推測、提案。
恐怖心を一切交えず、客観的で理路整然と組み立てられたその言葉は、ただの「ビビリの言い訳」ではなく、有能な斥候の「作戦立案」そのものだった。
リーダーは目を見開き、そしてノアの後ろで静かに頷くアリサを見た。
「……ちっ。もし足手まといになったら、お前を置いていくからな! ついてこい!」
「はいっ!」
ノアは決死の覚悟で、傷ついた『銀の天秤』のメンバーたちと共に、再び薄暗い『幻惑の森』へと足を踏み入れた。
――森の中は、不気味な静寂に包まれていた。
(怖い……怖いよ。どこから魔物が飛び出してくるか分からない……っ)
ノアの心臓は早鐘のように鳴り、額からは滝のように冷や汗が流れていた。
しかし、「恐怖」の感情が極限まで高まることで、ノアの『異常な危機察知能力』はかつてないほど研ぎ澄まされていた。
風の匂い、葉の擦れる音、地面の僅かな沈み込み。森のすべてが、ノアの敏感なアンテナに突き刺さる。
「ストップ!!」
ノアが突然、鋭い声でパーティーの足を止めた。
「どうした!? 敵か!?」
リーダーが慌てて槍を構えるが、前方の獣道には何の動く影もない。
「……(事実)前方の木々の間に、かすかに甘い匂いがします。そして、鳥の鳴き声が不自然に途切れています」
ノアは怯える気持ちをグッと腹の底に押し込み、冷静に情報を切り分けて報告した。
「(推測)これは、食虫植物の『ポイズン・ピロー』が放出する麻痺毒の匂いです。もしこのまま進めば、全員呼吸ができなくなって全滅します。(提案)少し遠回りになりますが、風上である右の岩場ルートに迂回しませんか?」
「甘い匂い……? んなもん、俺には全く分からねぇぞ」
リーダーは半信半疑の顔をしたが、足元に落ちていた石を拾い、前方の空間に向かって力一杯投げつけた。
――ボフゥッ!!
石が落ちた瞬間、枯れ葉に擬態していた巨大な食虫植物が姿を現し、猛烈な勢いで紫色の毒の粉を撒き散らした。
もしあのまま進んでいたら、確実にパーティーは全滅していた。
「……っ!!」
リーダーは滝のような冷や汗を流し、息を飲んでノアを振り返った。
「す、すげぇ……。お前のその『異常なほどの警戒心』がなかったら、俺たち今頃死んでたぞ……!」
褒められたノアは、自分でも信じられないというように目を見開いた。
これまで「弱点だ」「足手まといだ」と罵られ続けてきた自分の臆病さが、今、ベテラン冒険者の命を救ったのだ。
「……ありがとうございます。でも、油断しないでください。右の岩場ルートにも、まだ危険は潜んでいるはずです」
「ああ、分かってる! 俺たちの命は、お前のその『ビビリ』に預けた! 頼むぜ、最高のスカウト!!」
リーダーの力強い言葉に、ノアは小さく、しかしハッキリと頷いた。
それからのノアの活躍は、まさに神懸かっていた。
持ち前のネガティブ思考で「常に最悪の事態」を想定し、研ぎ澄まされた感覚でトラップや伏兵を次々と事前に察知。感情と事実を切り分けた的確な報告で、パーティーを一度の戦闘にも巻き込ませることなく、森の奥深くへと導いていった。
「いたぞ! アイリスだ!」
「みんな……っ!」
やがて彼らは、洞窟の入り口で結界を張って身を隠していた魔法使いのアイリスを無事に見つけ出した。
「よく無事で……! さあ、帰るぞ! ノア、帰りも頼めるか!?」
「はいっ! もちろんです!」
恐怖の感情に飲み込まれず、客観的な事実だけを武器にして戦う。
ノアの瞳からは、もう「臆病なビビリ」の面影は完全に消え去っていた。




