【リフレーミング】弱点を「最強の武器」に変換する 3/5
「客観的な事実と、主観的な感情を切り分ける……?」
ノアは目をパチクリとさせた。
「はい。ビジネス……いえ、ギルドの報告における鉄則です」
アリサは手帳に一本の線を引き、左右に言葉を書き分けた。
「左側が『事実』。誰が見ても聞いても変わらない、実際に起きたことです。右側が『推測・感情』。事実をもとに、ノアくんの頭の中で想像したことや、怖いという気持ちですね」
アリサは羽ペンで手帳をトントンと叩いた。
「昨日のノアくんの報告を分類してみましょう。まず『ネズミより少し重いカサッという音がした』。……これは事実ですか? 推測ですか?」
「実際に耳で聞いたので、『事実』です」
「正解。では、『絶対にヤバい魔物だ』『ロックワームかもしれない』『引き返そう』……これは?」
「あっ……。それは、音がした後に僕が勝手に想像した『推測』と『感情』です」
「その通りです」
アリサはにっこりと微笑んだ。
「昨日のノアくんは、この二つをごちゃ混ぜにして、パニック状態の『感情(怖い、逃げたい)』を一番強く前に出して叫んでしまいました。だからリーダーさんは、ノアくんの有益な情報(事実)を受け取れず、『ビビって勝手な想像で騒いでいるだけだ』と判断してしまったんです」
ノアはハッとして、自分の手を見つめた。
確かにあの時、リーダーに一番伝わってしまったのは「僕の恐怖心」であって、「未知の音の正体」ではなかった。
「では、ノアくんのその『異常に高い危機察知能力』を使って、正しく報告を組み立て直してみましょう」
アリサは新しいページを開いた。
「まず『事実』だけを冷静に伝えます。『リーダー、前方でネズミより重い足音が一つしました』。……次に、そこから導き出される最悪の『推測』を伝えます。『ただのコウモリの可能性が高いですが、万が一ロックワームの幼体だった場合、この狭い通路では全滅の危険があります』。そして最後に、『提案』を添えます」
「提案……」
「はい。『念のため、前衛は盾を構え、三分間だけ足を止めて様子を見ませんか?』……と。事実、推測、提案。この順番で伝えていたら、リーダーさんはどう反応したと思いますか?」
ノアはゴクリと唾を飲み込み、昨日の光景を頭の中で『リフレーミング』して想像した。
もし僕が、泣き叫ぶのを堪えて、冷や汗を流しながらでも、そうやって理路整然と報告していたら。
『……よし分かった、念のため盾を構えろ! 三分待機だ!』
有能なリーダーなら、絶対にそう指示を出したはずだ。
たとえ三分後にただのコウモリが現れたとしても、「なんだコウモリかよ」と笑われるだけで、「ナイス警戒だ」と肩を叩かれて終わっていたに違いない。パーティーを危険に晒すことも、全滅の恐怖に怯えることもなかった。
「……僕の臆病さは、武器になる。伝え方さえ、間違えなければ……!」
ノアの瞳に、初めて確かな『希望の光』が宿った。
自分の性格を変える必要はない。ただ、その感度の高すぎるアンテナで拾った情報を、正しく加工して仲間に渡せばいいだけなのだ。
「分かりましたか? ノアくんは、決して底辺スカウトなんかじゃありません。むしろ、誰よりも長く生き残れる、最高の素質を持っています」
「アリサさん……っ!」
ノアが立ち上がり、ポロポロと新しい涙をこぼした。今度の涙は、絶望の涙ではなかった。
――バァァンッ!!
その時、ギルドの重い扉が乱暴に蹴り開けられた。
ブースにいたアリサとノアが驚いて顔を上げると、そこには血と泥にまみれ、ボロボロになった中堅パーティー『銀の天秤』のメンバーたちが、肩を貸し合いながらなだれ込んできたところだった。
「おい、しっかりしろ! すぐに治癒士を呼べ!!」
リーダーである槍使いの男が、血だらけになった仲間の斥候を床に寝かせながら怒鳴った。
「どうしたんですか!?」
アリサが慌てて救急箱を持って駆け寄る。
「くそっ……! Bランクの『幻惑の森』で、罠に引っかかったんだ! うちのスカウトが『こんなのただの獣道だ、安全だ!』って自信満々に突っ走るから……少し不自然な草の揺れがあったのに、あいつが無視して進んだせいで、隠れていた魔物の群れに囲まれちまった!」
リーダーの男は、悔しそうに床を叩いた。
「自信過剰でポジティブすぎるスカウトなんて、最悪だ! あんな小さな違和感でも、立ち止まって警戒できる『慎重な奴』がいれば、こんなことにはならなかったのに……っ!」
その言葉は、ギルド中に響き渡った。
アリサはハッとして、面談ブースの入り口に立ち尽くしているノアを振り返った。
「ノアくん」
アリサの呼びかけに、ノアはビクッと肩を震わせた。
「今こそ、あなたの『最強の武器』の出番じゃないですか?」




