【リフレーミング】弱点を「最強の武器」に変換する 1/5
「……大丈夫ですか?」
冷たい石の床にへたり込み、ボロボロと涙をこぼす小柄な少年に、アリサはそっと手を差し伸べた。
彼の名前はノア。数週間前に冒険者登録をしたばかりの、まだ十代半ばの新人斥候だ。
「アリサ、さん……。僕、またパーティーをクビになっちゃいました……」
ノアは差し出されたアリサの手を握ることもできず、膝を抱えて顔を伏せた。
先ほど彼を怒鳴りつけて出て行った大剣使いの男は、ノアにとってこの数週間で「五人目」のパーティーリーダーだった。
「これで五回連続です。どこに行っても、三日と持ちません……。僕みたいなビビリで役に立たない底辺スカウト、冒険者になろうとしたこと自体が間違いだったんです」
あまりに深く絶望しているノアを見かねて、アリサは彼をギルドの空いている面談ブースへと連れて行き、温かいミルクティーを差し出した。
「温かいものを飲んで、少し落ち着きましょう。……先ほどのリーダーさんは『魔物の足音を聞いただけで逃げ出した』と怒っていましたが、何があったんですか?」
ノアはミルクティーのカップを両手で包み込むように持ち、ポツリポツリと語り始めた。
「昨日の夕方、西の廃鉱山を探索していた時のことです。僕が先頭を歩いていたんですが……風の音に混じって、かすかに『カサッ』って音がしたんです。普通のネズミの足音より、ほんの少しだけ重い音でした」
「ネズミより重い音……」
「はい。リーダーは『ただの風の音だろ、早く進め』って言ったんですが、僕はどうしても気になって。もし岩陰にロックワーム(岩食い虫)が潜んでいたら、あの細い通路じゃ全滅するって想像したら……足がすくんで、どうしても前に進めなくなってしまったんです」
ノアは自嘲気味に笑い、自分の細い腕をギュッと掴んだ。
「結局、僕が泣き叫んで『絶対に嫌だ』って動かなかったせいで、パーティーは遠回りすることになって、昨日の依頼は失敗しました。……後で他のパーティーがそこを通ったらしいんですが、ロックワームなんかいなくて、ただのコウモリだったそうです」
「そうだったんですね……」
「リーダーの言う通り、僕は異常なほどの怖がりなんです。物音一つで最悪の事態ばかり想像して、すぐに逃げ出したくなる。……こんな『臆病』で『ネガティブ』な性格、冒険者にとって最大の弱点ですよね」
ノアの目から、再び大粒の涙がこぼれ落ちた。
「みんなみたいに、勇猛果敢に魔物に向かっていけるような、強くてポジティブな性格に生まれたかった……。僕のこの弱点は、どうやったら治るんでしょうか」
自分の性格を「治すべき欠陥」だと思い込み、深く傷ついている少年。
アリサは彼の話を最後まで静かに聞き終えると、カップをコトリと置き、真っ直ぐにノアの目を見た。
「ノアくん。その『弱点』、治す必要はありませんよ」
「えっ……?」
「治すどころか、あなたのその性格は、斥候として『最強の武器』になる素質を秘めています」
アリサの予想外の言葉に、ノアは目を丸くした。
「さ、最強の武器……!? な、慰めないでください! 臆病でビビリな性格が武器になるわけないじゃないですか! 実際、僕はそのせいで五回もパーティーをクビになっているんですよ!?」
「それは、ノアくんのその『最強の武器』の使い方が、少しだけズレていただけです」
アリサは立ち上がり、面談ブースの壁に掛けられていた『美しい風景画』を手に取った。
木彫りの立派な『額縁』に収められた、王都の景色の絵だ。
「ノアくん。この絵を見て、どう思いますか?」
「え? えっと……すごく綺麗な、王都の街並みの絵ですね」
「では、こうしたらどうでしょう?」
アリサは風景画から『木彫りの額縁』を外し、代わりに、ブースの隅にあった『ドクロと黒い茨』が装飾された、不気味な黒い額縁にその絵をはめ込んだ。
「ひっ!?」
ノアが小さく身をすくめる。
中身の「王都の絵」は全く同じなのに、額縁が不気味なものに変わった瞬間、その絵はまるで「呪われた廃墟の街」のように恐ろしく、淀んで見えたのだ。
「……絵の中身(事実)は、何も変わっていません。でも、周りの『額縁』を掛け替えるだけで、見える印象が180度変わってしまう。不思議ですよね」
アリサは黒い額縁を外し、再び元の美しい木彫りの額縁に絵を戻した。
「物事の枠組み(フレーム)を外し、別の視点を持たせること。これを『リフレーミング』と言います」
「リフレーミング……」
「ノアくん。あなたは今、自分自身の性格を『戦士の額縁』に入れて評価しようとしています。だから、ひどく欠陥品に見えるんです」
アリサは羽ペンを取り出し、手帳にサラサラと文字を書き付けた。
「今から私と一緒に、ノアくんの性格の『額縁』を掛け替える魔法を使ってみましょう」




