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灰燼(かいじん)の設計者  作者: 蒼牡蠣
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第17話:解析者との邂逅と、強化硝子の急所

アイギス城塞は、文字通り「死の静寂」に包まれていた。


粉塵爆発がもたらした破壊の痕跡は、これまでのどんな魔法攻撃よりも凄惨だった。

厚さ数メートルはある強固な花崗岩の城壁は、内側から外側に向けて無惨に吹き飛び、鉄格子の門は飴細工のようにねじ曲がっている。空気中にはまだ微かに焦げた小麦粉と石炭の匂いが漂い、熱を帯びた黒い灰が雪のように降り積もっていた。


「……これが、お前の言う『物理法則』の威力か。悪魔の所業だな」


崩落した瓦礫を踏み越えながら、エレン中佐が忌々しげに、しかしどこか感嘆したような声で呟いた。

彼女の背後には、精鋭の歩兵部隊が数十名続いている。だが、彼らは皆、自分たちが足を踏み入れているこの光景が信じられないというように、虚ろな目を周囲に向けていた。


「ただの燃焼現象です。密閉空間における可燃物の表面積と酸素の結合速度が臨界を超えただけのこと。魔法などという不確かなものより、よほど計算通りに動いてくれます」


私は無表情のまま答え、城塞の最深部へと通じる大通路を進んだ。

生き残りの敵兵はいない。爆心地となった中庭にいた者は一瞬で炭化し、城塞の内部に隠れていた者たちも、爆発によって瞬間的に酸素を奪われ、窒息して倒れている。

強固な防衛魔法を展開していた形跡もあったが、全方位から叩きつけられた物理的な超音速の衝撃波の前では、何の意味も成さなかったようだ。


やがて、私たちは城塞の中心、ひときわ巨大な鋼鉄の扉の前に到達した。

扉は爆風でひしゃげ、半ば開いた状態になっている。

その奥、薄暗い大広間の玉座に、一人の男が静かに座っていた。


「見事だ。まさか、私が計算し尽くした竜巻の気圧差を、粉塵の爆発膨張で相殺してくるとはな」


静謐な声が、広間に響き渡った。

軍服の上に豪奢な外套を羽織った、白銀の髪を持つ男。ヴァルン帝国第一魔導特務軍司令、ユリウス・フォン・ノイマン大佐。

彼は自軍の城塞が壊滅したというのに、敗将の焦りも恐怖も一切見せず、ただ純粋な知的好奇心に満ちた目で私を見つめていた。


「お前が、敵の指揮官か」


エレン中佐が腰の軍刀を抜き放ち、鋭い殺気を放つ。背後の兵士たちも一斉に銃と弓を構えた。

だが、ユリウスは立ち上がることもなく、ただ私だけを真っ直ぐに見据えていた。


「名を聞こう。神の奇跡を分解し、ただの機械の部品のように扱う異端の設計者よ」


「……レイ。ただの特務技術官です」


「レイ。良い名前だ。お前の戦術の痕跡ログは、すべて拝見させてもらった。排熱口の封鎖、水撃作用、音波の共振、液状化現象、そして先ほどの粉塵爆発。どれも魔法の根幹を否定する、極めて純粋で冷酷な物理法則だ」


ユリウスはふっと笑みをこぼし、玉座の肘掛けに置かれた水晶の球体に手を触れた。


「だが、魔法を『物理的な構造物』として解体できるお前だからこそ、陥る死角がある」


ガコンッ!!


鈍い金属音と共に、私たちの背後で半壊していた鋼鉄の扉が、上部から落下してきた分厚い透明な壁によって完全に塞がれた。

同時に、広間の天井や壁の隙間からも、同じ透明な素材の壁がせり出し、私とエレン中佐、そして部隊の全員を、広間の中央に完全に閉じ込めたのだ。

ユリウスが座る玉座との間にも、その分厚い透明な壁が立ち塞がっている。


「なんだ、この壁は! 硝子か!?」


味方の兵士が銃床で透明な壁を殴りつけるが、傷一つ、音すらもまともに響かない。


「『魔晶硝子ましょうガラス』だ。帝国の技術の粋を集め、製造過程で表面に極限の圧縮魔力をかけながら急速冷却して造られた、物理的にも魔術的にも絶対に破壊不可能な絶対防壁」


透明な壁の向こう側で、ユリウスが冷徹に告げる。


「そして今、お前たちが閉じ込められたその空間から、空気を抜かせてもらう」


シュウゥゥゥゥッ……!


壁の内部から、空気が強制的に吸い出される不気味な音が響き始めた。

真空引き。彼が以前、私の味方の将軍を殺したトラップの、さらに大規模なものだ。

だが今回は魔法の罠ではない。純粋な物理的なポンプ機構によって、この密閉空間から空気を奪い取っている。


「くっ……! 息が……!」

「耳が痛いっ!」


数十秒も経たないうちに、気圧の急激な低下が兵士たちを襲った。

酸素がなくなるよりも早く、気圧差によって体内の空気が膨張し、鼓膜が破れ、毛細血管から血が噴き出し始める。エレン中佐も膝をつき、苦悶の表情で胸を掻きむしった。


「さあ、レイ。魔法の術式が一切介在していない、この純粋な『物理の密室』。お前の大好きな物理法則で、どうやって突破する?」


ユリウスの言葉通りだった。

この魔晶硝子には、魔力の流れも、解体すべき術式の結節点も存在しない。すでに完成し、固定された純粋な「物質」だ。おまけに分厚く、大砲の直撃すら弾き返すほどの硬度を持っている。

魔法による弱点がない以上、物理的な暴力で破壊するしかないが、私たちにはそれを壊すだけの火力がない。


空気が薄れ、私の視界もチカチカと明滅し始める。

だが、私の脳は極限の酸欠状態の中でも、冷徹に眼前の「魔晶硝子」の物理的特性を解析し続けていた。


(……表面に極限の圧縮魔力をかけながら、急速冷却して造った、か)


私はかすれる意識の中で、一つの致命的な「構造の歪み」を見出した。


製造過程で外側を急速に冷却し、圧縮の力をかける。それは確かに、表面の硬度を劇的に引き上げる。いわゆる「強化ガラス」の製造法と同じだ。

だが、外側が極度に圧縮されているということは、その反作用として、硝子の「内側」には、外へ向かって引っ張られようとする途方もない力――『引張応力ひっぱりおうりょく』が溜まり込んでいるということだ。


表面の圧縮層さえ突破できれば、内部に溜まった数トンにも及ぶ応力が一気に解放され、自壊する。


私は這うようにして、息絶えかけている敵兵の死体から、装飾品として指にはめられていた「ダイヤモンド」の指輪を引き抜いた。

ダイヤモンド。この世界で最も硬度が高く、鋭利な物質。


「……中佐、耳を塞いでください」


私は血を吐きながら立ち上がり、透明な魔晶硝子の壁の前に立った。

壁の向こう側で、ユリウスが微かに眉をひそめる。


私は指輪のダイヤモンドの尖った部分を、魔晶硝子の表面に強く押し当てた。

そして、腰からハンマーを引き抜き、力の限り、その指輪を壁に向かって叩きつけた。


ガチンッ!!


鈍い衝撃。

壁全体を破壊する力はない。だが、ダイヤモンドの極小の点が、魔晶硝子の「表面の圧縮層」をほんの数ミリだけ貫き、傷をつけた。


その極小の傷が、致命的なトリガー(引き金)となった。


ピシッ。


硝子の内部に溜まりに溜まっていた莫大な「引張応力」が、その傷を起点にして一気に解放されたのだ。

目に見えない亀裂が、音速を超える速度で分厚い硝子の壁全体にクモの巣のように広がっていく。


「な……っ!?」


ユリウスが初めて、驚愕に目を見開いた。


直後。

絶対破壊不可能と謳われた魔晶硝子の壁が、雷鳴のような轟音とともに、何百万もの細かな粒となって爆散した。

空間を塞いでいた四方の壁すべてが、内側に秘めていた自らの力のバランスを崩し、一瞬にしてただの粉屑と化したのだ。


シュゴォォォォォォッ!!


壁が消滅したことで、外から新鮮な空気が猛烈な勢いで広間に逆流してくる。

私とエレン中佐、そして生き残った兵士たちは、肺いっぱいに空気を吸い込み、激しく咳き込んだ。


粉々に砕け散った硝子の残骸の向こう側。

玉座に座るユリウスの頬には、飛散した硝子の欠片によって一筋の赤い血が流れていた。


「……強化ガラスの内部応力、か」


ユリウスは指先で自らの血を拭い、呆然としたようにつぶやいた。

魔法の強度を上げれば上げるほど、その内部に溜まり込む物理的な歪みも大きくなる。彼はその絶対的な法則を見落としていたのだ。


「あなたの負けです、大佐。どれほど強固に見える物質でも、力の均衡バランスを崩せば、必ず自重で崩壊する」


私が息を整えながら告げると、ユリウスは静かに立ち上がった。

そして、玉座の床に隠されていた転移陣テレポートの術式を起動させる。彼は最初から、いざという時の脱出経路を用意していたのだ。


「レイ。お前の論理の深淵、確かに見せてもらった」


足元から青白い光に包まれながら、ユリウスは私に向けて獰猛な笑みを向けた。


「だが、これで終わりではない。世界のことわりを破壊するお前という猛毒を、帝国がこのまま放置すると思うな。次は、物理法則ごとねじ曲げる盤面を用意して待っているぞ」


光が弾け、ユリウスの姿は玉座から完全に消失した。


大広間に残されたのは、粉々になった無数の硝子の粒と、静かな風の音だけだった。

私はハンマーを下ろし、血まみれになったダイヤモンドの指輪を床に投げ捨てた。

軍の最高幹部同士の最初の激突は、お互いの存在と論理を強烈に認識し合う形で、一時的な決着を迎えたのだった。

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