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機甲大戦記VOLT  作者: 無銘
悪魔誕生編
1/12

第一話『悪魔誕生 その①』

 タラップを駆け上がる音がドックの中に鳴り響く。男は前だけを見て駆け上がり、無機質な銃声とすれ違う。外側には、男を守るようにズラリと人が並んでいた。白衣を着たまま、施設の研究員たちが肉の壁になっている。


容赦なく降り注ぐ鉛の雨が、頭蓋を砕く。

腹を食い破る。

胸に風穴を開ける。

肉を散らす。


―――それでも彼らは倒れない。

意識も、命もないのに、倒れる事だけは決してしない。


 それは『レジスタンス』と呼ばれる狂気の徒、無声の激励を受けて駆け抜ける男もまたその一人。真新しいパイロットスーツに身を包み、撃ち抜かれる同志たちを背にコクピットを目指す。


「クソッタレ!何なんだよ、こいつら!」


若い兵士が悪態をつく。


「喚くな!何が何でもコクピットに行かせるな!」


中年の兵士が声を上げる。銃声にも負けない声を。それはむしろ、己を鼓舞するように。


―――

―――――


―――――――





『ダメです!パイロットがもうコクピットに・・・!』


 通信機越しのくぐもった声が地上戦艦の艦橋に響く。メインモニターに映し出された整備ドックからは黒煙が上がり、合わせて五隻もの戦艦がその死に体の建物を囲んでいる。各艦にはそれぞれ、複数の同盟軍正式量産機ナイトと、そのさらなる発展型の高級機センチネルが随行していた。それらはGSギガント・ソルジャーと呼ばれる巨大な人型兵器。誰もが寝物語に聞いた巨人を幻視するだろう。

 民間のドック一つを相手にするにしては明らかな過剰戦力。それは同盟軍の誰もが分かっていた事だ。だからこそ、不気味。


「やむを得んな。全艦に通達、総員打ち方用意!」


額に溜まった脂汗を拭うと、艦長は部下たちに冷徹な指示を下す。


「しかし艦長、友軍がまだあの場所にっ!」


「構わん。何が何でも破壊せよ、というのが上からの命令だ。」


振り返りざまに声を上げる部下に、艦長は精一杯の冷酷さを演じて見せる。眉間に青筋を浮き上がらせ、握った拳は僅かに震えていた。

 戦艦の主砲がぐるりと半転して一点を見つめる。崩れかけの、炎上して黒煙を上げる整備ドックである。


「納得いきません!『VOLT』とはいったい何なんですか!何故ここまでして・・・」


「うるさいっ!命令だと言っている!全艦に告ぐ、―――撃てっ!」


 若き部下の訴えをかき消し、艦長の命令が通信機越しに全艦の艦橋を駆け巡る。総勢三十一機にも及ぶGSの軍勢が作戦状況を見守る中、戦艦の主砲が容赦なく火を吹いた。雷鳴のような轟音が幾重にも重なって響き渡り、ドックのみならず、建物を中心とした一帯が地表から消し飛ばされた。攻撃は執拗で、無慈悲だった。


誰も生かしておかない。

何も残してはならない。

『ソレ』の痕跡さえ継承させない。


そんな執念を感じずにはいられない程、攻撃は残忍で、執拗で、徹底的だった。

 若き兵士にはもくもくと広がり膨れ上がる赤黒い雲が、全てを飲み込む巨大な髑髏、あるいは無感情に肥大化する怪物の首のように思えてならなかった。






/機甲大戦記VOLT『悪魔誕生 その④』より






第一話『悪魔誕生 その①』




「ねぇ、デバイスに通知来てるよ。」


 手のひらに収まる程度の大きさの通信デバイス、長方形の黒い手鏡のような機械の角に埋め込まれたほの赤い通知ランプが規則的に点滅している。低めのリビングテーブルに放置されたソレの持ち主は、まるで気付いていない風に床に座り込んで背中を向けていた。


「ジョー!聞いてるの?」


少女の声も、デバイスの通知も、まるで自分とは無関係の事のように振る舞う男。痺れを切らした少女は、畳んでいた洗濯物を苛立ちながらソファーに放る。そして、敢えて足音を立てながらデバイスを取りに向かう。


「今スナップガンをバラしたところなんだ。終わったらそっちも見るから。」


気だるそうな背中が申し訳程度の返事をする。ジョーと呼ばれた青年はあぐらをかいたまま、目の前の解体された銃の部品を一つ一つ拭いていた。黒く煤汚れたパーツを、やはり汚れた布切れ越しにつまみ上げると、揉み込むような蠕動運動で汚れを拭き取って金属光沢を取り戻す。

 どすどすと近づく足音で、ジョーは少女が諦めていない事を察する。こうなっては彼に勝ち目はない。相手は頑固で、意地っ張りで、困った事にほとんどいつも正しいからだ。立ち上がって振り返ると、少女は既に至近距離まで接近していて、逃がすまいと例のデバイスを男の目と鼻の先まで突き出していた。


「ん。」


黒い液晶画面に顔が映ると、ジョーは本能的に視線を逸らした。すると、デバイスの向こうの少女の、あからさまに不満そうな顔が目に入る。


「分かった、分かったよ。ニナがそういう顔をすると、俺もどうすれば良いか分からなくなる。」


言いながら、ジョーは渋々通信デバイスを受け取った。


「任務かも知れないよ?司令部から大事な連絡かも。」


「待たせとけば・・・」


「そうやってすぐ人間関係から逃げる!だめだよ。」


言い訳の隙も与えず、ニナは立てた人差し指をジョーの口元に触れた。青年は観念したように液晶に目を移し、虹彩認証で画面のロックを解除する。

 通知を確認する。大量に溜まった通知を流し見する。そのほとんどが不特定多数に送りつけられる広告や業務連絡の類だった。広告は元々興味がないし、業務連絡の類もニナに丸投げしている。やはりわざわざ作業を止めて見るほどの事はないと思った矢先、予想に反してジョー個人に宛てられたメッセージが一つだけ来ていた。


「クソジジイ。やっぱり見るんじゃなかった。」


あからさまに嫌そうな顔をする。


「アインハルト博士?何か大事な用じゃないの?」


背伸びをしてジョーの腕越しにニナが画面を覗き込むと、ジョーはデバイスをニナの目線の高さまで下ろす。その画面には送り主のアドレスとニックネーム、『プレゼント』という件名、そして本文の一部が表示されていた。




”親愛なるジョーへ。


まだ3日ほど早いが、誕生日おめでとう。

お前がここまで生きながらえた幸運を祝して私から贈り物をしようと思う。”





「・・・いけしゃあしゃあと。」


悪態をつくジョーの声色は、いつもの気だるげなものとは違ってとても冷たく感じられた。

 アインハルト博士は良い噂を聞かない人物だ。ジョーやニナが所属するレジスタンスという地下組織の創立メンバーでありながら、ほとんど誰もその実態を知らない謎多き人物。顔も経歴も謎。レジスタンスにあれこれと司令を出す立場だが、そのレジスタンスでさえ博士の実態は何も掴めていない。

 ジョーとアインハルト博士の間の確執は、ニナもなんとなくは察している。しかし詳しく聞いた事はない。元より口数の少ないジョーが努めて口にしない以上、彼女もそこに土足で踏み込むつもりはないのだ。

 ジョーは液晶に表示された文章をスクロールし、更に先へ読み進める。





”目標ポイントはマップの座標にマークした通りだ。私の息が掛かった工業都市だが、あそこはもうダメだ。そこにとっておきの誕生日プレゼントを用意してある。


軍艦五隻。数は知らんがセンチネルも来る。大所帯のパーティーだ。ジャゴで行くなら乗り捨てるつもりで行け。

健闘を祈る。


アハト・ゼムに栄光あれ”






読み終えると、ジョーは短く『了解。 アハト・ゼムに栄光あれ』とだけ返信する。

 あまりにも無茶苦茶な内容に、あまりにもあっさりした返信だったのでニナも呆気に取られていたが、送信ボタンが押された瞬間我に返る。


「ちょっと!またこんな無茶な事安請け合いして!軍艦五隻なんてどうするつもり?あり得ない!抗議するからデバイス貸して!」


感情的になるニナを尻目に、ジョーは何も言わず画面をロックしてデバイスをソファーの方へ放り投げる。


「あっ。ちょっと、ねぇ!」


ニナは自然と放り出されたデバイスを目で追ってしまう。ジョーはその隙に再び床に散らばったスナップガンの前にあぐらをかくと、布切れで汚れを拭き取る作業に戻る。


「大丈夫、なるようになるさ。」


「何が大丈夫だって言うの?機体だってないんだよ?」


まだ諦めきれないのか、デバイスを拾って戻ってきたニナがジョーを責め立てる。


「ない事はないだろ。三日もあればドックのジャンクから一機ぐらいは組めるはずだ。」


「・・・片腕のがね。」


「アックスが握れりゃ充分だ。」


「あんたって、本当に・・・」


無理だ、とは言い切れないのがジョーというパイロットの恐ろしいところ。それをニナは誰よりも間近で目撃してきている。エンジニアとして、バディとしては絶対に行かせるわけにはいかない無茶苦茶な指令なのに、ニナ自身、今度もなんとかしてしまうんじゃないかという安心感を感じている。

 『ジョー・ザ・スクラッパー』とは、彼が戦場でつけられた数々の異名の一つに過ぎない。制御不能な怪物、冷酷な殺戮マシーン、死体の丘で嗤うもの、立ち塞がるもの全てをスクラップに変える者・・・敵か味方か、誰が先に言い始めたのかすら定かではないが、ジョーはそういう人間という事で世間では通っている。


 クレーンを操作しながらGSギガント・ソルジャーを組み上げていく。それは鋼鉄を纏う人型の大型兵器だ。ジャンクパーツの腕一つとっても人間の身長をゆうに超えるほど巨大。今ジョーが組み上げているジャゴタイプでも、その全高は十三メートルに及ぶ。三十年以上前の旧式機ながら、その設計思想は驚くほど完成されている。最新鋭のGS市場ではナイトやセンチネルと何度も世代交代を重ねているものの、やはり末端の前線を支えるのはこういった信頼出来る兵器なのだ。

 ジャゴは四肢と胴体部、そして胴体部の中でも頭部、胸部、腹部が独立したブロックに分かれている。よって専門的なエンジニアリングの知識が無くても容易にパーツ交換が出来るメリットがある。加えて、GSが新モデルに代替わりする毎にジャゴシリーズの価格は暴落し、市場に有り余ったパーツはタダ同然、戦場跡地を物色すればほとんどのパーツが手に入るほどありふれているのだ。


「レフトアームはやっぱりダメか。どれも接合部が焼き切れてる。」


ジャンクパーツの貯蔵は充分あると思っていたジョーだったが、ニナの言う通り完全体のジャゴは組めそうにない。


「マニピュレーターだけなら生きてるのもあるんだけどな。仕方ない。肩口は網か何かでシーリングするか。」


レバーを動かしながらクレーンのワイヤーで吊り上げた巨人の胴体に、同じくワイヤーで吊り上げた右腕ブロックを慎重に近づけていく。限界まで近づけたら、その先は手作業で細かなケーブルを接続したり、可動部にオイルを塗る必要があるのだ。幸いまだ三日も猶予がある。今日はパーツの選別と武装の点検。仕上げは明日以降にやれば良い。

 ブツブツ独り言を呟きながらクレーンを操作していると、ドックの地上階ドアが開く。


「ジョー!ご飯出来たよ!」


大空洞のドックは物音がよく響く。ニナの声を聞き、ジョーは軽く伸びをしてから作業を中断した。ここは半分地下、半分地上階に広がる整備ドックだ。あまり大きな建物を必要としない他、地下という気温や湿度が安定した空間を使う事でGSのパーツやそれに関わる電子機器を傷めない特徴がある。

 カツカツと靴音を立てて壁に張り付くように配置された金属製の階段を昇る。軽く手を振って見せると、ニナも笑顔を返した。


「言ったでしょ?片腕がダメだって。」


得意顔で言うニナ。対するジョーはバツが悪そうに目を逸らす。


「なんとかなると思ったんだよ。」


「なーりーまーせーんー!機械は根性で動かないの。」


当てつけのようにいうニナに、ジョーは敢えて何も言い返さず黙って軍手を外すと、そのまま居間の方へ歩いていく。


「手洗って。」


敷居を跨ごうとしたジョーをニナの小言が引き止める。


「軍手してたから・・・」


「洗って!」


振り返りざまに人差し指で洗面所を指すニナを見ると、それ以上の抵抗はやめて面倒くさがりながらも手洗い場へ向かう。その間にニナは食卓に料理を運んでいく。

 あらかじめ炊いておいた複数の穀物と細かく切った根菜を甘辛いソースで炒め、一口大に切って軽く焼きめをつけた合成タンパク質ブロックと一緒に盛り付けた、ありふれた家庭料理だ。半世紀以上前の第一次三国大戦以前の世界では生きた動物の肉が主流だったが、度重なる戦争で広い土地を必要とする畜産業はほとんど壊滅。僅かな上流階級以外は滅多に精肉を食す経験はなく、特にジョーやニナの世代はもはや実物を見た事さえない。

 ニナが盛り付け終えた頃にはジョーも洗面所から帰ってきており、ズボンの裾で濡れた手を拭きながら椅子に腰掛けていた。思うところはあるものの、今度は小言を飲み込んで自分も席に座る。


「ん。うまい。」


ジョーはフォークで料理を口に運び、咀嚼しながら短く感想を言う。それを聞いてニナも表情が和らぐ。


「で、軍艦五隻、どうすんの?」


ナイフで合成タンパク質ブロックを更に小さく切り分けながら、毒気を抜かれた声色でニナは問う。


「どうもしない。」


ゴクリと口内の物を飲み下すと、さも当然のようにジョーは返答する。


「どうもしないってどういう意味よ?」


「そのままの意味だ。あんなの飾りだから無視でいい。」


皿から視線を上げると、そこにはニナのとても不満そうな顔があった。


「地上戦艦だろ?ひらけた平地じゃあるまいし、動く機動兵器に艦載砲が当たるかっての。」


「そうだけど・・・でも五隻だよ?」


「マップ見ただろ?場所は工業都市のド真ん中なんだ」


言いながら、ジョーは皿の料理をフォークでずらしながら正方形の網目状に分けていく。穀物と根菜の炒め物が、徐々に工業地帯特有の、定規で線を引いたように規則正しく建物が立ち並ぶ街の略地図の体をなしていく。

 次にジョーはおもむろに合成タンパク質ブロックをフォークで刺すと、軍艦に見立てて皿の上を滑らせて動かす。


「ほら、遮蔽物はいくらでもある。大型艦のサイズじゃ建物の隙間には入れないし、片っ端から崩したって戦艦の揚力じゃ瓦礫が高すぎてろくに近づけやしない。」


ジョーの言い分はもっともらしくて筋が通っている。いつもなら舌戦はニナの圧勝だが、今度ばかりはめぼしい反論が見当たらない。


「向こうもそれぐらい分かってる、だから飾りだって言うんだ。やり合うとしたらセンチネルだな。」


そう言ってすべらせていた合成タンパク質ブロックにソースを絡めると、ジョーはひょいと口に放り込む。


「もう、分かったから。とりあえず食べ物で遊ぶのやめなさい。」


「う、悪い。」


「そうだよ、センチネル!どうするの?そっちは数もわかんないんだよ?」


指摘されたジョーはフォークを置くと、顎を指で撫でながらしばらく考える。


「そうだな・・・多分三十、多くても五十機ってところだろ。でも五十機ならナイトと混合だろうな。」


「その心は?」


返答するジョー。しかしニナは納得してない様子だ。


「ジジイが言うには、軍艦は全部で五隻だろ?格納庫と甲板を使い切っても随行出来るGSの数には限度がある。センチネルはたしか十七メートル級、ナイトも十五メートルはあっただろ?」


「そっか。GSは年々大型化してるのに、軍艦の規格は五十年以上前からほとんど変わってない。そう考えると確かに、多くて十機だ。」


「それに、ナイトにしろセンチネルにしろ、あいつらは編隊を組むのが前提の兵器だ。特にセンチネルは近距離特化のセンチネル・ヒーロー、中距離支援のセンチネル・ソルジャー、遠距離特化のセンチネル・スナイパーで役割がはっきりしてる。三機でひとチームなら、ふたチームで六機。それ以上は物理的に戦艦に載せられない。」


ジョーの説明を聞いて、納得しかけている自分に嫌気が差す。


「それでも・・・それでも三十機だよ?さばき切れるの?」


語気を弱めながらも、ニナはまだまだ食い下がる。


「だから、全部一挙に相手にするって前提が間違ってるんだよ。いいか、同盟軍の連中はジジイのプレゼントに相当ビビってる。そこがミソだ。だから軍艦五隻に最新鋭のセンチネル複数なんて戦力を引っ張り出してる。本来随伴機の役割は母艦の守護だろ?じゃあ半分は留守番だ。そうすると市街地戦に出てくるのは十五機。地形をうまく使えば一対一か二に持っていける数だ。」


「・・・」


「ほら、なんとかなりそうだろ?」


理屈の上ではそうかも知れない。しかし、そんな説明をされたからと言ってニナはジョーほど楽観的にはなれない。


「ごちそうさま。」


一足早く食べ終えたニナは、吐き捨てるように言って乱暴に話を切り上げる。そしてジョーを食卓に残し、足早に自分の食器を持って台所へ向かった。






つづく


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― 新着の感想 ―
おお、こういうシリアスなロボットものは大好きです。 ジョーのワイルドな感じの性格もポイント高いです。 面白かったので、ブクマさせていただきました。
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