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勇者のセーブデータが私の日記帳に上書きされるんですが  作者: 四宮 あおい
アナザーストーリー ルディ視点

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第二章 死に覚え

 攻略が進むにつれて、ルディは死に慣れていった。


 慣れた、というのは語弊がある。慣れたのではなく、慣れなければ耐えられなかっただけだ。


 第3層のボス戦。アイスゴーレム。氷でできた巨人が、通路の奥で蒼い光を放っていた。フィンが盾を構え、ナディアが短剣を抜き、ベルントが後方に下がる。ルディは剣を握りしめた。


 初見のボスだった。ステータス画面に情報が表示される。アイスゴーレム。HP:2800。物理耐性:高。弱点:火属性。しかしパーティーに火属性の魔法使いはいない。全員が物理攻撃型だ。


 ――詰んでる。


 一回目。ゴーレムの拳がルディの胸を直撃した。鎧ごと肋骨が砕ける感触があった。痛みは一瞬だが、その一瞬が永遠に感じられる。視界が白く飛ぶ。体が後方に吹っ飛ぶ。壁にぶつかる衝撃。そしてHPがゼロに――


 暗転。


 次の瞬間、ルディはセーブポイントに立っていた。ダンジョンの入口。全回復。傷もない。鎧も無傷。しかし脳裏には、胸を砕かれた感覚がべったりと張りついている。肋骨が折れたときの、ばきっという音。あれは幻聴ではない。確かに聞いた。確かに感じた。体が覚えているのに、体には傷がない。


 パーティーメンバーは傍にいた。彼らの記憶は巻き戻っている。フィンは「これからボスに挑みます」という表情で盾を構え直していた。ナディアは短剣の刃を確認していた。ベルントは記録帳に何か書いていた。三人とも、ルディが死んだことを知らない。時間ごと巻き戻されたのだから、知覚しようがない。


 ――2回。これで2回死んだ。


「勇者殿、ボス部屋ですね。準備はよろしいですか?」


 フィンの声が真っ直ぐに届いた。さっきと全く同じ台詞。全く同じ声。全く同じ目の輝き。


「ああ。――フィン、右に構えろ。初手は左からの薙ぎ払いだ」


「え? なぜわかるのですか?」


「勇者の勘だ」


 ナディアが横目でルディを見た。碧眼が一瞬だけ細まった。しかし何も言わない。ルディが「なぜか」敵の初手を知っていることへの違和感を、ナディアは飲み込んだ。まだ、確信がないのだ。


 三回目の挑戦で、ようやくボスを撃破した。物理攻撃が通りにくい相手に対して、関節部の隙間を集中的に狙う戦法を、二回の死で学んだ。フィンが正面で攻撃を受け止めている間に、ナディアとルディが左右から関節を攻撃する連携。


「勇者殿の読みが完璧で……!」


 フィンが感嘆の声を上げた。ルディは表情を変えなかった。


 ベルントが記録帳にペンを走らせている。「ボス戦、所要時間十一分。勇者殿のパターン読みが極めて正確。要因不明。備考――勇者殿の表情に疲弊が見られる。戦闘によるものか、別の要因か」。


 ベルントの記録は正確だ。正確すぎる。ルディはあの記録帳が苦手だった。あの中には、ルディが隠したいものが映っているかもしれない。


 攻略は続いた。第5層。第7層。第10層。死ぬ。戻る。死ぬ。戻る。パーティーの前では平然を装う。初見のはずのボスの攻撃パターンを「なぜか知っている勇者」として振る舞う。


 死に戻り後のうっかりは、日を追うごとに増えていった。


「この先の通路、右に曲がると罠がある」


「勇者殿、まだ行ってない通路ですが……」


「あ。いや、構造的にそういう配置が多いだろ。一般論だ」


 ナディアが「一般論ね」と小さく呟いたのを、ルディは聞こえないふりをした。


 第10層のダンジョン内中継地点で小休止を取ったとき、干し肉を噛みながらステータス画面にログを書いた。


「第10層の中継地点で小休止中。ダンジョン内の食事がマジで終わってる。干し肉と固パンしかない。こんなこと言ったら贅沢って怒られるかもだけど、甘いもの食べたい。前世はコンビニのプリンとか気軽に食えたのに。この世界にコンビニスイーツがないの人権侵害では」


 フィンが「勇者殿、お疲れですか? 何か差し入れがあれば」と気遣ったが、ルディは「いや、大丈夫だ」と断った。


 ――大丈夫じゃないけど。プリン食べたい。コンビニスイーツ食べたい。でも勇者がプリン食べたいとか言えるわけないだろ。


 前世で我慢していたものを、今世でも我慢している。変わったのは世界だけで、自分は何も変わっていない。



 ~~~ 



 少し遡る。ある夜のことだった。



 テントでステータス画面のログ欄に愚痴を書き終え、画面を閉じようとしたときだ。


 ――ん?


 ログ欄に、見覚えのない文字が浮かんでいた。


 ルディのものではない。ステータス画面のシステムメッセージでもない。手書き。しかも丁寧な筆跡。几帳面で、一画一画に神経が行き届いている。


「あの、ここは私の日記帳です。あなたの文章が勝手に書き込まれて困っています。『えいちぴー残り12』というのがどういう意味かは存じませんが、数字が少ないことだけはわかります。ご無事ですか?」


 ルディの思考が止まった。


 数秒後、全力でパニックになった。


 ――は????? なんで読めるのこれ????? ていうかここステータス画面のログ欄なんだけど????? バグ???


 ステータス画面に他人が書き込んでいる。ゲームで言えばシステムデータへの外部侵入だ。まず考えたのは安全保障上の問題だった。セーブデータには戦闘ログが含まれている。HP残量、スキル構成、パーティーの戦力評価。これが敵に漏洩したら大事だ。


 しかし書き込みの内容はどう見ても攻撃的ではない。「ご無事ですか」と心配している。敵の諜報にしては間が抜けすぎている。


 ルディは震える指でログ欄に返事を書いた。疑問符を大量に使い、取り乱した文面で。後から読み返したら死にたくなるタイプの文面だった。


 翌朝、返事が来ていた。


「落ち着いてください。疑問符が多すぎます」


 ――疑問符の数を指摘された。


 何だこの人は。


 やり取りが続いた。相手は「ティナ・ロッシュ」と名乗った。ロッシュ辺境伯領の領主代行。日記帳の持ち主。母の形見の日記帳に、ルディのセーブデータが勝手に書き込まれているのだという。


 辺境伯令嬢。日記帳。――どう考えても危険人物ではない。


 アンドレイに報告すべきか、ルディは迷った。報告すれば、軍はリスクを排除する。この通信は切られる。


 ――でも、この人は「ご無事ですか」と書いた。俺のHP残り12を見て、心配してくれた。


 ――HPが12で心配してくれた人間は、こっちの世界で初めてだ。


 ルディは報告を保留した。合理的な判断ではない。自覚している。でも、もう少しだけ、この「バグ」を泳がせてみたかった。



 文通が日常に溶け込むまでに、そう時間はかからなかった。


 ティナの添削は容赦がなかった。「疑問符は二つまで」「ら抜き言葉をやめてください」「主語を省略しないこと」。教師が生徒の作文を直すような、遠慮のない指摘だ。


 ルディにとってそれは、「勇者」の仮面を通り越して「素の自分」に届く、初めての言葉だった。フィンは「勇者殿」を尊敬する。ナディアは「ルディ」を観察する。ベルントは「勇者」を記録する。しかしティナは、ルディが勇者かどうかに興味がない。文法が正しいかどうかにしか興味がない。


 ――それが、どうしようもなく心地いい。


 問題は、ステータス画面を確認する頻度が跳ね上がったことだ。


 ダンジョン内の休憩中。ルディは虚空に目を向けて、ステータス画面のログ欄を確認する。ティナからの返信が来ていないかチェックする。来ていたら読む。読んだら、返事を考える。返事を書くときは虚空に向かって指を動かす。


 パーティーメンバーから見ると、勇者が突然虚空を見つめ、何もない空間に向かって指を動かし、時折にやにやしている。


「勇者殿、休憩中に宙をじっと見つめておられますが……何かお考えですか?」


 フィンが心配そうに聞いてきた。


「ああ、まあ、ちょっとな」


「最近やけに虚空見つめてにやにやしてることが多いよね。怖いんだけど」


 ナディアの指摘が鋭い。にやにやしていた自覚はなかった。


「にやにやしてない」


「記録します。勇者殿、虚空を凝視する頻度が今週に入り約三倍に増加。時折独り言を伴う。理由不明」


 ベルントのペンが走る。


「記録するな」


「事実の記録は記録官の職責です」


 ルディは黙った。事実ではあるので反論できない。



 ティナの助言が、ダンジョン攻略に実際に活きるようになったのは、文通が始まって一週間ほど経った頃だった。


 ティナは薬草に詳しかった。ルディが「ポーションが不味い」と愚痴を書くと、三種類の薬草茶のレシピが丁寧な字で書き添えられてきた。分量、水温、蒸らし時間まで正確に記されている。


 ダンジョン内で採取できる薬草を使い、レシピ通りに茶を淹れてみた。野営中にパーティーに振る舞うと、反応は劇的だった。


「勇者殿、このお茶は……すごく美味しいです! どこで淹れ方を?」


 フィンが目を丸くした。


「……本で読んだ」


「ダンジョンで本読む暇あるんだ」


 ナディアの碧眼が一瞬光った。


「記録します。勇者殿が淹れた薬草茶、支給品ポーションの約十二倍おいしい」


「十二倍って何だよ。数値化するな」


「数値化は記録官の基本です」


 ルディはこの瞬間を、ステータス画面のログに記録した。


「薬草茶、パーティーに好評。レシピ元は言えないけど、ティナありがとう」


 書いてから気づいた。無意識に「ティナ」と名前で書いている。慌てて消そうとしたが、日記帳側には既に定着しているだろう。


 ――まあ、名前呼びくらいは別にいいか。日記帳の持ち主なんだし。


 言い訳が苦しいことに、ルディ自身が一番気づいていた。




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― 新着の感想 ―
私も二人のやりとりにニヤニヤしてしまいます…
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