ラストフェイズ:ダァトの部屋3
「ということで、改めて、何か叶えたい願いがある人は?」
燕はちっちゃい悪魔にまるで容赦することなく、そう言って、皆を見渡す。
……すると。
「……燕さん」
真っ先に、七香がそっと手を挙げた。
そして。
「このタヌキさんの抜け殻、保存できないかしら」
「……えっ」
そんなことを言うものだから、全員、慄いた!
「七香さん!?七香さん!?一体何を!?エッ!?七香さん、そんなにタヌキがお好きなんです!?」
当然、一番慄いているのはタヌキ自身である!もうタヌキボディではないタヌキは、『エッ!?』と大いに慄き、そして、あわあわと全身で困惑を表現している!
「そうね」
「エッ……そ、そこまでです!?エエーッ!?」
「さっきから違和感がすごいわねえ、デュオの体でタヌちゃんが喋ってるの……」
「だな。なんつーか、こう……人間ってここまで印象が変わるモンなんだな……」
七香は動じず、タヌキは混乱しており、そして周囲は『ああ、中身がタヌキのデュオって、変……』と、何とも言えない顔でこれを見守った。
……中身が宇佐美光だった時のデュオボディは、こう、いかにも穏やかな顔をしていながら、どうにも隠し切れない冷たさのようなものを目の奥に覗かせていた。それでいて理知的で、余裕があって……実に、かっこよかったのだ。
だが!今、洞田貫彰が中に入ったデュオボディ!こちらは……穏やかで、ちょっと情けない顔で、そして顔にも体にも感情が表出すること頻りである。理性より感情が強く見受けられ、余裕は全く見当たらず、それでいて……それ故か、一生懸命生きているのだなあ、というかんじがする。
まあ、つまり。印象ががらりと変わってしまったので、とんでもなく違和感が強いのだが……それはそれとして、タヌキはいい奴だし、今、あわあわやっているデュオボディについても、まあ、悪い印象ではないのだ。余裕やかっこよさが失われた代わりに、親しみやすさと愛嬌が生まれているのだ!
「……タヌキの体の保存ということなら、毛皮にするとか、剥製にするとか、そういうかんじか」
「いえ。ここに彰さんが入って動けるくらいの」
「……そういうことか。なら……あー……」
……燕は頭を抱えてしまった。七香は『できないかしら』と、ちょっと眉根を寄せている。タヌキは只々、『私が!?入れるタイプの!?タヌキボディ!?エッ!?何故!?』と混乱している!
「あのさあ、だったらうちの職場で、タヌキロボボディ作ってもらおうぜ!先輩達、そういうの作るの上手だぞ!」
「あっ、そういうお話しでしたね!やった!それなら私、入ってみたいです!」
「……毛皮のあるやわらかいロボットにはできるかしら」
「うん!多分できる!先輩達、すごいから!」
そして、タヌキを置き去りに、バカも入って『タヌキボディ保存委員会』が発足した。
燕とバカと七香で色々と話し合い……そして。
「……じゃあカード1枚を使用して、このタヌキの体は防腐処理してもらう」
「ああ、うん、それくらいなら、まあ……」
……ちっちゃい悪魔は、タヌキの抜け殻に何やら『しびびびびび』とビームを打っていた。『これで防腐処理できたぞ』とのことだったので、多分防腐ビームだったのであろう。悪魔も色々と多才なのである。バカは、『あのビーム、先輩も打てるけど俺も打てるようになりてえなあ……』と、ちょっぴり憧れを抱いた!
「残り17枚だけど、他は」
「ならヤエちゃんの脚よ!というかタヌちゃんより先に、こっちよ!」
さて。続いて声を上げたのは、五右衛門であった。
「ねえ、カードは余るでしょ!?ヤエちゃんの脚も治してもらえないかしら!」
「えっ、あ、あの……」
……同時に、戸惑ったのは、ヤエであった。
「脚……ええと、ヤエちゃんが長距離走をやらないにしても、今後、無いよりは、あった方が、いいでしょう?」
「あ……その……」
五右衛門の言葉に、ヤエはまた困惑したように視線を彷徨わせ、そして……俯いてしまう。何か考えているけれど、上手く言葉にならない、というように。
「……あー、その、すまない。ちょっと、いいだろうか」
そこへ入っていったのは、海斗である。
「僕も、五右衛門さんに賛成だ。片脚が無いというのは、かなり大きなことだと思う。今後の生活のことを考えてみても、無いよりは、あった方がいいだろう」
海斗の言うことは至極尤もである。ヤエもそれは分かっているのか、こく、と頷きつつ……だが、元気が、無い。
「それから……五右衛門さんのためにも、その方がいいと思う」
だが、海斗がそう言うと、はっとしたように顔を上げた。
「……その、あの事件が無かったなら、ヤエさんと五右衛門さんは、もっとぎくしゃくせずに話ができるんじゃ、ないかと思う。……もしヤエさんの脚が戻ったなら、五右衛門さんも、罪悪感以外のものをヤエさんに向けられるんじゃないかと思う」
ヤエが、すとん、と納得したような顔をして、五右衛門を見る。五右衛門もまた、はっとしたような顔をしていた。
「私……自分のことばっかりで、五右衛門さんのこと、考えてなかった……」
そして、ヤエが漏らしたつぶやきを聞いて、五右衛門は慌てて、言葉を重ねる。
「い、いいのよ、ヤエちゃん!……ヤエちゃん。アタシのことは、考えなくていいわ。あなたがこのままでいいって思うんだったら、それでいいの。……ごめんなさい、アタシ、自分が楽になりたいばっかりに、こんなこと」
「違う!」
……ヤエが珍しく大きな声を上げたものだから、五右衛門の言葉はぴたりと止まってしまった。
ヤエは、自分でもどうしていいのかよく分からないような、そんな顔で、続ける。
「五右衛門さんは……その、そういうんじゃ、なくて……その、本当に、私のこと、心配してくれてて……それは、ほんとで、五右衛門さんが、ただ五右衛門さんが楽になりたいから、って、そうしてるわけじゃ、ないです」
五右衛門のことをそう言い切って、ヤエは……それから、ふと、泣きそうな顔をした。
「……でも、私、五右衛門さんが楽な方が、なんか、楽、だな、って……だって、普通に、お喋りしたいし。私に、申し訳なく思わないでほしいし。また、髪、やってほしいし……でも、そういうの、なんか、上手くできないっていうか、ただお互い、苦しいんだったら、なんか……」
ヤエはそこまで言い募ると、ふと、口を噤んで……それから、五右衛門を見て、言った。
「……楽なことって、悪いことじゃ、なくないですか?」
……その言葉は、五右衛門に向けたものであり……同時に、ヤエ自身に向けたものでも、あったのだろう。
「……そうね。悪いことじゃ、ないわよね」
五右衛門は、ふ、と息を吐いて、視線を床に彷徨わせて……そして、よし、とばかり、顔を挙げた。
「よーし!そういうことならアタシ、もう言い切っちゃうわよぉ!」
五右衛門は躊躇うことなく進み出ると、ヤエの手を握った。ちょっと強引に、でも、優しく。
「ヤエちゃん!アタシとのぎくしゃくした関係をどうにかするために、脚、治してちょーだい!アタシもね!もう、罪悪感で潰れそうなのは御免なの!それで、ヤエちゃんと、普通にお喋りしたい!」
ヤエは、握られた手を見て、それから五右衛門を見て……ふにゃ、と笑って頷くのだった。
「……私、脚、治します。……治しても、いいなら、そう、したいです」
「そうだな。僕はまるで部外者だが、それがいいと思う」
ようやく心が決まったらしいヤエに、海斗は『よかった』と頷きつつ、遠慮がちにちょっと近付いた。
「だが……その、それによって、また長距離走に復帰しなければならなくなるかもしれない、ということを心配しているなら……」
ヤエが、はっとする。『なんで分かったの?』というような顔で。
だが、海斗はちょっと気まずそうにしながらも……ぽそぽそ、と告げた。
「……その時は、僕が力になれる、と、思う。その……微力だろうが。それでも、やりたくないことをやりたくないと、最近ようやく両親に話せた者として……少しは、助けられることがあると思う」
「海斗さん……」
ヤエは、ほや、と嬉しそうな顔をして、きらきらした目で海斗を見つめた。憧れの先輩を見つめるような目を向けられて、海斗はちょっと慌てた。こういう視線とは無縁の人生だった海斗にとっては、なんだか居心地が悪いのである!
「そ、その、ついでに、大学進学のスポーツ推薦の枠を取れなくなることについても、勉学のサポートは僕にもできるだろう!燕やデュオほどじゃないが、これでも一応、慶応の学部生だからな!」
「えっ!?海斗さんってやっぱり頭よかったんだねえ!?」
「そうだぞ!海斗は滅茶苦茶頭いいんだぞ!すごいんだぞ!」
海斗がちょっとわざとらしく堂々としているのを見て、真理奈は拍手を送り、そしてバカは海斗よりも自慢げに胸を張った。自分の相棒のことは、自分のことよりも自慢したいのである!
「成程な……それより更に頭がいい奴が2人も居るから霞んじまう、ってだけか……」
「ちょっと!四郎ちゃん!そういうこと言わないのッ!」
その横では四郎が余計な真実を口走って、五右衛門に脇腹を突かれていたが。ついでに海斗も、『まあ……デュオや燕には、明らかに劣るが……』と、ちょっといじけた顔になってしまったが!
「タヌキさんは、成績優秀な方だったのかしら」
「あ、私は普通にそこらへんの国立入りました。お金ありませんのでぇ……」
「国立って普通に入るものなんだぁ……」
……更に、タヌキもなんかボチボチ頭が良かったことが判明してしまい、すっかり海斗の学力の価値が薄れていく!ああ!海斗が、いじける!
いじけ海斗はバカが『海斗は世界一の相棒だぞ!』と励まし、燕が『教えるのは俺より海斗さんの方が向いてると思う。俺、教えるの下手だから』と励まし、タヌキが『そもそもヤエさん相手ならやっぱり、海斗さんですよぉ!なんか、私とか燕さんとかデュオさんとかだと、こう、繊細さが!足りない!』と励ました。
繊細さが足りないことになってしまった燕はちょっとむっとしていたが、真理奈が『ああ、そういうとこあるよねえ、燕』と言ってしまったため、ぐうの音も出なくなってしまい、ちょっといじけた。ああ!燕も、いじける!
……が、いじけた燕には八つ当たりできる奴が居る。
そう。ちっちゃい悪魔だ!
「ということで、ヤエさんの脚、治せ。事故直前の状態になるように。あ、片脚になってから右脚も筋肉とか使われ方とか変化してると思うから、バランス考えて両脚とも戻せ」
「なんと悪魔遣いの荒い……!」
ちっちゃい悪魔は文句を言いたげであったが、燕が、すっ、とカードを出すと、『ひぃん!』と泣きながら、ヤエに向かってもしょもしょと何やらやって……そして。
「きゃ」
「ヤエちゃん!?」
……ヤエの脚が、両脚とも、揃って出てきた。
しかし!
「おい悪魔ぁ!何故脱がせた!」
「だ、だって義足があるところに脚は出せんだろう!無茶を言うな!」
……ヤエの左脚に付いていた義足と、右脚に付いていたハイソックス片方と靴片方が、ちょこん、と、ヤエの傍らに置かれている!つまり、今のヤエは、両足ともに、生足である!
が、ヤエは、自分の靴下や靴が脱げていることよりも、両足があることに、びっくりしたらしい。
……そして。
「わ……わ、えっと、えっと」
よろ、とちょっとよろめきながらも、よいしょ、と立ち上がり……。
「わあ……」
てくてく、と数歩、歩き。
「わ……」
ぴょこ、ぴょこ、と飛び跳ね、制服のスカートの裾をひらひらさせ……。
……じわ、と涙を滲ませた。
「ヤエちゃーん!」
「わ、真理奈ちゃん……」
そこへ飛びついていったのは、真理奈である。真理奈は、『よかったねえ!』と言いつつ、ヤエの手を取って、ぴょこぴょこ跳ねる。するとヤエも、涙を滲ませたまま大きく頷いて、真理奈と手を取り合ったまま、ぴょこぴょこ跳ねる。
……そうして、2人の少女は嬉しそうに、しばらくぴょこぴょこやって喜びを分かち合うのであった!
しかし!
「悪魔ァ!今すぐ、ヤエちゃんの服、出しなさいッ!あったかい厚手のタイツと可愛くて歩きやすいローファー!あと、ふかふかのオーバーパンツ!今すぐにッ!出せェ!」
……ぴょこぴょこやっているということは、その度に、スカートの裾がひらひらしているということである。
そしてヤエは今、生足である。
……五右衛門の焦りも、ご尤もであった!
ということで、カードをまた1枚消費することで、ヤエの脚はあったかタイツに包まれた。ヤエは『あったかい』とにこにこ顔である。真理奈も、『よかったねえ!あったかいのはいいことだよね!』とにこにこ顔である。
そして、バカあたりはよく分かっていなくて『ほげ……?』と首を傾げているが、五右衛門や海斗やタヌキは『よかった!』と心底安堵している!
「……えーと、これでカードは残り15枚か」
そして、女子の脚があっても全く動じることが無かった燕は、カードの枚数を確認して、『さてどうするか』と悩み始める。
「……あー、じゃあ、俺から、いいかな」
すると、相変わらずたまを腕に抱いたままのデュオが、そっと手を挙げた。
「今、タヌキのポケットに入ってる財宝の類だけど……現金化してもらった方がいいと思うんだけど、どうかな。ああいうの、換金するの、結構面倒だから」
「ああ、そうか……。うん、俺も賛成する。現金で必要な人、いそうだし」
「エッ!?待ってください!でしたらここで山分け作業しちゃっていいですか!?私、黄金の器、気にいっちゃってぇ!アレでプリン・アラモード食べてみたくてぇ!」
「……じゃあ、今やっちゃおうか。面倒なことは全部、悪魔がやってくれるみたいだし……」
……ということで。
悪魔が『本当に全部!宝物庫の中身!持ってかれてた!』と嘆く中、楽しく仲良く、山分け作業が始まったのだった!




