ゲームフェイズ2:『8』強者
……そうして、タヌキは生垣から救出された。タヌキはしんなりしょんぼりしていたが、七香はくすくす笑っていて、非常にご機嫌である。
「今ならいける気がするわ」
そんな七香がそんなことを言うものだから、タヌキのみならず、バカもびっくりした!海斗もびっくりしている!七香が……あの七香が、『今ならいける気がするわ』などと言うとは!びっくり!
「えっ……えっ!?何が!?なんで!?どうして!?」
「あなたが笑わせてくださったもの」
七香はくすくすしながら目を細めて、足元のタヌキを見下ろす。ご機嫌だ。非常に、ご機嫌である。
「え!?本当に!?……アッ!?これ、笑わせたんじゃなくて笑われたってヤツです!?」
一方のタヌキは、『ああーん!』と嘆いているが……そんなタヌキを見て、七香は益々ご機嫌なのであった!
さて。
そんな、『今ならいける気がする』という七香の言葉を信じ、バカ達は揃って『8』の部屋へとやってきた。
この中で一番ソワソワしているのは、間違いなくバカであろう。だってバカは、ここで酷いことが起きたのを何度も見ているから。
……が、その次にソワソワしているのは、多分、タヌキである。タヌキはタヌキで、『七香さん、大丈夫ですかねえ……』と、心配そうにソワソワタヌタヌやっており、落ち着きが無い。
が、そんなバカとタヌキはいざ知らず、七香は颯爽と歩く姿も美しく、『8』の部屋へと優雅に突入していくのだった。
そして。
「あら、悪趣味だこと」
七香が不敵な笑みを湛えて『それ』を眺める。
……『それ』は、天井から降ってきた、黒っぽい、虹色っぽい、よく分からない色の物体であった。バカは、『アスファルトの水たまりの上に石油零した時っぽい!』と思った。
が、そんなよく分からない物体は、見る見るうちに姿を変え……七香そっくりに化けた。
そして、七香そっくりに化けた何かは、数度、手を握ったり開いたりしてそれを眺めて、『ああ、自分の体はこんな具合か』とでもいうかのようにそれらを確かめると……本物の七香へ視線を向けて、無表情のまま、その手を振り下ろす。
……途端、偽物の『見えざる手』が、本物の七香へ襲い掛かった。
タヌキが『キャーッ!』と悲鳴を上げる中、バカは『俺の出番か!?』と身構え……しかし。
……ふ、と七香は笑った。
そのまま、すい、と左手を持ち上げると……自分の頭上へ降ってきていたのであろう、偽物の『見えざる手』を、軽々と受け止める。
すると……七香は左手を持ち上げたまま、その手を軸にするようにして、ふわり、とターンした。
品のいいワンピースドレスの裾が揺れ、さながら踊っているかのようにさえ見える優雅さであったが……七香の目は鋭く偽物へ向けられ、そしてその右手は、ぐっ、と力強く握られている。
そして。
タヌキが、『キャーッ!』と歓声を上げる中、七香の『見えざる手』の右ストレートが、偽物を盛大にぶっ飛ばしていたのであった!
天晴!
「気分がいいわ」
七香は首を振って、少し乱れた黒髪を背中へ流した。が、その表情のなんとも満足気なことといったら!
「すごいですね!すごいですね七香さん!いやあー!かっこよかったです!」
「そう。ありがとう」
タヌキに褒められ、七香は満更でもなさそうに笑う。優雅だが、好戦的な笑みである。……これを見て、バカは、悟った。『七香って、戦うの好きなタイプなんだなあ……』と。多分、メンタルが戦闘向きなのである。格闘技とかやらせたら、きっと強いのである!
「……うん。樺島君は必要無かったね」
「うん……俺、筋肉とタックルしかねえのに……役に立てるところ、なくなっちゃうよぉ……」
「あー……樺島君、既に大分、役に立ってると思うよ。元気出して」
デュオはちょっと複雑そうな顔で七香を見ていたし、バカはバカで、『七香が強いと俺が役に立てない……』とちょっとしょんぼりしていたが……だが、何はともあれ、これでバカ随一の懸案事項であった『8』の部屋は、無事に攻略されたのであった!おめでとう!
さて。そうして、『8』のカードを拾ってきたタヌキが『はい!燕さん!どうぞ!』と燕のポッケにそれを『もすん!』と突っ込んだところで。
「俺も役に立ちてえなあ……なんかいいとこ、ねえかなあ……」
「……そもそも、何番の部屋が残っているんだ?」
「そうだね。ここで一旦、確認しようか。ええと……」
バカ達は早速、『今、何番のカード手に入れたんだっけ!』という情報をまとめることにした。
「燕!カード出してくれ!」
「ああ、うん……」
……とはいえ、これを確認する方法は簡単である。とりあえず燕のポッケに入っているカードを全部見ればよい。それだけでよい。とっても簡単!
「ええと、2、3、4、5、7、8、12、13、15、16、17、18、21……全部で13枚だね」
「もう脱出しようと思えばできちゃうんですねえ……アッ、しませんよ!大丈夫ですよ、燕さん!そんな顔しないで!ほらカードしまってしまって!ね!」
確認が終わったら、タヌキがせっせと燕のポッケにカードをしまった。燕は、『なんで人のポケットにものをつっこむんだ……』と、何とも言えない顔をしていた!
「残っている部屋は、0、1、6、9、10、11、14、19、20、の9つか。よし、樺島。どこに行く?」
「え?えーと……」
海斗に聞かれて、バカは『えーと……』と思い出す。
……0番の部屋は、デュオが『思っていた通りになる部屋』と言っていた。が、バカは直接見たことが無いので何とも言えない。頭脳派達に相談してからにしたい。
1番の部屋は、確かパズルだ。海斗が1人でも大丈夫な部屋、ということだったが、バカが入ってもまるで役に立たない部屋であろう。
そして、6番は……。
「『6』の部屋は、ちょっと危ないんだよなあ……」
バカは、思い出してちょっと身震いした。そうだ。あの『6』の部屋では……怖い事故が、あった。
「エッ!?危ない部屋ですか!?どういう!?」
「かわいい女の子がいっぱい出てくる……」
「……それ、危ない部屋なんですか!?」
タヌキが頭の上に『!?』と浮かべている横で、バカは『そうなんだよぉ、危ないんだよぉ』と大いに頷き……。
「うん。その女の子達から林檎貰って食べちゃうと、部屋から出られなくなっちゃうんだよぉ……」
そう説明すると、タヌキはちょっと考え……首を傾げた。
「……それ、樺島さん、出られなくなったこと、あります?」
「ううん、俺は無い。でも五右衛門が出られなくなっちゃったこと、あった……」
「あ、アタシぃ!?なんで!?」
「ヤエっぽい子が居て、断れなかった、って……」
五右衛門が『ああ……分かったわ。そういう部屋なのね……?』と頭を抱えた。ヤエがちょっと申し訳なさそうな顔をしていた!
「あと、デュオが入ると、たまそっくりの奴が出てくるから……」
「……それは危険だね」
更に、デュオもちょっと険しい表情で『流石、悪魔のデスゲームだな……』とぼやいた。とはいえ、デュオはこういうのには慣れっこなのだろうが……でも、バカは全く慣れっこでないので、やっぱり、たまそっくりの子が出てきちゃったらちょっと嫌である!
だが。
「あら。私、一度その『つぐみ』さんがどんな方か、お目にかかりたいわ」
上機嫌も上機嫌、更に、戦闘の興奮が加わったか、七香は非常に乗り気であった。『今ならいける気がする』は伊達じゃないのである。
「……成程な。危険な部屋だね、本当に……」
「次の部屋は『6』ということにしましょう」
デュオが更にぼやいているが、七香はどこ吹く風である!デュオでは歯が立たない!
「あのーう、樺島さん。そのお部屋って、入った人の好みドストライクな女の子がいっぱい出てくるんです?じゃあ、七香さんが入ったら、七香さんの好みの女の子が出てくるんです?」
「え?……わかんない。七香が入ったら、男が出てくんのか……?どうなんだ?」
一方、タヌキは素朴な疑問をバカと共有して、2人揃って首を傾げている。答えは出ない!
「燕さーん、結局、どういう仕様になってるんですか?」
「そっか!燕なら知ってるのか!教えてくれー!」
ということで、早々に諦めた2人は燕に向かって『どどどどど』『ぽぬぽぬぽぬ』と駆けていく。燕は『うわ』という顔であったが、ちゃんと律儀に考えて、答えてくれた。
「……異性愛者なら異性が出てくると思う。五右衛門さんみたいな特殊な事情が無い限りは、好みの相手が出てくるんじゃないか。俺が作った部屋じゃないから詳細は知らないけど……」
「あー、燕が作りそうな部屋じゃないよねえ、聞く限りでは……」
真理奈は『成程ねえ』などと言って頷きつつ、ふむ、と首を傾げた。
「ねえねえ。七香さんじゃないけど……ちょっと、気にならない?」
「……わざわざ事故の可能性を増やさなくてもいいと思うけどな」
燕は『真理奈まで……』というような、実に頭の痛そうな顔をしていたのだが……七香が強けりゃ真理奈も強い。特に、燕には強い。
「だって、気になる!燕が入ったら、どういう子が出てくるのか見てみたい!」
「えっ」
終いにはこんなことを言い出すので、燕は只々、『どうしろっていうんだ』という顔をするしかない!
「よし!行こうよ燕!」
「行かない!」
「なんでぇ!?」
「なんでも!」
……そうして、『行こうよー!』と引っ張る真理奈と、『行かない!』と踏ん張る燕が生まれた。両者のパワーは拮抗している。バカは心の中で、『のこった!のこった!』と行司さんになりつつ、2人の引っ張り合いを眺めていたが……。
「……ん?どうしたんだ?戦車」
そんなバカのところへ、戦車がからからとやってきた。そして、バカを、くい、くい、とエレベーターの方へ連れて行こうとする。
更に、バカが『おや?』と思っていると、戦車は……何故か、四郎のところに行って、四郎に対しても同じように、くい、くい、とエレベーターの方へ押すのだ。
「……んだ、こりゃ」
「戦車、俺達皆を『6』の部屋に連れて行きたいのかなあ……」
なんでだろうなあ、と思いつつバカと四郎が首を傾げていると、戦車は『我が意を得たり!』とばかり、くるんと回って喜んでいる。
そんなこんなでいると、皆が『なんだなんだ、戦車が回っているぞ』とばかり、やってきたので、バカは皆に戦車の意図を説明した。即ち、『どうやら、戦車は俺達を6番アルカナルームに連れて行きたいらしい』と……。
「戦車が行こうって言ってるんだから、皆、付き合ってくれねえかなあ……駄目?」
そうしてバカも、かわいい戦車の為に皆にお願いすると、乗り気ではなかったデュオや燕、そして海斗あたりも、『戦車の意図は気になるよね……』『何かあるなら、見ておいた方がいい、のか……嫌だけど……』『まあ、戦車の頼みなら……』と、渋々賛成してくれたのであった!
ありがとう、戦車!
ということで、バカ達はなんとか全員、2つのエレベーターに分かれつつ、『6』の部屋へと突入したのだが……。
「……アタシ、気づいちゃったんだけどぉ」
五右衛門が、ちょっと遠い目で草原を見回して、言った。
「全員同時に入ったら、どれが誰のどういう好みなんだか、全然分かんないわよねえ……」
「アアーッ!五右衛門さん!それはもっと早く言っていただきたかった!」
……草原には、見渡す限り、沢山の人や人じゃないものが、大勢いる。彼ら自身も、『なんで我々、こんなに多いんですかね……?』というような顔をしているところではあるが……とにもかくにも、未だかつてないほどの大人数なのであった。
その数……大雑把に計測して……500人である!
『恋人』どころの騒ぎでは、ない!




