第十話 越境
町は完全に“ひとつ”になった。
建物も道路も川も、全て緑の組織に置き換わり、空から見れば一枚の葉脈のような模様を描いている。
その中心に、直志は立っていた——いや、もう「直志」という個は存在しなかった。
意識は無数に分かれ、同時に全てを感じ、全てを知っていた。
外界の音が聞こえる。
遠くでエンジンの低い唸り、金属を叩く音、人間の声。
まだ“群れ”になっていない世界が、町の境界の向こうで蠢いている。
——行こう。
その衝動は誰かの意思ではなく、“全員”の意思だった。
町の外周から、根が一斉に地中へ伸びる。
アスファルトを下から押し上げ、地割れのように走るその根は、瞬く間に郊外へ達した。
地面の下で配管や電線を絡め取り、その先にある別の町の土を優しく揺らす。
芽吹きの前触れとして、地面がかすかに呼吸を始める。
そこで暮らす人々は、まだ何も気づかない。
ただ、夜半に同じ夢を見るだろう——見知らぬ庭に立ち、懐かしい顔に呼びかけられる夢を。
直志(だった意識)は、遠くのその町の人々の脈拍をすでに感じていた。
彼らはまだ個でありながら、群れの旋律に合わせて呼吸を始めている。
あとは芽を差し込むだけ。
空を覆う葉の層が波打ち、まるで海のような音を立てた。
そして“群れ”は、ゆっくりと、しかし確実に境界を越えていった。
——冬は、もうどこにも来ない。
緑は止まらない。




