03.思想つよつよおねえさん(3)
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「ありゃ、エリアスさん、早退しちゃった。という訳で、寧子ちゃんどこか行きたい所とかある? セラフ内を自由に歩き回ったりできないんだよね?」
朝食後、スマホを確認したイデリナがそう言って手を打った。
やはり体調不良だったのだろう、エリアスについては自宅でゆっくり休める事を祈るばかりだ。
イデリナの親切な申し出の一方で、セオドアは胡乱げな表情を浮かべている。
「え、それはどうだろう……。僕達はその辺をうろついていていいのか? どちらかでもアーディ先生の元へ帰るべきでは?」
「その先生が適当に時間を潰していいって指示を送ってきてるからいいでしょ。寧子ちゃんもずっとセラフに軟禁されてるし、ストレス溜まっちゃうよね」
急に言われても何も思いつかないし、そもそもセラフ内にどんな施設があって何ができるのかが分からない。考え込んでいると、即座にセオドアが助け舟を出してくれた。
「僕が聞いた限り、寧子さんはセラフに来てから部屋と研究室の往復しかしていないんじゃ……。えーと、セラフの一般職員権限で入れる施設をまず紹介するのはどうだろうか」
「あ、お願いします」
「じゃ、いこっか! そうだなー、まずは2階のジムがオススメかな。誰でも使っていいし、このままじゃ寧子ちゃんが運動不足で健康を害しちゃうよ!」
歩きながらイデリナとセオドアが代わる代わる面白い施設だの、コーヒーが美味しいカフェだのを説明してくれる。が、寧子は気もそぞろと言った様子であまり盛り上がらなかった。
「……こんなことを護衛のお二人に聞くのはあれなんですけど。私、いつまでここで暮らすんでしょうか……」
「え」
あまり聞いてはいけない問いだったのだろうか。
小さく声を漏らしたイデリナが目を丸くしてその場に立ち止まる。ややあって、ぎこちない調子で問いへの回答ではなく励ましを口にした。
「えーっと……楽しくはないだろうけれど、大きめの不満とかある感じ!? 大丈夫、アーディ先生に相談したらある程度は環境を整えてくれる――はず!」
「えっ、どうしてそんなに挙動不審なんですか?」
――私はもしかして、ちょっとこの人たちに恐がられている?
まるで幸野屋寧子という人物に粗相でもしでかしたら、とんでもない事が起こると言わんばかりの反応に見える。気にし過ぎだろうか。
脳裏に僅かに過ぎった可能性に何とも言えない気分に陥っていると、不意にセオドアが険しい表情で廊下の先に目をやった。
「あなたは……」
「こんにちは、寧子ちゃん。お散歩かしら? セラフは広いけれど、それでも1週間もすれば飽きてしまいそう」
鉢植えを譲渡したお姉さん・フリアがどこからともなくふらりと現れた。
この広いセラフ本社で偶然ばったり出会った事による驚きは微塵もなく、双子の護衛だけが警戒心を露わにしている。そういえば、1区の事件後、この人もセラフで生活しているようだった。
ただし彼女の扱いも特殊なのだろう。警戒心のまま、セオドアが険のある声を放った。
「何故、一人でうろついているのですか? 用件があればお渡しした端末で連絡してくれればよかったのに」
「退屈していたの。それに、散歩に無粋なワンちゃん達を連れて歩きたくないでしょう? 貴方達、キャンキャンととても元気そうだもの」
チラ、とフロア標識を確認したセオドアは観念したように重々しい溜息を吐き出す。
「はあ……。変な所へ入り込まないでくださいよ。あなたが自由に行き来できるのは、仮の職員カードで入れる場所までです」
「ええ。勿論。ここはまだ一般職員でも入れる区画だもの、問題はないでしょう?」
「まあ、ええ、はい」
セオドアには興味を失ったのだろうか。フリアが艶のある笑みを寧子へと手向けた。それは寧子にとっては彼女が隣家に住んでいた頃から変わらない態度ではある。
「おねえさんも寧子ちゃんと一緒にお散歩でもしようかしら」
――この空気感で!?
警戒する双子の護衛が目に入らないのだろうか。あまりにも温度差のある空気感に緊張してしまう。
しかし同時に、どうやら護衛達はフリアを自由にさせておくのも良しとしないようだった。これだけ敵対的な状況であるにも関わらず、肯定の意を示す。
「僕達は今、寧子さんに施設の案内をしていますが、それでよければ同行でも何でもどうぞ。あまり一人で出歩かないで欲しいので、部屋へ戻る気が無いのであれば付いてきてもらった方がマシですね」
「あら、随分とハッキリ言うのね。ええ、同行するわ。寧子ちゃん――何か悩み事があるようだし」
確かに悩みは尽きないけれども。かといってフリアにそれを解決できるかと言われれば――難しいだろうと思う。無難な世間話でもして、場の気まずい空気を払拭するとしよう。
「フリアさんは――」
「薄々気付いているとは思うのだけれど、私の異能は未来視……。あまり時間が無い事は分かっているから、世間話の前振りは不要よ。貴方が健やかである事、それが私に課せられたお仕事だから」
「仕事……まあいいや、聞いてくださるのなら。エリアスさん、体調が悪いらしいんですけど大丈夫ですかね? 何だか私のかけた心労のせいで具合が悪くなっているんじゃ……」
あら、とフリアが目を眇めた。意外だと言わんばかりだ。
「貴方が今私に相談する悩みは2択だったけれど、意外な方に行ったわね。優しい子」
「ちょっと……?」
イデリナが何故か動揺し始めたが、上手い事止められなかったのだろう。にこやかにフリアが問い掛けに応じた。
「武骨で気難しい彼の不調の原因は……そうね、血中の結晶濃度というものが安定せず薬の服用をし過ぎによるもの」
「えっ、何ですかそれは」
「ああ、恐がらないで。私達には血中の濃度が何だとか、関係無いの。不完全な異能者である彼等には重要な問題のようだけれど。ごめんなさい、何故それが安定しないのかは私には理解ができないわ。彼の登場する未来、視えないのよね。断片的な情報しか拾えないくて……」
「そういう事もあるんですね。難しいな、異能力」
「この件については特に役立ちそうな事を説明できないみたい。私は医者ではないから、そういった知識については……」
「ああ、いえいえ。大丈夫です。そっか、原因はよく分からないんだ」
奥が深い異能力だが、運が良いだけの自分はそもそも異能を使っている感覚がない。ただ最近はその運の良さを実感できないから、やはり大した異能でもないのだろう。個数が決まっている菓子が1個多く入っていてラッキー、くらいが関の山である。




