19話 その6
ただ、皇子様はそのお二人と比べて能天気なようで、ニコニコしながら教室内を見て私に言ってきました。
「ラピスはもう帰ったみたいです。車椅子なので、転移魔法の使用が許可されていて……いつもいつの間にかいなくなってることが多いんです!」
「……そうですか。ならまた今度来ますね」
私が頭を下げてその場を離れようとすると、皇子様は止めてきます。
「ユノ、待ってください! ラピスには月曜日の放課後に残るように言っておきますね!」
「……とても助かります。お邪魔してごめんなさい」
「いえ、またいつでも遊びに来てください。……私のことは皇子様ではなくアルフで大丈夫ですよ!」
そう言い、皇子様もとい、アルフさんは私の前に手を出してきます。
……アルフさんの雰囲気は穏やかそのものなので、私を嵌めてきているとは思えません。それに、もしそういう目的だったなら、ラピスさんに会う上で避けられないものだと思いましょう……。
そう考え、私もアルフさんの手を取り握手に応えました。
「ユノ、これからよろしくお願いします!」
「……よろしくお願いします、アルフさん」
「まずは全員のことを紹介したいのですが、流石に時間がないので……テセウスとオルフェのことだけにします!」
そんな感じで、特に私がなにか言う時間もないまま紹介が始まります。……と言うよりも、本人が直接ですけどね。
「僕はテセウス・オルティサーガ。……さっきはごめんね。数日前にパルティールの王子がアルフに難癖を付けてきて、それが原因でここ最近は少し警戒中だったんだよ。紛らわしいことしちゃったね」
「……いえ、そんなことはありません。テセウスさん、よろしくお願いします」
私が頭を下げると、テセウスさんは微笑みながら「よろしくね」と答えてくれました。
……しかし、パルティール王国と言えば、シンさんやレイラさんがいる国です。この感じだと、王子様まで少し変わっているのかもしれませんね……。エリアス=アングラード・パルティールさん……王族なので当たり前ですけど、より警戒しておきましょう。
私が頷いていると、今度はオルフェさんが声を掛けてきます。
「僕はオルフェウス=エドワード・シュヴァインデルト。みんなからはオルフェって呼ばれてるから、君もそう呼んで構わないよ。よろしく、ユノ」
「……はい、よろしくお願いします、オルフェさん」
そう言い、私は頭を下げてみます。……因みに、テセウスさんもオルフェさんもオーストレイニアの八大貴族の方々なので、本来なら私がお話できるような方ではありません。
ただ、そういうことは置いておいて、気になることがあったので質問することにしました。
「あの、オルフェさんにはどうしてミドルネームがあるんですか?」
それに対してオルフェさんが口を開こうとすると、なぜかアルフさんが先に答えます。
「それはオルフェが『剣聖』だからです!」
「……えと?」
「『剣聖』は遠い昔の皇帝にミドルネームを付けることが許可されているんです!」
「……そうなんですね」
「はい、そうですよ!」
「……説明してくれてありがとう、アルフ。……そういうことなんだけど、他に知りたいことはあるかな?」
オルフェさんは優しく微笑みながらそんなことを言ってきます。ですがこれは多分、私が剣聖の意味を知らないのでわざと言ってきたのだと思います。なんとなくそんな気がします……。この前、レンさんと夜お散歩した時にも剣聖という言葉を耳にしたので、もしかしたらレンさんなら知っているかもしれませんし……私もここは聞かないことにします。
「……いえ、特にありません。また月曜日に来るので、ラピスさんのことはお願いします」
「はい、任せてください! また会いましょう!」
「ユノ、また遊びにおいで。僕たちはいつでも歓迎してるよ」
アルフさんとテセウスさんがそう言ってくれたので、私は「また来ます」と返事をして、その場を離れました。ただ、その間ずっとオルフェさんは私に向かって微笑んできていたのですけど、なんだか少し不思議な感じでした。
それから私は寮に向かって歩きながら、さっきのことを考えていました。
アルフさんたちがお話のできる方で安心しました。……ラピスさんがいなかったのは少し予定と違いましたけど、まあ月曜日にお話できるのでいいでしょう。それに、火曜日から剣術大会ですし、ちょうどいいかもしれませんね。……そういえば、私がラピスさんの名前を出した時に、テセウスさんとオルフェさんの気配が一瞬変わりました。少し違和感は残りますけど、現状なにも分からないので仕方ありませんね。
私はひとまずそう結論付けると、少しぼーっとしながら歩き、寮の部屋に着きました。そして中に入ると、玄関にはアヴィさんの靴が置いてあります。
キッチンで料理を作ってくれているアヴィさんのことは置いておいて、私は寝室に向かうと直ぐにベッドに横になりました。
……はあ、そんなに疲れていないのに全然眠れますね。……布団はすごいです。ふかふかです……。
私は布団を抱き締めながら、気付かないうちに寝てしまいました。
〇
「主様! なに寝てるんですか! 起きてください!」
「……全然起きないな」
「まあ任せておけ! 方法ならいくらでもある!」
……なんだか騒がしいですね。まったくなんですか……。
私が布団をギュッと抱き締めたその瞬間、何かに布団は勢いよく引っ張られ、奪われてしまいました。
「――いや、アヴィ。これは可愛そうだろ……」
「これで間違いなく主様は起きる!」
変な声が聞こえてきますが、突然不愉快な思いをした私は、静かに目を開けてみます。
……アヴィさん? なんで私の布団を抱き締めてるんですか。私からふかふかを奪ったのはアヴィさんですね……。怒りました。
「……あの、アヴィさん。返してください」
「主様! もう夜ごはんはできましたよ!」
「結構寝てたけど、もっと早く起こした方が良かったか?」
「……? あれ、そういえば……そうでした。今何時ですか?」
「今は……二十時過ぎだな」
えと、そもそも私が帰ってきたのは何時頃でしょう……。まあよく分かりませんけど、そこそこ寝てしまったようですね。
「どうする? 直ぐ食べるか?」
「……はい、食べます。お腹も空いてます」
私はベッドから立ち上がると、アヴィさんに近付きます。
「――主様、なんですか?」
そんなとぼけたことを言うアヴィさんの前に立つと、私は布団を掴みます。
「アヴィさん、布団は返してください」
「え、そんなことですか!? もちろん返しますよ! というか、夜ごはんを食べるんですから、布団なんか置きますよ!」
「布団なんかじゃないです。ふかふかなんですからね」
「……?」
私を見て不思議がるアヴィさんのことは無視して、私は布団を返してもらうと、しっかりベッドの上に置きました。……これで安心です。
とりあえずやることを終えたので、私はダイニングに向かうと、レンさんとアヴィさんと一緒に夜ごはんを食べ始めるのでした。
美味しい夕食を堪能していると、ふと思い出したことがあったので、聞いてみることにしました。
「レンさん、『剣聖』ってなにか分かりますか?」
「……ん、剣聖? あー、いや、俺も噂くらいしか知らないんだけど……それでもいいか?」
「はい、それで構いません」
「んーとな、俺が聞いた話だと、木刀一本で金属を豆腐のように斬れるとかそういう嘘っぽいやつだったな」
「……たしかに嘘っぽいですね」
私がそう言うと、レンさんはやや申し訳なさそうにします。
別にレンさんが悪いわけじゃありませんけど、オルフェさんに直接聞いておけば良かったです。……まあ気にしないことにしましょうか。




