Sweat (汗)
モートが音のした方へ首を向ける。
ドアから乗客である男が一人だけ現れた。こちらに普通に歩いてくるのだ。ドアの向こう側にも乗客がたくさんいるのだが、皆うずくまって微動だにしていなかった。
不審に思ったモートは注意深くその男を観察する。
連結部分(つなぎ目)からは遥か後方にオーゼムの何色にも見えない魂が垣間見える。そこには、大切なアリスがいるのだ。
車窓から外は、種々雑多な建造物を真っ赤に彩る取り分けて激しい血の雨が降り続けていた。
車窓から見える景色はどこも真っ赤だ。
男はごく普通のサラリーマンだった。メガネを掛けてこちらにネクタイを緩めながら丁寧なお辞儀をしてきた。だが、微かにその男からは腐敗臭がした。
魂の色はこの上なく黒。
モートは即座に右手を真横にヒュッと振った。
一瞬で男の首が真上に吹っ飛んだ。血飛沫が電車の天井に向かって彩りを与えた。男が崩れ落ちると、男の首は足元へと落ち音もなく転がっていった。
しかし、倒れたはずの男は首なしの状態でも、ゆっくりと起き上がりだした。そして、即座に片手を挙げる。
途端に走行中の電車の屋根が無数の小さな跳ねる音でうるさくなった。
鳥の足音だろうと、モートは直観的に思った。
モートは天井へと飛び込んだ。
電車の天井を通り抜けて、血の雨で真っ赤になった電車の屋根に着地すると、焦ってアリスたちの元へと全速力で走った。
鳥の正体は所々、肉体が欠損したカラスの群れだった。
血の雨は激しさを増し天変地異を思わすかのような豪雨となった。
モートが走り出すと同時に後方からも激しい羽音が追ってきていたが、モートは気にせずに何色にも見えない魂が乗る車両へと走り続けた。
滝のような雨となった空からの血液によって、全てが赤い色に染まる。
―――
アリスは目をつぶり両耳に手を当てた。バサバサと何もかもを覆いつくすかのような鳥の群れの羽音が近づいてきていた。
「このままここで非難していましょう。さあ、賭けの時間です。モートくんに全てを賭けるのです」
「ちょっと、オーゼムさん? 賭けって何のこと?」
「……」
更に大きな音になる羽音を恐怖したシンクレアが震える声を発したが、隣で目をつぶるアリスは不気味な羽音がすぐに消えることを信じていた。
アリスの耳に次第に凄まじい羽音が聞こえなくなって来た。
車窓から外を見ると、バラバラと無数の鳥の肉片が無残に落ちていく。
その時、ドタドタと連結部分のドアから一人のサラリーマンが大勢のゾンビを連れて速足で歩いてくるのが見えた。
オーゼムはそれを見て、オールバックを整えて呟いた。
「ふふっ、またもや死者ですか……リッチーですね」
アリスとシンクレアは小さな悲鳴を上げる。
「死者? リッチー? あのサラリーマンの人がですか?」
「そうです。アリスさん。人の形に騙されないでください。れっきとした死者ですよ。それも儀式によってなり果てた強力なアンデッドなのです」
サラリーマンと死者の群れがこの車両に着くと同時に、天井から体中を真っ赤に染めたモートが床に着地した。
すぐさまモートは、ゾンビを連れたサラリーマンの元へと突っ込んでいった。
巨大な馬によって割れた車窓からは、豪雨のような血の雨が車内へと入ってきていた。車内の床や壁。全てが真っ赤になる。
それが、モートの狩るゾンビの残骸によって、濁った血で真っ黒に汚れた。
「ここは、モートくんに任せて! 後ろの車両へと行きましょう! 聖痕のある少女も探して守るのです!! この騒ぎですから、人の集まった場所に非難していることでしょう!」
アリスはオーゼムの一言で、シンクレアの手を取り、他の乗客と共に後ろの車両へと雪崩れ込んだ。そして、少女はもう窓際にはいないはずなので、恐怖する乗客でごった返す車両の中でポニーテイルの金髪の女の子を探した。




