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Lust (色欲)

 モートの今朝は、ノブレス・オブリージュ美術館の館内の絵画コーナーをヘレンに頼まれ事があったので歩き回っていた。館内の膨大な数の絵がある絵画コーナーの中から、モートが生まれた女性の絵画と似ている絵を探してくれと言われたのだ。それから、かれこれ三時間も歩き回るはめになった。

 モートは疲れてグランド・クレセント・ホテルに滞在しているヘレンに、電話で何度も理由を尋ねたが、何も答えてくれなかった。そこで、モートは館内に遊びに来たアリスとシンクレアにも頼んでみた。勿論、モートの出生の秘密は二人には内緒にしている。「ただ、この絵画と似ている絵を探してくれないか」と頼んだだけだった。

 当然、二人は喜んで絵画コーナーを探してくれたので、モートの負担は少し軽くなった。

「絵画コーナーだけでもこんなに広いなんて、ああ、姉弟も連れて来たかったわねー。母さんでも呼んだら。きっと、すっごく喜んで一日中だって探してくれるわよー」

 シンクレアははしゃいで弾む息をそのままにして周囲の絵を観て回っている。

 モートはそれを聞いて真剣に考えた。


「そうですね。ここでは幾ら歩いても、足が疲れることはないですね。ずっと、観ていていたい絵がたくさんありますもの。でも、上ばかり見ていると首は痛くなりますね」

 アリスも上機嫌でショルダーバッグを持ち直しながら、ゆっくりと館内を観て回っている。モートはヘレンにまた電話で理由を尋ねてみたかったが、逆に絵画を見つけてからヘレンから聞いた方がいいと考えた。

 本当に何故なのだろう?

 モートは考えてもさっぱりわからなかった。

 それから。

 かれこれ、1時間ほど経った頃。

 回廊の片隅の床の近くに、ひっそりと飾られた一枚の絵画を観ていたアリスが驚きの声を上げたのをモートは聞いた。

「あの……モート! この絵の人! モートにそっくりですよ!」

 それは一枚の絵画だった。

 モートも見てみると、オー・ド・ショース(半ズボン)姿の男が、モートによく似ていた。いや、そっくりだった。


 その母親らしき例の絵画の女性と殺風景な農道に佇んでいた。その二人の周囲には、多くのカラスが畑に舞い。どうやら、秋の収穫の時期のようだ。畑の奥には薄暗い雑木林があって、空には白い月が浮かんであった。

 そのモートにそっくりな人物は健やかに笑っていた。

「凄いそっくりねー。でも、モートが笑っている顔なんて……初めてみたわね」

 シンクレアは物珍しそうにモートと絵画を交互に見た。

「そうですね。私も初めてです。どうやら、この絵が描かれたのは約300年前の17世紀頃のようですね」

 モートはその絵画を見ても、感情的なものは何も思い浮かばなかった。だが、一言だけ口から出た言葉があった。

「不思議な絵だ……」

 モートは早速、ヘレンに電話しようと踵を返した。


Lust 2


 ヘレンは昨日の謎の病の苦しみからすっかり復帰していた。今になって思い返せば朧気に覚えているのはモートの顔だけだった。

 モートのお蔭で、あの壮絶な苦しみがほんの数分だけの苦しみだったようにも思えてきた。呼吸ができず体中が悲鳴を上げるかのような激痛は、本当に苦しいことだったのだが、今では酷い悪夢を一瞬垣間見ただけだったかのように感じた。

 元気も取り戻し、また気を取り直してジョン・ムーアの秘密を探ることにした。あの男には必ず何かがあるのだ。

 ふと、あのモートが産まれた絵画と同じ絵がノブレス・オブリージュ美術館にあるのではという考えが浮かんだ。

 それは、広い美術館のことだ。数十枚もあるかも知れない。

 ただの勘だが、何かがあるはず。

 漠然とした勘だけに、モートには何も言えなかった。

 だが、それだけたくさんあればモートの秘密にも繋がっていく。そして、やがてジョン・ムーアの持つ何らかの真相が浮かび上がるのでは?


 そこまで考えて、今日の朝早くにヘレンはモートに絵探しを頼んだのだ。

「ひとまずはジョン・ムーアにまた会わないと……モートとオーゼムさんも一緒に来てくれるのよね」

 ヘレンは遅めの昼食を頼みにベルを鳴らそうとしたが……。

 モートからの電話で昼食を早めに食べることになった。

 厚底のブーツで、グランド・クレセント・ホテルの玄関へと急いで向かうと、丁度道路の反対側の路面バスからオーゼムが降りるころだった。

 これから、オーゼムとノブレス・オブリージュ美術館に一緒に行くのだ。

 ヘレンはオーゼムに笑顔で挨拶をしたが、オーゼムは難しい顔を終始していた。

 灰色の空からは粉雪が舞っている。

 オーゼムの顔色と同じく気温は下がり気味だった。

 外套の雪を払いながら、オーゼムは玄関の回転扉の前でヘレンにこう言った。

「一つも黒い魂が見当たらないのです……けれども、ウエストタウンの一角で灰色の魂が物凄い勢いで集っています。これは一体何でしょう? 凄く嫌な胸騒ぎがします」

 ヘレンは何を言っているのかは理解できるが、それが何を意味しているのかは皆目見当が付かなかった。

「さあ、行きましょう。モート君が待っている。そして……今にも大勢の命が危険に晒されているかも知れません……」

 ヘレンは突然に考え込みだしたオーゼムとノブレス・オブリージュ美術館へと向かった。停留所でバスを待っている間も、それからオーゼムは一言も話さなかった。


 時間通りに到着したノブレス・オブリージュ美術館行きの16時12分の路面バスの中で、オーゼムは考え込んでいたが、ハッとして突然に大声を発した。

「そうだ! ダンスホールだ! ここホワイト・シティに唯一あるんだ! ウエストタウン! そこに灰色の魂が集まっているんだ!」

 オーゼムは驚いているヘレンを放っておいて、運転手にすぐに停まるように叫んだ。驚いた運転手は急ブレーキをした。

 大きな様々な悲鳴と共に路面バスが急停車した。

 オーゼムはバスから飛び降りると、真っ先に近くの店に入った。

 ヘレンはしばらくして冷静さを取り戻すと、オーゼムは電話を借りに行ったのだと考えた。


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