表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
交差する深淵  作者: 宇美八潮
入社3年目
9/12

房総沖地震【災害描写があります】

【注意】災害(津波)の描写があります。苦手な方は読み飛ばして次話からご覧ください。

その日、竜宮に詰めていたのは秋山さんと西村さんだけでした。

係長は先日の四国地震を踏まえた安全策を相談したいという理由をつけて、二人に作業を中断させてお城に来てもらいました。

お城の事務室は設備を管理する機器などが既に使えるようになっています。

普段の仕事に使う資料などはプレハブに置いたままなので、私たちは機器の確認をするつもりでいました。

でも、せっかく全員そろったのだからと、一緒に打ち合わせに参加するといことになりました。


「急に予定を変えてもらって済みません。実は地震が来るかもしれないという情報がありましてね。念のため竜宮から離れてもらいました。」

「地震くらいでどうこうなるようでは、実験施設としてどうかと思いますが?」

「西村さんの言うとおりなんですけどね。でもああいう閉鎖された中で大地震が来たら怖そうじゃないですか。」

「確かに一昨日の地震、震度4でしたっけ、あの時はきしみ音とかで結構不安になりましたね。」

「おかげでそのくらいまでは余裕で問題ないのを確認できましたよ。」

「それで、地震が来るのは確定なんですか?」

「稲村さんのお墨付きがありますから。」

「ちょっと係長。」



「結局何も起きないようですね。」


打ち合わせは口実でしたが、実際にやってみると相応の成果がありました。

で、幾つかの確認を済ませた後は、その勢いで操作に慣れておこうと、当初やるつもりだった機器の動作確認も全員で行っています。

そうしたこともひと区切りついて昼休みになっていました。

係長は奥様が、私は自分で作ってきたお弁当を食べています。

シュウはコンビニで買ってきたおにぎりとサンドイッチにインスタント味噌汁という組合せ。

あとのふたりは竜宮で食べる予定だったカップ麺を持ってきていました。


そうして昼食を終え、それぞれの仕事場へ戻ろうという雰囲気になった時でした。


「(警報音)地震です。(警報音)地震です。」


みんなのスマホからそれぞれに警報が流れるのとほぼ時を同じくして、カタカタと細かな振動が始まったと思う間もなく、ガツンと横に吹き飛ばされるような衝撃に襲われました。

机の上のパソコンや食べ終えた弁当の箱などが吹き飛びます。

そのあと暫くは、もう頭を抱えて机の下にうずくまるしかできませんでした。

防災無線からも聞いたことのないサイレンの音が鳴り、大地震の発生を知らせています。

揺れはかなり長く続きました。

まだ荷物の引っ越しをする前なのに、吹き飛ばされる物がこんなにあるんだな、なんて場違いなことを考えていましたっけ。


2~3分は経ったでしょうか、ようやく動けるようになると安全のために備え付けのヘルメットを着用しました。

大きな揺れが収まっても、船に乗ってるみたいな揺れが残っているように感じて不快な気分です。

ともあれ、さっそく先程確認したばかりの管理用機器のところへ急ぎます。

機器に電気は通じていましたが、電力会社からの送電はどこかで電線が切れたのか停止していて、内部電源に切り替わったとの表示が出ていました。

各種モニタや通信設備は生きていたので、まずスタッフの無事と被害状況の確認を行います。

竜宮は現在無人ですが、お城や宿舎には建設作業に携わる作業者の皆さんが居ます。

その人たちが、日頃の訓練のとおりにお城の上層階にある避難場所に集まってきていました。

自治体の指定する一時避難所にはなっていませんが、周辺の事業所なんかには避難場所として使って構わないと伝えてありました。

入口付近のモニタを見ると、そういった人たちも車や徒歩で向かってきています。


「竜宮との通路を閉鎖。避難経路を除き防水隔壁も閉鎖。」


マニュアルで確認しながら指示をくれる係長に従って機器を操作します。

テレビでは関東一円での大地震発生、沿岸への津波警報と第一波の到着予想が伝えられています。

防災無線も津波警報を知らせるものに変わっていました。

この辺りは既に第一波が到達済み、最大で8mという予想になっています。


「外階段の門扉を開放。」


大きな波はまだ来ていませんが、現在は開いている外部との通路も防潮扉を閉めなければなりません。

万一防潮扉を閉めたあとに避難してきた人がいても使えるように、周囲には何箇所か外階段が設けてあります。

階段には防犯のために通常外からは開かないようにしてある扉が付いていて、この鍵を開放します。

ただし外階段を使う場合、16mの高さの屋上まで登り続けなければなりません。


周辺からの避難が済むのを祈るような気持ちで待ちながらモニタカメラを切り替えて被害を確認してゆきます。

お城の建物自体は無事でしたが、足場などは崩れているところがあります。

昼休み中だったので巻き込まれた人は居なかったらしく、建設作業者は全員避難を終えたとの連絡が入ってきました。

周囲では液状化が発生したようで、何箇所かで泥水が溜まっています。

そうしているうちに入口付近を映すモニタから、こちらへ向かう車や人の姿がなくなりました。


「よし、防潮扉も閉鎖。」


「竜宮」を見ると先程の揺れで固定装置の一部が損傷したようです。

異常を示す表示が何箇所か出ています。

外部の映像でも、見慣れた施設が幾分傾いているように感じます。

その周辺の海は長い周期で不気味に増えたり減ったりしていました。


そうやって海側のモニタを見ていると水面がさきほどよりもずいぶんと下がっていて、そして沖の方に水平線とは違う一筋の白波が見えているのに気付きました。


「来ました!」


そこからはもう無我夢中でした。

最初の大波は陸上を少しかすめた程度でしたが、それでも崩れた足場や何かの資材などが流されてゆくのが見えます。

その次に来た大波でプレハブ建ての宿舎が倒壊し、私たちの自動車や自転車も濁流に飲まれてしまいました。

先程の地震では無事なように見えた工場の煙突が、あっけなく倒されてゆくのが遠くに見えます。

ずしん、という地震とは違う衝撃を感じたのもその時でした。

モニタの中では大きく傾きながら浮き上がった竜宮が、お城の外壁にぶつかっているのが映し出されていました。

お城の一部区画で浸水が起きたとの表示も出ています。

竜宮側の状況は全く入って来なくなりました。

あの竜宮の中に残って居たらどうなっていたのかと恐ろしくなりました。


モニタには、もう既に元が何であったかもわからないような瓦礫、どこからか流されて来た海上コンテナなどが、今度は引き波にさらわれてゆくのが映り続けています。

今現実に建物の外で起きている事のはずなのに、繰り返し押し寄せては去ってゆく濁流を呆然と、妙に現実感なく見続けていました。


それからしばらくは大小の余震が何度も起きて、私たちはそのたびに緊張を強いられました。

地上は泥と瓦礫で覆われています。

遠くでは何箇所か黒煙の立ち上っているところもあります。

海上には辛うじて一部で繋がっているらしく流されてしまうことはないものの、元は建物や資材だったものの一部とともに波に翻弄されながら、竜宮が頼りなく浮かんでいました。


いったいどれだけの範囲でどれだけの被害が出ているのか。

テレビでは被災した各地からの中継映像が延々と流れていましたけれど、全体像はまだつかめていないようでした。



それが房総沖地震と名付けられた大災害でした。

K:…。

M:…。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ