1話
私はその人を常に先生と呼んでいた。
夏目漱石の「こころ」にでてくる先生と、その人の姿がオーバーラップするように感じられるからだ。
私が先生と知り合いになったのは、精神障害者の収容施設「デイナイトケア」である。
私は高校3年生であった。
「アスペルガー症候群」のため、SSTという発達障害者向けトレーニングを受けるために自宅から通っていたのだ。
先生はその「デイナイトケア」の中にいた。
プログラムの中にある「ダンベル体操」という奇妙な踊りをさせられた後、疲れた面持ちで先生に話しかけた。
「愉快ですね」と私は大きな声を出した。
しばらくして先生は「もう帰りませんか」と答えた。
デイナイトケアの規律は絶対であり、もし反する事をした場合「入院」させられる危険性を感じていた私はその言葉を無視した。
「先生は自由人ですね」
先生はメガネを拭いて笑った。
「なんですか?先生というのは――」
私は読んでいた本を先生に見せた。
「ちょうど、夏目漱石のこころを読んでいたものですから―――。」
先生はまた首をひねった。
「それが何の関係があるのでしょう?」
「夏目漱石のこころには――「先生」という登場人物がおるのですよ。何処かで先生を見たように思うけど、どうしても思い出せない。先生も同じ感じを持っていませんか?」
先生はしばらく考えた後で
「どうも君の顔には見覚えはありませんね。人違いじゃあありませんか」と言ったので
私は変に一種の失望を感じた。




