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ダブルムーン・クライシス  作者: 夜月猫人
第二部 紅き月の神殿
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第十四話 非常時の人間の脳が見せるもの程、当てにならないものはない


 新たに現れたのは、見た目15、6歳ほどの少女だった。

 ソディのことを姉と呼んでいたからには、姉妹なのだろう。

 姉とよく似た銀髪を、こちらは短くボブにしている。すらりと伸びた足を惜しげもなく晒す丈の短い衣装は、姉のつま先が見える程度の長衣と比べ、動きやすそうだ。

 おっとりとした姉とは反対に、快活そうな娘である。


「ティスカニア、騒々しいぞ。守人の御前だ。少しは行儀良くしないか」


 父親のような小言を並べるアレクを一顧だにせず、室内を見回したティスカニアは、希望に輝く瞳をリーアに向け――そして、姉と同様に凍りついた。


「ティスカニア、こちらがリアロクロエ様だ。ついでに、そっちがその愉快な仲間達だ」

「誰が愉快な仲間達だ!」


 ようやく立ち上がったバーンが怒鳴る。ソディの時のように省略されなかっただけ、マシだろう。


「失礼しました。リアロクロエ様、我が妻の妹、ティスカニア=ソル=ア=ラスパです。お恥ずかしながら、我々、第二守人派(ツアーリ・ノア)の党首です」

「党首?」


 てっきり、アレクがその立場にいるものだと思っていた。しげしげと見つめるリーアに、ようやく我に返った少女が膝をついた。


「ティスカニア=ソル=ア=ラスパです! 今回は……その、お会いできて、本当に……っ……長かった……」


 途中で喉を詰まらせ、涙声になった少女に、カイが手を貸そうか迷ったように、おろおろと近づく。

 リーアは自分から歩み寄り、膝を折って目線を合わせた。

 そっと、その細い肩に手を置く。


「涙を拭いて下さい。私は、あなたに涙を流させる程の価値のある男ではありません」

「そんな……! リアロクロエ様は、我々の待ちに待った……っ」


 思わず顔を上げ反論した少女と、至近距離で見つめ合う。

 姉と同じ、ブルームーンを思わせる青銀色の瞳が見開かれ、ティスカニアが息を飲んだ。


「私の髪の色が、そんなに不思議ですか?」

「い、いえっ、そんなことはっ。確かに、代々守人の一族は、神聖なる赤き髪と瞳を持ち合わせているとされているので、つい先入観が……」


 カマをかけると、若き党首は顔を真っ赤にして、全力で言い訳を始めた。


「ティスカニア! 余計な事を……」

「どういうことですか? アレク」


 少女を叱責するアレクに、逆にリーアが冷たく追求する。

 しかし、アレクは毅然と起立し、主君の問いに答えた。


「その者の言う通りです。代々、守人は赤髪赤眼であることが伝えられています」

「それでは、私は当てはまらないのではないのですか?」

「いいえ、あなたは第二守人(ノア)です。あなたの発する霊波(マルスタ)こそが、全て。容姿など、それこそ300年の時を経て、変異することもございましょう」


 アレクの言い分は無茶なようにも聞こえたが、しかし全否定できるだけの要素もなかった。300年も生きている人間が、この場にいないのだから、証明も反証もしようがない。

 それにしても、おかしなことだらけだ。

 リーアは300年以上も生きていないし、〈紅き月〉で暮らしていたこともない。

 しかし、彼らは間違いなくリーアがリアロクロエだと言い張り、マルクレンタはリーアに反応し、導きの光を渡した。

 あの時――地上から放たれた、圧倒的な光の帯に飲み込まれた時、強烈な頭痛に襲われた。

 脳内で、全く『知らない』記憶がフラッシュバックし、走馬燈のように駆け抜けたのだ。

 その内容は、ほとんど覚えていないのだが――酷く苦痛に満ちた、息苦しいものだったような気がする。ただ何かを――誰かを、切実に求めるような、切ない悲鳴だけが胸に残っている。

 思い出そうとすると、船酔いに襲われたような目眩と吐き気に襲われ、リーアは頭を振って思考を中断した。


(――あれは、一体……)


「リーアさん、顔色悪いですよ?」

「いえ……ええ、大丈夫です。カイ」


 心配する少年の手を制し、リーアは息を吐き出した。

 冷静にならなければいけない。今整理すべきは、明確な事実関係だけだ。非常時の人間の脳が見せるもの程、当てにならないものはないのだから。

 反発し合う事実を前に、リーアは、この場で傍観を決め込んでいる若き科学者に視線を流した。

 鍵を握るのは、この男だ。

 この男ならば、リーアの知らない事実を知っているかもしれない。


「分かりました」


 収拾のつかない状況に、最初に譲歩したのはリーアの方だった。


「ここは、あなた方の言い分を受け入れ、私が守人であるということで落ち着きましょう。しかし、我々にも地球から来た研究者として、成すべきことがあります。あなた方の目的は知りませんが、これを邪魔することは許しません。あなた方が私を王と呼ぶなら、私は王として、あなた方に命じましょう」


 そう言って睥睨した深い蒼の眼に、その場にいた全ての臣民が膝をついた。





「で、あなたは一体何者なわけ?」


 守人の立場を受け入れたリーアは、半壊した(させた)部屋を後にし、別の第二守人派(ツァーリ・ノア)の拠点へと移ることとなった。

 その途中、当たり前のように後をついていくバーンとカイに、ティスカニア――愛称ティスカが、不審な目を向けた。

 半ばけんか腰に声をかけられたのがバーンだったのは、単に彼がわざと、馴れ馴れしく王たる守人に接したからだろう。

 この男は、そういう人の神経を逆撫ですることが好きだ。最近ようやく分かってきたカイだった。


「俺か? リーアの相棒」

(相棒って言ったよこの人!)


 思わず心の中で突っ込むカイ。

 友達を素通りして、大分親密な関係だ。

 リーアの肩に腕をまわして言い放つ姿は、沸点が低そうな相手を挑発している以外、何ものでもない。


「リーア!? 何失礼な物言いしてるのよ! アンタ、何様のつもり!? その暑苦しい手、のけなさいよ!」


 予想通り激情型の女は、二人の間に無理矢理割り込んだ。


「リーアで構いませんよ、ティスカ。私も、リアロクロエと呼ばれるのは好みません」

「はい、リーア様っ」

「ケッ」


 目を輝かせて豹変する女に、バーンが聞こえよがしに吐き捨てる。

 そんな男を、ティスカが猫目がちな瞳でじろりと睨んだ。


「ティスカが、第二守人派(ツァーリ・ノア)のリーダーなんだってね? すごいな。アレクは、君の部下になるの?」


 険悪なムード漂う二人をさりげなく離し、カイは無難にティスカに話しかけた。

 第二守人派(ツァーリ・ノア)とは、現在は組織の名称として用いられることが多いが、元は第二守人に従う臣民を指した言葉らしい。


「アレスクロディエは優秀な参謀よ。彼がいなければ、組織はとっくに潰されてるわ。実質、トップみたいなものよ。私が党首と呼ばれているのは、まあ……成り行きみたいなものね」


 応えたティスカの言葉は、謙遜には聞こえなかった。


「もう何百年も姿を見せない王を待つことに、みんな疲れかけていた。当時のリアロクロエ様の姿を知る者は、もう誰もいない……もしかしたら、本当はそんな人いないんじゃないかって、もう死んじゃったんじゃないかって、諦めかけている皆をまとめるために、走り回っていただけ。信じていれば必ず、守人は私たちの前に現れるって」


 そうしているうちに、いつの間にか党首に祭り上げられていたのだと彼女は言ったが、自然と決まる指導者というのは、周囲の人望なくしては、あり得ない。


「……すごいな」


 カイは素直に感嘆した。

 彼らにとって、守人への信奉とは、神への信仰にも似たものなのだろう。

 絶対的な主の降臨を、数百年間、待ちわびている。


「どうして、君は信じ続けられたの?」


 それは、純粋な疑問だった。

 来るかどうかも分からない、もしかしたら失われているかもしれない主を待ち続けるのは、どんなにか辛く、ストイックな生き方だろうか。


「そんなの決まってるじゃない」


 しかし、ティスカは揺らぎなく答えた。

 澄んだ蒼銀の瞳が、カイを映し込む。


「私たちの王よ、生きているに決まっているわ」


 こちらが眩しくなるほど、純粋な精神(たましい)だった。





「い~い雰囲気じゃねぇか? なぁ」

「カイは紳士ですからね。女性にも好まれるのでしょう」


 これこそが、彼女が党首たる所以だろうと思わせる高潔さに打たれていると、隣から冷やかしが聞こえた。


「後でトリスタンにキレられんなよ」

「何で彼女が出てくるんですか!」


 まるで浮気現場でも差し押さえたようなバーンの口ぶりに抗議する。


「何でって……なぁ?」

「さぁ……私は存じ上げません」


 バーンに意味深な視線で振られ、リーアは器用に受け流した。


「まったくもぅ」


 焦り半分、呆れ半分でぼやくカイ。俗っぽい科学者が、単調なフライト生活の暇つぶしに、根も葉もないゴシップを垂れ流しているのは容易に想像がついた。

「そんなんじゃないし……」と、ぶつぶつと呟きながら、カイが視線を道路の湖面に移すと――


「――!?」


 その瞬間、水中にゆらりと魚影が過ぎった。


「魚!?」


 思わず道に手をついて身を乗り出し、落ちかける。カイは慌てて科学者を呼んだ。


「は、博士! 今、魚が!」

「……そりゃいるだろ。人型の知的生命体が住んでるくらいだ」


 興奮するカイに対して、冷めた物言いで近づいてくるバーン。だがその目は、鋭い眼光でカイが指した湖面を凝視している。


「ダメです」

「……まだ何も言ってねぇぞ、リーア」

「あなたはこの1秒後に、『潜る』もしくは『ちょっとカイ潜ってこい』と言います」


 先んじて釘を刺したリーアの予言は、破天荒科学者の性格を熟知し過ぎていた。


「――この湖底には、豊かな生態系が形成されている可能性が高い。非常に興味深いサンプルであることは確かですが、我々と紅月人は違う。この水が我々にとって有害でないという保証は、どこにもありません」

「ちっ、分かってねぇなリーア。男のロマンって奴を」


 やはり図星だったらしい。リーアの冷静な意見に、バーンはありきたりな精神論で言い返した。分が悪い証拠だ。


「十分に分かっていますよ。ですが安全が第一です。というわけでアレク」

「はっ」


 名を呼ばれ、アレクが主の足下に傅いた。 


「後ほど、湖中に生息する生態のサンプル提供を希望します。湖水、湖底泥土、湖草、藻類、魚類他生態系を形成する生物――もし大型の水中生物が存在するのであれば、その情報も」

「仰せのままに、我が君。すぐに準備するよう命じましょう」


 全く違和感のない主従関係に、実はこの人は本当に、300年前から王様だったんじゃなかろうかという疑念まで抱き始めたカイに、バーンが耳打ちした。


「分かったか、カイ。使えるもんは使う。あれがあいつの本性だ、覚えとけ」

「えーっと……」


 こういうの、なんて言うんだっけ。カイは呻いた。


(……ああそうだ、『類は友を呼ぶ』だ)




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