第十三話 王は、歴史の表舞台から姿を消した
アレスクロディエ=ロス=ク=フランタ、とその男は名乗った。
「長げぇ。アレクでいいだろ」
「貴様、無礼な……」
「ではアレク」
「はい、我が君」
「…………」
リーアに名を呼ばれ、快く愛称を受け入れたアレクに、名付け親たるバーンが冷めた視線を送った。
第二守人派――と名乗った彼らの活動拠点の一室に、3人は通された。
そして、そこで想像も及ばぬ世界観の講釈を受け、半ば、夢物語に置いてけぼりにされたような孤独を、それぞれに味わっていた。
「私たちは、どこまでその話を信じればいいのでしょう? ここが〈紅き月〉の地下空洞に広がる国家であることは……受け入れ難いですが、体感する事実として、受け入れましょう。しかし、あなた方の信じる霊核――マルクレンタの加護により、王たる守人が選ばれ、それが私であるという説明には、首肯しかねます」
「私がお話しすることは、全てが真実です。我が君」
「……その呼び方、やめていただけませんか。私はリーア=L=クラウンフォルト。リーアで結構です」
「リーア?」
頭痛をこらえるように、こめかみを押さえたリーアの言葉に、アレクは露骨に眉を顰めた。
「そのようなふざけた名前を与えたのは誰です? あなたの名は、リアロクロエ。リアロクロエ=ノア=マルス=マルスタ=マルクレンタ。由緒正しき、紅き守人の一族です」
「そんな早口言葉みたいな名前、イヤです」
「…………」
プイッと顔を背けるリーアに、思わず吹き出すカイ。一瞬、途方に暮れたような顔をしたアレクに睨まれ、慌てて姿勢を正す。
勧められた席に腰掛け、優雅に足を組み替えたリーアは、八割方現状を受け入れたようだった。
それは、カイやバーンも同じことで、理解の及ばない現実に対して、否定をし続ける労力の無駄を知る3人は、一様に現実の咀嚼に段階を進めていた。
これだけの切り替えの早さを持つのは、おそらく、選りすぐりの紅き月調査隊メンバーの中でも、この3人だけだろう。
どこに放り出されたか分からないが、彼らほど素早く現実を受け入れられないであろう、残りの隊員たちの安否が気がかりだった。
「……リアロクロエだと……?」
カイのすぐ隣で、バーンが聞こえるか聞こえないかの小声で呻いた。
思わず横目で伺ったカイだが、その顔がいつも以上に険しく歪められていて、聞き返す機会を失ってしまう。代わりに、アレクに問いを投げた。
「でも、なぜリーアさんが……その、守人であると? あの光線が導きの光――マルクレンタの加護であったとしても、船内には俺たちも含め、他にも人が……」
ピュラスタのルーツが紅月人であるというのは、南部ピュラスタに伝わる伝承を元にした学説の一つであり、一般的には、お伽話の類として広く知られている。
リーアが守人と見なされる要因が、仮にそこにあったとしても、あの船には、もう一人ピュラスタが乗っていた。
守人の基準など分からないが、地球からきた異能人という意味では、リーアとマークス――二人に大きな違いがあるとは思えない。
「分かるのですよ」
カイの疑問に、アレクは自信に満ちた口調で言い切った。
「なぜなら我々臣民は、守人の発する霊気の波動――霊波に惹きつけられるからです。我々は、この星で霊核により生かされており、霊核の加護を受ける者は、一時代に必ず一人しか現れません。そして、その守人を王とし、惹かれ、守り従い、社会を構成する習性が、我々〈紅き月の民〉にはあるのです。それこそが、この過酷な環境下で、我々が一つの集合体として存続し続けてきた要――」
そう言って、アレクはひたとリーアを見据えた。
「そして、己の王たる方の霊波を、見誤るはずがありません」
「……蜂みてぇなやつらだな」
同じ感想を抱いたらしいバーンに、カイは黙って同意した。
守人を女王蜂とした、絶対的にして強固な共同体。
そのような社会が本当に存在するならば、彼らは、『決して争わない』ということだ。
「だが、それならなぜ、最初の奴らは襲いかかってきた? 守人がどうとか言ってたが、リーアに従う様子はなかったぜ」
「それは、奴らが第一守人の臣民――現行の王に従う者どもだからだ」
バーンのもっともな問いに、アレクは急に居丈高に答えた。
「第一守人? おまえ、さっき守人は一時代に一人しか現れない、って言ってなかったか?」
「その通り」
「で、今の王様が守人なんだろ? だったら、リーアが守人なワケないんじゃねーの」
「それは違う!」
バーンの推測を、アレクは全力で否定した。
「どういうことですか? アレク。私も、バーンと同じ考えです」
「ご説明しましょう、我が君」
バーンに対して、説明義務を負っていないという考えなのか、不親切な回答しか寄越さなかったアレクが、リーアに向き直り直立する。
その様子に、バーンが中指を立てた。紅月人に通用する挑発なのかどうかは分からない。
「神殿で、マルクレンタが三つに割れているのは、ご覧になったでしょう。あれが、この紅き月の国を300年以上、混乱に陥れている元凶なのです。……どうやら、リアロクロエ様は完全に記憶を失っていらっしゃるようですので、初めからお話いたしましょう」
「だから、私はリーアだと……」
「今から300年以上も昔の話です――」
食い下がるリーアを無視し、男は薄氷色の瞳を遠くへ向けて語り出した。
アレクの長い長い説明は、要約すると次の通りだ。
一時代に必ず一人しか現れない守人の血は、一族により受け継がれていた。
その時代の守人が死んだ時、マルクレンタの加護により一族の中から、新たな守人が選ばれる。守人の寿命は特別長く、数百年の期間に渡って、国家を統治する権力を持っていた。
しかし、一代前の守人が死の間際、マルクレンタを三つに割ったことにより、その平和的な王位継承に異変が訪れた。
当代の守人の三人の子供に、それぞれの加護が与えられたのだ。
第一守人、第二守人、第三守人。三人の守人、それぞれが似て非なる霊波を発し、付き従う臣民もまた、三勢力に分かれた。
そして王座を巡り、抗争が勃発したのだ。
「争いは長きに渡り、最終的に、長男であった第一守人が勝利を収めました。末の妹君――第三守人は臣民を従え、地球へと亡命したといわれています。そして、我らが第二守人――次男であらせられたリアロクロエ様は、敗北の末、第一守人により王城に監禁されるという、悲運に遭われたのです」
よよよ、と泣き崩れるアレク。この男のキャラクターがよく分からなくなってきた。
「ちょっと待て」
「しかしリアロクロエ様は、一部の忠実な臣民の助けを借り、ついに、王城を脱出することに成功しました。宇宙へと逃亡されたリアロクロエ様と、その臣民一派の消息は、追っ手を放った第一守人すら掴むことが出来ず、我らが王は、歴史の表舞台から姿を消したのです」
何か言おうとしたバーンを無視し、アレクがしゃべり続ける。
「数百年の時が流れても、消息の掴めない第二守人に、宇宙の塵と消えたと囁く声が徐々に大きくなり……中には、リアロクロエ様を諦める者もおりました。しかし、我々は信じ続けたのです。必ずや、第二守人は我らの元に還られると! そして、真実の王として、この国に君臨される日が来るのだと!」
壇上演説のごとき熱弁を振るうアレクの締めの台詞が終わった後、パチパチと丁寧な拍手が響いた。
リーアが、優雅な微笑みを浮かべながら立ち上がる。
「壮大なお話でした。いえ、実に興味深いです。では、そろそろ私たちは月面の調査に戻らなければいけませんので、失礼を……」
「お待ちください、リアロクロエ様!」
「リーアです」
「リアロクロエ様!」
「リーアです」
「リアロクロエ=ノア=マルス=マルスタ=マルクれうあっ!」
「リーアです! あなたも舌を噛むくらいなら、呼ばなければ良いでしょうがっ」
足下に縋りつくアレクに声を荒げるリーア。
「あのリーアを怒鳴らせるとは……あの野郎、侮れねぇ」
「……まあ確かに、あの洗面台の隅のカビ並のしつこさは、侮れない感じですが」
妙なところで感心するバーンに合わせるカイ。
「地球に漂着し、記憶を失い地球人として育てられたあなたには、信じられないお話かもしれませんが……」
「勝手に、人の過去ねつ造しないでくれませんか! 私は正真正銘、地球で生まれました。そこのバーンが証人です」
「え、俺?」
いきなり振られ、小芝居の見物人を気取っていたバーンがきょとんとする。
「博士、リーアさんとそんなに長い付き合いなんですか?」
「あー、まーな。生まれた時から知ってるぜ。つーか、俺がリーアのことで知らないことなんざ、何一つ……」
「余計なことまで言わなくてよろしい!」
「痛でぇっ!?」
バリバリバリッと、すぐ隣で落雷したかのような音を発し、バーンが立ったまま絶叫した。
「うわっ!?」
それは文字通り、ピュラスタの能力により生まれた落雷だ。危険を察知し、カイは慌ててその場を飛び退いた。バリッと音を立て、座っていた椅子に電流が走る。
「何で俺まで!?」
自分まで落雷の標的になったことに嘆くカイ。
「えっ……?」
リーアの戸惑った声と、台風の夜のような豪雷の何重奏が奏でられるのは、ほとんど同時だった。
※
「さすがリアロクロエ様……すばらしいお力です」
屋根のなくなった隠れ家の一室で、アレクが限りある空を見上げ、うっとりと呟いた。
「これほどの威力の雷撃、忌まわしき現王の出陣以来、見たことがありません。やはり、あなたは真実我らの守人です」
「ああ、そうですか……」
反論する気も失せ、呆然と呟くリーア。
「博士! 博士、生きてますかー?」
床に倒れ伏し、痙攣しているバーンをカイが揺さぶる。服の表面がぷすぷすと焦げているが、幸い、一撃目以外は直撃を免れたらしい。
「放電能力の威力が、上がっている……?」
自分の身体を見下ろし、リーアはそのことを実感した。
あまり人前でその能力を見せつけることはないが、リーアの異能は、ピュラスタの中でも強い方だ。
しかし、こんな風に自分で威力をコントロール出来なくなったり、家の屋根を壊すような強烈な雷電を生み出すようなことは、今までなかった。
「我々の力は、霊核の発する霊気を吸収した結果、現れるもの。地球に霊気が存在するかは知りませんが、マルクレンタの傍に在る以上、遠く離れた地球にいる時より、能力が上がるのは当然のことかと」
リーアの戸惑いに答えを提示するアレク。霊気――確かに、力が溢れてくる気がする。
「カイ」
「はい?」
「失礼」
断ると同時に、リーアは右手をカイの方にかざした。
「うわっ!?」
途端、少年の身体がふわりと浮かび上がった。
「……なるほど」
「リ、リーアさん!? おろして下さいーっ」
無重量空間でもないのに、空中でくるくると回る羽目になったカイが悲鳴を上げる。リーアは、ゆっくりと少年の身体を地面に下ろした。
(ということは、もしや……)
リーアは、一つの仮説を立てた。
もしそうならば、この現状をどうにかすることが出来るかもしれない。しかし、一人で結論を出すには、確信が持てなかった。
「バーン、起きてください。いつまで寝ているつもりですか」
リーアは、こういう時役に立つ相手を叩き起こすことにした。
「……てめ、雷撃食らわせといて、どういう言い草だコノヤロー。今日のは相当キタぞコラ」
いまだに身体が痺れて、自由に身動きが取れないらしいバーン。悪態だけは器用に口を突いて出る。
「すみません。この星に来て、どうも力が増しているようです。まあ、死ななくて良かったじゃないですか」
「あーあー良かったですよ」
リーアの心の底からの謝罪に、しかしバーンは、なぜか自棄な返事をよこした。
「それよりも、少し気になることがあるんです。検証を……」
「まあ、一体何事ですの? アレスクロディエ様」
本題に入ろうとしたリーアを、上品な声が遮った。
「ああ、ソルディレシア。すまない、少し手違いがあったようだ」
どうやったら手違いで屋根が飛ぶんだ、と突っ込みが入るかと思ったが、ソルディレシアと呼ばれた女性は、納得したようだった。
「まあ、そうですの。危ないので、ほどほどにして下さいませ」
穏やかな調子で注意を促す。光を溶かし込んだような長い銀髪の下の小顔は、こんな惨状を見ても、おっとりと目元を和ませていた。
こちらの調子が狂うようなスローテンポで、屋根が半分吹き飛んだ一室に訪れたのは、外見年齢でいうと、二十歳に届くか届かないかといったくらいの美女だった。
外見年齢と断ったのは、地球上の異能人の始祖が、彼ら紅月人だというのならば、実年齢が必ずしも見た目通りとは限らないからだ。
ピュラスタは、ヒューストに比べ寿命が長い。個人差はあるが、だいたい10代から20代の間に成長曲線が緩やかになり、人間の1.5倍から2倍の寿命を生きる。
「ソルディレシア、改めて紹介しよう。我らの王、リアロクロエ様だ。リアロクロエ様、こちらは妻のソルディレシアです」
「…………」
「ソルディレシア、ご挨拶を」
「あ……え、ええ……」
驚いた顔でまじまじとリーアを見ていた女性が、夫に促され恭しく頭を下げる。
「ご紹介に預かりました、わたくし、ソルディレシア=ディ=ア=フランタと申します。アレスクロディエの妻にございます。お初にお目にかかれ光栄ですわ、我が君」
「ソルディレシア……美しいお名前なのに恐縮ですが、ソディと呼ばせて頂いてよろしいですか?」
「ご随意に」
どうも、この星の人間は名前が長いらしい。文化なので仕方がないが、呼びにくいことこの上ない。
「ではソディ、どうも私の顔を見て驚かれていたようですが、何かおかしなことでもありましたか?」
リーアの顔を見た時のソディの反応は、どう考えても不自然だった。
まるで、当たり前のようにあると思っていたものが、なかったかのような……
「いえ……その、髪の色が……」
「ソルディレシア」
「……失礼しました。わたくしが詮索するようなことではございません。まごう事なき第二守人の霊波に導かれ、このソルディレシア、身命を賭して我が君にお仕え致します」
何かを言いかけたソディの言葉をアレクが制し、従順な妻は、守人の足下に跪いた。
「困りましたね……実力で他人を跪かせるのは嫌いではありませんが、こんな美しい女性に傅かれては、心が痛みます」
まったく自分の努力や実力と無関係なところで尽くされても、恐縮するだけだ。困った顔で呟くと、聞こえていたらしいカイの顔がわずかに引きつった。
「一体なに? さっきの雷は! アレスクロディエ! 姉様! リアロクロエ様はご無事なの!?」
甲高い声が、廊下から響く。まだ増えるのか、とリーアは、遙か高みにある地下国家の天井を仰ぎ見た。




