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ダブルムーン・クライシス  作者: 夜月猫人
第二部 紅き月の神殿
13/38

第十三話 王は、歴史の表舞台から姿を消した


 アレスクロディエ=ロス=ク=フランタ、とその男は名乗った。


「長げぇ。アレクでいいだろ」

「貴様、無礼な……」

「ではアレク」

「はい、我が君」

「…………」


 リーアに名を呼ばれ、快く愛称を受け入れたアレクに、名付け親たるバーンが冷めた視線を送った。

 第二守人派(ツァーリ・ノア)――と名乗った彼らの活動拠点の一室に、3人は通された。

 そして、そこで想像も及ばぬ世界観の講釈を受け、半ば、夢物語に置いてけぼりにされたような孤独を、それぞれに味わっていた。


「私たちは、どこまでその話を信じればいいのでしょう? ここが〈紅き月〉の地下空洞に広がる国家であることは……受け入れ難いですが、体感する事実として、受け入れましょう。しかし、あなた方の信じる霊核――マルクレンタの加護により、王たる守人が選ばれ、それが私であるという説明には、首肯しかねます」

「私がお話しすることは、全てが真実です。我が君」

「……その呼び方、やめていただけませんか。私はリーア=L=クラウンフォルト。リーアで結構です」

「リーア?」


 頭痛をこらえるように、こめかみを押さえたリーアの言葉に、アレクは露骨に眉を顰めた。


「そのようなふざけた名前を与えたのは誰です? あなたの名は、リアロクロエ。リアロクロエ=ノア=マルス=マルスタ=マルクレンタ。由緒正しき、紅き守人の一族です」

「そんな早口言葉みたいな名前、イヤです」

「…………」


 プイッと顔を背けるリーアに、思わず吹き出すカイ。一瞬、途方に暮れたような顔をしたアレクに睨まれ、慌てて姿勢を正す。

 勧められた席に腰掛け、優雅に足を組み替えたリーアは、八割方現状を受け入れたようだった。

 それは、カイやバーンも同じことで、理解の及ばない現実に対して、否定をし続ける労力の無駄を知る3人は、一様に現実の咀嚼に段階を進めていた。

 これだけの切り替えの早さを持つのは、おそらく、選りすぐりの紅き月調査隊メンバーの中でも、この3人だけだろう。

 どこに放り出されたか分からないが、彼らほど素早く現実を受け入れられないであろう、残りの隊員たちの安否が気がかりだった。


「……リアロクロエだと……?」


 カイのすぐ隣で、バーンが聞こえるか聞こえないかの小声で呻いた。

 思わず横目で伺ったカイだが、その顔がいつも以上に険しく歪められていて、聞き返す機会を失ってしまう。代わりに、アレクに問いを投げた。


「でも、なぜリーアさんが……その、守人であると? あの光線が導きの光――マルクレンタの加護であったとしても、船内には俺たちも含め、他にも人が……」


 ピュラスタのルーツが紅月人であるというのは、南部ピュラスタに伝わる伝承を元にした学説の一つであり、一般的には、お伽話の類として広く知られている。

 リーアが守人と見なされる要因が、仮にそこにあったとしても、あの船には、もう一人ピュラスタが乗っていた。

 守人の基準など分からないが、地球からきた異能人(ピユラスタ)という意味では、リーアとマークス――二人に大きな違いがあるとは思えない。


「分かるのですよ」


 カイの疑問に、アレクは自信に満ちた口調で言い切った。


「なぜなら我々臣民は、守人の発する霊気(マルス)の波動――霊波(マルスタ)に惹きつけられるからです。我々は、この星で霊核(マルクレンタ)により生かされており、霊核(マルクレンタ)の加護を受ける者は、一時代に必ず一人しか現れません。そして、その守人を王とし、惹かれ、守り従い、社会を構成する習性が、我々〈紅き月の民〉にはあるのです。それこそが、この過酷な環境下で、我々が一つの集合体として存続し続けてきた要――」


 そう言って、アレクはひたとリーアを見据えた。


「そして、己の王たる方の霊波(マルスタ)を、見誤るはずがありません」

「……蜂みてぇなやつらだな」


 同じ感想を抱いたらしいバーンに、カイは黙って同意した。

 守人を女王蜂とした、絶対的にして強固な共同体。

 そのような社会が本当に存在するならば、彼らは、『決して争わない』ということだ。


「だが、それならなぜ、最初の奴らは襲いかかってきた? 守人がどうとか言ってたが、リーアに従う様子はなかったぜ」

「それは、奴らが第一守人(ヤフェト)の臣民――現行の王に従う者どもだからだ」


 バーンのもっともな問いに、アレクは急に居丈高に答えた。 


第一守人(ヤフェト)? おまえ、さっき守人は一時代に一人しか現れない、って言ってなかったか?」

「その通り」

「で、今の王様が守人なんだろ? だったら、リーアが守人なワケないんじゃねーの」

「それは違う!」


 バーンの推測を、アレクは全力で否定した。


「どういうことですか? アレク。私も、バーンと同じ考えです」

「ご説明しましょう、我が君」


 バーンに対して、説明義務を負っていないという考えなのか、不親切な回答しか寄越さなかったアレクが、リーアに向き直り直立する。

 その様子に、バーンが中指を立てた。紅月人に通用する挑発なのかどうかは分からない。


「神殿で、マルクレンタが三つに割れているのは、ご覧になったでしょう。あれが、この紅き月の国を300年以上、混乱に陥れている元凶なのです。……どうやら、リアロクロエ様は完全に記憶を失っていらっしゃるようですので、初めからお話いたしましょう」

「だから、私はリーアだと……」

「今から300年以上も昔の話です――」


 食い下がるリーアを無視し、男は薄氷色の瞳を遠くへ向けて語り出した。

 アレクの長い長い説明は、要約すると次の通りだ。


 一時代に必ず一人しか現れない守人の血は、一族により受け継がれていた。

 その時代の守人が死んだ時、マルクレンタの加護により一族の中から、新たな守人が選ばれる。守人の寿命は特別長く、数百年の期間に渡って、国家を統治する権力を持っていた。

 しかし、一代前の守人が死の間際、マルクレンタを三つに割ったことにより、その平和的な王位継承に異変が訪れた。

 当代の守人の三人の子供に、それぞれの加護が与えられたのだ。

 第一守人(ヤフェト)第二守人(ノア)第三守人(セム)。三人の守人、それぞれが似て非なる霊波(マルスタ)を発し、付き従う臣民もまた、三勢力に分かれた。

 そして王座を巡り、抗争が勃発したのだ。


「争いは長きに渡り、最終的に、長男であった第一守人(ヤフェト)が勝利を収めました。末の妹君――第三守人(セム)は臣民を従え、地球へと亡命したといわれています。そして、我らが第二守人(ノア)――次男であらせられたリアロクロエ様は、敗北の末、第一守人(ヤフェト)により王城に監禁されるという、悲運に遭われたのです」


 よよよ、と泣き崩れるアレク。この男のキャラクターがよく分からなくなってきた。


「ちょっと待て」

「しかしリアロクロエ様は、一部の忠実な臣民の助けを借り、ついに、王城を脱出することに成功しました。宇宙へと逃亡されたリアロクロエ様と、その臣民一派の消息は、追っ手を放った第一守人(ヤフェト)すら掴むことが出来ず、我らが王は、歴史の表舞台から姿を消したのです」


 何か言おうとしたバーンを無視し、アレクがしゃべり続ける。


「数百年の時が流れても、消息の掴めない第二守人(ノア)に、宇宙の塵と消えたと囁く声が徐々に大きくなり……中には、リアロクロエ様を諦める者もおりました。しかし、我々は信じ続けたのです。必ずや、第二守人(ノア)は我らの元に還られると! そして、真実の王として、この国に君臨される日が来るのだと!」


 壇上演説のごとき熱弁を振るうアレクの締めの台詞が終わった後、パチパチと丁寧な拍手が響いた。

 リーアが、優雅な微笑みを浮かべながら立ち上がる。


「壮大なお話でした。いえ、実に興味深いです。では、そろそろ私たちは月面の調査に戻らなければいけませんので、失礼を……」

「お待ちください、リアロクロエ様!」

「リーアです」

「リアロクロエ様!」

「リーアです」

「リアロクロエ=ノア=マルス=マルスタ=マルクれうあっ!」

「リーアです! あなたも舌を噛むくらいなら、呼ばなければ良いでしょうがっ」


 足下に縋りつくアレクに声を荒げるリーア。


「あのリーアを怒鳴らせるとは……あの野郎、侮れねぇ」

「……まあ確かに、あの洗面台の隅のカビ並のしつこさは、侮れない感じですが」


 妙なところで感心するバーンに合わせるカイ。


「地球に漂着し、記憶を失い地球人として育てられたあなたには、信じられないお話かもしれませんが……」

「勝手に、人の過去ねつ造しないでくれませんか! 私は正真正銘、地球で生まれました。そこのバーンが証人です」

「え、俺?」


 いきなり振られ、小芝居の見物人を気取っていたバーンがきょとんとする。


「博士、リーアさんとそんなに長い付き合いなんですか?」

「あー、まーな。生まれた時から知ってるぜ。つーか、俺がリーアのことで知らないことなんざ、何一つ……」

「余計なことまで言わなくてよろしい!」

「痛でぇっ!?」


 バリバリバリッと、すぐ隣で落雷したかのような音を発し、バーンが立ったまま絶叫した。


「うわっ!?」


 それは文字通り、ピュラスタの能力により生まれた落雷だ。危険を察知し、カイは慌ててその場を飛び退いた。バリッと音を立て、座っていた椅子に電流が走る。


「何で俺まで!?」


 自分まで落雷の標的になったことに嘆くカイ。


「えっ……?」


 リーアの戸惑った声と、台風の夜のような豪雷の何重奏が奏でられるのは、ほとんど同時だった。





「さすがリアロクロエ様……すばらしいお力です」


 屋根のなくなった隠れ家の一室で、アレクが限りある空を見上げ、うっとりと呟いた。


「これほどの威力の雷撃、忌まわしき現王の出陣以来、見たことがありません。やはり、あなたは真実我らの守人です」

「ああ、そうですか……」


 反論する気も失せ、呆然と呟くリーア。


「博士! 博士、生きてますかー?」


 床に倒れ伏し、痙攣しているバーンをカイが揺さぶる。服の表面がぷすぷすと焦げているが、幸い、一撃目以外は直撃を免れたらしい。


放電能力(エクトプラズマ)の威力が、上がっている……?」


 自分の身体を見下ろし、リーアはそのことを実感した。

 あまり人前でその能力を見せつけることはないが、リーアの異能は、ピュラスタの中でも強い方だ。

 しかし、こんな風に自分で威力をコントロール出来なくなったり、家の屋根を壊すような強烈な雷電を生み出すようなことは、今までなかった。


「我々の力は、霊核(マルクレンタ)の発する霊気(マルス)を吸収した結果、現れるもの。地球に霊気(マルス)が存在するかは知りませんが、マルクレンタの傍に在る以上、遠く離れた地球にいる時より、能力が上がるのは当然のことかと」


 リーアの戸惑いに答えを提示するアレク。霊気(マルス)――確かに、力が溢れてくる気がする。


「カイ」

「はい?」

「失礼」


 断ると同時に、リーアは右手をカイの方にかざした。


「うわっ!?」


 途端、少年の身体がふわりと浮かび上がった。


「……なるほど」

「リ、リーアさん!? おろして下さいーっ」


 無重量空間でもないのに、空中でくるくると回る羽目になったカイが悲鳴を上げる。リーアは、ゆっくりと少年の身体を地面に下ろした。


(ということは、もしや……)


 リーアは、一つの仮説を立てた。

 もしそうならば、この現状をどうにかすることが出来るかもしれない。しかし、一人で結論を出すには、確信が持てなかった。


「バーン、起きてください。いつまで寝ているつもりですか」


 リーアは、こういう時役に立つ相手を叩き起こすことにした。


「……てめ、雷撃食らわせといて、どういう言い草だコノヤロー。今日のは相当キタぞコラ」


 いまだに身体が痺れて、自由に身動きが取れないらしいバーン。悪態だけは器用に口を突いて出る。


「すみません。この星に来て、どうも力が増しているようです。まあ、死ななくて良かったじゃないですか」

「あーあー良かったですよ」


 リーアの心の底からの謝罪に、しかしバーンは、なぜか自棄な返事をよこした。


「それよりも、少し気になることがあるんです。検証を……」

「まあ、一体何事ですの? アレスクロディエ様」


 本題に入ろうとしたリーアを、上品な声が遮った。


「ああ、ソルディレシア。すまない、少し手違いがあったようだ」


 どうやったら手違いで屋根が飛ぶんだ、と突っ込みが入るかと思ったが、ソルディレシアと呼ばれた女性は、納得したようだった。


「まあ、そうですの。危ないので、ほどほどにして下さいませ」


 穏やかな調子で注意を促す。光を溶かし込んだような長い銀髪の下の小顔は、こんな惨状を見ても、おっとりと目元を和ませていた。

 こちらの調子が狂うようなスローテンポで、屋根が半分吹き飛んだ一室に訪れたのは、外見年齢でいうと、二十歳(ハタチ)に届くか届かないかといったくらいの美女だった。

 外見年齢と断ったのは、地球上の異能人(ピユラスタ)の始祖が、彼ら紅月人だというのならば、実年齢が必ずしも見た目通りとは限らないからだ。

 ピュラスタは、ヒューストに比べ寿命が長い。個人差はあるが、だいたい10代から20代の間に成長曲線が緩やかになり、人間の1.5倍から2倍の寿命を生きる。


「ソルディレシア、改めて紹介しよう。我らの王、リアロクロエ様だ。リアロクロエ様、こちらは妻のソルディレシアです」

「…………」

「ソルディレシア、ご挨拶を」

「あ……え、ええ……」


 驚いた顔でまじまじとリーアを見ていた女性が、夫に促され恭しく頭を下げる。


「ご紹介に預かりました、わたくし、ソルディレシア=ディ=ア=フランタと申します。アレスクロディエの妻にございます。お初にお目にかかれ光栄ですわ、我が君」

「ソルディレシア……美しいお名前なのに恐縮ですが、ソディと呼ばせて頂いてよろしいですか?」

「ご随意に」


 どうも、この星の人間は名前が長いらしい。文化なので仕方がないが、呼びにくいことこの上ない。


「ではソディ、どうも私の顔を見て驚かれていたようですが、何かおかしなことでもありましたか?」


 リーアの顔を見た時のソディの反応は、どう考えても不自然だった。

 まるで、当たり前のようにあると思っていたものが、なかったかのような……


「いえ……その、髪の色が……」

「ソルディレシア」

「……失礼しました。わたくしが詮索するようなことではございません。まごう事なき第二守人(ノア)霊波(マルスタ)に導かれ、このソルディレシア、身命を賭して我が君にお仕え致します」


 何かを言いかけたソディの言葉をアレクが制し、従順な妻は、守人の足下に跪いた。


「困りましたね……実力で他人を跪かせるのは嫌いではありませんが、こんな美しい女性に傅かれては、心が痛みます」


 まったく自分の努力や実力と無関係なところで尽くされても、恐縮するだけだ。困った顔で呟くと、聞こえていたらしいカイの顔がわずかに引きつった。


「一体なに? さっきの雷は! アレスクロディエ! 姉様! リアロクロエ様はご無事なの!?」


 甲高い声が、廊下から響く。まだ増えるのか、とリーアは、遙か高みにある地下国家の天井を仰ぎ見た。




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