始まりの糸
目の前に見える無数の小さな虫を手で払ってると、兄の綾人がこっち見てニヤニヤしてる。
「何してんの?美由紀?」
私は糸井 美由紀。大学受験を終え、四月から晴れて大学生活が始まるって言うのに、ここ最近何だか、異常に目が疲れる様になって来た。
さっきから視界に入ってくる無数の黒い点。
友達に言ったら、「イトミ〜スマホの触りすぎ? 漫画の読みすぎ?」とか言われたけど。
自慢じゃないが私、スマホもガラケーも持ってない。
それと漫画の読み方が分からない。一度、友達から漫画を貸してもらったが、うーんで終わってしまった。
母上殿は、自分達で大学や高校に必要なものは親が金を出すのは当たり前。
それが遊交費に使うものは自分で稼げと言う教え。
なので、高校時代から成績は落とす事なく優等生な真面目ちゃんとして生きてきた。
今は、塾講師として働いている。
最初は、親戚たちから自分の子供の家庭教師にとお願いされた。
もちろん、『お金は支払ってもらえますよね。ご飯食べさせればいいだろうなんて思っていないですよね』そう聞いたら、セコいだの、可愛くないだの金にがめついとか、モゴモゴ言ってたわ。
あっちは大人が言えば、言い含められるなんて甘く考えてたんだろうね。
御愁傷様。
これで有意義な大学生らしい生活の夏休みに入れるっていいね。
週に二日の塾講師勤務。非常勤だからできる。
週末は例の商売になるから、さっさとテスト作りに勤しみます。
ピリリと右の鼓膜に小さな痛みを感じた。
心なしかこの塾にいる子供達の指先から不安の灰色と紫が混じり合った糸がうねるように出てくる。
急に空が曇ってきたかと思ったら、いきなりの大雨が降り注いできた。
教室内も騒ついてくると授業にもならない。
「雨も降ってきたし、みんな帰りたいだろ?なら、これでどうだ!?」
どんと教卓に出した紙束。
又の名をテスト用紙。「抜き打ちテストだよ、終わった学生から帰宅するように」
学生達は文句を言いながらも、早く帰れると思ったのか嬉しそうに問題を解いている。
そんな彼らの姿を横目で見ながら、糸井は窓の外の稲光をただ睨んでる。
ああ、嫌だ。この天気。
本当嫌だ、あの夏の日を思い出させる。




