↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/25

異世界転生のお約束

ゆさゆさと身体を揺さぶられる感覚。

遠くから聞き覚えの無い声で呼びかけられている。

少し煩わしさを覚えた瞬間、頭に凄まじい激痛が走って目が覚めた。


目を開けると、そこは視界の限り「白」とも「灰色」ともつかない曖昧な色が広がる空間だった。


平野拓海(ひらの たくみ)、28歳。


仕事中にとんでもない頭痛を感じたところまでは覚えている。


(まさかくも膜下出血とかで死んだのか……?)


不安を覚えたその時、後ろから焦れたような声がした。


振り向くと、そこには――巨大な大胸筋があった。

とんでもなくムキムキの肉体の上に、繊細な美貌が乗っている。

出来の悪いコラ画像のような存在感だ。

驚きのあまり呆けていると、ムッとした様子で筋肉が口を開いた。 


「目覚めたのに返事もしないなんてひどいじゃないか」


そういえば目覚める前からずっと呼びかけられていた気がする。


目の前の筋肉がそうだったらしい。

申し訳なくなって謝ると、筋肉はさして気を悪くした風もなく「自分は神だ」と名乗った。

この不思議な空間を見た時から薄々察してはいたが……これは巷で流行りのやつだ。


ということは、やはり28年の短い生涯はここで終わってしまったのだろうか?

尋ねてみたものの、神は答えず、ポーズを決めて見事な広背筋を見せつけてきた。

『ムキーンッ』と効果音が聞こえそうな勢いだ。


「それよりも青年、私のこの筋肉をどう思う?」 


「え? いや……それよりも説明を」


今度は丸太のような腕を見せつけてくる。 


「どうだね?」 


キラキラしい笑顔までついてきた。答えるまで説明は望めないらしい。

ヒラリーマンとして培ってきた世渡り術と忍耐力を総動員し、引き攣った笑顔をつくる。


「す、素晴らしい造形美ですね」 


「ふむふむ」 


まだ足りないらしい。


「たくましくてしなやかで、まさしく肉体美の極地です」


「ふんふん」


声が少し弾んでいる。もう一息か。


「それほどの筋肉を育てるのには、さぞ厳しいトレーニングが必要だったことでしょう」


「素晴らしい! まさしくその通りなのだよ青年!!」


神は満面の笑みでバチンとウインクを決めると、ポーズを決めたまま高らかに語り出した。 


「よくぞ見抜いた! 毎日の筋トレとタンパク質の摂取……いやあ、神の肉体を維持するのも楽ではないのだよ! 君、なかなか見る目があるじゃないか!」


「いやぁ、あはは……」


「そんな厳しいトレーニングだ。トレーニング中につい疲れてダンベルを取り落としてしまっても仕方がないと、君ならわかってくれるだろう? 気のいい青年よ」


……うん?


「だからこそ、お詫びに君をわたしの管理する世界に転生させてあげようじゃないか! 君たちの世界の住人が大好きな、ドワーフや妖精、ドラゴンだっている世界だよ!」


神の口上は止まらない。


「おまけにどんな種族とでも話せる全自動翻訳と、ドラゴンに踏まれてもかすり傷一つつかない頑丈な身体もつけよう! 私のような立派な筋肉は自分で鍛えてもらうしかないが……」


眉を下げる神。しかし、すぐさま白い歯をきらりと光らせた。


「だが心配することはない! 筋肉痛も筋疲労もものともしない頑丈さがあれば、人間の身体とは比べものにならないスピードで鍛えられる! さぁ、さらにいまなら特別に君の望むチートスキルを1つあげよう! どれでも好きな物を選びたまえ!」


そう言って、盛り上がった大胸筋をさらに膨らませる。

拓海は冷ややかに言葉を返した。


「えっと……チートはいらないので元の世界に戻していただけないでしょうか……?」


そう言ったとたん神はぷぃっと不貞腐れた顔になり、明後日の方を向いてしまう。


「そんなことをしたら、わたしがうっかりそちらの世界の人間を死なせてしまったことが上司にバレてしまうじゃないか」 


「……」


聞くところによると、目の前の神は地球がある世界の下位にあたる世界の創造神で、地球の神の部下にあたるらしい。

つまり、己の保身のために28歳の自分を死なせたまま異世界へ送り出そうとしているのだ。


(ダメだ、こいつには何を言っても無駄だ。それなら少しでも快適な第二の人生を勝ち取るしかない)


「はぁ……わかりました。戻れないなら諦めます。その代わり、好きなチートスキルを一つくれるんですよね?」


「おお! わかってくれたか! さあ、何がいい!? 一撃で魔王を倒す聖剣の加護か!? 全属性の極大魔法か!?」


急に手のひらを返して、キラキラした目で顔を近づけてくる神。美貌と大胸筋の圧が凄まじい。

拓海は腕を組み、考え込んだ。

特に趣味もなく、これまで淡々と面白みのない人生を歩んできた。RPGもファンタジー小説も馴染みがなく、剣やら魔法やら言われてもピンとこない。異世界で魔王と戦う自分なんて想像もつかないし、そんな熱量もない。 


(……待てよ。そういえば……)


ふと、疲れて帰宅した夜に一人で黙々と遊んでいたゲームの記憶が脳裏をよぎった。世界で一番売れたという、あの四角いブロックのサンドボックス系クラフトゲームだ。

素材を集め、ブロックを積み、拠点を少しずつ作っていく。

あれだけは自分の性に合い、誰に邪魔されることもなく無心で楽しめていた。


(……そうだ。何かに追われる生活はもう嫌だ。一人で静かに、モノづくりをして暮らせるなら……)


拓海は神を見上げた。

「……『クラフトスキル』をください。あらゆる素材を採取・加工・製作できて、身の回りのものを自由に作れるスキルです」


「ふむ……? 倒すことより作ることか。まあいいだろう! 君の望み通り『クラフトスキル』を授けよう!」


神が力強くダブルバイセップスのポーズをとると、周囲の白い空間が眩い光に包まれていく。


「ドラゴンに踏まれても平気な頑丈な身体と、自動翻訳もセットだ! さあ、新しい世界でマッスルに生きるのだよ――!」


「あ、ちょっと待っ――」


浮遊感とともに意識が遠のき、拓海の身体は光の渦へと呑み込まれていった。


◇


「ん……」


ハッと息を呑んで目を開けると、視界いっぱいに青々とした草の海が広がっていた。

頬を撫でる心地よい風。

どこまでも続く地平線。

そして青空の下にポツンと佇むのは――今にも崩れそうな、粗末極まりない木こり小屋が一軒。


「……お詫びの割に初期位置の住環境が劣悪すぎるだろ大胸筋!!」


広大な草原の真ん中で、拓海の悲痛なツッコミが空しく響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。