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「断罪の令嬢 ― 弁護士の記憶が織りなす逆転劇」  作者: 月白ふゆ
第五章

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第八話 例外の一覧

相手が「一覧は存在しない」と言い切った時点で、こちらの仕事は決まっていた。


存在しないなら、作らせる。

作らせて、受領印を押させる。

押させた瞬間、存在しないは終わる。終わるのは相手の逃げ道だ。


リリアナは朝一番、顧問室の机に白紙を一枚置き、必要な項目だけを列挙した。文章ではなく箇条書き。箇条書きは逃げにくい。逃げにくいものほど相手は嫌う。


・例外の名称

・発動根拠(規定名・番号)

・発動者(役職)

・適用範囲(対象と地域)

・適用期間(開始・終了)

・更新条件(更新者・更新頻度・更新理由)

・代替手続(通常手続が停止する条件)

・記録保存(保存先・閲覧ログ)


一枚に収まる量にした。

一枚に収まると、こちらの要求は「過剰」に見えない。

過剰に見えない要求を拒否するには、理由が要る。理由が要ると痕跡が残る。残った痕跡は、次の刃になる。


エルナが封筒を差し出す。


「宰相府から。殿下は午前も呼ばれています」


ユリウスはまた足を止められる。

だからこそ、紙で動かす。

止められるたびに、相手は「殿下が不在のうちに」処理を進めようとする。進めようとすればするほど、整いすぎが増える。


リリアナは頷き、封を切らずに横へ置いた。今やるのは反応ではない。先に置く条件だ。


ルークが机の端に、昨日の動線図と異動辞令の控えを並べた。

内務記録局の下役は保全班へ。回覧から切断。

切断された時点で、声は消える。

けれど頁番号は残った。頁番号は動線に繋がった。動線が繋がれば、次は一覧だ。


「出しますか」


ルークが確認する。


「出します。統合窓口ではなく、差出元に」


「内務記録局へ?」


「いいえ。連名で抗議文を出してきた三部署へ。それぞれに同じものを出す」


同じものを出す。

相手が揃えるなら、こちらも揃える。

揃えた上で、差し出し先を分ける。分けると、どこが責任を持っていないかが見える。

責任を持っていない部署は、必ず窓口へ流す。流すと、その流れが証拠になる。


リリアナは白紙を取り、短い文章に落とした。否定はしない。条件を置くだけだ。


――臨時運用期間中に発動された例外について、運用の透明性確保のため一覧の提示を求める。

――一覧の形式は別紙項目のとおり。

――「一覧が存在しない」との回答があったため、存在しない場合は作成者・作成根拠・作成不能の理由を示されたい。

――期限:三日以内。受領印のある形で回答されたい。


最後の一文が効く。

受領印。

相手が嫌うのは、存在を確定されることだ。存在を確定されると、後で“なかった”にできない。


封筒を三通作り、差し出す。

治安局。税務局。許認可監理局。

同時に出す。同時に出すと、返答の揃い方も見える。揃い方が見えれば、統括がいるかどうかが浮く。


その日の昼過ぎ、返答が来た。

三通揃って。


揃っていることがまず怖い。

揃っている返答は、どこかで一度まとめて書かれている。

まとめて書かれる場所がある。場所があるなら椅子がある。


返答の文面は丁寧だった。丁寧な拒否だ。


――例外承認一覧は存在しない。

――各案件は所管部署の現場判断により処理している。

――一覧を作成することは運用上の安全のため不適切。

――統合窓口を通じて照会されたい(念のため)。


「運用上の安全」。

またその言葉。

安全は万能だ。万能だから、便利に使われる。


リリアナは返答を机に並べ、下欄を見た。回覧番号。

三通とも、番号が同じ束にいる。

違う部署の返答なのに、同じ束。

返答すら統合されている。


リリアナは笑わない。

笑うと勝利っぽくなる。勝利っぽくすると、相手が引く。引かれると痕跡が減る。

痕跡が減るのが一番困る。


「もう一段」


リリアナは短く言った。


「一覧が存在しないなら、一覧がなくても説明できる形にしてください」


ルークが頷く。次は、質問の形を変える。

“一覧を出せ”は拒否できる。

“一覧がないなら、なぜ統合窓口が必要なのか”は答えにくい。

答えにくい問いは、相手に紙を増やさせる。


リリアナは新しい照会文を書いた。


――統合窓口を指定する根拠規定を示されたい。

――統合窓口が扱う案件の範囲を示されたい。

――統合窓口が作成する要約版の作成基準を示されたい。

――上記が示されない場合、統合窓口による処理は責任の所在が不明確となるため採用しない。


「採用しない」。

この一言は強い。

拒否ではない。採用基準だ。採用基準なら、顧問室の権限の範囲で言える。

相手が嫌うのは、顧問室が“採用しない”と言える状態になることだ。


その翌日、治安局から別の紙が届いた。

照会票ではない。案内でもない。

表題が重い。


「例外運用整理に関する照会(協力)」


協力。

協力という言葉が、ここで初めて“こちらへ寄せる”ために使われている。

つまり、相手が面倒になってきた。


封を切ると、文面はこうだった。


――貴室の照会に対応するため、関係部署間で例外運用の整理を開始した。

――整理表の様式案を添付する。必要項目の追加があれば申し出られたい。

――ただし、本整理は臨時運用の円滑化を目的とし、責任追及を意図しない。

――受領印をもって提出とする。


受領印。

相手の方から言った。

言った瞬間、こちらは勝ちやすくなる。相手が自分の手で縄を掛けたからだ。


添付されたのは、薄い表だった。

「例外運用整理表(案)」

欄は、リリアナが最初に出した項目とほぼ一致している。

一致していることが怖い。こちらの要求を読んで、そのまま写した。

写したということは、読まれている。読まれているということは、効いている。


リリアナは表を眺め、すぐに赤鉛筆で二箇所だけ追加した。


「承認線」

「更新履歴」


承認線がなければ、責任が散る。

更新履歴がなければ、常態化が隠れる。

どちらも、相手が一番隠したいところだ。


ルークが言った。


「これ、出してきたのは治安局です」


「ええ。責任を一番外に置ける部署です。治安は“安全”で押せる」


「税務や許認可が前に出ないのは」


「責任を置きたくないからです」


責任を置きたくない者ほど、窓口に流す。

窓口が民間ならなおさらだ。


その日の夕方、顧問室にミレイアが来た。

顔は疲れている。だが目は昨日より澄んでいる。目が澄むのは、苦しいまま決めた時の目だ。


「また差し替えが来ました」


「契約書ですか」


「はい。治安協力商会の。利益欄が増えてます。あと、窓口に行けって」


ミレイアが出したのは協力契約書の差し替え版。

利益欄が丁寧で、根拠欄が曖昧。いつもの癖。

そして文末の「念のため」。

リリアナはそこを見ず、署名欄を見て、すぐに閉じた。


「今は署名の話をしません」


「……はい」


ミレイアは頷く。

頷けるのは、別の道が見えたからだ。


リリアナは、机の端に新しく届いた「例外運用整理表(案)」を見せた。

ミレイアの目が少しだけ見開かれる。


「一覧……作るんですか、向こうが」


「はい。作らせました」


作らせました、という言い方は軽い。

軽いが、ここまで積んだ結果だ。

受領印拒否、欠番、閲覧制限、統合窓口誘導、越権抗議。

全部がこの一枚に繋がっている。


「じゃあ、もう“存在しない”って言えない」


ミレイアが言った。


「言えません。言ったら自分で出した紙を否定します」


自分で出した紙を否定できる者は強い。

だが、その強さは限界がある。

受領印が押されてしまえば、限界が来る。


翌日、整理表が正式に提出された。

治安局の封で届いたが、下欄の回覧番号はR-14の束の中にあり、添付様式は税務のものと同じ罫線だった。

そして、一番重要な部分が追加されていた。


承認線。

更新履歴。


リリアナはその頁を開き、承認線を指で追った。

治安局担当の認印、税務担当の認印、許認可担当の認印。

三つ並んでいるはずだと思う。

だが、実際は違った。


三つ並んでいる。

けれど、最後に必ず同じ枠がある。


「統括確認」


枠の右に、小さな認印欄。

そこに押された朱の濃淡が、どの頁も同じだった。

位置も同じ。押し込みも同じ。

同じ手が押している。


そして、その認印の横に、同じ略号がある。


「会監」


会監。

会計監督官室をそう略す人間は、内部にいる。

内部の略号は、外へは見せない。

それが整理表に載っているということは、急いで作ったということだ。

急いだ結果、匂いを落とした。


リリアナは息を吐き、ルークに視線を送った。


「受領印」


ルークは頷き、治安局の受領印を確かめた。

押されている。位置が揃っている。朱が薄い。癖まで揃っている。

揃いすぎて、逃げ道がない。


リリアナは整理表の最終頁をめくった。

更新履歴には、短い文言が繰り返されている。


「臨時」

「暫定」

「安全」

「円滑化」

そして最後に、毎回同じ一行。


「統括確認済」


確認済。

確認した者がいる。

確認した者が毎回同じ枠にいる。

枠があるなら、椅子がある。


ミレイアは整理表を見て、喉が鳴るのを抑えた。


「これ……向こうが自分で書いたんですか」


「はい。逃げるために」


「逃げるために……椅子が見えた」


ミレイアの言葉は短かった。

短いのに重い。

ここまで削られてきた人間の言葉だからだ。


リリアナは整理表を閉じ、机の引き出しに入れた。

すぐに出しっぱなしにはしない。

出しっぱなしにすると、消される可能性がある。

消されないようにするために、受領印の写しを二部取り、控えに回す。


「これで、入口が一つ増えました」


リリアナが言った。


「“例外は存在しない”は、もう言えない。言うなら、この紙ごと否定するしかない」


そして、指先で引き出しの上を軽く叩いた。


「次は、承認線です」


承認線は動線になる。

承認線は癖になる。

癖は必ずどこかへ収束する。


外はまだ寒い。

でも、紙の中に一本、温度の違う線が出た。

それが椅子へ向かう線だ。

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