肉増し編、6 ハイハイから一人歩き出来るまで 1973年7月頃~1975年4月18日頃
僕は順調に成長していき、生後6か月頃からハイハイが出来る様になっていた。
「三花ちゃん、がんばれ。がんばれ。」
僕は生後3か月ぐらいに首がすわり、それ以降寝返りが出来る様になり、
ハイハイの前段階でうつぶせになって、匍匐前進の様な動作。
いわゆる『ずりばい』と言われる動作練習をした。
ベビーベッドから降ろされお母様とおばあ様、おじい様が見守る中でずりばい(お腹を付けて移動する) をした。
そしてずりばいをしていると、
「三花ちゃん。うまいうまい。」
「おじょうず。おじょうず。」
等とほめられた。
それから腰がすわり、6か月後ぐらいにはハイハイが出来る様になった。
「さあ、三花ちゃん。こっちだよ~。」
ぬいぐるみに向かって僕はハイハイする。
「おじょうず。おじょうず。」
何事にも褒められる事はうれしい。
両親や祖父母に褒められるのがうれしくて頑張った。
それからさらに月日が流れ生後9ヶ月になると、部屋の中を動き回る様になった。
這い始めて周囲を探索し始める為に動きが活発になり、
活動レベルが上がるにつれて、僕の食欲が継続的に増加している事に両親も気付いてますます身体が大きくなっていった。
『う~ん。僕が小さい事もあるけど、今生の家は大きいな・・・。』
部屋が広い。多分リビングだと思うけど10畳くらいだと思う。
「に~に~。」
4歳の太郎お兄様と2歳の次郎お兄様の後をハイハイしてついていこうとした。
その光景がとても微笑ましい物に映っていたと言う。
また月日が流れ、生後12ヶ月(1歳)の直前に、壁や家具に手をついて横に移動する動作をする様になり、いよいよ1人歩きが出来る段階になった。
この頃には腰がすわってきて、なんとか踏ん張りながら壁等に手をついてだが横に移動する事が出来た。
しばらくして、おじい様。おばあ様。お父様。お母様。2人のお兄様の家族含め、
1歳の誕生日である1974年4月18日に親戚の方もいらっしゃって、誕生会が開かれた。
『今日は節目の日。なんとか一人歩きが出来たらいいな。』
と思っていたが、なんとか無事に1人で立つ事が出来、しかも歩いた。
「おお~三花ちゃん。すごい。すごい。」
記念すべき日に1人で立って、しかも歩いた事にみんな喜んでくれた。
そしてさらに、生後15ヶ月になるとより自信を持って歩く事が出来、運動能力が増していった。
日々の活動がより活発になり、認知能力の発達が進んで行き行動範囲が広がっていった。
階段ののぼりおりの時は年相応に沿って内側を向いて1段、1段丁寧に移動した。
まだ脚が短い為の考慮だった。
それから18ヶ月頃になると、より自立した行動を取る様になり 静かに走ったり、家の中を探索したりする事が多くなり、家の見取り図をなんとか把握しようとした。
そしてそれらの行動で筋肉の発達を促していった。
しゃべれる言葉も増えるにつれて行動範囲がより一層増えていった。
テレビで流れる色々な番組。
ニュースや歌謡番組。ドラマ。BGMとしてレコードを観たり聴かせてもらい成長していった。
『何もかも、みな懐かしい・・・。』
僕は感慨深くそう心でつぶやいた。
24ヶ月(2歳)になると新生児期から幼児期に入り、月日を過ごした。
まだ七五三の日にちまでは時間はあるが、準備に入っていると家族は言っていた。
そうそう。間もなく弟が産まれるらしい。
名前は3男なので『三郎』と命名してるとの事だ。
長男が『太郎』、次男が『次郎』、三男が『三郎』。
そして僕は鏡原家の三番目の初の女の子として、『蝶よ花よ。』と言う事で『三花』と名付けられた。
簡単で分かりやすいと思うが安直かな?とも思った。




