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番外編3 百合の香気

最終話ではありませんので、ご注意願います。

2017/05/03 誤字脱字を修正しました。


番外編「平安恋花-秘密の香気」を別途連載しました(らぶらぶ番外編)は、こちらに掲載しますので、よろしくお願いします。

 凶暴な悪鬼に襲い掛かられ、碌に抵抗もできないまま、姫様は床へと押し倒されました。


「あれ~! お止めになって! どうか、ご容赦を!」

「フハハハハハ! 誰が逃がすものか! 大人しく!」


 そのしなやかでスラリとしたお背に悪鬼が圧し掛かり、狂った眼差しを向け、美しい表衣の(うちき)の後ろ襟をつかむ。力尽くで、無体にも衣を無理やり剥ぎ取る気なのは、もう間違いないようです。


「いや! お願い、誰か助けて!」

「ああ! 姫様!」


 煌くような涙を流しながら、私に助けを求められても、どうにもできない。私だって、さっきから暴れる悪鬼を一生懸命に取り押さえようとはしているのです。でも、決死の覚悟で悪鬼に縋っていた私も、とうとうもの凄い力で払い飛ばされてしまった。


 ビビィッ! と、美しい(うちき)は無残にも引き裂かれる。


 右大臣家の四の姫様の東宮妃(とうぐうひ)入内(じゅだい)も間近になり、ようやく様々な準備も整った。姫様も、入内を楽しみにされてはいるようだけれども、さすがにお疲れ気味。お支度の品々の確認やら、お祝いのお文の返信やらで、なかなかのんびりできないからでしょう。

 でも、言わせていただければ、側仕えの私の方が姫様より忙しいんですよ。姫様のお好みのお品を揃えるお支度だけなく、姫様のお世話もあるのですから。


 姫様を熱愛する東宮様からは、それは毎日のように様々な花が蕾のままで届きました。


 『咲く前の蕾のままで麗景殿(れいけいでん)に飾りたい』(正式入内前にコッソリ参内(さんだい)してしまえ)というお文が茎に結ばれており、これもまたため息の元になっているようだった。


 無茶ばかりする人に熱愛されるのも大変です。くれぐれも、これに同意しないで下さいね。


「四の姉上、ご機嫌いかがですか?」

「あら、山吹(やまぶき)の君。もっとこちらにお出でなさいな、顔を見せるのは久しぶりではなくて?」


 いつものように気軽に部屋に入って来られたのは、右大臣家の嫡男で四の姫の弟君、山吹の君様でした。これまたいつものように、愛らしいニコニコの笑みを浮かべていらっしゃいます。

 でも、もうご成人されたので、いくら姫君が親し気に扇で招いておられても、奥の御簾内(みすうち)までは入ってはいけません。


 私がさりげなく御簾(みす)の前に御座所をご用意したら、お座りになられるや、私に酒瓶を渡された。


「小雪、これを姉上に。左大臣家の紅葉(もみじ)の少将様からのご入内のお祝いだよ。少将様の一番のお気に入りのお酒で、とってもおいしいって。お清めも込めてだって」

「姫君のお祝いにお酒ですか……。何を清めよと? さすが紅葉の少将様、本当に男らしくあられること」


 殿方同士でなら、とても喜ばれるお祝いのお品でしょうね。あまりの情緒の無さに、馬鹿にされているような気がして思わず口元が引きつってしまう。


「まあまあ、小雪、そう怖い顔しないで。お気持ちは嬉しいではないの。山吹の君、あなたからもお礼をお伝えして。幸い、今日は式部卿(しきぶきょう)の宮家の百合姫様も、お祝いのご挨拶に来てくれることになっているの。一緒に楽しんでみようかしら。宴の多い、後宮に入るのですもの、ご酒くらい嗜んでおきたいわ」

「いくらなんでも、女御(にょうご)様が酒宴に招かれることはそうそう無いと……」

「良いではないの。小雪、百合姫様がいらっしゃったら、このご酒をお出ししてちょうだい」


 要は、一度ご酒を召し上がってみたいのですね。これまで機会はありませんでしたから。まあ、これも経験かもしれません。ご入内されて会えなくなる前に、女同士で楽しむのも一興でしょう。


 こうした可憐な花の蕾の姫君達だっていつか大人になり、ご酒で羽目を外したくなる時も来るかもしれない。その時の予行演習ですね。


 百合姫様が、右大臣邸にいらっしゃいました。いつものように、スッキリお背の高い天女のようにお美しい方です。でも残念ながら、お声は低く掠れてお姿にそぐわず。

 四の姫様と出会ったお寺にまで籠られて療養されたのに、とうとう喉のご病気は完治しなかったようです。

 女房達は、誰もそれには気付かぬように、恭しくご接待致します。


 天は二物を与えずと言いますが、本当にお気の毒でなりません。この後遺症さえなかったなら、女御入内して四の姫様の好敵手となられるのも夢ではなかったでしょうに。でも、互いに仲の良いご友人になられてお幸せそうです。


 入内のお祝いにとお持ち下さった絵巻物を、身を寄せて楽しそうに眺め読みつつ、紅葉の少将様が贈って下さったご酒をお二人は飲み始められました。


 あら、百合姫様、お酒の飲み方が慣れたご様子。病の後遺症に悩み、自棄酒でもされていたのでしょうか、無理の無い飲み方。それに比べて、我が姫様は初めてでも『いける口』だったらしく、少将様お勧めのお酒が美味しいとご機嫌でお飲みです。


 グイグイいきます。大丈夫でしょうか?


「こうして美しい天女は,天に……」

「天女、天女、言われて、良い気になっているんじゃないわよ!」

「え?」


 突然、四の姫様は立ち上がり、絵巻物を読み上げていた百合姫様を怒鳴りつけて睨み下ろしました。

 几帳(きちょう)の向こう側で侍っていた私達女房も、突然のドスの利いた姫様の低い声にびっくりで、ただ見上げるばかり。百合姫様も姫様の豹変に驚き、固まっています。


 お側にいる私には分かりますが、赤ら顔の姫様の目が座ってます、非常に不味い傾向なのでは?


「ちょっと、いえ、凄く美人だからって、女を舐めているのではなくて? 顔ではないのよ! 中身! 中身が大事なの!」

「ひ、姫様……?」


 百合姫様の顔色が変わりました。恐ろしさに青冷めて、迫力に押されて小さく震え始めています。私達だって怖いです。

 高貴で上品なこの右大臣家で、キンキンに響く女の怒鳴り声などそうそう聞かされませんから。しかも、姫様、何か怨念が籠っていませんか?


咲耶(さくや)姫も、百合姫も何よ! 美人だからって、皆、ちやほやして! 私は天下の右大臣家の姫なのよ! 顔はともかく、中身では負けないわ!」


 あら、いきなり、前婚約者の(たちばな)の宮様に振られた原因になった、咲耶姫のお名前が出ました!


 橘の宮様と終わってから、今東宮様と熱々で、全然、全く、ちっとも気にしていない風でしたが、実は結構、恨んでおられたのでしょうか? まあ、ありえないほどの大恥を掻かされましたし。


「も、もちろんですわ。四の姫様の素晴らしさは、私が良く分かっております。姫様は、殿方から見て、とても魅力的なお方ですわ!」

「嘘よ! 百合姫! 実は結構ご自分の顔に、自信がおありなんでしょう? 自分で美しいと思っているんでしょう? だからそのように着飾っているのでしょう?」

「そんな訳では……。ひ、姫様……?」

「いい? 女はねえ、中身なの! 中身で勝負よ!」

「い、いや~!!」


 悪酔いし、凶暴な悪鬼となった四の姫様に襲い掛かられ、碌に抵抗もできないまま、百合姫様は床へと押し倒されました。


「あれ~! お止めになって! どうか、ご容赦を!」

「フハハハハハ! 誰が逃がすものか! 大人しく!」


 滂沱の美女を前に、姫様は悪酒なのか悪役に酔ったのか、もう分からなくなっている様子です。恐怖に震えるか弱い姫君を襲う、乱暴な殿方にすっかりなり切っています。


 そのしなやかでスラリとしたお背に悪鬼が圧し掛かり、狂った眼差しを向け、百合姫の長い髪を邪魔だとばかりに払い除け、表衣の(うちき)の後ろ襟を四の姫様がつかむ。力尽くで、無体にも衣を無理やり剥ぎ取る気なのは、もう間違いないようです。


 のんびりな普段からは想像もつかない、このような剛力が姫様のどこから湧いてきているのでしょうか? 百合姫から引き離すこともままならず、手が付けられません。


 涙を流して這いつくばりながら、百合姫も奪われまいと衣を掴み、必死に逃れようとしています。姫君お二人に、力尽くで衣は引っ張られています。


「いや! お願い、誰か助けて!」

「ああ! 姫様!」


 煌くような涙を流しながら、私に助けを求められても、どうにもできない。私だって、さっきから暴れる悪鬼を一生懸命に取り押さえようとはしているのです。

 でも、天女の衣を握る悪鬼の手を引き離そうとしていた私も、とうとうもの凄い力で払い飛ばされてしまった。


 ビビィッ! と、美しい(うちき)は無残にも引き裂かれる。


 同じように、絹を引き裂いたかのような百合姫様の悲鳴が、この棟全体に響き渡りました。


「何事だ! 姫はご無事か!」


 悲鳴を聞いて、外の簀子(すのこ)から御簾(みす)を跳ねのけて室内に飛び込んできたのは、何と東宮(とうぐう)様です! またお忍びで御所を抜け出して来られたのですね。

 でもこの時ばかりは、助かります。引き離して下さい、この大虎を! 涙の天女から!

 

「危険なのは四の姫ではないが……。姫、四の姫、お止めなさい。あなたもこの姫も泣いているではないか」

「ううう、(ひいらぎ)の君様。だって、だって、皆、美人だと自慢して……」


 何故か東宮様がお声を掛けると、四の姫様はおとなしく泣きながら百合姫様から身を離しました。そのまま東宮様の狩衣(かりぎぬ)に、泣きながら縋っています。


 泣きたいのはこちらです。この大虎は恐ろしかった……。


 あ、百合姫様が振り返りもせずに、そのまま御簾(みす)の外へと、内衣の(ひとえ)の袖で泣き顔を隠しつつ、姫君にはそぐわない速さで逃げ出して行ってしまったわ。

 無礼ではあるけれども、誰も責められない。それ以上のご無礼を四の姫様がしてしまったんだもの。


 悪い酔いして泣く四の姫を東宮様は抱いて慰めておられる。


「立派に育った姫の中身の素晴らしさは、私が一番良く知っている、本当に素晴らしくて、朝、離れ難いほどだよ」


 東宮様は、姫様を抱き締めながら、妖しい慰めのお言葉を掛けている。ちなみにそのお手は、どこに触っているんですか?


 姫様は裏の意味も分からず、本当? 本当に? とか、自信付けてもらいたいらしく、何度も問い直しているわ。


 お疑いならしっかり確かめてあげるよ、とか言って、いつものように東宮様は姫様を抱き上げて、部屋の奥へと連れて行ってしまわれた。いいんだけれど、馬鹿馬鹿しいわね。


 後日、東宮様が百合姫の兄君の桂木(かつらぎ)の君様を呼び出され、見事な反物を下賜されたそうです。

 独身の姫君に東宮様から贈り物はできません。そのため、表向きは桂木の君様宛で、実は百合姫様へのお詫びの品なのでしょう。


「先日、虎が迷惑を掛けた」

「いえ、畏れ多いことでございます。我が家の花も、もっと強くあらねば、と己を鍛えることにしたようです。もう怖いものは無いそうです。お気遣い、ありがとうございます」


 とかなんとか、意味不明の遣り取りをしていたと、後に山吹の君様がこちらのお部屋を訪れた時に仰いました。

 その言葉に、四の姫様は几帳(きちょう)と扇の陰で、深く深く落ち込まれました。これでしばらくは、我儘を自重されるでしょう。


 無論、今後、姫様は絶対禁酒であることを側仕えの女房達に厳命しました。お互いのために。


 終わり。

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