第七話 転移者オイゲン
来客と、そうグレースは言った。
しかし辺境と言って差し支えないドルジアの、誰も見向きもしない先代文明の遺跡である。俺たち以外にこの遺跡を訪れる者などそうそういるはずがない。
「来客? こんなところに?」
「どうやらこの神殿が起動したことに気付いて、神が誰かをこの神殿に転移させたようです」
「ちょっと待った。それって!」
俺たちは慌てて座っていたソファや椅子から立ち上がる。
「それはどこに!?」
「隣の転移室です。神は一定期間に一度、任意の人員を同陣営の神殿に転移させることが可能なのです」
「そういうことは先に言ってくれ!」
言いながら無体な要求だとは自分でも思った。
探知スキルで周辺を探る。だがもうすでに遅すぎた。人の気配はすでにこの部屋の扉の前にいる。
どうするかを考える間もなく、扉が開き、笑みをたたえた初老の男性が姿を見せる。その後ろには数人の男女。いずれも武装しているが、武器を構えてはいない。
初老の男性はステータスによると名前がオイゲン、戦士スキルや魔術士スキルをそこそこの値で持っているが、すべて偽装だ。そして無数の奴隷を従える契約。間違いない。転移者だ。
先手を取って魔術を放つべきか迷う。ここは戦うにはあまりにも狭苦しいフィールドだ。しかしそれは相手も同じ。だがこちらは部屋の中にいて逃げ場がないのに対し、向こうはいくらでも外に逃げられる。
「ご歓談中にお邪魔して申し訳ありませんな。しかし、できれば殺気を鎮めていただけるとありがたいのですが」
ニコニコと笑みを崩さずにオイゲンは言う。
「私たちに争う意思はありませんよ。ちょっとした勧誘に訪れただけです」
「テオドール、ここは抑えよう」
明らかに殺気立っているテオドールにそう声をかける。
向こうは6人、こっちは5人、数の上でも不利な上に、地の利も向こうにある。それに向こうは勧誘に来ただけだと言っているのだ。今のところ番号付き殺しについてバレている様子はない。
「その様子ですと、天球教会にあまり良い思い出は無いようですな。同胞のしでかしたことを、代わりに詫びさせていただきます。どうでしょう。部屋にお邪魔するのは私一人にすれば安心してお話を聞いていただけますかな?」
「剣と杖を仲間に預けてならいいぜ。話を聞こうじゃないか」
「ではお言葉通りに」
オイゲンは武装を解除して部屋に入ってくる。その他の人員は廊下で待機するようだ。
見える人員についてはステータスを確認したが、やはり偽装されていて本当のところは分からない。
「チューターと話をされていたということは、我々転移者の置かれている状況についてはすでにご理解いただいているものと思いますが、どうでしょう?」
「あんたらの神に頼らなければオレたちは日本に帰ることはできないってことだな」
「まさにその通りです。話が早くて助かりますな。それでどうでしょうかな? 他に選択肢はないと思いますが?」
「そうは言うがな。オレやこのマルクは日本での記憶を失っている上に、オレなんかはこっちに来て数十年だ。今さら日本に戻ったところでどうすりゃいいのかなんて分からねーんだよな」
「おや、その辺りの説明はまだでしたかな? 我々転移者は皆記憶を失っております。過ぎた記憶は望郷の念ばかり募らせる原因となりますからな。こちらで過ぎた時間についても何の問題もありませんな。我々は元の時間に、元の姿で、元の記憶も、こちらの記憶も持って帰還できることになっております故に」
「そんなことが、……いや、可能なんだろうな」
この世界の神の力が時間を超越することはすでに分かっている。今さらそれに記憶を弄ったり、肉体年齢を弄れることが加わってもなにも不思議ではない。
「だがオレが気に入らねーのは天球教会の神人至上主義だ。なぜ亜人以外の人族を亜属と貶めて支配する必要がある」
「それは魔族と戦うために必要な措置ですな。いずれかの種族が主となって他の種族を支配しなければ魔族と戦うための地盤が固まらないと主はお考えです故に」
「結果的に人族の間で争いが起きてんだから笑うしかねー話だぜ」
「末端が極端な差別に走っているのは実に嘆かわしい話ですな。ですが我々転移者が奴隷契約を持ってその戦力を拡充させる以上、種に優劣をつけたほうがよいとの主のお考えなのですな」
「それでいつになったら神は満足して、オレたちを元の世界に戻してくれるんだ? 少なくともオレたちの寿命が尽きるまでにはとても追い付きそうにないぜ」
「それについても心配はいりませんな。神との契約において、神に従う限り、どのような死を迎えてもその時は元の世界に戻れるようになっております故に」
だからこそこうしてあなた方の前で無防備にしていられるというわけでもあるのですよ。とオイゲンは言った。
「確かにそういう契約になってんな」
オイゲンをじっと見つめていたテオドールがそう言った。俺もオイゲンの契約を確認して同様の内容を確認した。
「しかし納得いかねーぜ。そういう話なら、番号付きの勧誘にしてもそこまでちゃんと教えてくれりゃ良かったんだ。しかも連中、断ったら問答無用で襲ってきたんだぜ」
「番号付きとは、序列持ちの神の使徒のことですな。彼らには最低限の知識しか与えていない故に、時にはそのような暴走があったのでしょう。実に嘆かわしいことです。大変申し訳ありませんでしたな」
「で、オレたちがここで断ったらどうなるんだ?」
「その時は大変残念ですが引き下がらざるを得ませんな。長くこの世界にいて亜属と親交を結んでいれば、我々のやり方に同調できないということもありましょうからな」
「そうだな。悪いがオレはお断りだ。この世界で生きて死んで骨を埋める。そういう覚悟はもうできてっからよ。マルク、お前はどうする? どっちでもオレは構わねーぜ」
「……お話を聞いていると、この世界の誰かを連れて日本に戻るということはできなさそうなんですが、それで正しいですか?」
「仰るとおりですな。しかし日本に戻る時はこの世界での生を全うしたとき。それで十分なのではないですかな?」
「でもその生きている間、亜人以外の人族を亜属として扱わなければならないんでしょう? 俺にはそれはできそうにありません。残念ですが断らせていただきます」
「むぅ、それでは仕方ありませんな。久方ぶりの勧誘だったのですが、上手く行かなくて残念ですな。今を逃せば日本に帰れるチャンスはもうないのですよ。本当によろしいので?」
俺とテオドールは目を合わせてから頷いた。
「オレはこの世界で生きて死ぬ。それでいい」
「俺は胸を張って一緒に生きていきたい人がいる。だから今のままで構わない」
「そうですか。実に残念です。それでは失礼いたしましょう」
「転移ですぐに戻れるんですか?」
「いいえ、神の力による転移はおよそ一年に一度しか使うことはできませんな。地道に旅をして帰ることになるでしょう」
「それはお疲れ様だぜ。随分辺境まで来ちまったな。道案内がいるんじゃないのか?」
「いえいえ、そんなお手間は取らせませんな。大体の地理は把握してから来ております故、自分たちでドルジアまで行けば済む話ですな」
「なるほど。ドルジアの近くってことまで知ってるわけね」
「ご心配をおかけしたようで、今度こそ失礼させていただきましょう」
そう言ってオイゲンは部屋を出て行った。
後には元からこの部屋に居た面々が残される。
「マルク君、テオ、2人とも本当にその決断で良かったのか?」
「まぁな。あいつらとはどうにも性が合わない」
「俺も、カタリナと一緒にいるほうが大事だからね」
日本に戻れるという選択肢に魅力が無かったわけでは決して無い。だがそのために意に沿わぬ生き方を強いられるというなら話は別だ。特に天球教会のような、他の種族を抑圧しているような組織の一員になれと言うことならばなおのことだ。
「それに連中の神は世界征服をしたがっているわけだろう? それって魔族の側からしてみれば、それこそ天球教会が魔王軍みたいなもんだよ」
よくあるファンタジーものでは、魔王率いる魔族たちが世界征服を企んでいるのが常道だ。それに対して人類側が対抗するために勇者を選んだり、あるいは召喚したりする。しかしこの世界ではまったくの逆で、人族の神が世界征服をするために天球教会という組織を作り、その上、転移者まで呼んでいるのだ。
「言われてみりゃそんな感じだな。なんなら魔族側について勇者にでもなるか?」
「さすがにそういうわけにもいかないだろ」
俺とテオドールは魔族側についてもやっていける。食料の問題がないからだ。しかしユーリアたちはそういうわけにはいかない。彼女たちと一緒にいる限り、人族の領域からは離れられない。
「つまりお前の方針としてはこれまで通り天球教会とは関わらない。その上でこの世界で真っ当に生きていくってところか」
「そういうことになるかな」
「オレも似たようなもんだな。元の世界に戻れないとはっきり分かっただけでも収穫だぜ」
「マルク様……、本当に、よかったのですか?」
ためらいがちにユーリアが問うてくる。しかし俺の答えは決まっていた。
「当たり前だろ。カタリナを亜属と呼ぶような連中の仲間になんてなりたくないよ」
安心させるためにその頭を撫でて、軽く抱きしめる。
「さて、話が中断されてしまったが私はまだまだグレース嬢に聞きたいことがたくさんあるぞ」
アレリア先生がそう言って、俺たちをうんざりさせた。
それからしばらくアレリア先生とグレースの問答が続き、その間に俺とテオドールは今後のことについて話し合った。
「何事もなければしばらくドルジアに滞在するのもいいだろうな。ここなら冒険者仕事に事欠かない」
「そういえば冒険者ギルドには山ほど仕事の依頼があったようだけど、どんな仕事なんだろう?」
「オレもちゃんとは見てないが、こういう新興国だと領地拡大のための森林伐採の護衛とかだろうな。途中で色々遭遇しただろ。ああいう現住生物だって一般人からしたら立派な脅威だからな」
「俺たちからしたら簡単な依頼だな」
「ま、そういうこったな」
そんなことを話している間にアレリア先生の質問も底をついたようだ。
「ありがとう。グレース嬢。それで君はこの後どうするんだ?」
「再び眠りにつくことになります。そしてこの神殿から転移者が現れる時に目覚めることになるでしょう」
「そうか。それではよい夢を見られるように祈っておく」
「ありがとうございます。しかし夢は見ないのです」
「そうか、時間が止まっているのだったな。すると全ては一瞬のことか」
「そういうことです」
俺たちは口々にグレースに別れの言葉を告げて、その部屋を後にした。
アレリア先生にとっては残念なことにグレースも神々の言語については知識が無く、これ以上遺跡に留まっても得られる情報は無さそうだ。それにもっとも大事な情報はすでに手に入れた。
日本にはもう戻れない。
ユーリアたちの前では強がってみせたが、事実としてそのことを突きつけられると、やはりショックは大きかった。記憶が無くてもこうなのだ。記憶があったなら一も二もなくオイゲンの言葉に飛びついたかもしれない。
そんなことを考えながら遺跡を出る。
その瞬間、俺の体は炎に包まれた。




