第六話 神々の争い
その見目麗しい女性はカプセルの中でまるで死んだように横たわっている。
先代文明人だろうか。
だとすればアレリア先生の、先代文明人は亜人、あるいは神人と同じ姿を持つという説は正しかったことになる。
彼女はいわゆる人間、地球人と同じような姿をしていた。
腰まで届く長い黒髪に、薄く紅を引いたかのような唇。閉じられた瞳はぴくりと動くこともなく、ユーリアにも負けないような豊満な胸部も上下していない。まるでウェディングドレスのような白い装束を身にまとい、両手はお腹の上で組まれている。
一見すると死んでいるようにも見えるが、彼女にはちゃんとステータスがあった。
名前をグレースと言い、一般市民が持つような雑多なスキルを所持している。戦闘系スキルはない。
誰もが息を呑んで、彼女を見下ろしていた。
「先代文明人かな……」
「このカプセルの中は時間が止まっているに違いねーな。冷凍睡眠みたいなもんだろう。どうする? 起こすか?」
「起こすしかないだろう」
俺の提案に一同は頷いた。
俺たちはカプセルを開閉するためと思しき魔法陣を見つけ、そこに魔力を流し込んだ。
予想通りにカプセルの上部が開き、どれほどかの時を経て女性はカプセルから解放された。
じっと皆が息を呑んで見守る中、彼女はぱちりと目を開いた。黒色の瞳が確認するように俺たち全員をその視線がなぞっていく。
未だ動けない俺たちを横目に、彼女は半身を起こし、大きく伸びをすると、きょとんと首を傾げた。
「転移者が2人に現地人が3人ですか。なにか異常事態が起きているのですね」
「共通語が分かるのか! 君は先代文明人なのか!?」
慌てて女性を質問攻めにするアレリア先生は、いつかの俺を質問攻めにした時を思わせる。しかし聞きたいのは俺たちも同じだ。
「質問に答える前にちょっとお待ちください。ええと、確かにおかしなことになっているようですね」
彼女はカプセルから起き上がると、素足で床に降り立った。
「とりあえずリビングへどうぞ。お話はそこでいたしましょう」
促されるままに俺たちはリビングへと取って返す。
「失礼、来客があるとは思わず片付けをしていませんでした」
後からやってきた彼女はパタパタとソファから衣服を取ると、寝室に放り投げ、テーブルからカップを下げた。
「何か淹れましょうか? およそ5千年ほど前のお茶になりますが」
一同を見回したが、全員が首を横に振った。その時間感覚もアレだが、先代文明人のお茶を俺たちが飲めると確定しているわけではない。その警戒心がそうさせたのだ。こと食に関する限り、この世界では注意を払うのが常識だ。
「そうですか、残念です。それでは質問にお答えしましょうか。共通語についてはもはや言うまでもないでしょう。そして私はあなた方の言う先代文明人ではありません」
「先代文明人でないなら君は一体誰なんだ? どうしてここで眠っていた?」
「私はチューターです。転移者にこの世界での手ほどきをするために存在しています。眠っていたのは私の役割は終わったはずだったからです」
「チューター?」
「はい。それが私の役職名です」
アレリア先生の矢継ぎ早の質問にグレースはよどみなく答えていく。
「それで君と先代文明人との関わりはどうなっているんだ? 先代文明人はどうなった?」
「質問にお答えする前にひとつ訂正を。さきほどから先代文明人と仰っていますが、この世界ではあの方々に関する別の呼び方があるはずです。そちらが正しいと指摘します」
グレースの言葉にアレリア先生がハッと息を呑む。
「まさか、神々、なのか?」
「その通りです。そして私は神によって創造された、そうですね、ホムンクルスと言えば通りが良いでしょうか? そして神々はすでにこの世界から去られました。どうやら例外がいらっしゃるようですが」
「例外? この世界に残っている神がいるということか?」
「ええ、どうやらそのようです。そうでなければ転移者が現れるはずもありませんから」
「ということは、彼らが召喚されてきたのは事故なんかではなく、神の意思によるものだ、と?」
「そうである方もいるでしょうし、そうでない方もいらっしゃるようです。本来なら神々はこの世界を去り、全ての神殿がこの神殿のように機能を停止するはずでした。しかしそうはならなかったようです。残った神がおり、機能するはずのない神殿が機能している。だから最初に異常事態が起きているのだと言いました」
「オレたちはどっちなんだ? 神に呼ばれたのか、そうでないのか?」
じれったさそうにテオドールがグレースに問いかける。
「あなた方はそうでない方々のようです。本来ならあるはずの神との契約がありませんから」
「あるはずの神との契約……、というと文字化けしてるこの契約は……」
テオドールがスマホを操作する。どうやらステータス偽装を使って非表示にしていた例の文字化けした契約を見えるようにしたようだ。
「それは……、召喚主である神と結ばれるはずだった契約が、神の不在により未成立となっている状態のようです」
「ということはオレたちはどうなる? 日本に戻る手段はあるのか?」
「あります。しかしそのためには神の力を借りる必要があります」
「そうきたか。それはつまり、そういうことになるのか……」
テオドールが腕を組んで唸り声を上げる。
「どうした、テオドール?」
「どうしたもこうしたも、その神について心当たりならあるだろう?」
「神の知り合いなんていないぞ。あ、いや……」
神自体はともかくとして、神の信徒なら知っている。それも俺たちに“元の世界に帰りたくないか?”と問いかけてくる信徒なら。
「天球教会!?」
「そういうこった。連中が本物の神を擁しているなら、勧誘の言葉もあながち嘘じゃないということになる」
「なんてこった」
俺たちはもう十分すぎるほどに天球教会に敵対している。今さらその神に対して元の世界に戻してくださいというのは難しいなんてもんじゃない。
「他に手段は無いんですか?」
「私の知る限りではありません。あなた方転移者の本来の使命は召喚された神殿の神に従い、その神を勝利に導くことです。その見返りとして元の世界に送還されるということになっています。しかし神々の戦いが終わり、神々の去った今となっては、残っている神を頼る以外にありません」
「その残っている神というのは一人、いや、一柱というべきか、それだけなのか?」
「ええ、どうやらそのようです」
「その神はどうしてこの世界に残っているんだろう? そういうことも分かりますか?」
「そうですね」
グレースは少しの間瞳を閉じて思案を巡らせているようだった。
「これは推測なのですが、戦いの結果に満足できなかったのではないでしょうか?」
「満足できなかった? つまり敗北したのか? 天球教会の神が? 神々の戦いで?」
アレリア先生が混乱したように言う。それも当然だろう。天球教会の神話では、天球教会の神を含む善き神々は、悪しき神々に勝利したことになっている。
グレースの言うことが正しければ神話はあべこべだ。
「その通りです。現在この世界に残っている神は戦いに敗北した陣営の神です」
「どうしてそうだと分かる?」
「ネットワークにアクセスした結果です。こう言えば転移者の方には分かるのではないでしょうか?」
「そうなのか?」
「言っていることは分かるよ。嘘を吐いているんじゃない限り、本当だろう」
しばらくの間リビングには沈黙が訪れる。
やがて意を決したようにアレリア先生が再び口を開いた。
「神々の争いについて教えてくれないか? それは何故始まって、どう終わったんだ?」
「何故始まったのかまでは分かりません。私が造られた時にはもう神々は争っていました。しかし神々は自ら争うことをせず、ふたつに別れた現地人を争わせることで決着をつけることにしました。その結果、魔族、つまり吸魔スキルを持つ陣営が勝利し、その後神々はこの世界を去りました」
「勝った側も負けた側もこの世界を去ったのか。神々は何がしたかったんだろう?」
「さあな。だが現地人に代理戦争させている辺りが胸糞わりーぜ」
「現地人か……」
ふとその言い回しが気になった。
「グレースさん。それは神々の言い方ですか?」
「そうですね。あの方々は自らを神々と、あなた方を転移者、そしてこの世界に元々住んでいる人々を現地人と呼んでいました」
「それって妙じゃないか? まるで神々自身は現地人じゃないみたいだ」
「ふむ、だがそれは十分ありえる話ではないかね? 世界を渡る力を持っている神々だ。別の世界からこの世界にやってきたのだとしても何も不思議ではない」
「もしそうだとしたら、とんでもない迷惑者だな。わざわざ別の世界からやってきて、この世界の人々を争わせるだけ争わせて、自分たちの決着がついたらさっさとおさらばだろ」
「神々なんてそんなものだろ。そういえばその残っている神とやらは5千年も普通に生き続けているのか?」
「神々は不老不死ですから、なにも不思議ではありません」
「そこは流石神様というところか」
テオドールは妙なところに感心してみせる。
「それで、グレースさん、貴女はチューターということでしたけど、俺たち転移者に何を手ほどきするはずだったんですか?」
「お二人にはもう必要ないものかと思います。レベルの上げ方や、スキルの選択方法、鑑定や、この世界における契約の持つ力など、すでに使いこなしておられるようですから」
「なるほど。どうして俺やテオドールが召喚された時にチューターがいなかったんだろう?」
「神殿自体の機能が損傷していた可能性は高いと思います。これだけ長い間稼働することを前提に作られていませんので。この神殿が機能を維持していたのも偶然でしょう」
もし俺が召喚された遺跡の機能が無事だったならば、俺は彼女のようなチューターに出迎えられていたはずだったということになる。その場合、アレリア先生たちは先にチューターに鉢合わせていたのだろうか。
チューターを前にアレリア先生たちがどんな反応を示したのかにも興味があるが、それは起こらなかった過去の話だ。
「それで――」
「お待ちください。どうやら新しい来客があるようです」
続いて質問を投げかけようとした俺の言葉を遮ってグレースは言った。




