第五話 盗賊ギルド
商業区の隅っこの方にある小さな木造の、一見すると倉庫に見えないこともない建物が、ブラムストンブルクの盗賊ギルド本部だった。ご丁寧なことに盗賊ギルド本部と看板がかかっているので、倉庫と間違えられることはあるまい。
しかし看板を出す盗賊ギルドとは……。
なんとなく知識としてある創作世界の盗賊ギルドとは一線を画した組織であることは間違いがないようだ。
「邪魔するぜ」
まるで酒場を訪れるときのような気安さでテオドールは盗賊ギルドの門を開いた。俺たちもその後に続く。入り口の内側は酒場を思わせる作りで、テオドールの気安さはこの構造を知っていたからなのかもしれない。
テオドールがそこらにいた構成員に話をつけ、俺たちは盗賊ギルド長と面会することになった。ギルドの建物の奥のほうにある応接室に通される。
これまで色んな場所で応接室に通されてきたが、ここが一番しょぼいと断言できる。内装もなにもなく、ただの個室にテーブルと椅子が置かれているだけだ。椅子は四脚しかない。
俺は案内をしてくれた構成員に注文をつけて、奴隷である三人分の椅子も用意してもらう。彼は肩をすくめながらも、ぼやきもせずに椅子を運んでくれた。
やがて盗賊ギルド長がやってきて、俺たちとは向かいの椅子に腰掛けた。
盗賊ギルド長は馬人族らしい。らしい、というのはぱっと見た目でそうだと分からなかったからだ。なんでもやや面長で、くりっとした耳と、ふさふさの尻尾が特徴なのだという。
「久しぶりだな。テオドール。オーテルローに行ったと聞いていたが、無事だったようでなによりだ」
「幸運に恵まれて怪我ひとつ無しだ。そっちは困ったことになってるようじゃないか。ヒューゴ」
「例の強盗団だな」
盗賊ギルド長は嘆息を漏らす。
「ハンザからは早く解決しろと催促されている。一方で事を公にするな、とも」
「そう言う割りに漏れ聞こえてきたけどな」
「私の指示だ。有能な冒険者に秘密裏に協力を仰げないか打診しろと通達してある。テオドール、君の助力が欲しい。それから君の仲間たちにも」
盗賊ギルド長は俺たちを一瞥して頷く。
「よくもまあ、これだけ魔術士を仲間にしたもんだ。一匹狼が信条かと思っていたよ」
「時と場合により、って奴さ。紹介しておこう」
テオドールはひと通り俺たちを盗賊ギルド長に紹介する。ステータスで相手の情報が見える世界と言えど、人を介した紹介というものは普通に行われるもののようだ。それから盗賊ギルド長を紹介される。
「こいつが盗賊ギルド長をやっているヒューゴだ」
「よろしく頼む」
「こちらこそ。でも具体的にどんな仕事なんですか?」
「うん。最近、ブラムストンブルクで商人が相次いで強盗にあっている。ほとんどは露天商で、仕事の帰り際に売上と残った商品を根こそぎ持って行かれている。それだけならよくある強盗なんだが、こいつらがだんだん調子に乗り始めてな。店舗にも襲撃を加えるようになってきた。いや、こういう背景はどうでもいいか。とにかくこいつらを取り締まりたいわけなんだが、恥ずかしい話ながら戦力が足らない」
「そんなに規模の大きい集団なんですか?」
「20人にも満たないが、戦士スキル持ちが多くてね。いや、我々が弱小なのが一番の原因だが……」
聞けば盗賊ギルドに所属する構成員で、戦士スキルが3以上あるのは5人しかいないということだ。それだけ戦士スキルがあればわざわざ盗賊ギルドに所属するまでもなく仕事が見つかるのが原因らしい。実際、盗賊ギルド員でも戦士スキルが伸びると辞めてしまうのが普通であるようだ。
「他の仕事につけるほどのスキルもないのに盗賊スキルばかりが高くなってしまった者を引き受けるのが、盗賊ギルドの役割のひとつなんだ。それに本来なら調査までが我々の業務でね。今回みたいに秘密裏に処理しろと言われても困るというのが本音だよ」
「なにか理由があるんですか?」
「さあ? ハンザから言われたら従うしか無い。スポンサーだからな」
アレリア先生にこそっとハンザとは何かを聞くと、商人たちの互助組織であるらしい。いわゆる商会というやつだ。盗賊ギルドのスポンサーが商人たちというのも変な気がしたが、この世界の盗賊ギルドはどちらかというと本物の“盗賊”を取り締まる側だからそれでいいのだろう。ややこしい。
「実を言えば、件の連中については居場所ももう特定している。だが彼我の戦力差で手が出せなかっただけだ。君たち5人で何人引き受けられる?」
「そりゃ相手の実力次第だろう。どこまで掴んでるんだ?」
「全部、だ」
盗賊ギルド長は一枚の羊皮紙をテーブルの上に広げた。そこには人の名前とスキル値の一覧がずらりと並んでいる。
テオドールが口笛を吹いた。
「さすがは盗賊ギルド。こういうことにかけちゃ超一流ってわけだ。んーと、あんまり大した奴はいないな」
俺も羊皮紙に目線を落としてその一覧を確認していくが、戦士スキルが高い者でも5しかない。いや、5もあれば一般的には戦士として充分な実力があるということになるのだろうが、俺たちからすれば大した脅威ではない。
「確認しておくが、殺していいんだよな」
テオドールの言葉に俺はハッとして顔を上げる。
「投降を呼びかけることにはなる。だが抵抗されたら、殺すなとは言えん。しかし皆殺しは困るぞ。証人は必要だ。特にフランツという男は殺すな。こいつらのトップで締めあげなけりゃならん」
「了解だ。そういうことなら状況次第だが半数は引き受けられる。まさか全部俺たちでやれって話じゃあないだろう?」
「もちろんだ。我々の沽券に関わる」
「どういう状況で戦闘になる?」
「屋内戦だ。連中がアジトにいるところを叩く」
「どんな場所だ?」
「貧困街にある集合住宅だ。経年劣化して誰も住まなくなった建物を連中がこれ幸いにと利用している」
「見取り図はあるのか?」
「ある。持ってこさせようか?」
「そうしてくれ」
テオドールと盗賊ギルド長は二人で話を進めていく。
集合住宅を盗賊ギルドの構成員で包囲して、俺たちが突入するという手順になりそうだ。確かに盗賊ギルドの構成員が一緒に戦ったとしても足手まといにしかならないだろう。
一時間も経つ頃にはすっかり突入計画は出来上がっていた。
「で、いつ決行する?」
「できるだけ早いほうがいい。我々は今日にでも動ける」
「こっちは、あー、装備とか今注文してんだよな。そろそろ仕上がってくる頃だとは思うが……」
「2、3日を待てないほどではないさ。君たちには厳しいところを担当してもらうのだから、装備はきっちりしていてもらわないとな」
そういうわけで強盗団への取り締まりは俺たちの装備が整ってからということになり、俺たちは一旦盗賊ギルドを後にした。その足で武具店に向かう。注文していた装備がどんな様子か確かめるためだ。
幸いにして装備はできあがってきていた。
俺が受け取ったのは魔術の発動具を仕込んだ手甲だ。これがあれば杖を抜かなくともそのまま魔術を発動させることができる。こんな便利なことができるなら誰でも武具に発動具を仕込みそうなものだが、もちろんこれには問題点がある。
発動具は非常に繊細なものなので、歪みが生じたりするだけで使い物にならなくなる。例えば剣に発動具を仕込んだとすると、打ち合いで剣が歪むともう発動具としては作用しなくなる。その上、発動具を仕込んだことによって剣としての強度も下がる。
この手甲も同様で、手首から肘にかけての部分に発動具が仕込まれているが、ここで敵の攻撃を受けたりすると発動具として作用しなくなる恐れがあるということだ。もちろん防具としての強度も下がっている。
そう言うと問題点ばかりのようだが、やはり杖を抜かずに魔術が使えるというのは大きい。相手の不意をつくこともできるし、個人的には拳を打ち込む直前に雷魔術を放つという使い方を考えている。狙いをつける必要もないし、使っているのが雷魔術だとばれにくいだろう。
シャーリエの新しい盾にも発動具を仕込んだ。魔術士としては未熟な彼女だが、魔術が使えないわけではない。水系統の覚えは良くて、スキルは取っていないが、スキル2相当だとユーリアのお墨付きを頂いている。水による不意打ちに加え、治癒魔術が使えることを考えると、シャーリエにも発動具を与えない理由はなかった。
それぞれに発動具がちゃんと作用することを確認して代金を支払う。これまでの装備は下取りしてもらった。
「思っていたより早く準備が整ったな。盗賊ギルドに戻るか?」
「その前にテオドール、今回の依頼、できるだけ殺さないで済ませられないか?」
「あ、まだそんな甘っちょろいこと言ってんのか? 言っておくが、ただの窃盗ならともかく強盗となるとブラムストンブルクじゃ縛り首だ。俺たちが殺すか、後で処刑されるかの違いでしか無いぞ」
「…………」
俺はまたしても言葉に詰まる。論理的な反論が思いつかなかったからだ。
「お前が殺さず済ます分には別に何も言わないが、俺がどうするかは俺の勝手だ。どうしても嫌なら降りろ。お前らが抜けても、口の堅い冒険者のツテはある」
俺は汗ばんだ手を握りしめた。
これは別にしなくてもいい仕事だ。俺たちは金に困っているわけじゃない。雪かきばかりに飽き飽きはしていたが、仕事が無いわけでもない。わざわざ人を傷つけるような仕事をしなくてもいいのだ。
「だがそいつらが加害者であることを忘れんなよ。お前がご丁寧にも殺さずに取っ捕まえましょうと提案してるそいつらは、誰かの生活を踏みにじり、傷つける犯罪者だ。こうしてお前がウジウジ悩んでいる間にも、連中は次の獲物を狩る準備をしているんだ」
まあ、別にオレは正義の味方ってわけじゃないけどな。
と、テオドールは付け加えた。
一方で俺は被害者の存在を完全に失念していたことに驚愕としていた。これから相対する相手の安全ばかり考えていて、そいつらが行うことによって傷つく人々がいることを忘れていたのだ。
「それにお前は一度、本物のクズ野郎ってヤツをお目にかかったほうがいい。いいか、オスカー。この世には生きている価値すら無い連中ってのがいるんだ。俺が思うにこいつらは“それ”だぜ」
「あんたは本当に俺と同じ日本から来たとは思えないな」
「そりゃもう長いことこちらにいるからな。とは言え、日本でだって同じだっただろう。ただ犯罪者も法で守られていただけでな」
「……アルマはどう思う?」
俺にとってアレリア先生はこの世界での指標のような存在だ。彼女にこの仕事についてどう思うか聞いてみたかった。
「ご主人様が問うているのは強盗犯を殺傷することについての是非ですね。それなら私個人の意見としても、世間の常識としても、当然の報いということになるでしょう」
「ソフィーも同じ意見かい?」
「はい。オスカー様がお優しい方なのは承知していますが、情けをかける必要は無いと思います」
「カタリナ」
「……同じ、意見、です……」
どうやら常識はずれなのは俺の方で間違いがないみたいだ。
「分かったよ。テオドール。見てみようじゃないか。生きてる価値もないクズ野郎ってヤツを。でも俺は出来る限り殺さないからな」
「それはそれで構わないぜ。それじゃ盗賊ギルドに戻ろうじゃないか」




