表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/96

第十一話 シャーリエの戦い

 レルンの冒険者ギルドには屋根のある訓練場が併設されている。このような施設がある理由は、この地方の冒険者にはオーテルロー公国で年に一度開催される武術大会に出場しようという者が多く、彼らのためにどんな天候でも訓練ができるようにとのことだった。

 俺とシャーリエのように野戦での実戦を想定するのとはずいぶん違うが、どうやら武術大会は雨が振ると順延されるらしいので、雨の中での戦闘を考慮する必要が無いかららしい。

 南の空に太陽が顔を覗かせる夕刻になって、俺はシャーリエを連れてその訓練場を訪れた。面白がったアレリア先生と、何を考えているのかは分からないがユーリアも一緒になって付いてきた。

 そこでは十数人の冒険者が各々に模擬戦闘をしたり、あるいは単純に剣を振っていたり、的に向けて矢を打っていたりした。武術大会の開催は夏という話だったが、彼らは仕事の無い時は、あるいは仕事を終えたあとでこうしてお互いを高め合っているようだ。

 その中には訓練の様子を眺めるグラント氏の姿も見えた。

 彼は俺たちの姿を見つけると、こちらに歩み寄って歓迎してくれる。


「よく来てくれた。朝も言ったが君たちのことは腕試しにきた旅の途中の冒険者ということになっている。よろしく頼む」


 小さな声でそう言った後、大きな声で冒険者たちの訓練を止めさせる。その上で俺たちの紹介を簡単に済ませ、一人の女性の冒険者を呼び寄せた。


「ジャクリーン、このパーティの戦士が君と手合わせをして欲しいそうだ」


 それは一人で剣を振っていた冒険者だった。

 ステータスによると年齢は21歳となっている。まだ若いにも関わらず、戦士スキルが7もある。長剣が5、斬撃が4の刺突が2だ。魔術士スキルは1、身体強化も1ある。

 長い赤髪をポニーテールに結った犬人の女性は俺たちを一瞥すると、シャーリエに目線を止めた。


「へぇ、半人前のくせにスキルだけ伸びたのね」

「はい。ですので戦い方を是非ご教授いただければと思いまして」


 俺は女性の言い方にカチンと来たが、シャーリエは意に介さずに下手に出る。


「いいわ。戦いはスキルだけじゃないって教えてあげる」


 そう言って彼女はそれまで振っていた剣を壁際に立てかけてあった剣に持ち替えると、訓練場の中心に歩いて行って、そこで振り返った。

 他の冒険者たちは面白い見世物とでも思ったのだろう。それぞれに壁際に寄って様子を窺っている。


「どうだ、勝てそう?」

「分かりません。しかし叩きのめすのがお仕事ですから」

「よし、やっちまえ」


 シャーリエは自前の木剣と盾を手に、彼女の前に進み出る。


「ではルールは武術大会と同じにする。相手に参ったと言わせるか、三回有効打を入れるか、場外に叩きだす、だ。いいな」

「いいですよ」

「分かりました」

「では、始め!」


 掛け声と共に飛び出したのはジャクリーンのほうだった。よほど自信があるのだろう。自身の間合いに入ると同時に振りかぶった木剣をシャーリエに向けて振り下ろす。しかしそのような愚直な攻撃を受けるようなシャーリエではない。数歩下がって攻撃を空振りさせる。次の瞬間に身体強化で前に飛び出したシャーリエは弾丸のような速度で、ジャクリーンの懐に潜り込む。ジャクリーンは慌てて剣を切り上げるが、それはシャーリエの盾によって防がれる。シャーリエが木剣を突き出す。しかし剣先はジャクリーンの脇腹をかすめたに終わった。ジャクリーンが身を捩って回避したのだ。だが満を持してシャーリエの盾がジャクリーンの腹部に打ち込まれる。スキルを習得していないにも関わらず、何度も俺を地面に叩き伏せたシールドバッシュだ。ジャクリーンの体が一瞬宙に浮いて、彼女は慌ててシャーリエから距離を取った。転ばなかったのは流石というところだろう。追撃に出ようとしていたシャーリエもその足を止める。

 おおっと冒険者たちの間からどよめきが起こった。


「今のは有効打にはならないんですか?」

「有効打はあくまで武器による攻撃に限られている」

「なるほど」


 まあ武術大会のルールだしね。剣で戦っているのに、盾で攻撃して勝利とはならないんだろう。

 だがそうなると短剣装備のシャーリエが不利に思えてくる。それに加え彼女の短剣スキルは2しかない。攻撃を当てるのは困難だ。

 だがそんな俺の心配を他所に今度はシャーリエがジャクリーンに目掛けて突進する。ジャクリーンはシャーリエの進行方向から体を移動させつつ、横薙ぎに剣を払う。シャーリエはそれを正面から盾で受け止める。弾かれたのは剣の方だ。そのままシャーリエは方向転換してジャクリーンに肉薄すると、その腹部目掛けて短剣を突き入れる。今度こそシャーリエの一撃はジャクリーンの皮鎧を捉えた。しかし一瞬遅れて振り下ろされたジャクリーンの木剣もシャーリエの肩を捉える。


「両者一本!」


 グラント氏が宣言し、冒険者たちはさざめき立った。


「リンダの攻撃が先じゃありませんでした?」

「前後は無い。有効打が入ろうがそのまま試合は続行だ」


 つまり素早く三連撃を入れたらそのまま勝負が決するというわけだ。

 シャーリエが素早く後ろに下がり、両者の距離は開く。しかし盾を構えたシャーリエの左手がやや下がり気味なのが気になる。体力も60台まで減っている。


「負ったダメージもそのまま続行ということですか」

「無論だ」


 両者ともに後二回攻撃を食らえば負けとなる。

 ジャクリーンの初撃は振り下ろしからの切り上げだった。シャーリエは楽々と躱したように見えたが、俺なら二回とも食らっていてもおかしくない見事な攻撃だった。左肩を庇うような様子を見せているシャーリエに再びあれを防ぐことはできるだろうか?

 しかし再び飛び出したのはシャーリエだった。ジャクリーンは余裕の笑みすら見せている。左肩に入れた一撃に手応えがあったのだろう。その証拠にシャーリエはジャクリーンの間合いに飛び込むことはせずに、方向転換して横に横に回り込む。しかしその方向にジャクリーンが踏み込み、剣を振るう。剣と盾が打ち合わされ、シャーリエが後ろに下がる。ジャクリーンが踏み込む、シャーリエが下がる。何度かの攻防の果てにシャーリエは訓練場の土の地面の端に追いやられた。そこにジャクリーンの剣が襲い掛かる。しかし次の瞬間、両者の間にわずかな水の飛沫が生まれ、ジャクリーンの顔に飛びかかった。彼女は思わず目を閉じ後ろに飛び退く。


「ルール違反ではないですよね」

「有効打にはならん」


 観戦している冒険者たちからは一斉にブーイングが上がる。

 武術大会で魔術を使ってはならないというルールはない。でなければ身体強化だって使用禁止になるはずだ。もちろん本人以外が魔術を使ってはいけないので、今の水魔術を使ったのはシャーリエだ。彼女は盾の内側に握りこんだ杖で、自身に治癒魔術を使う。枝スキルの無い彼女の魔術は微々たるものだが、それでも根の魔術士スキル5は有効だ。これまで身体強化にしか使ってこなかったが、それ以外の魔術がまったく扱えないというわけではない。特に水魔術、治癒魔術は旅の間に便利だということで積極的に学んでいた。顔を洗うに十分な水は出せなくとも、ちょっとした水しぶきくらいなら生み出せる。


「ジャクリーン、やっちまえ!」

「魔術剣士なんかに負けんじゃねーぞ!」


 それでも純粋な戦士から見れば魔術剣士と言うのは卑怯者であり、また中途半端者の代名詞でもある。冒険者たちは一様にジャクリーンを応援する。


「リンダ、がんばれ!」


 負けじと俺も声を張り上げる。アレリア先生とユーリアはクールに観戦を続けている。いや、もうちょっと応援とかしてあげてもいいんじゃないですかね?

 そう思ってよく見ればアレリア先生は拳をぎゅっと握りしめていた。先生は先生なりに思うところがあってこの戦いを眺めているようだ。ユーリアはよく分からない。


 シャーリエは治癒魔術を中断して飛び出した。再び水しぶきを生んでジャクリーンの顔を狙うが、彼女はそれを回避して、シャーリエを迎え撃つ。崩れた態勢からでも重い一撃がシャーリエの盾を捉えて、シャーリエがたたらを踏む。今のシャーリエには水魔術と身体強化の同時行使はできない。そのことに気付いたのか、ジャクリーンが一気呵成に攻勢に出た。シャーリエはよく守っているが、守るので精一杯だ。

 今のシャーリエではジャクリーンには勝てないだろう。

 今のシャーリエでは、だ。

 盾を弾かれ、大きく体勢を崩したシャーリエの胴をジャクリーンの剣が打った。だが同時に鋭さを増したシャーリエの短剣がジャクリーンの剣を持った腕を打った。


「両者一本!」


 再びグラント氏が両者にポイントを宣言する。


「この土壇場でレベルが上がるか」

「土壇場だからでしょう」


 こっそりスマホをポケットに戻しつつ、俺は嘯く。

 実は朝のグラント氏との模擬戦闘が終わった時点でシャーリエのレベルは上げられる状態になっていた。しかし朝と夕の間でレベルが上がっていては、その間に何があったのかと思われるだろうということで、レベルはそのままにしておいたのだ。それを今上げて、シャーリエの短剣スキルは4まで伸びた。一線級とは言えないまでも、これまでと鋭さが変われば対処も遅れる。ちょっと卑怯かもしれないが、この世界ではこういうレベルの上がり方のほうが自然だ。スキルの伸び方は異常だけれども。


 一方訓練場では一歩も引かない激しい攻防が繰り広げられていた。シャーリエの攻撃が鋭くなったことで、ジャクリーンも迂闊に踏み込めなくなったのか、遠い間合いでシャーリエに防御させ、なんとか態勢を崩させようとしている。シャーリエはそれを回避し、受け、あるいは受け流し、飛び込むタイミングを窺っている。

 永遠に続くかと思われた攻防だったが、終わりは意外なほどあっさりとやってきた。ジャクリーンの攻撃をシャーリエが受けきれずに、尻もちをついたのだ。その首にジャクリーンの剣が振り下ろされ、ピタリと止まった。


「参りました」


 シャーリエがあっさりと敗北を認める。ジャクリーンは剣を収めると、シャーリエに手を伸ばしてその体を引き起こす。


「半人前と侮って悪かったわ。レベル30おめでとう。そうでなくとも立派な一人前の戦士だわ」

「こちらこそお手合わせありがとうございました。勉強になりました」

「私もよ。魔術を使われた時は肝が冷えたわ」


 二人はそんな風にお互いを讃え合ってその場を後にする。ジャクリーンは他の冒険者たちに囲まれて歓声に包まれている。シャーリエは真っ直ぐに俺の前に来ると、頭を下げた。


「申し訳ありません。勝てませんでした」

「いや、リンダはよくやったよ。お疲れ様。それからレベル30おめでとう」

「それは」


 と、言いかけてグラント氏がいることを思い出したのか、シャーリエは口ごもる。


「すみません、依頼を達成できませんでしたね」

「いや、君たちはよくやってくれた。ジャクリーンも自分よりスキルの低い相手を侮ってはいけないと目が覚めただろう。それに彼女があのように他の冒険者に受け入れられているのも君たちのおかげだ。彼女はこれまで孤立しがちだったからな」

「ああ、当て馬にされたわけですね」

「そう言わないでくれ。報酬は約束通りに払う。早く雨が上がることを祈っている」


 まったく、それが目的なら最初からそう言ってくれれば良かったものを。

 聞けば、ジャクリーンは自分のスキルの高さと強さを鼻にかけ、他の冒険者たちから疎まれていたらしい。そこで余所者と戦わせることで、彼らの間に仲間意識を芽生えさせる。それがグラント氏の本当の目的だったようだ。

 そんなわけでレルンの冒険者ギルドでの依頼は終わったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転移ものの新作を始めました。
ゲーム化した現代日本と、別のゲーム世界とを行き来できるようになった主人公が女の子とイチャイチャしたり、お仕事したり、冒険したり、イチャイチャする話です。
1話1000~2000文字の気軽に読める異世界ファンタジー作品となっております。
どうぞよろしくお願いいたします。

異世界現代あっちこっち
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ