最終話 シャーリエのお祝い
「私のレベル30を祝う準備なのですよね?」
「ああ、そうだよ」
「なら、どうして私が買い出しの係なのでしょう?」
「まあまあ、そう言わずに」
翌日、俺はシャーリエを連れてレルンの街に買い物に出かけている。というのも、シャーリエがレベル30になったお祝いをしようということになったからだ。この世界ではレベルが30になると一人前とみなされる。だから一種の成人式のようなものだ。
宿で借りた傘を手に、人通りの少ない町中を二人で歩く。
「シャーリエはなにか欲しい物とか無い?」
「欲しいものですか」
シャーリエは困った顔になる。生まれついての奴隷だった彼女には、何かを欲しがるということが許されなかったのかもしれない。なにかを与えられることがあっても、それも含め、所詮はすべて主人の所有物だ。言わば借り物のようなものである。
「もう少し魔力があれば、とは思いましたね」
「ああ、魔力切れだったもんな」
先のジャクリーンとの模擬試合で最後にシャーリエが盾を弾き飛ばされたのは、魔力が切れかかって身体強化を維持できなくなったのが敗因だ。それさえ無ければまだ互角の戦いを続けられただろうし、その中で勝機だって生まれたかもしれない。
「って、そういうのじゃなくてさ。例えば服とか」
「旅の間では邪魔になりますし」
天幕などを用意した結果、馬に詰める荷物は今でももう限界だ。それぞれに着替えは持っているが、それだって一着が限度でこまめに洗濯して着まわしている。ここにそれ以上衣類を追加するわけにはいかないということだろう。
かと言って年頃の女の子の普段着がメイド服しかないというのもどうなんだろう? 彼女自身は誇らしげにメイド服を着ているんだけど。
「まあ、買う買わないは別にして、色々見て回ろう。気に入ったものがあれば買っていいんだよ」
「ワン様がそうおっしゃるのであれば」
シャーリエを説得して衣類を扱っているお店に入る。
…………。
いや、すっかり失念していた。シャーリエだってやっぱり女の子で、女性の買い物というのは長いのだ。さっきまで渋っている様子だったのが嘘みたいにシャーリエは色んな服をあれだこれだと見て回っている。まだ幼い彼女の体格に合う服はそれほど種類を置いていないのだが、そんなことはお構いなしだ。どうやらこの店では仕立てが基本らしく、どのデザインのものでもシャーリエの体格に合わせて仕立ててくれるらしく、店員が張り付いてあれこれと助言をしている。
この世界でも女性服のデザインには流行り廃りがあるらしく、シャーリエは最新の流行だという一角の衣類を自分に合わせてみて俺に意見を聞いてくる。
と、言われても俺に女性服の良さなど分かるわけがなく、ただ自分の思うままの意見を言うのが精一杯だ。つまりはどれもよく似合っていると言うしか無い。そこらへんは選んでくる店員の見立ての良さもあるのだろう。実際、どの服もシャーリエによく似合っていた。
「でも、荷物になりますね」
「一着くらいなんでもないよ」
「でも……」
そんなことを言いながら、シャーリエは店員が次の服を持ってくると夢中になる。そんなところは歳相応の可愛らしい女の子だ。
ただ相手をするのにもちょっと疲れてきた俺はそっとその場を離れて店の中を物色することにする。この店は女性服が専門のようで、どれもこれも華々しい衣類ばかりで男性の俺にはちょっと居心地が悪い。それらから逃げ出すようにしているうちに俺は小物が置かれたエリアにいた。
いわゆる装身具、指輪やネックレスなんかがおかれたコーナーだ。だからと言って宝飾品というわけではなく、値段もそれほど高くない。おそらくは衣類が決まった後にこれらの装飾品も薦めてくるという按配なんだろう。
やっぱり女の子はこういうのも大好きなんだろうな。
そんなことを考えながら、何ともなしに装飾品を眺めていると、シャーリエがやってきた。
「こちらにいらしたんですか」
「ああ、気に入った服はあった?」
「あるにはあったのですが、荷物になりますし、着る機会もないでしょうし」
「それならこういうのはどう?」
シャーリエに装飾品の棚を示す。
これなら荷物にならないし、価格だって控えめだ。どうせ買うならシャーリエが後ろめたさなど感じないものの方がいい。
「ふぇっ、で、でも、あの、その」
シャーリエは突然頬を赤らめ、あわあわと手をばたつかせる。
その突然の反応に俺のほうもびっくりしてしまう。
「えっ、なにかいけないこと言った?」
「その、指輪は、えっと」
その言葉に俺は自分が示した装飾品の棚を見ると、ちょうど指輪が陳列された辺りであることに気がついた。やはりこの世界でも男性が女性に指輪を贈るというのは特別な意味があるのだろう。
「その、ユーリア様もいらっしゃるのに先に私に指輪など贈られては」
「ごめん。そういう意味じゃなくて、装飾品なら荷物にもならないし、いいかなって思っただけなんだ」
「そ、そうですか」
ホッとした様子でシャーリエは胸を撫で下ろす。
「そうですね。よく考えたらワン様はこの世界の慣習などには不慣れなのでしたね」
「えっと、念のため女性に指輪を贈るのはどういう意味があるのか聞いてもいい?」
「それは、えっと、つまり、その連れ合いになってほしい相手に贈るのが一般的ですし、奴隷に贈るとなると、その妾として――」
「わー、ストップ! ストップ! 分かった。分かったから!」
俺は慌ててシャーリエの言葉を遮る。いや、間に合ってなかった気がするけど。
これでは、もう一人前になったんだからそろそろいいだろ、ぐへへ。とかそういう風に受け止められても仕方ないことだったってわけだ。うわぁ、俺が俺にドン引きだよ。
これもどれも全部最初に変なことをシャーリエに吹き込んだアレリア先生が悪い。
「そ、そうだ。例えば髪留めなんかはどうかな? これなら変な意味はないよね」
シャーリエの髪は長く、後ろでシニョンにしてまとめている。髪留めくらいなら実用品だし、まさかこれにまで変な意味があるということはないだろう。
「ご心配なさなら無くても指輪が特別なのです。それで、良かったらワン様が選んでくださいませんか?」
「それでいいの? シャーリエが気に入ったものを贈りたいと思ったんだけど」
「それもいいのですけれど、どうせ贈っていただくのであればワン様に選んでいただきたいのです」
「そっか」
そう言われては仕方ない。俺はそれからウンウンと唸りながら、シャーリエの髪に合わせながら、瑪瑙をあしらった銀細工の髪留めを選んだ。お値段は中々のものだったが、それでもこの店の服一着と比べたら安い。
「こんなものでいいの?」
「ご自分で選んだものをこんなものなんて言わないでください。ワン様に選んでいただいて私は嬉しいですよ」
新しい髪留めを付けたシャーリエはそう言って頬を綻ばせる。
どうやら喜んでもらえたようで何よりだ。
店を出る頃には雨が止んでいた。どうやら明日には出発できそうだ。シャーリエの足取りも心なしか軽い。
そんな調子で、俺たちは買い物を楽しみつつ、シャーリエのレベル30のお祝いのための食材などを買い込んで宿に戻った。
夕食はユーリアが宿の調理場を借りて作るそうだ。
「シャーリエ、ワン君とのデートはどうだった?」
シャーリエの新しい髪留めを目ざとく見つけたアレリア先生がそんなことを言ってくる。
「で、デート、ですか!? デートだったんですか?」
「そりゃ男と女が二人で出歩けばデートだろう。贈り物までもらったら確定だな」
「こ、これは一人前の贈り物として」
「髪留めをかい。いいね。それをつけている間、シャーリエはワン君のことを身近に感じられるというわけだ」
「そ、それは」
シャーリエはあうあう言った後、
「ユーリア様を手伝ってきます!」
そう言って部屋を飛び出して行ってしまう。
「からかいすぎですよ」
「君だって止めなかったじゃないか」
「まあ、可愛らしかったのでつい」
「どうだい。そろそろシャーリエと」
「それはお断りします」
なんだかこのやりとりも久しぶりで、二人して笑い合う。
「まあ、君が私の研究に協力するという契約はとっくに満了しているからな」
「研究は続けるつもりなんですか?」
「無論だ。今も続けている。私は考え続けている」
「そう言えばアレリア先生の研究のテーマってなんなんですか? 先代文明とか、人類がどこから来たのか、とか、そういうことは分かっているんですが、具体的な何かってあるんです?」
「うん? 言ってなかったか?」
「ええ、ちゃんと聞いたのは今が初めてですね」
「そうか、うっかりしていたな。とっくに君には話したものだと思っていた」
そう言ってアレリア先生は少し考え込んだ。
「結局は君が言ったことになるんだが、つまり、先代文明は、人類はどこから来たのか。言わば人類史、特に先代文明以前が私の研究テーマだ」
「先代文明以前、ですか」
「そうだ。先代文明が謎に包まれていることは以前にも言った通りだが、それ以上に先代文明以前の文明の痕跡というものが見つかっていない。あれだけの魔法文化を持っていた先代文明が突如として現れたとは考えにくいだろう? だから私は先代文明はどこかからかこの世界にやってきたものだと思っている。君が召喚されたことでこの考えはよりいっそう確かになった。先代文明は別の世界からこの世界へと渡ってきたのではないだろうか? 今はその証拠を見つけたいと思っている」
「つまり先生は考古学者なんですね」
「そういうことになるな」
世界を渡る魔法。確かにそんなものがあるのなら、確かに文明や人類自体が別の世界からやってきたというのは十分に考えられる話だ。実際に俺も召喚されてこの世界にいる。
「もしアレリア先生の考え方が正しければ、先代文明はこの世界にとって侵略者ということになりませんか?」
「うん。だからこそこの世界には人界と魔界があるのではないかね? 先代文明が持ち込んだ彼らの世界が人界で、この世界の土着の世界が魔界だ。あるいはその逆ということもあるかもしれない。だからこそ我々はお互いの世界を拡張するために、あるいは取り戻すために争い続けている」
「もともとこの世界にいた側にとっては迷惑な話ですね」
「そうだな。だが今となってはどちらがどちらかは分からないのだ。もちろんこれは私の考えであって、その正しさは分からんよ。だからこそそれを確かめたいと思っているのだ」
そんなことを話している間に夕食の準備ができて、俺たちはシャーリエのレベル30をお祝いする会を開くために階下に降りるのだった。
宿屋の1階部分は酒場になっていて、その一角には豪勢な料理が並べられていた。流石に酒場を貸し切りにするわけにも行かず、他の客もいるが大騒ぎするわけでもないから見逃してもらおう。
「それじゃリンダのレベル30を祝って、乾杯!」
こうしてレルン公国最後の夜は更けていった。
書き溜め分の一斉放出でした。
おかげさまで日間入りました。ありがとうございます!
しかし書き溜めがなくなってしまいました。
週一で更新していくのと、書き溜めて一気に更新するのとどちらがいいんでしょうかね?
感想、ご意見、ご指摘、評価、諸々よろしくお願いします。




