表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/96

第二二話 初陣

 雷光が曇天の空を切り裂いて、ほぼ同時に雷鳴が轟いた。大気が衝撃を乗せてこの場にいた全員を打った。

 天の与えた好機とばかりに俺は立ち上がる。

 レベルは46まで上昇した。アレリア先生を助けたことに加え、この裏切りや刺された経験が、これだけのレベル上昇のきっかけになったのは間違いない。

 スマホに触れた時に魔術士スキルを一気に9まで上昇させておいた。さらに水を8に。ユーリアが敵対した以上、彼女の水魔術に対向する手段は、彼女以上の水魔術士になる以外に思い浮かばなかったからだ。残ったスキルポイントの73を何に割り振るか悩む暇はなく、この場を切り抜けるためにはただただ体術回避。勢いで体術を9まで振った後に、残ったポイントで回避を6まで上げていた。

 だから立ち上がるとは言っても、俺はただ立ち上がったわけではなく、飛び起きざまにエリックに向けて掌打を放っていた。完全に意表を突いた形になった一撃は顎を捉え、油断しきっていた彼の脳を揺さぶった。その結果を確かめずに、俺は地面に落ちていた杖を蹴りあげて掴み、


「逃げろ!」


 圧縮させた空気の塊をアレリア先生とシャーリエに向けて放つ。二人の手前で空気の爆弾は炸裂し、雨の飛沫をまき散らしながら、ゴードンとジェイドごと二人を吹き飛ばした。

 そこで水の塊が俺に向かって飛んでくるが、その水の塊に俺の魔力を流し込み、力で拮抗させる。流石に水を操ることにかけてはユーリアに経験で劣るのか、スキルでは勝っているにも関わらず、水の塊は俺に向けて進んでくる。しかしそれも俺が走る速度よりもずっと遅い。移動さえすれば避けるのは容易い。しかしその移動先に向けて矢が飛んでくる。俺は身を捩って矢を避け、押し寄せてきた水の塊を風の爆弾で吹き飛ばした。

 風スキル3でも、魔術士スキル9に後押しされた威力は、つまり魔術士6風6に相当する。その威力が人を吹き飛ばせるほどのものであることは先ほど証明したばかりだ。


「化け物め!」


 俺の死角からフィリップが短弓から矢を放つが、探知スキルの範囲内だ。それを易易と避けて俺はユーリアに向けて走る。走りながら失った体力を治癒魔術で回復させる。スキルで戦闘技術を得ても、現代日本人の俺には決定的に体力が少ない。今の立ち回りで、ほぼ体力を使い果たしていた。しかしそこはスキル値合計20に至る治癒魔術というべきか。俺の体力はほぼ一瞬で80台まで回復する。

 次はユーリアを無力化するべきだ。雨の中の水魔術士は致死的に危険だ。泥濘(ぬかる)んだ地面を踏んで、ユーリアに肉薄する。彼女は水を集めて俺を窒息させようと目論むが、その手は悪手だ。俺は集めた水に干渉できるし、干渉した水の速度では俺の速さに追いつけない。

 それを悟ったユーリアは俺との間に水の壁を作り出そうとしたが、すでに遅い。俺は水の中に飛び込んで、杖の先をユーリアに押し当てた。その瞬間、ユーリアの体がビクリと跳ねてその場に崩れ落ち、動かなくなる。それと同時に俺を包み込んでいた水の壁も力を失い、地面に流れ落ちた。

 次はフィリップの番にするつもりだったが、ジェイドの接近が早い。走りこんできながら放たれた斧槍による神速の突きが俺の鼻先を掠める。回避しなければ、首から上が無くなっていただろう。そして次の瞬間にはジェイドも体を跳ねて、倒れ、動かなくなった。


「何を、一体、何を」


 俺から距離を取りながらフィリップは懸命に俺が何をしているのか探ろうとしているようだ。だが残念ながら手の内はすでにステータス偽装で隠している。


「魔法だよ」


 親切に教えてやりながら、俺はゴードンの斬撃を交わし、三度、人を動かなくする。即死攻撃というわけではない。彼らは死んでいない。ただ動けないだけだ。

 頭を振りながら起き上がろうとしているエリックに向けて、今度は中距離から弱小の雷を放つ。雷撃を受けて、彼の体も跳ねて動かなくなった。

 残っていたスキルポイント7は、新たに習得できるようになった“雷系統”を3まで上げることに割り振った。電流による攻撃は俺の予想通り、人を痙攣させ、痺れさせた。スキル値合計から考えて全力では殺す可能性があったので、ユーリアの時はできるだけ弱く、その効果の程を確認して、それ以降はやや強めに使っている。


「一応、確認しておきたいんだけど」


 フィリップに向けて歩を進めながら俺は言う。


「金のために俺たちを裏切ったってことでいいんですね」

「違うんだ。ギルドからの強制徴募で仕方がなかった。僕らは君たちを捕らえようとする以外に方法が無かったんだ」

「ギルドとの契約は無いようですが」


 そもそも強制徴募で仕方がなかったのであれば、外周街に衛兵を引き連れてくればよかった話だ。こんなところまで俺たちを引っ張りだす必要なんて無い。


「思うに、先生からの報酬と、天球教会からの報酬の両取りを狙った。そんなところですよね」


 ジリジリとフィリップは俺から距離を取ろうとするが、同じペースで俺も距離を詰めていく。


「まあ、それはどうでもいいんです。正直、俺が聞きたいのはユーリアが俺に近づいたのは本当に貴方の指示だったのかということと、貴方は本当にユーリアの父親ではないのか。それだけです」


 裏切られたのは俺の考えが甘かったからだ。その責任は甘んじて受けよう。アレリア先生やシャーリエを危険な目に合わせてしまった。この埋め合わせはしなければならない。


「確かに君に親切にするようには言ったよ。当然じゃないか。あの時、君は僕たちの護衛対象で、召喚されたばかりで参っていた。誰かが君を励まさなければいけないと思ったんだ。それは誓って嘘じゃない」

「貴方の神に誓えますか?」

「もちろん誓える。ユーリアが君に好意のようなものを抱いていたとすれば、それは真実、彼女自身の気持ちだったはずだ。それが恋や愛だったかは彼女自身も分かっていなかったようだが、そこまで僕が指示したことじゃない」

「それでもユーリアは貴方を選んだ」

「それは彼女が僕を父親だと思い込んでいるからだ。だがそれは間違いだ。僕は彼女の母親とそういう関係になったことは一度も無い。これも神に誓える。いや、これこそ神に誓える。君も知っているだろう。神は罪を犯した者達に罰として獣の姿を与えた。兎人はその子孫たちだ。天球教会の神を信じる僕が、彼女の母親と交わるはずがない」

「そんな貴方がなぜ兎人であるユーリアや、その母親と行動を共にしているんです?」

「冒険者だからだとも。冒険者だから、使えるものはなんでも使う。ルシアも、ユーリアも優秀な水魔術士だ。本来なら僕らなどと共に行動するなどありえないほどに優秀な魔術士だ。それが僕を慕うという気持ちだけで一緒に行動してくれるというのなら、それを利用しないわけがない」

「と、言うことだそうだよ。ユーリア」


 体が動かなくとも意識まで奪ったわけではない。雨の音に遮られて、どれほどユーリアの耳に届いたかは分からないが、猫人が気配に敏感なように、兎人であるユーリアの五感が優れているというのは十分に考えられた。

 それにユーリアに使った雷は他の三人に使ったものより弱い。

 事実、ユーリアは杖を杖として使って半身を起こしたところだった。


「知って、いました」


 雨が凝縮され、水の塊になり、一気に俺に迫る。


「今だ!」


 それまで地面に伏せっていたジェイドとゴードンが一気に起き上がる。フィリップが俺を誘導するように動いていたことには気付いていたが、二人がすでに身動きできるほど回復していることは想定外だった。

 これほど早く麻痺から回復するとすれば、ユーリアの治癒魔術だ。

 水の塊を回避する。ゴードンの大剣を左手でいなし、ジェイドの突きに対し、右手の杖で雷撃を放つ。と、同時に右手の先から杖が消えた。恐るべきことにジェイドは斧槍を通じて雷撃を受けることを予測して、それを投擲していたのだ。飛翔していた斧槍は雷撃を受けたまま、狙い通りに俺の杖を真っ二つにする。

 発動具を失えば魔術は使えない。それは魔術の初歩の初歩だ。故に魔術士は発動具を守らなければならない。圧倒的な攻撃力を持つ魔術士が仲間に庇われ、背後に控えるのは、発動具を失えば無力になるからだ。


「おおおおおおおお!」


 喉の奥から怒声を振り絞って、ゴードンの大剣が切り上げられる。それを回避するために身を伏せる。その足元が深い水たまりに変わる。ユーリアの魔術だ。足元を取られながら、飛んできた矢を回避。泥だらけになりながら地面を転がって、ゴードンから距離を取る。

 視界の端でエリックが立ち上がるのが見えた。

 息が切れる。体力を回復させるための魔術が使えない。


「形勢逆転だな。すぐにぶっ殺してやるよ」


 肩で息をする俺の姿を見て、ろれつの回らない口調でエリックが言った。


「待て、エリック。彼は使える」

「なんだって? フィル。冗談だろ」

「冗談じゃないさ。どうだろう。ワン君。交渉と行こうじゃないか」


 フィリップがあの人好きのする笑みを見せる。今はそれが底暗く、意地の悪いものにしか見えない。


「名前を変更する力、急激に上昇したレベル、スキル。それが君の異世界人としての能力だろう。それを失うのはあまりにも大きな損失だ。どうだろう? アレリア先生の名前さえ元に戻して引き渡してもらえれば、僕らは君を仲間に迎え入れてもいい。ユーリア、君からもワン君を説得してくれないか?」


 ユーリアは杖を抱くようにして、こちらをじっと見つめていた。転んだ時にフードが外れて、今はその顔が露わになっている。その硬い表情が何を意味するのか、読心スキルがあればどんなに良かったか。


「ワン、一緒にいたい、と、言ったのは、私の本当の気持ち、です。お願いです。お父さんの言うとおりに、して」

「彼は君の父親じゃない」


 ユーリアは首を横に振った。


「それでも、お母さんは、そう、信じてました。それを、嘘に、したくない、です」

「それが君の本当の気持ちか……」


 初めてユーリアの本心に触れた気がする。彼女と母親がどんな関係だったのかは分からないが、少なくとも彼女にとっては大事な母親だったのだろう。例え利用されているだけだと知りつつも、その意思をどこまでも尊重したいというほどに。


「分かった」


 フィリップが口の端を上げる。

 その表情に、俺は内心の燃え上がるような怒りを抑えこむことができなかった。


「お前ら全員ぶっ倒して、ユーリアは連れて行く」


 そう言って俺は服の中に隠していた二本目の杖を抜いた。

次回は10月23日0時更新です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転移ものの新作を始めました。
ゲーム化した現代日本と、別のゲーム世界とを行き来できるようになった主人公が女の子とイチャイチャしたり、お仕事したり、冒険したり、イチャイチャする話です。
1話1000~2000文字の気軽に読める異世界ファンタジー作品となっております。
どうぞよろしくお願いいたします。

異世界現代あっちこっち
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ