親衛隊
「お前ら、さっきライブで会った奴だよな?」
案の定彼に話しかけられた。しかも最初から不機嫌そうな顔と言動である。
先程の件がよっぽど頭にきているのだろう。それはこちらも同じだけれど。
そのせいか私達4人も彼と同じようにやや不機嫌になっている。折角アイスを食べて落ち着いたところだったのに、これでは逆戻りだ。
「そうだよ。それで、何か用でも?」
年上であろう人に対して平気で物申す紫綺さんと、後ろにいる人達を警戒する私達女子。
目線は重なり合い軽く火花を散らした。
「何か用でも?ない訳ないだろ。お前らはライブの邪魔をしてたんだからな。後ろにいるそこの地味女はまだ謝ったから見逃すとして・・・特にお前。お前のその言葉遣いが気に食わない。どうしてルルディ・コルツィ様のライブをこんな輩にまで見せてしまうのか・・・いや、それがルルディ・コルツィ様の優しさなのは分かる。でも入場制限をするなり、ファンクラブに入った人だけを招待するなり・・・もしそうなっても自分らが輪を広げるのに。」
この人の話というか独り言は留まるところを知らなかった。先程私達がいた間の話をし、その後いなくなってからの話も延々としている。後半になればなるほど気分は高揚し、喋るスピードも速まる。
最後の方はもはや馴れ初めや自慢の類になっていた。
喧嘩をしに来たように見えたけれど、どうやら理由はそれだけではなかったらしい。
「エリ様の素敵なおみ足はやっぱり隠してこそ・・・チラリズムが働」
「あのさ、いつまでその話すんの?こっちは飽き飽きしてるんですけど?まずそこまで情報求めてないし。ただ、あのときライブやるって知って気になったから行っただけであって、別にファンでもなければアンチでもない。」
「ただ純粋にライブを楽しもうとしてたのに。どうしてこんなに一方的に色々言われなきゃいけなかったのか、私には理解できないよ。」
紫綺さんと千佳ちゃんの言葉を聞くと、彼は目を大きく開いた。
何かに反応を示したようだったけれど、何に対してなのかは分からない。
「一糸乱れぬ行動を最初から決めている。場を盛り上げるための最善の方法で、かつ野蛮な輩から彼女らを守る為に存在している俺達親衛隊の命令に逆らって、ライブを邪魔したのが気に食わないって言ってんだよ。いい加減理解しろよ。」
「いいや、理解できないね。応援するのはいいことだけど、他の人にまで強制するものじゃない。」
「彼女らは俺らのものだ、手を出すな。」
「手なんか出してない。」
言い争いが続き、火が大きくなる中私は必死に考えた。
どうしたらこの喧嘩を止められる?
普段は冷静な紫綺さんも、先ほどの件で堪忍袋の緒が切れたのか段々と話し方も対応も雑になっていっているのが良く分かる。それに便乗して千佳ちゃんも言い争いに混ざってしまった。
美麩さんは状況を整理しているようで、周りにいる彼の同士(親衛隊メンバー)の数を把握するため、色んな場所をきょろきょろと見回している。
「喧嘩は人の居ない場所でやりましょう。ここでは迷惑です。」
不意に美麩さんがそう溢した。その声はすぐに彼らに拾われたようで、すぐに声が止まり視線が同じ場所へ向かう。そう。美麩さんの方に一斉に視線が注がれたのだ。
「貴方達の愛しのルルディ・コルツィさん達がいつどこで貴方達を見ているか分からないのですから。それにお忍びで近くまで来ていたらどうするんです?こんな事をしてては嫌われてしまいますよ。」
悪戯を仕掛けた子供のように笑う美麩さん。彼女の言葉に彼らは硬直した。
考えてみればそうだ。彼女らは先程までこの建物の中にいた。今もいる可能性だって充分にある。これはいいところを突いたかもしれない。私もこうして情報を整理すれば、誰も傷つけることなく解決する案を見つける事が出来たのかな?・・・いいや、今の時点では無理だ。ただ慌てる事しかできないだろう。
「ちっ。」
リーダーらしき人は一度舌打ちをするとこちらに背を向けた。
「次に俺達の前に・・・ルルディ・コルツィ様の前に現れたらその時は分かってるよな?」
「その時はお前らのその態度を彼女らに見せつけてやるよ。」
捨て台詞を吐く相手に追撃をかける紫綺さん。
これはもう彼らに会わない事を願うしかないのかな。次に会ったときはもう止められないと思う。
恐る恐る奥に居る大勢のお仲間さんを見ると、あちらも何だ何だとこちらをうかがっていた。この人数を敵に回すなんて事をしたら、私達はただじゃ済まない。喧嘩をしたらと想像をすると同時に背筋に寒気が走った。
「ねぇ紫綺くん。もう彼らに会わないようにアレ使っちゃえばいいんじゃないかな?」
「いや、それはあまりしたくない。」
千佳ちゃんの提案を即答で断るのには何か理由があるのかな?
頭の片隅にその案があったけれど、難とか押さえているような印象を受けた。彼なりにこの能力を使うラインのようなものがある、とかだろうか。
ルルディ・コルツィさんのファン達がアイスを受け取りぞろぞろと去っていくのを微妙な目つきで見送り、完全に見えなくなったところで私達はやっと会話を再開した。
「はぁ、何でこう喧嘩っぱやいかね。」
「紫綺さんが挑発して火に油を注いだのも原因ですよ?」
そうだね、ごめんごめん。と苦笑いをしながら手を頭の方に持っていき掻くような仕草を見せる。
どうやら機嫌は少しは良くなったようだ。
「ファンってさ、見守るだけで満足するタイプと自分が守るんだ!ってああいう行動をとるファンがいるけど、嬉しいのは前者だよね。保護者みたいでさ。」
「そ、そうなの!?千佳的にはそれだけじゃ足りないというかなんというか。」
「アイドルとして、ファンがいるという事は励みになるでしょうね。でもあそこまで過激ですとハッキリ言って迷惑です。」
「あーっとちょっと話中にごめんねぇ。」
私達がアイドルのファンのあり方?について話し合っていると、丁度私達の真ん中に女の子が割り込んできた。輪になるように話していたので、かごめかごめでもしているように彼女は私達の中に隠れる。それにしてもこの子、誰だろう?
「誰かと思えば。こんなところで何してるの?」
そう言葉を漏らしたのは紫綺さんだ。その声は辺りに聞こえないよう配慮をしているのか、小さい。
まさか・・・ね?
「ちょっと匿ってほしいのです。ダメ、ですか?」
「別にいいですよ。何から逃げているのかは分かりませんけど。」
フードを被り顔を見せないようにしている彼女は私達にお礼を言うと、まるで元々私達の知り合いだとでも言うように話始めた。
「さっ、次いこ次!どこにしよっか?」
「・・・そういう方針ならそれでもいいけど。」
「あの、これは一体?」
あまりにもついていけないのでそっと美麩さんに聞くと、よくあるマンガのような展開に遭遇してしまったという事が分かった。
今私達の目の前で楽しそうに話している彼女こそが、先ほど争いになった人達が大好きな・・・いや、崇拝しているとも言うべきなアイドル『ルルディ・コルツィ』の人だというのだ。
先程のファンを避けるように移動し、向かった先はケーキ屋さんだった。
「皆さんに相談したいことがあるので、ここに寄ってもらってもいいですか?」
「別に俺らは大丈夫ですけど、貴女は大丈夫なんですか?今頃探されていたりしません?」
「大丈夫です。今日の仕事はさっきのライブだけで、あとはオフなので。」
お店の中に入り、奥の方の席を指定する。あまり人の通らない端の席が彼女のお決まりだそうだ。
席に座り、軽く飲み物とケーキを(彼女の事情を考慮し)紫綺さんが頼むと店員さんはこちらを気にしつつも注文を受け去っていった。
「相談したい事とは何でしょう?」
美麩さんの言葉に、そうでしたと頷く彼女。そういえばまだ名前も聞いていない。
「えっとー確か左側で歌ってた子だよね?名前は・・・うーん?」
「チカ。」
「えっ、何?紫綺くん?」
「だから、チカ。彼女の名前。」
「もしかして貴方の名前って私と同じなの?」
彼女たちの紹介をしていた時の話を思い出す。確か・・・。
『チカは皆に笑顔の種を振りまくの♪』・・・そうそう。左の子はチカさんって言ってた。一度胸のところで溜めて、ファンに放つような仕草をしてたっけ。その時千佳ちゃんと同じ名前だなんて思ったはず。何で今思い出せなかったんだろう。
それで次が『笑顔咲くまでもう少しー。アイ、頑張る~』手を蕾のような形にして顔の横に寄せ、ふんわりとした笑顔を見せていたっけ。右側で歌ってた。
そして最後が両手を顔の下で広げて『笑顔満開っ。エリだよっ!』そう、エリさん。この子がセンターだったっけ。
「私も千佳なんだよ。えへへ、アイドルと同じ名前なんて嬉しいな~。」
「私より貴女の方がよっぽど向いてると思うわ。千佳さん。」
「褒められちゃった~。でも、私は紫綺くんのファンだからアイドルにはならないの。安心してね、紫綺くんっ。」
「あー、うん。それで、悩みというのは?」
「はい。あの、皆さんに教えてほしい事がありまして。」
「・・・というと?」
「私、可愛いですか?」
一瞬間をおいて、私達は同じ言葉を紡いだ。紫綺さんだけは少し反応が遅かったが。
「可愛いと思います。」
「可愛いと思うなー。」
「・・・可愛いと思う。」
でも、彼女はその答えでは納得しなかったようだ。
「じゃあ、エリはどうですか?」
同じように、可愛いと返す。
だってそうだもん。ルルディ・コルツィさん達は皆可愛かった。
「でも・・・明らかに、違う。彼女と私では・・・。すみません、いきなり押しかけたりして。これ、ケーキ代です。匿っていただき、有難うございました。」
まだケーキが来てもいないのにお代を払い立ち去ろうとするチカさん。それを遮るように紫綺さんが手を出す。美麩さんも私も、千佳ちゃんも話は終わっていないと、そう思っている。
「まだ何もきてないよ。オフなんだしもう少しゆっくりしたら?」
「折角会えたんだもん。もう少しお喋りしたいなー。それって、我儘かな?」
「私も、お話聞いてみたいです。」
「同じく、是非。」
全員で引き止めると、彼女は少し悲しげな顔をしてから嬉しそうに微笑む。
一瞬の表情の変化に違和感は覚えたものの、彼女の話をもう少し聞くことが出来そうなのでよしとする。
「ひ~?」
冷が心配そうに鞄の中で鳴いた。
私の感情がダイレクトに冷に伝わっているのだろう。冷に見えてはいなくても、分かるのだと思う。
冷の声は、彼女に聞こえてしまっただろうか。慌てて鞄を抱きしめる。そうして心の中で冷に語り掛けた。
少し、我慢しててね。私は大丈夫だから。彼女を怖がらせちゃ、ダメだよ。
そう伝えると、冷は理解したのか鳴くのをやめ大人しくなった。少し鞄の中で動いて体勢を整えている。恐らくお昼寝でもするんだろう。
「今の・・・鞄から声が。」
「あっ、あー多分携帯の着信じゃないかなー」
慌ててフォローしてくれてるけど、逆に怪しまれている気もする。
聞こえてしまったものは仕方ないし、素直に話すべきかな?でもそれで怖がられやしないだろうか。嫌われないだろうか。私はともかく、冷がそういう扱いを受けるのはいやだ。
訝しげに鞄を見るチカさんに警戒したのか、紫綺さんは非武装の武器をさりげなく構える。
彼女はその動きにも気が付き、質問を投げかけてきた。
「それは・・・メモ、ですか?」
「そうそう。折角だから聞いた話をメモしようと思ってね。」
多分、あれは嘘だ。万が一に備えて武器が使える状態にしているんだろう。
そこまで警戒する必要はないし、彼もさっき使いたがらなかったからそうそう使うことはないだろうけど・・・私に気を使ってくれているみたいだ。何だか申し訳ない。
そんなとき、頼んでいたケーキが運ばれてきた。




