編入希望者
性別不明にする為には仕方が無かったんだ…。
微かな光とゆるやかな音楽。ふと目を覚まし窓の方を見るとそこには璢娘姐がいた。カーテンをシャッと開くと光が一面に広がる。…朝だ。
璢娘姐は振り向くと、私に向かって微笑み朝の挨拶をしてきた。私も挨拶を返すと支度を始める。
一階のキッチンでは璢娘姐のお母さんが朝食の支度をしていていい匂いが漂っていた。そんな中私は洗面所に向かう。
支度を終えてリビングに向かうと既に支度をし終えた璢娘姐と妹の璢胡さんの姿があった。それぞれが座る椅子の前にあるシックな焦茶色のテーブル(その上に白のテーブルクロスがひかれている)には豪華な料理が乗せられた白い皿と飲み物の入ったグラス、そして銀色に輝くナイフとフォークがあった。
朝から豪勢すぎる。それに上品。
こんな料理を毎日食べているなんて本当に羨ましいんだけど。
私が席に着くと同時に朝食がスタートした。二人はまるでお嬢様のようにマナーよく朝食をとっている。ちょっと居辛い。しかしお腹がどうしても主張してくるので恐る恐る一口。
声が出ないほど美味しかった。
それを機にリミッターが外れたように次々に口へと運ぶ。目の前にあった料理はすぐに無くなった。
「さぁ、行きましょうか。一度学校に行って出席確認だけしてもらったらすぐ捜索に向かうわよ。」
「はい、姉さん。」
「分かったわ、璢娘姐!」
璢胡さんがびっくりしたように私を見てくる。まぁ仕方が無いかな。その様子を璢娘姐が見て経緯を説明してくれた。璢胡さんは納得はしてないけどとりあえず理解はしてくれたみたい。
早速学校へ向かって職員室に寄り出席確認を済ませるとすぐさま捜索に出掛けた。
今日は前にゴスロリの子に会った森の周辺を捜索することに決める。多分、ここが一番また遭遇する確率が高い。
それにしても静かな森…。
小鳥の囀りと風に揺れる木々の音が聞こえるくらい。まわりには車とかも来ないしやっぱり落ち着く。
森を進んで行ったら川もあった。澄んだ水の中には魚の姿も見える。
「なんだか癒されるわね。」
そんなことを話しながら、川の近くにあった倒木に腰掛け一休み。
璢娘さんは厚底の靴を履いているし、私もブーツだからやっぱり根っことかでゴツゴツした道は歩きにくいし疲れる。
璢娘さんの提案で休む事になったのだけれど、本当に助かった。
璢胡さんは近くで楽器を演奏してる。今日は黒くて細長い鞄を肩に掛けて来ていたのだけれど、その中身は楽器だったみたい。銀色は光を浴びて七色に輝く。その輝きはダイアモンドに似ていた。多分あの楽器は…フルート、かな。
演奏してる曲も聞き覚えがある。
確か携帯会社のCMでも使われていたクラシック音楽。
‘‘お母さん’’って呼ばれている猫さんが確かマスコットキャラみたいな感じで…その家族は普通の人間なんだよね!笑あり涙ありでCMにしては面白かったのを覚えてる。
「その曲…‘‘葦笛の踊り’’ね。」
璢胡さんが一度演奏をやめ頷く。
「やっぱり一人じゃメロディしかなくてつまらない。」
「そうね。ハーモニーがあった方がーー」
「だ、誰か助けてぇーーーーッ」
璢娘姐が話をしている途中で、弱々しい感じの叫び声が聞こえてきた。短かったからどっちから聞こえたかわからなかったけど……。
「あっち…!」
璢胡さんが先導して走り出す。
そっか、音楽やってるって事は耳が良いんだ。
地面にでてきている根っこを飛び越え木々をよけ、風の如く走る。
璢胡さんの髪、璢娘姐のふんわりとしたスカートが風ではためく。
声の主が目視で来た。すぐ先だ。そのまわりには人がいる。二人くらいかな。
「ちっ、人が来たぞ。」
「て、撤退〜!」
聞き覚えがある声。あの時の…!
「璢娘姐!あいつら!!」
「まさか…襲撃者達なの!?」
「そう!私はあっちを追う。あの人は任せる!」
「私も…一緒に行く。先導は任せて。姉さん。行ってくる。」
璢娘姐と叫び主を残して私たちは更に駆けた。でも不思議な事に少し先で彼らを見失ってしまう。
頼りの音もない。姿も見えない。木々の揺れに不自然な動きはない。
まるで瞬間移動でもしてしまったように二人は消えてしまっていた。
「逃がしたか…」
「まさか、そんな。」
璢胡さんも動揺を隠しきれていない。
でもいつまでもここにいても仕方が無い。私達はその場を後にする事にした。さっきの場所に2人を置いてきている。そっちが心配だ。
去る直前、一度振り返る。
やはり人の姿はない。
一瞬強風が吹き、木々が激しく揺れた。
その先に見えた光景に私は絶句する。
大きな、城。図書館のような城ではない。城塞の方が正しいかもしれない。
戦う為の、城。灰色のレンガで積み上げられた頑丈そうな……。
もしかして私達は誘われている?
さっき見かけただけで逃げたのは拠点がここにあるから?追ってくる事が分かっているから?
どちらにせよ、ここに居たら危ない…。
「璢胡さん!急いで戻るよ!」
見なかった振りをして璢胡さんの腕を引っ張り来た道を走り出す。
「いきなり何だったの…?」
川の近くまで戻ってきた所で私はようやく腕を離した。
「あいつらが逃げたのは、私達があの場を目撃したからじゃない。誘うため。」
「どういう事…?」
「…ッ、ここでは言えない。」
多分、見張られてる。それに私に対して口封じをしてくると思う。だったら、この事は安全な場所で話すか、そもそも話さない方がいい。余計な被害は出したくないし。
「それより、璢娘姐とさっきの人が心配。」
さっきの場所に戻ってくると、震える叫び主とゆっくりと叫び主の背中を摩る璢娘姐の姿があった。
「大丈夫よ、大丈夫だから。」
優しく背中を摩られて、少し落ち着いてきたのだろう。深呼吸を始めた叫び主。
次第に呼吸も整ってきた。
「……助けてくれてありがとう…。」
か弱い声は高いとも低いとも言えなくて、どこか眠気を誘われる。
「名前は?」
「自分の名前は……うぅ、思い出せない…」
そういって顔を手で覆う叫び主。記憶喪失なの?
「一体あの時何が!」
「森を散策してたら急に襲われて…武器がどうとか、研究がどうとか…よく分からないんだ。」
「武器…ね、貴方は心当たりはないの?」
少し考えるような仕草をしてからぽつぽつと喋り出す。
「多分…これの事だと思う…。」
そういって肩掛け鞄から出して見せてきたのは小さな宝箱。両手に収まるサイズのそれは古そうな見た目で錠前が掛かっていた。
「何が入ってんの?」
興味本位で聞いてみる。
「宝石だよ…。集めるのが趣味なんだ。」
そういって鍵をあけて、中を見せてくれた。確かに中にはたくさんの宝石が入っていた。ダイアモンドにルビーにサファイア、エメラルドは勿論アメジスト、アクアマリン、トパーズ、真珠というように豊富な種類の、しかも大粒なものがこれでもかというように入っていた。
「これは武器とか関係なく、狙われるよね。」
「そうね。」
「この錠前や鎖もプラチナ…」
「よく分かったね。そうだよ…。」
「それより、これが武器なの?」
「……うん。非武装の武器ってやつでしょ。…といっても使い方は分からないんだけどね。」
「そういうことなら!」
璢娘姐が言いたい事はわかる。
「私達の学校にこない?使い方とか制御の仕方とか学べるわよ。」
叫び主は目をまん丸にしたかと思うと急に瞳の輝きを増した。う、か、可愛いじゃない。
「い、いいの…?本当に?」
「えぇ。何だか一人にするのも心配だしね。」
そういって璢娘姐がウインクすると嬉しそうに頷く。交渉成立かな。
「よ、宜しくね…!」
はにかむ叫び主に何故かしらないけど微笑んでしまう。守ってあげたい…そう思ってしまった。
「名前どうしましょうか。」
「叫び主って呼ぶのはどうかと思うし、璢娘姐がつけちゃえば?仮の名前。」
そう言葉を掛けるけど返事がない。地面の方を向いて身体を固まらせプルプルと震えている。
「あ、姉さんもしかして。」
「かんわいぃーっ!!」
璢胡さんが言うのと璢娘姐が叫び主に飛びつくのは同時だった。
「そう!私が求めていた人材はこれよ!男装女装どちらもこなせる華奢でふんわりした子!あぁあもう可愛い!」
腕に抱かれた叫び主は何がなんだかわからずに硬直してしまっている。そのまま璢娘姐が揺さぶる方向に揺れる。
「姉さん。それくらいにしておいてあげて。この人困っちゃってる。」
「あぁ、ごめんなさい!つい!」
「姉さん、名前つけてあげて。記憶喪失みたいだから。」
「じゃあ…。」
じっくりと上から下までを見る璢娘姐。
やがて決意したように勢い良く名前を口にする。
「貴方の名前は今日から和姫さんね!漢字は和風の和に姫!」
「ちょっと待って姉さん。もしこの人男の人だったら…それに女の子でかずきはちょっと…」
「えーじゃあ栞っていう漢字に似てる琹で和琹?」
「いっそのこと栞にしちゃえば?」
その話を聞いていた叫び主が栞というワードに反応する。
「栞…栞がいい。」
「じゃあ栞ね!ところで、男の娘?女の子?」
「きっと‘‘こ”の字違う。」
「わ、わからない…」
「え?」
「それが…その…」
「えぇーッ!!?」
「ど、どっちもあ、あるってどういうこと…?」
衝撃な事実に声が自然と小さくなる。言いにくい話になるけど、胸も男性の…アレもあるってどういう事なの…。
「じゃあ間を取って男の娘ね!」
もはや反論する力すらない。
「ご、ごめんねこんな話して…」
「いいのよ。あ、でも一つ聞いていい?」
「どうぞ。」
「貴方はどっちがいいの?」
「……男がいいな。」
え、そっち?そっちなの?
本当に男の娘になっちゃうけどいいわけ?女の子として見ても普通に可愛いと思うけど…。
「女性って言い張るよりいいと思うし…」
まぁ確かにそうだけど。
「宜しくね。栞くん!私は璢娘よ。」
「宜しく、璢娘さん。」
早くも璢娘姐は慣れたみたい。
璢胡さんも宜しくねと声をかけた。
「よ、宜しく栞くん!」
「宜しく。えーと…」
「花菜美よ。」
「…花菜美さん。」
ぐ、純粋な笑顔の破壊力が凄まじい…。
「早速学校に行って手続きしましょうか。」




