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奴隷宰相 リュカと東国のジャングル探検編  作者: 近衛翡翠


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毒にも薬にもなる男?

ある日のこと。


執務室で仕事をしていたリュカのもとへ、パンチ陸相が訪ねてきた。


「おお! 婿殿! 会いたかったぜ!」


「パンチ殿。北国へ行った時以来ですから、そんなに久しぶりでもないでしょう」


「そうか? 俺にはずいぶん久しぶりに感じるがな!」


豪快に笑うパンチ。


相変わらず、親しみやすい人だ。


「それで、今日は何の御用でしょうか?」


「おお、そのことだがな。この前、東国の河川に清浄義務を課すことを法律に盛り込んだだろう?」


「はい。確かに」


「その視察も兼ねて、リュカ殿に東国を案内してえと思ってな」


「お気持ちはありがたいのですが……」


リュカは少し言葉を濁した。


「我々には、まだ解決せねばならない問題がありまして」


「具体的には何だ?」


「ナッシュ侯爵家から帝が没収された土地――いわゆる没官領が、まだ宙ぶらりんの状態なのです」


その時だった。


コンコン。


執務室の扉が叩かれた。


「どうぞ」


扉を開けて入ってきたのは、リルだった。


「リュカ君、陛下がお呼びだよ」


「陛下が?」


リュカは首を傾げる。


そういえば以前、テレサ女帝から准男爵にするという話があった。


もしかすると、その件だろうか。


「では、行ってまいります」


「おう。俺はここで待ってるぜ」


リュカはパンチに一礼すると、リルとともに執務室を後にした。


***************************


「お呼びでしょうか、陛下」


「うむ。リュカよ。単刀直入に聞く」


玉座に座るテレサ女帝が、真っすぐにリュカを見つめた。


「そなたは、貴族になる気はないのか?」


「私は……地位も名誉も、不要なものでございます」


リュカは静かに答えた。


「ただ、この国で生涯を終えることができれば、それだけで望外の喜びにございます」


偽りのない言葉だった。


「まあ、そなたなら、そう言うと思った」


テレサは、少し不満そうな顔をする。


「では、代わりに領地を任せたい。こればかりは、了承してくれるな?」


「……分かりました」


強引なテレサのことだ。


爵位を断ったとしても、今後も何かにつけてこの話を持ち出してくるだろう。


それならば、領地を受け取ってしまった方が話は早い。


「して、領地とは、どこのことでしょうか?」


「先の反乱で死んだナッシュの領地だ」


「!」


「反乱の後、あの土地は没官領となった。しかし、いまだに正式な扱いが決まっておらぬ」


テレサは、淡々と告げた。


「そこで、そなたに彼の地を任せたい。どうだ?」


「もったいなきお言葉でございます。お受けさせていただきます」


「うむ。それと、アポワスの要地も任せる」


「かしこまりました」


こうしてリュカは、ナッシュの旧領とアポワスの地を預かることになった。


その足で、リュカはパンチのもとへ戻った。


「おお! これは婿殿!」


「パンチ殿。ですから、『婿殿』とは気が早いですよ……」


「わりい、わりい! で、どうだった?」


「本日、テレサ女帝より封土を賜りました」


「おお! そうか!」


パンチが嬉しそうに笑う。


「これで、リュカ殿も貴族の仲間入りってわけだな!」


「いえ。爵位は辞退いたしましたので」


「……そうか」


パンチは、少し残念そうな顔をした。


「リュカ殿には、期待しておったんだがな……」


「それで、もう一つご相談があります」


「なんだ?」


「アポワスの地も拝領したのですが、これを東国へ返還しようと思います」


「!」


パンチの目が大きく見開かれた。


「婿殿は……本当に野心がないんだな」


「帝にはまだ奏上しておりませんが、貴族同士の取り決めとして、封土の交換や授受は認められております」


リュカは説明した。


「封土は帝から預かったもの。勝手に売り払うことはできませんが、貴族同士で交換することはできる」


「なるほどな」


パンチは腕を組んだ。


そして、ニヤリと笑う。


「なら、リュカ殿に一つ頼みがある」


「なんでしょう?」


「アポワスの地と引き換えに、領地経営を頼みたい地域があるんだ」


「……どこでしょうか?」


***************************


パンチが口にした地名を聞いて、リュカは思わず聞き返した。


「カナイマ……ですか?」


「ああ」


パンチは頷いた。


その後、リュカはパンチをお茶会に招いた。


そこにはリル、マリー、ヘレナ、リゼ、そしてクシイナダも集まっている。


「カナイマとは、どのような土地なのでしょうか?」


リュカが尋ねる。


パンチは、少し困ったように頭を掻いた。


「あの土地は、東国の中でも特に未開の地域なんだ」


「未開……ですか?」


「ああ。広大なジャングルが広がっていてな。正直、東国としても手に負えなくなっている」


「なるほど……」


リュカは腕を組んだ。


「正直に申し上げます。利益になる保証はありませんよ」


「だから頼んでいるんだ」


パンチは悪びれもせず答えた。


「おとうさま!」


リゼが呆れたような声を上げる。


「そんなところを譲って、リュカ殿が困ってしまいます!」


「悪いとは思っているよ」


パンチは苦笑した。


「だから、ただでとは言わない」


そして、指を一本立てる。


「白金貨一枚でどうだ?」


「白金貨……」


ヘレナの肩が、ぴくりと動いた。


白金貨一枚。


金貨百枚に相当する大金だ。


パンチのような上級貴族にとっては、それほど惜しい金額ではないのかもしれない。


だが、これから新たな封土を経営することになるリュカにとっては、初期の運転資金として非常にありがたい。


「いいですよ」


リュカは即答した。


「リュカ君!」


驚いたリルが、リュカの肩を抱く。


そのまま耳元へ顔を寄せ、小声で囁いた。


「領地経営に困ったからって、簡単に放り出すことなんてできないんだよ?」


「分かってるよ」


リュカも小声で答える。


「でも、運転資金があった方がいいだろう? どんな土地だって、最初に金がある方がやりやすいと思う」


「はあ……」


リルは頭を抱えた。


「困ったなあ……。マリーにも相談すべきかしら」


***************************


ところが、リルやリゼの予想とは違い、マリーは意外にもあっさりと答えた。


「いいんじゃないですか?」


「えっ?」


リルが目を丸くする。


「なぜ、そんなに楽観視できるの……?」


マリーは、少しだけ意味深な笑みを浮かべた。


「あそこは、私も喉から手が出るほど欲しい場所ですから」


「え?」


「……」


一瞬、場が静まり返る。


「マリーって、貴族でもないのに、領地経営に詳しいの?」


ヘレナが不思議そうに尋ねた。


「えっ?」


マリーの表情が、わずかに強張る。


「ま、まあ……遠い親戚に、他国の貴族がいるんですよ」


「ふーん……」


ヘレナは納得したような、していないような顔をした。


リュカはそんな二人を見ながら、ふと思いつく。


「でも、せっかく領地をもらったんだから、一度その土地を見てみたいよね」


「そうだね」


リルも頷く。


「統治するなら、まずはその土地をよく知らないと」


こうして一行は、東国へ向かうことになった。


新たに与えられた領地。


広大なジャングル。


そして、そこに眠る未知の可能性。


リュカの新たな領地経営が、いよいよ始まろうとしていた。

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