毒にも薬にもなる男?
ある日のこと。
執務室で仕事をしていたリュカのもとへ、パンチ陸相が訪ねてきた。
「おお! 婿殿! 会いたかったぜ!」
「パンチ殿。北国へ行った時以来ですから、そんなに久しぶりでもないでしょう」
「そうか? 俺にはずいぶん久しぶりに感じるがな!」
豪快に笑うパンチ。
相変わらず、親しみやすい人だ。
「それで、今日は何の御用でしょうか?」
「おお、そのことだがな。この前、東国の河川に清浄義務を課すことを法律に盛り込んだだろう?」
「はい。確かに」
「その視察も兼ねて、リュカ殿に東国を案内してえと思ってな」
「お気持ちはありがたいのですが……」
リュカは少し言葉を濁した。
「我々には、まだ解決せねばならない問題がありまして」
「具体的には何だ?」
「ナッシュ侯爵家から帝が没収された土地――いわゆる没官領が、まだ宙ぶらりんの状態なのです」
その時だった。
コンコン。
執務室の扉が叩かれた。
「どうぞ」
扉を開けて入ってきたのは、リルだった。
「リュカ君、陛下がお呼びだよ」
「陛下が?」
リュカは首を傾げる。
そういえば以前、テレサ女帝から准男爵にするという話があった。
もしかすると、その件だろうか。
「では、行ってまいります」
「おう。俺はここで待ってるぜ」
リュカはパンチに一礼すると、リルとともに執務室を後にした。
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「お呼びでしょうか、陛下」
「うむ。リュカよ。単刀直入に聞く」
玉座に座るテレサ女帝が、真っすぐにリュカを見つめた。
「そなたは、貴族になる気はないのか?」
「私は……地位も名誉も、不要なものでございます」
リュカは静かに答えた。
「ただ、この国で生涯を終えることができれば、それだけで望外の喜びにございます」
偽りのない言葉だった。
「まあ、そなたなら、そう言うと思った」
テレサは、少し不満そうな顔をする。
「では、代わりに領地を任せたい。こればかりは、了承してくれるな?」
「……分かりました」
強引なテレサのことだ。
爵位を断ったとしても、今後も何かにつけてこの話を持ち出してくるだろう。
それならば、領地を受け取ってしまった方が話は早い。
「して、領地とは、どこのことでしょうか?」
「先の反乱で死んだナッシュの領地だ」
「!」
「反乱の後、あの土地は没官領となった。しかし、いまだに正式な扱いが決まっておらぬ」
テレサは、淡々と告げた。
「そこで、そなたに彼の地を任せたい。どうだ?」
「もったいなきお言葉でございます。お受けさせていただきます」
「うむ。それと、アポワスの要地も任せる」
「かしこまりました」
こうしてリュカは、ナッシュの旧領とアポワスの地を預かることになった。
その足で、リュカはパンチのもとへ戻った。
「おお! これは婿殿!」
「パンチ殿。ですから、『婿殿』とは気が早いですよ……」
「わりい、わりい! で、どうだった?」
「本日、テレサ女帝より封土を賜りました」
「おお! そうか!」
パンチが嬉しそうに笑う。
「これで、リュカ殿も貴族の仲間入りってわけだな!」
「いえ。爵位は辞退いたしましたので」
「……そうか」
パンチは、少し残念そうな顔をした。
「リュカ殿には、期待しておったんだがな……」
「それで、もう一つご相談があります」
「なんだ?」
「アポワスの地も拝領したのですが、これを東国へ返還しようと思います」
「!」
パンチの目が大きく見開かれた。
「婿殿は……本当に野心がないんだな」
「帝にはまだ奏上しておりませんが、貴族同士の取り決めとして、封土の交換や授受は認められております」
リュカは説明した。
「封土は帝から預かったもの。勝手に売り払うことはできませんが、貴族同士で交換することはできる」
「なるほどな」
パンチは腕を組んだ。
そして、ニヤリと笑う。
「なら、リュカ殿に一つ頼みがある」
「なんでしょう?」
「アポワスの地と引き換えに、領地経営を頼みたい地域があるんだ」
「……どこでしょうか?」
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パンチが口にした地名を聞いて、リュカは思わず聞き返した。
「カナイマ……ですか?」
「ああ」
パンチは頷いた。
その後、リュカはパンチをお茶会に招いた。
そこにはリル、マリー、ヘレナ、リゼ、そしてクシイナダも集まっている。
「カナイマとは、どのような土地なのでしょうか?」
リュカが尋ねる。
パンチは、少し困ったように頭を掻いた。
「あの土地は、東国の中でも特に未開の地域なんだ」
「未開……ですか?」
「ああ。広大なジャングルが広がっていてな。正直、東国としても手に負えなくなっている」
「なるほど……」
リュカは腕を組んだ。
「正直に申し上げます。利益になる保証はありませんよ」
「だから頼んでいるんだ」
パンチは悪びれもせず答えた。
「おとうさま!」
リゼが呆れたような声を上げる。
「そんなところを譲って、リュカ殿が困ってしまいます!」
「悪いとは思っているよ」
パンチは苦笑した。
「だから、ただでとは言わない」
そして、指を一本立てる。
「白金貨一枚でどうだ?」
「白金貨……」
ヘレナの肩が、ぴくりと動いた。
白金貨一枚。
金貨百枚に相当する大金だ。
パンチのような上級貴族にとっては、それほど惜しい金額ではないのかもしれない。
だが、これから新たな封土を経営することになるリュカにとっては、初期の運転資金として非常にありがたい。
「いいですよ」
リュカは即答した。
「リュカ君!」
驚いたリルが、リュカの肩を抱く。
そのまま耳元へ顔を寄せ、小声で囁いた。
「領地経営に困ったからって、簡単に放り出すことなんてできないんだよ?」
「分かってるよ」
リュカも小声で答える。
「でも、運転資金があった方がいいだろう? どんな土地だって、最初に金がある方がやりやすいと思う」
「はあ……」
リルは頭を抱えた。
「困ったなあ……。マリーにも相談すべきかしら」
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ところが、リルやリゼの予想とは違い、マリーは意外にもあっさりと答えた。
「いいんじゃないですか?」
「えっ?」
リルが目を丸くする。
「なぜ、そんなに楽観視できるの……?」
マリーは、少しだけ意味深な笑みを浮かべた。
「あそこは、私も喉から手が出るほど欲しい場所ですから」
「え?」
「……」
一瞬、場が静まり返る。
「マリーって、貴族でもないのに、領地経営に詳しいの?」
ヘレナが不思議そうに尋ねた。
「えっ?」
マリーの表情が、わずかに強張る。
「ま、まあ……遠い親戚に、他国の貴族がいるんですよ」
「ふーん……」
ヘレナは納得したような、していないような顔をした。
リュカはそんな二人を見ながら、ふと思いつく。
「でも、せっかく領地をもらったんだから、一度その土地を見てみたいよね」
「そうだね」
リルも頷く。
「統治するなら、まずはその土地をよく知らないと」
こうして一行は、東国へ向かうことになった。
新たに与えられた領地。
広大なジャングル。
そして、そこに眠る未知の可能性。
リュカの新たな領地経営が、いよいよ始まろうとしていた。




