30.蓮には言えない秘密
──side 彩芽
蓮の真剣な告白。そしてそれを軽々と塗り替えるような環ちゃんの衝撃発言から、もう一ヶ月が経った。
前世の記憶と別の世界の話、そして“銀次”という人物のこと──まだ私には理解しきれない部分がある。
けれど環ちゃんは、あれ以来ますます幸せそうに笑っている。
そんなある日、私は環ちゃんから紙の束を渡された。
「……これは?」
「説明するより、見てもらった方が分かりやすいと思って! ネームみたいなものです!」
「ねーむ……? なにそれ?」
「ネームっていうのはですね、漫画を描くときの設計図段階なんですけど! ここでコマ割りとセリフをざーっと置いて、流れを見て、それから下描きして本来はペン入れして仕上げるんですよ! で、今回のは見せ場が多いから、そのへんだけはネームよりも下描き寄りにしてて! ほら、イチャつきシーンとかは特に構図が大事なんで!」
「えっ……えぇ……?」
相変わらず環ちゃんが言ってることの意味は半分も分からなかったが、言われるがままにそのネームとやらを見てみることにした。
ページをめくった瞬間──
「……っ!?」
目に飛び込んできたのは、光をまとったかのようにキラキラした男の姿。
鋭い目元に狼の耳、ふさふさの尻尾。
絵の中からオーラが漏れ出しているみたいで、思わず息を呑んだ。
「……こ、これが……もしかして“銀次”?」
「はいっ!」
環ちゃんが嬉しそうに頷く。
「て、これ! もしかして、環ちゃんが自分で描いたの? 上手すぎない!?」
そこには繊細なタッチで描かれた銀次ともう一人の男性。
最初の方のページの多くは簡単に描かれていたが、所々に細部まで描き込まれたページはとても美しかった。
環ちゃんは照れたように頭をかきながら言った。
「実は、前世では同人誌を描いてたんです」
「どうじんし……?」
……また分からない単語が飛び出した。意味までは分からないが、きっと凄いものに違いない。
「まあ、私の話はいいので、とりあえず読んでみてください!」
そう促され、私は紙の束に視線を戻す。
確かにかっこいい……のかもしれない。
けれど、環ちゃんが「蓮に似ている」なんて言っていたのを思い出し──
(いや、どこが!?)
耳と尻尾以外は、正直まるで似ていなかった。
さらにページを進めると、銀次ともう一人の男が胸ぐらを掴み合っていた。
「……これは……やっぱり揉めてるのかしら」
そう思った次の瞬間──
気弱そうに見えた相手の男が、銀次にぐっと身を寄せ、唇を重ねた。
「……っ!!」
私は思わず顔が真っ赤になり、ページを閉じかける。
心臓が破裂しそうなほど跳ね上がった。
「……え、これって……友情を通り越して、なんか別の……」
「そうですっ!!」
環ちゃんは勢いよく頷いた。
「だからこそ尊いんです!」
尊い!? どこが!?
私にはただの衝撃映像でしかないのに!
さらにページをめくれば、抱き寄せ、見つめ合い、再びの口付け──。
「……っ……」
頬がどんどん熱を帯び、視界がじんわり霞んでいく。
そんな私を見て、環ちゃんは安心したように微笑んだ。
「やっぱりキス程度の描写に抑えてよかったですね。
“愛しのオオカミくん”は元は18禁なんで、本来はもっと濃厚なんですけど、素人には刺激が強すぎると思い抑えました」
「……え?」
またしても理解不能な単語が飛び込んできた。
意味までは分からない。けれど、恐ろしいことを言ったのは確かだ。
私は震える手で原稿を閉じた。
──これは蓮にだけは絶対見せられない。
……なのに。
銀次とあの男の口付けシーンが、どうしても脳裏から離れてくれなかった。
気がつけば、閉じたはずの原稿にそっと手を伸ばしていた。
そして、誰にも聞こえないくらいの小さな声でつぶやいてしまった。
「……も、もう一回……見直してみようかな」
私のその呟きを聞いたのかどうか──環ちゃんが横で、にやりと笑っていた。
そして小さく、「久しぶりに下絵まででも原稿描けて、楽しかったです」と呟いた。
「……どうじんし?げんこう?」
私は小首をかしげる。けれど環ちゃんは、ただ満足そうに笑っているだけだった。
……また知らない単語が増えた。




