24.隠したい過去と、隠せない恋
なんだか最近、彩芽さんの様子がおかしい。
いつもは優しくて落ち着いていて、まるで頼れる“お姉様”みたいな存在なのに──。
このところ、やけに私の顔を覗き込んできたり、妙に意味深な質問をしてきたりする。
「環ちゃん、蓮のこと……どう思ってるの?」
……あのときは、本当にびっくりした。
お茶を飲んでいた手が震えて、危うく湯呑みをひっくり返しそうになったくらい。
「えっ、えっと……旦那様は……とても、優しい方だと思います」
──やだ、私ったら。
言っただけで胸が熱くなるなんて。
最近、ますます旦那様のことを好きになっている気がする。
「旦那様」と呼ぶたびに頭の中が彼でいっぱいになって、思わずにやけそうになるのを必死でこらえた。
けれど、私の答えを聞いた彩芽さんは「ふぅん」と頷いただけ。
納得したような、していないような……まるで探偵のような目で、私の反応を観察していた。
……いったい、何を確かめたいの?
最近は、廊下や庭先でふいに顔を合わせただけでも心臓が跳ね上がる。
(……私、何か怪しまれるようなことしたかな?)
それとも──。
もしかして、彩芽さんは“あの秘密”に気づいてしまったんだろうか。
私の秘密。
それは、前世の記憶を持っていること。
此処と同じ“日本”という名前の国で生まれ、そして死んだ。
けれど、まったく同じじゃなくて、どこか違う“日本”。
私が生きていたのは──令和という時代の日本だった。
享年三十五歳。
早くに命を落としたとはいえ、今の私の年齢の倍近くを生きていた。
だから、実際には年上である旦那様や彩芽さんを前にしても、不思議と逆転したような感覚を覚えてしまうことがあるのだ。
子どもの頃はとにかく大変だった。
三十五歳の意識を持ったまま、身体は幼児。
母の膝の上で絵本を読んでもらったことを、今でも覚えている。
「三びきのこぶた」を何度も繰り返し。
本当ならオチなんて知っているから驚きもしない。
けれど私は、狼が家を吹き飛ばす場面で大げさに手を叩き、「きゃー!」と笑った。
そして、わざと甘えた声で「もう一回読んで!」とおねだりした。
心のどこかでは「三十五歳にもなって、何をやってるんだろう」と冷静に突っ込んでいたけれど──そうやって演じなければ、“普通の子ども”に見えなくなってしまう気がしていた。
笑顔で両親に甘える私と、冷めた視点で状況を測るもう一人の私。
二重に存在する意識は、ずっと私を窮屈にさせていた。
……でも、今は違う。
この世界に馴染み、環として生きることが当たり前になった。
肉体年齢が前世の自分に近づいたことで、ようやく心と身体のギャップも薄れた。
前世の記憶は消えないけれど、それでも私は“今”を大切にしたい。
なにより──。
旦那様の隣にいるときだけは、前世の私ではなく“今の私”でいられる。
ただの女の子として、恋をして、胸をときめかせていられる。
そんな今の自分を、私は気に入っているのだ。
だからこそ、この秘密は知られたくない。
もし旦那様や彩芽さんに「前世の記憶を持っている」なんて知られてしまったら……どう思われるだろう。
不気味だとか、異質だとか、そんなふうに思われてしまうかもしれない。
旦那様も、彩芽さんも、大好きだからこそ。
大切であればあるほど、秘密が知られることが怖くなる。
……なんだか、彩芽さんに見透かされている気がする。
私が胸の奥に隠している“秘密”を、すでに掴んでいて──それでわざと揺さぶっているような。
「環ちゃんって、若いのに落ち着いてるよね」
昨日の夜、廊下ですれ違ったときに彩芽さんがぽつりと呟いた。
世間話のようにも聞こえたけれど、胸の奥を突かれた気がして思わず背筋が伸びる。
(……落ち着いているのは、“三十五歳の私”が心の中にいるからだなんて、言えるわけない!)
一度意識してしまうと、どんな言葉も探りに聞こえてしまう。
食卓で「今日は調子どう?」と聞かれただけでも、私は内心びくっとしてしまった。
箸を落としそうになり、「や、やっぱりバレて……!」と頭の中で大騒ぎ。
けれど実際の彩芽さんは、私が慌てる様子を見て「ふふ、可愛い」と微笑んだだけ。
──え? 可愛い? なんで?
(いやいや、絶対ごまかしてる! これは“泳がせてる”やつだ!)
もう完全に疑心暗鬼である。
極めつけは、縁側で二人きりになったときのこと。
彩芽さんはしばらく黙ってお茶をすする……その沈黙が長い。
そして突然、にやりと笑って言った。
「ねぇ環ちゃん、蓮の隣にいるとき……すごく幸せそうだよね」
──ドキッ!
口から心臓が飛び出るかと思った~っ!
(し、しまった! そんなに顔に出てた!? やっぱりバレてる!)
私は耳まで真っ赤になり、慌てて湯呑みで顔を隠した。
彩芽さんはそんな私を見て、愉快そうに目を細める。
「……蓮のこと、本当に好きなんでしょ?」
──えっ!?
……あ、あれ? そっち?
思わずお茶を吹き出しそうになった。
(ちがっ、そうじゃなくて! 秘密ってそっちじゃなくて! でも、それはそれで図星すぎてどうしよう!?)
顔から火が出そうになり、私は慌てて湯呑みを両手でぎゅっと握りしめた。
彩芽さんは、そんな私の様子を見てますます楽しそうに笑う。
──やっぱりこの人、恐ろしい。
……けれど。
そうやって、からかわれるのも、不思議と嫌じゃない。
私のことを本気で見て、気にかけてくれるからこその言葉だって、分かっているから。
──彩芽さんは大好きなお姉様だ。




