初めて見た景色
それから高城と病院に来た穂花は、待合室で高城の診察が終わるのを待った。
平日の昼間だったのが幸いして、患者は少なく、高城もすぐに呼ばれて診察を受けることができた。
穂花は高城を待つ間、先ほどのタクシーの中で高城との会話を思い出していた。
(高城さん……店長のこと、好きだったんだ)
しかも、大学時代から――。
(かなり一途だし、大大大好き、ってことよね)
そして、高城のあの表情。
水川がネクタイを直している時、そして、穂花が水川への想いを尋ねた時、高城は今まで見たことのない表情を見せた。
(年上の人なのに、不覚にも可愛いと思っちゃった……。あ……!)
ふと、ある考えが浮かんだ。
(もしかして、高城さんが美容コンサルタントに転向したのって、店長と関係ある?店長への思いを断ち切れなかった、とか……?だけど……)
穂花は眉間に皺を寄せ、目をぎゅっと閉じた。
(店長には、素敵な旦那様とお子さんがいる。報われなさすぎて、不憫だわ……)
「お待たせしました」
そこへ、診察を終えた高城が戻ってきた。
高城と水川のことを考えていた穂花は、突然の声に、一瞬、ぴくりと肩を揺らした。
そして、穂花は高城の顔を見上げて言った。
「あっ、おかえりなさい。診察はどうでしたか?」
高城は穂花の隣に座った。
「季節性の風邪だそうです。大したことはありません」
大したことは――。
その言葉に、穂花は強く反応し、口を開いた。
「だからっ!大したことないなんて言わないでくださいって!そのまま放置していたら、最悪、肺炎になって命に関わることもあるんですよっ」
言い終わると、高城が目を見開き、こちらを見ていた。
(しまったっ!またやってしまった!)
穂花はすぐに後悔した。
つい、また強い口調で高城に言ってしまった。
「ごめんなさい……。また強く言いすぎました」
穂花は頭を小さく下げて謝った。
すると高城の肩が小刻みに震え出した。
「……?」
(どうしたのかしら?)
穂花が不思議に思っていると、高城は突然ぷっと吹き出し、声を上げて笑った。
「――っ?!」
(笑ってる……。あの高城さんが……声を上げて笑っている……)
穂花はただ唖然としながら、目の前で笑う高城の顔をじっと見つめた。
(この人、こんな風にも笑うんだ……)
いつも鉄の仮面を被ったように、感情を表に出さず、瞳の奥も闇のように暗い。何を考えているのか分からないような人。
その美しく整った高城の顔が、笑顔でくしゃくしゃに崩れていた。
それは今まで穂花が見たことがない、高城の初めての素の表情に触れた瞬間だった。
だけど――。
穂花は、ふと我に返った。
ここは病院。しかも待合室。
当然、周りにはたくさんの人がいた。
(ちょっと、高城さんっ!静かにしてっ!)
穂花は慌てながら、自分の口元に人差し指をあてた。
「高城さんっ!しぃ――!しぃ――!ここは病院ですからっ!」
小声で必死に高城に呼びかける。
だが、案の定――。
周囲からの視線が容赦なく向けられた。
(ほらっ!みんな見てるし――)
穂花は耐えきれず、身体を小さく丸めた。
すると、ようやく落ち着きを取り戻した高城が、穂花に声をかけた。
「ごめんごめん……」
高城の目尻には、僅かに涙がたまっていた。
高城は、人差し指で目尻にたまった涙をすくった。
(この顔でこの笑顔は……反則よね……)
高城の表情や仕草。その一つ一つをつい見てしまう。
「相変わらず佐倉さんは、心配性でブレないですね」
今度は声を抑えてクスクスと笑いながら、高城は言った。
「……それはどういう意味ですかっ?」
穂花は高城がここまで笑う理由も、言っている意味もわからなかった。
ただ、なんとなく馬鹿にされているように感じた。
「……高城さん、なんか馬鹿にしてます?」
穂花は、僅かに高城を睨みながら口にした。
「いえ……悪い意味ではないですよ。むしろ、よい意味でです。他人なのに、自分のことのように心配されるから……。ありがとうございます」
そう言って、高城は優しく微笑んだ。
瞬間、穂花の心臓が大きく跳ねた。
(なんか、高城さんに面と向かって言われると照れるかも……)
自分の頬が、僅かに熱くなっているのが分かった。
穂花はそれを隠すように、無造作に高城の額に手を当てた。
「……また、熱が上がりました?」
(顔が熱い……)
高城は再び真顔に戻り、眉を寄せながら軽く息を吐いた。
「……熱はまだありますよ」
それは、いつもの固い高城の表情だった。
ただ少しだけ、不機嫌そうに見えた。
「ははっ。ですよねっ。今日はお仕事終わったら、早く休んでくださいねっ」
穂花は自分が口にしてしまった言葉に焦りながら、乾いた笑顔を貼り付け、高城に言った。
「……」
高城は何も言わなかった。
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穂花は、診察を終えた高城を見送ると、そのままタクシーに乗り込み、『Luna Sana』へと戻っていった。
高城はこの後二件の予定があった。
一件は現場視察。
二件目は打ち合わせを兼ねた会食だったため、別日にしてもらった。
この後の予定を高城から聞いた。本人は二件目にも行くと言っていたが、穂花は反対して行かせなかった。
健康な身体があってこそ、仕事ができる――そのことを高城に強く言って聞かせた。
(本当は、一件目の仕事もキャンセルして欲しかったけど……)
穂花はタクシーの窓から流れる景色を眺めながら、高城のことを考えていた。
(極力、人と話さないで、視察が終わったらすぐ帰るとは約束してくれたけど……大丈夫かしら……)
穂花は知っていた。
無理をした結果、どういう結末が待っているのかを。
だからこそ、本当は高城を止めたかった。
そんな高城の姿に、どうしても昔の自分を重ねてしまう。
流れる街並みを眺めながら、穂花は小さく息を吐いた。




