表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『Luna Sana』で会いましょう~私、最悪なコンサルタントと恋をしました~  作者: 亜久美 圭


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/2

『Luna Sana』に恋した日

「ううん……」


穂花は、重い瞼をゆっくりと持ち上げた。


意識はぼんやりとしたまま、視線を周囲へ巡らせる。

穂花の目に映ったのは、見覚えのない天井だった。

 

見たことのない家具。

落ち着いた色合いの床。

そして、ほのかなお香の香り。


穂花はハッとして上体を起こした。


(ここは、あのサロン……。私、施術中に寝ちゃったんだ)


ようやく状況を理解した瞬間、意識がクリアになった。

同時に視界もはっきりとしてきた。


だがその直後、自分が施術中に寝てしまったことを思い出し、今度は一気に血の気が引いた。


「私……」

 

呆然とする穂花に、女性が優しく声をかける。


「あら、起きたのね」


女性は、慈愛に満ちた眼差しで穂花を見つめていた。


「すみません、私、寝てしまったんですね」


慌てて施術台から降りようとした穂花に、女性はにこりと微笑みながら言った。


「今日は誰も来ないから、ゆっくりしていて大丈夫よ。どう?身体の調子は。少しは楽になったかしら」


(そういえば……)


ふと、自分の身体に意識を向けた。


来た時の、鉛を背負ったような重だるさは、ほとんど消えていた。

視界も前よりずっと鮮明だった。


穂花は、胸元まで掛けてあったタオルケットを、両手でキュッと握りしめた。


「すごいです!スッキリしてます!さっきまであんなに身体が重かったのに、今は嘘みたいに楽です!」


穂花は思わず声を弾ませた。


「よかったわ。少しでも元気になってくれて」


そう言うと、女性はゆっくりと近づいた。


「あなたが思っている以上に、身体は限界だったの。だからあのまま返したくなかった。強引に引き止めちゃってごめんなさいね」


女性は真っ直ぐ穂花を覗き込んだ。

その瞳には、申し訳なさが滲んでいた。


「そんな……謝らないでください!心配していただいて、こんなによくしていただいて……嬉しかったです。ありがとうございます」


社会人になって五年――。

最初の頃は、体調が悪いというと周りも「大丈夫?」と心配し、声をかけてくれた。

 

しかし、日々忙しくなり、残業も増えていく。

仕事の疲れに加え、毎日の冷暖房の影響もあって、体調を崩して休むことが増えていった。


やがて心配する声もなくなり、向けられる視線は次第にひややかなものへと変わっていった。


穂花自身も、よく休み、皆に迷惑をかけていることはわかっていた。

だから、そんな反応をされても仕方がないと思った。


だけど――。

本音はやはり辛かった。


迷惑をかけているという罪悪感。


だけど、この不調はわざとではない。

自分ではどうすることもできないという葛藤。


そして何より、この苦しさをわかってもらえない。


けれど目の前の女性は違った。

 

初対面なのに身体を気遣い、本気で力になろうとしてくれている。


それが穂花には、とても嬉しく、ありがたかった。





┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


(……あれからすっかり、サロン通いにはまっていったのよね)


水川と並び、一枚ずつ丁寧にタオルを畳んでいく。


タオルを畳みながら、穂花は『Luna Sana』と水川沙苗との出会いを思い出していた。


それからたくさんのお店に通った。

リンパマッサージや、本格的な整体、岩盤浴やよもぎ蒸しなど。

とにかく健康や美容に繋がるものなら、片っ端から試してきた。


どの店にもそれぞれの良さがあった。

けれど、どこか物足りなさを感じることも少なくなかった。

 

そして数多くのお店を巡り、最後に行き着いた所。

それは――。


水川沙苗のいる、『Luna Sana』だった。


その技術は大手にも引けを取らない。いや、寧ろそれ以上かもしれない。


様々な店を見て回り、施術を受けた結果――。

最初に訪れた水川沙苗のサロン『Luna Sana』が、私の中で一番だった。


技術やお店の雰囲気は勿論だが、何より水川沙苗という人の存在がとても大きかった。


(水川店長の人柄がとても好きで、水川店長のいるこの『Luna Sana』で働きたいと思ったのよね)


他の店にも、素晴らしい技術を持つ店長や、人柄の良いセラピストはいた。

だけど私が惹かれたのは、水川沙苗だった。

 

それはきっと相性もあったのだと思う。


(だからお店でスタッフ募集の貼り紙を見たときに、ここしかない!と思って、翌日には退職を決意したのよね)


若かった頃の自分を思い出し、穂花はくすりと笑った。


確かに無謀だったかもしれない。

だけど、決して後悔はなかった。


(だって……本当に運命だったから)


向かいでタオルを畳んでいた水川が、ふと穂花を見た。


「穂花ちゃん。何かいいことでもあった?好きな人でもできたの?」

 

突然の言葉に、穂花は思わず手を止めた。


「何言ってるんですか!私はずっと『Luna Sana』一筋ですよ」


(そう。私はずっと『Luna Sana』に恋をしている。技術を磨き、お客様のお悩みに寄り添う。

そしていつか水川店長みたいな素敵なセラピストになりたい)


「あら……でも恋することはいいことよ。肌ツヤもよくなるし、元気になれるから。穂花ちゃん、もし好きな人ができたら私にも教えてね」


水川はにこりと微笑んだ。


(恋、かぁ……)


たたみ終えたタオルを棚へしまいながら、穂花は思っていた。


(今の私は恋より、技術を磨く方が大事かな)


(私を救ってくれた『Luna Sana』と水川店長に恩返しがしたい。

そしていつか、水川店長みたいな人になりたい)


「きゃ!電源つけ忘れてたわ!」


ホットウォーマーのスイッチを入れ忘れていたらしい。

突然の声に、穂花は振り向いた。

機械の前で、水川が慌ててスイッチを押していた。


「店長、あと10分で予約のお客様が来られます。今からだと間に合わないので、先にお湯であたためましょう!」


穂花は流し台の前に立つと、お湯にタオルを浸した。


あたためたタオルを手早く丸め、機械の中へ入れた。


「ごめんね、穂花ちゃん……」


俯いて頭を下げる水川に、穂花は明るく言った。


「お客様が来られる前に気づいてよかったです。大丈夫ですよ」


水川の施術は、一流セラピストにも引けを取らない。

そして細やかな気配りも忘れない。


ただ――。


(こんなに技術もあって気遣いもできる人なのに……どこか抜けてるんだよね)


内心苦笑いしつつも、そんな水川のことが可愛くも思える。


(やっぱり私は恋より、水川店長の元でたくさん学びたいなぁ)


カラン――


入口の扉が開いた。

予約のお客様だ。


「いらっしゃいませ」

「お待ちしておりました」


二人の朗らかな声が店内に響いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ