第6話 大団円エンドは断固拒否!私は楽して甘やかされたい!
風呂から上がったノアは、見違えるようになっていた。
ぼさぼさだった白い髪は綺麗に整えられ、
栄養失調みたいだった顔色も少しだけマシになっている。
……素材が良すぎる。
悔しいが、主人公オーラみたいなものがあった。
なお本人は、借り物の寝間着の袖を引っ張りながら、いまだに居心地悪そうにしている。
「……落ち着きません」
「慣れろ」
私はソファに寝転がったまま適当に返した。
王城の客室は無駄に豪華だ。
柔らかい絨毯。
高そうな家具。
湯上がりの紅茶。
完全に貴族の空間である。
対してノアは、いまだに『ここにいていいのか?』みたいな顔をしていた。
いや、主人公なんだから、むしろお前のステージなんだが。
「リゼー?」
その時、部屋の外からリオンたちの声が聞こえた。
――やばい。
ノアがこんな儚げ美少女だとバレたらまずい。
いくら魅了チートをかけているとはいえ、本能的に気を取られる可能性はある。私のイケメン資産が脅かされる。
私はソファから飛び起きると、ノアの胸ぐらを掴んで凄んだ。
「てめぇ、私の男に手出したらただじゃおかねぇからな」
「ありえません。興味がありません」
ノアは真顔で即答した。だが私の警戒は解けない。
「私は女という生き物は全て信じてないんだよ! 自分も含めてな!」
「私は元々男だと言ったじゃないですか」
「男も信じてないね!!」
「ただの人間不信じゃないですか」
ノアが呆れる中、ドンドンとドアがノックされた。
「リゼ?入ってもいいか?」
私は慌ててドアの前へ駆け寄る。
「ちょっと今、女同士で秘密の話してるの!」
一瞬の沈黙。
「……そうか。邪魔をしてすまない」
足音が遠ざかっていく。
チョロくて助かった。
私は胸を撫で下ろし、再びソファへどっかりと座った。
「で?」
私は紅茶を飲みながらノアを見る。
「さっき言ってた、“あの人たちを手放さなくても済む方法”って何」
ノアは少し黙ったあと、静かに口を開いた。
「……この世界の“正しい未来”を目指します」
「はい?」
「この世界には、本来あるべき結末があるんですよね」
ああ、そうか。
ノアは転生者でも、乙女ゲームそのものの知識はないんだった。
「えっとね。この世界、元は“アステリア・クロニクル”っていう乙女ゲームなの」
「乙女ゲーム」
「女主人公がイケメンたちと恋愛するゲーム」
二次元知識が皆無なノアは、少し面食らったような顔をした。
私は気にせず続ける。
「ゲームだから、選択肢によって結末が変わるの。攻略対象の誰か一人と結ばれるハッピーエンドとか、恋愛に失敗するバッドエンドとか」
「……はい」
「でも、その先にもう一つだけ特別なルートがある」
私は少し身を乗り出した。
「攻略対象全員の個別ルートをクリアした人だけが進める、隠しシナリオ。その最後に辿り着くのが、大団円エンド」
「大団円……」
「恋愛じゃなくて、全員で協力して世界を救うストーリー。世界崩壊の原因を突き止めて、全部解決する、本当のエンディング」
ノアの目が、はっと見開かれた。
「……それが、セレナ様の言っていた“正しい未来”かもしれません」
「しかも恋愛エンドじゃない」
私は紅茶を一口飲む。
「だからノアが誰かと結ばれる必要もないし、私の男たちを明け渡す必要もないってことね」
「本来のシナリオから外れたことで世界が崩壊しているなら、その“隠しルート”を辿れば、恋愛とは無関係に世界崩壊を止められる可能性があります」
確かに、フェリクスは言っていた。
――本来の流れから世界が外れている、と。
断罪イベントが強制発生した時点で、私も理解している。
この世界には、“正しいシナリオ”へ戻そうとする力がある。
つまり逆に言えば、本来の大団円エンドへ辿り着けば、世界は安定する。
……いや、理屈は分かるんだけど。
「なので、それを目指すのはどうでしょうか」
「嫌だ」
「即答ですね」
「だってめんどくさいもん」
本音だった。
「個別ルートなら、一人と結ばれれば終わる。でも大団円エンドは違う。ダンジョン攻略だの、古代魔物討伐だの、精霊暴走だの――イベント全部回収しないといけないの」
「……盛りだくさんですね」
「超めんどい」
ノアがなんとも言えない顔をした。
「リゼ、思ったよりずっと駄目人間ですね」
「失礼な。私は努力して逆ハーレムを築いた」
「チート能力使ったんでしょ?」
ぐうの音も出ない。
私はソファへだらりともたれかかった。
「……めんどくさ」
「救ってください」
「嫌だよぉ……」
「世界滅亡より面倒臭さが勝つんですか……」
呆れた声が返ってくる。
「だいたいまだ大丈夫でしょ。ちょっと世界が不安定なくらいで」
「ちょっと、ですか?昨日の空間の裂け目、見ましたよね。各地では異常発生した魔物の被害も出てるらしいですし」
「まだギリ日常の範囲。私への実害ゼロだし」
「自分本位すぎません?」
だが実際、まだ私の周りは“終末”というほどではなかった。
攻略対象の男たちは今日も私に狂っていて元気だし、王城は快適で平和だし、ご飯も美味しい。
だから私は、どこかで本気で思っていた。
――まあ、なんとかなるだろう、と。
「世界が滅びかけてるのにブレなさすぎて、逆に尊敬しますよ……」
呆れ果てたノアを部屋に残し、私は鼻歌交じりで客室をあとにした。
……この時の私は、まだ知らなかった。
ゲームのシナリオが、私の怠惰なんか待ってくれない速度で、すでに“強制執行”を始めていたことを。




