97.〈砂痒〉星系外惑星系―4『戦闘空域哨戒、あるいは豚の放牧/機材篇―1』
一仕事終えた後、では(未だ)ないけれど、それでもお風呂は気持ちよかった。
ざぶんと湯船につかって、「あ~~」とか吐息とも嘆声ともつかない声をあげ、
放射能もバイ菌も毒ガスも遮断する服は着てたけど、でも穢れた気分は否めず、
何杯も掛かり湯をして、ボディソープを空にする勢いで身体をくまなく洗った。
で、
湯上がり後には、アタシはフルーツ牛乳、実村曹長はコーヒー牛乳などを飲み、
でも、これで仕事が終わりじゃないから、マッサージチェアには腰掛けなくて、
「これで、あとはオフとかだったら申し分ないのにね……」
いかにも残念そうに、実村曹長が呟いたのには、アタシももちろん完全同意な次第なのだった。
そして、
タイミング良く、と言うか、空気を読まずと言うべきか、
pipipipipi……、と曹長のタブレットが、セットしていたタイマーに従いアラームを鳴らす。
至福の時間が終わったことを告げるアラーム。
「行きましょ。なんだったら、お口直しにもう一度お湯を浴びてもいいんだから」
ちょっとゲンナリ顔になった実村曹長が、アラームを止めると、そう言った。
「はい」と返事はしつつも、アタシもおなじくゲンナリ顔になってしまう。
せっかくスッキリしたばかりというのに、またぞろ地獄にUターン。
いや、これから行くのは飛行(一)科じゃないから、地獄は、まぁ、言い過ぎなんだけど……。
で、
「こちら実村曹長。いま到着した。発艦フェイズの進捗状況は?」
飛行(二)科。
おおきな扉にそう記してあった部屋に入ると実村曹長は声を張り上げた。
アタシが最初にこのフネに乗った(降りた?)時と同じく二重で、そのいずれもが分厚い扉。
防爆仕様、だったっけ……。
『航宙船にとって格納庫まわりは直接宇宙空間と接する構造的に脆弱な場所だから、いろいろ対策が講じられているのよ』
生まれて初めて軍艦に乗って、目をまるくするばかりのアタシに、中尉殿がやさしく教えてくれたんだった。
そう。
飛行(二)科の科室は格納庫。
このフネが搭載している小型宇宙機の格納庫だった。
いや、短艇格納庫の方も飛行(二)科の管轄ではあるけど、あっちは船務科との共同管理で、こっちが、まぁ、変な言い方だけど、本拠地であるらしい。
とまれ、
短艇格納庫と同じく、分厚い扉を二枚くぐった先の室内は、ゴォンゴォン……とか、ガガガガガ……とか、遠く、また近くから伝わってくる重厚な、力感を感じさせる様々な機械の作動音で満たされていた。
が、
活動音はすれど間近なところに人影は無い。
それで実村曹長は、背景雑音の中へ中へと分け入っていきながら、インカム越しに他の科員たちに声をかけたんだ。
隣にアタシがいるからか、それとも両手を自由にしておくためか――通話はオープンな『外部音響』設定でやってくれている。
「お疲れ様でした、曹長。こちら、安藤。現在、三号機――久坂瀆尉入りの〈人玉〉を随偵にセットしているところです」
で、
打てば響くというか、いきなり入室したのに即座に応答の声がかえってきた。
「一号機、鏑木瀆尉機は既に射出機上に移動済み。発艦、いつでもいけます。二号機、垂水瀆尉機は、射出機誘導路上に固縛済み。現在、撃発回路の最終チェック中です」
答える声が実村曹長が着ている船内服――そのスピーカーから伝わってくる。
安藤さん?――実村曹長の問いは端的すぎるものだったのに、的確な返事だ。
練度高いなぁ――感心しつつ、実村曹長の隣でアタシは室内を進んでいった。
格納庫だから当たり前かもだけれど、とにかく天井までの高さが高い。
思わず、と言うか、知らず、アタシはくりかえし目を仰向けてしまう。
いったい何階分だろう――吹き抜けと言うにもあまりに高すぎる天井。
船内が広いと言っても、そこはやっぱり宇宙船――閉鎖環境であるのは事実。
そこで長期間生活するワケだから、居住区画の天井も割と高めになっている。
理由は無意識に感じる圧迫感を軽減するため――少尉殿からそう聞かされた。
反面、水平方向の広がりには、ゆったり感に難を感じる事はままあるけどね。
天井は高いけれども床面は狭い。頭を押さえつけられる感じはなくとも窮屈。
そういうこと。
で、
先の短艇格納庫もそうだったけど、この艦載機格納庫――飛行(二)科がまさしくそれ。
って言うか、なんだろ。
広いけど狭い。
そんな感じ。
わかんない?
なに言ってんだ?
ま、そうだよね。
いや、施設として、部屋としてはメチャクチャ広いんだ。
それは確かで、もっともで、そうでなければならない事。
なにしろ宇宙機を、それも複数収納する格納庫だからね。
視線をやや上向きに、前方や横方向を見ると、部屋の広さがよくわかる。
およそ見える限り――ず~~っと向こうの方まで壁も柱も、なにも無い。
部屋を間仕切る壁だとか、通しで使うのに邪魔な柱だとかが一個も無い。
ここは屋内競技場とかコンサートホールとかをスッポリ中に納められるくらい広いんだって、それで了解させられる。
でもね、見通しがきかないの。
視線を水平方向――目の高さにすると、反対側の壁はおろか室内の様子もろくに見えない。
なぜって、部屋の中央、ど真ん中に、でん! とばかりに大きな機械が据えられてるから。
大きな機械――艦載機。
真横から見ているワケじゃないんで当てずっぽだけど、全長は五〇~六〇メートル以上はあるんじゃないのかな。
当然、高さも幅もそれに見合うものだから、ホント、大きな機械だわ。
いや、もちろん、短艇よりかは全然ちいさいよ?
小型宇宙機――ことさら『小型』って呼ぶくらいだから、せいぜい二階建ての戸建て程度のサイズだしね……、って、デカいわ!
母艦の全長が一七四〇メートル。
それに較べれば確かにちいさいけどさぁ、でも、世間一般の尺度的に全長が五、六〇メートルクラス、スケール比較物が二階建ての戸建て住宅相当ときたら、それを『小型』と呼ぶのはやっぱり違和感あるって言うか、とまどうよ。
まぁ、『無限にひろがる大宇宙』なんて使い古されたフレーズを楯に、『アンタには宇宙生活者が持っているべき雄大な空間感覚や感性が欠けている』とか言われちゃったら、否定も何もできないけどさ……。
と、
コホン。
ま、まぁ、それはさておき、広大なはずの格納庫の、奇妙な手狭さについての話にもどるわね。
もう答を言っちゃった気はするけども。
戸建て二階家相当サイズの小型宇宙機。
それがこのフネの艦載機。
――で、だよ?
そんなどデカい宇宙機が(それも二機)水平方向の視界をふさいでるところにもってきて、更には整備か補給か、様々な用途の機械類が床置き、あるいは天井からぶら下げられてグルリと周囲を取り巻いているから、せっかくの広さが殺されてるの。
広いけど狭いとアタシが言ったのは、つまりはそういうこと。
……まぁね、この部屋自体が艦載機を格納するための施設なんだから、いわば主役がいちばん目立つ所、かつ、大場を取るのは当然っちゃ当然。
でもって、主役なんだから、人間だろうと機械だろうと、その周囲には取り巻きたちが大量に群がるというのもこれまた当然なんだろうけど。
もうちょっと、こぉ、さぁ。
整理整頓とか、5Sレベルまで要求するでないけど、艦載機を囲んでる機械類をあと少しキチンと配列するとか心がけたら、こんなにわか迷路みたくならないんじゃないかな、とは思うんだ。
もぉ遙か昔(のように思える)アタシがアスリートしていた当時、先生やコーチからさんざん叱られてたんで余計にそう感じちゃうんだよね……。
と、
その時、
「曹長」
足音か気配か、それとも、タイミングを読んでいたのか――居並ぶ機械のひとつ、その陰から女性がひょっこり姿をあらわし声をかけてきた。
「早かったですね。もっとゆっくりされていても良かったのに」
かるく敬礼など送ってきながら、そう言った。
「いやいや、十分くつろがせてもらったわよ」
や、という感じで片手をかざして答礼し、実村曹長は、そこで何故だかアタシの背後にまわった。
『あ、あの、曹長……?』――そう訊ねる間もなく、アタシの両方の肩に手を置くと、それでグイと前に押しやるようにする。
で、
「安藤も知っているとは思うけど、主計科の深雪ちゃんな。主計科の、っつ~か、このフネ期待のニューフェイス」
過大評価も甚だしいキャプション付きで紹介されたのだった。
「今回は深雪ちゃんのおかげで、お瀆尉さまがたの捕獲がスゴいスムーズ&スピーディーにすすんでさぁ、それで禊ぎまで込みでも時短ができたんだ」
「ははぁ」
そうなんですか、といった感じで頷くと、安藤さんは、
「よろしくね、わたしは安藤とわ伍長。飛行(二)科ではたいてい発艦作業の管制官をやってるわ」
「は、はい。こちらこそよろしくお願いします。主計科の田仲深雪一等兵です」
ニコッとしながら自己紹介されたから、アタシもそれに倣って言葉を返した。
よかった。
やさしい人みたいだ。
このフネに乗ってまだ日が浅いというのもあるけど、同じ科の中尉殿や御宅曹長、同じ部屋の実村曹長はじめの何人かを除けば、ほかの部署のひとたちとは、あまり面識がない。
懇話室当番くらいででしか接点がないんで、すこし不安だったけれども結果オーライ。
副長サンみたいに、いかにもな『The軍人』って感じのコワい人じゃなくて安心した。
「田仲一等兵……って、あぁ、曹長もそう呼んでるから深雪ちゃん呼びの方がいいのかな――いい?」
「は、はい」
「ありがと。じゃあ、深雪ちゃん、このフネに乗ってから、まだ艦載機の発艦作業は見たことないよね?」
「はい」
「了解。それじゃ、いい機会だし見学していく? 時間は大丈夫? この後の仕事とかに影響はない?――どうです、曹長?」
質問の最後はアタシではなく、実村曹長に目を向けてだった。
「見学は許可。深雪ちゃんの直は、確かこの後は自由時間になっていた筈だから問題ないとは思うけれども……、どうかな?」
安藤伍長発の質問が、グルリと実村曹長を経由してアタシに返ってくる。
「大丈夫です」
アタシはコクリと頷いた。
主計科の仕事には(たぶん)直接的には関係ないだろうけど、興味はあるし、まぁ、何事も勉強勉強。
「結構。じゃ、わたしの後についてきて」
実村曹長とアタシのやり取りを聞いていた安藤伍長は、また、ニコッとわらうとかるく手招きしながら踵をかえした。




