96.〈砂痒〉星系外惑星系―3『戦闘空域哨戒、あるいは豚の放牧/要員篇―3』
「いやぁ、効くなぁ。〈あやせ〉主計科謹製の毒餌。威力バツグンだ」
実村曹長の声が耳許で響く。
「別のフネに乗ってる同期がぼやいてたけどさぁ、聞かされた話からだけでも、そこと較べりゃ誘引効果が段違いだわ」
このフネに配属されて良かった。いやいや流石と、心の底から感心している口調。
そこには紛れもない賞賛があって、でも、アタシは口をへの字にひン曲げざるを得なかった。
「毒餌じゃありません。『お瀆尉さま限定個人給食』です」
どうにも、間違った呼称が市民権を得てまかり通っているけれど、
『毒餌いうな!』
――強く強く強く、そう主張したい。
ぜんたい、中尉殿をはじめのアタシら主計科員が丹精込めて(?)つくった料理だよ?
毒なんて入れてやしないし、むしろ、『美味しくなぁ~れ』的な願いが込められてすらいる。
それを『毒餌』呼ばわりなんて、失礼にも程があるってもんじゃない?
そりゃあ確かに?
現在進行形で実行中のこの作業は、人外漢たちの捕獲――誰ひとりとして積極的にさわりたくない標的を、罠にかけることで捕獲することが目的。
さわりたくない、と言うか、関わり合いになりたくない――その気持ちは、業務として世話をさせられてる身としては、人何倍程にもよくわかる。
こっちの方から捕まえに行くのではなく、おびき寄せて、あらかじめ仕掛けておいた罠にかけた方がいいって発想も、だから、理解のいくところ。
だけどね、だからって、人外漢を誘引するためアタシたち主計科員がつくったお瀆尉様限定個人給食を『毒餌』呼ばわりはヒドいとそう思うんだ。
大事なことだから二度言ったけど、実際そうでしょ? そう思うでしょ?
ただでさえ、作業名が『ゴ○ブリほいほい』だなんて俗称で通ってるのに、そこに毒餌ときたら、ハマりすぎててアタシら料理人の立つ瀬がない。
間違ったイメージが定着しないためにも、ここは強く抗議しとかないとだ。ウン!
が……、
「でもさ、その専用食を調理するのが、『毒膳料理家』だったり『闇鍋奉行』だったり『殺人シェフ』だったりするんだろ?」
すこし憤然とアタシが言い返したら、
すこし笑みをふくんだ指摘を受けた。
返しが予想の外すぎ絶句してしまう。
カウンターでパンチを喰らった――そんな感じ。
ウグ……。いや、それは確かにそうだけどさぁ。
ってか、アタシ達の仇名、何で知ってんですか?
「ちなみに、今回のアレは誰の作?」
「……アタシです」
目の前(と言っても一〇メートルは離れてるけど)で全身を震わせ、と言うか、分厚く鎧った贅肉&脂肪をぶよんぶよんと波打たせ、夢中で食を貪っている人外漢――鏑木瀆尉を指さしながら実村曹長。
嘘をつくわけにもいかず、渋々アタシが答えると、
「それじゃ、あとの二匹の分は?」
追い打ちめいてそう訊かれた。
「……それもアタシ、です」
唇を噛む。
だって仕方ないじゃん。
それが〈あやせ〉主計科のローカルルールだとかで、飛行(一)科に降りてく当番がお瀆尉様限定個人給食もつくるんだって御宅曹長に言われたんだもの。
すぐ傍にいた中尉殿も困り顔こそしていたけれど、否定はしなかったから御宅曹長の口から出まかせじゃないようだったし……。
つくりましたよ。日々の給食同様、お仕事ですから。
いつもと違っていたのは、今回はそれをマニピュレータや隔壁越し――間接的に渡すんじゃなく、すぐ至近にまで配達しなけりゃならなかった事。
連中、どこに付いてるんだか、そもそも存在してるのかさえ怪しい『鼻』――嗅覚が、こと食べ物に関しては異次元的に超・敏感だから、できあがった専用食は一分子たりとも匂いが外に漏れ出ないCBR戦用とかの容器の中に厳重に封緘、運ばなければならなかった事だ。
付け加えて言うなら――にもかかわらず、連中が食事の気配を察したのは、もぉ何というか、なんとも言えないワケだけど……。
「ほぉら、やっぱり」
げんなりしてたら、実村曹長にクスリとわらわれた。
「さっすが〈あやせ〉の司厨担当者。お手製の餌を一匹分撒いたら、他の二匹まで向こうの方からノコノコやって来るんだもの。ホント、威力バツグンだ。手間が省けて助かるよ」
「うぅ……」
お褒めの言葉……。
からかい成分がチョッピリ混じってたって、賞賛に違いはないんだろう。
実村曹長のそんな言葉を受けて、でも、どうしようもなくアタシは、ぐぬぬ……と唸らざるを得ない。
HMDのセンサ表示――マップ上には、すぐ目の前で一心不乱に専用食をがっついている鏑木瀆尉のものとは別に、ふたつの赤い輝点がこちらに向かって近づいてきてる。
言うまでもなく、この要員室のどこかでとぐろをまいてた他の二体の人外漢――垂水、久坂の両名を示す輝点。
それが急速にと言うにはあまりにノロノロ速度が遅いが、それでも確実にこちらとの距離を詰めてきつつある。
実村曹長いわくで、いつもの時とは明確にそこが違っているらしい。
食いつき度合いも、一つの餌に群がり寄ってくる事もいつもは無い。
通常は一匹一匹探して見つけて掴まえて、と手間が必要なんだとか。
さっき、実村曹長が言った同期サンなんかはもっと苦労してるって。
それが今回はあまりにスンナリ行くから、驚き&ラッキーだわ、と。
実村曹長が率直にではなくとも喜んでいるのはそういうワケだった。
知らんがな。――幸か不幸か、アタシは今回がはじめてなんだから。
まぁね、
要するにね、
一人乗りの艦載機――超光速航行能力を有する小型宇宙機の搭乗員たる人外漢たちは、遷移を実行する度に、単独で、あの超・存在との対峙を繰り返した。
その結果が、変態――もはや『ヒト』と呼ぶのも躊躇われるような存在への変貌であり堕落。
『生』とは、畢竟、突き詰めれば代謝――エネルギーの取得行為である。
学校の、生命論だったか進化史だったか――いずれ、生物の授業でアタシはそう習った記憶がある。
教科書、副読本からか、それとも、その時の教師の私見だったか――それはさておき、この場合、そうして変態してしまった人外漢は、言うなら『生』を蒸留し、煮凝らせた結果、生まれた生命体ともいえる。
『食』――その一点に、人外漢の行動、生命活動は集約されているから。
エネルギーを外部から取り込み、それを身体内部で変換、己のために役立てる――生命、また、その生命の活動を歪んだかたちであっても集約するならそうでもあろう筈だからだ。
ヒトが一生を送るのに必要とされる『雑事』を全て削ぎ落とした『生』
ある意味、人外漢なる存在は、窮極の食通――『食』を突き詰めた存在、求道者とも言える……?
エ? 言える?
言える、かな?
やっぱり、言えないかも。
単なるバ○モノにすぎないのかも。
ウン。ひとまず、それは置いとこう。
とまぁ、そういうワケ(?)で、そんな存在を兵士というより兵器として利用する途をえらんだ宇宙軍は、であるからこそ、その性能を十全に発揮させようと種々に態勢を整えた。
その一つが、他ならぬ主計科員――アタシたちに小間使いよろしく連中の面倒をみさせること。
そのために主計科員の採用基準の一つとして、『料理の腕前』だとか特殊きわまりない選別基準まで設けたっていうんだから馬鹿にしてる……、いやいや、もとい、徹底してる。
その『料理の腕前』とやらの基準が、ヘタである方に重きを置かれている(らしい)というのが、ますますもって気に入らないってか舐めんなって感じだけれど、まぁ、事ほど然様に気をつかってるんだ。
で、
まわりがそんなだから、図に乗ってるんだか、それとも食の求道者(笑)だからなのかはわからないえけど、人外漢どもは好みがウルサい。
アタシたち一般普通の人間が食するメニューはほぼ受け付けないし、素材と言うより味付けなんだろうか――同じ人外漢でも別の個体と同一の料理(?)は食べようとしない。 このフネで言えば、たとえば鏑木瀆尉の好むメニューは垂水、久坂の両名は見向きもしない、とまではいかなくても、お気には召さない様子――そういうこと。
なのに、アタシがつくった料理だけは別。
鏑木、垂水、久坂の三体ともに『好き』みたい。
だもんで、『お手製の餌を一匹分撒いたら、他の二匹まで向こうの方からノコノコやって来るんだもの。手間が省けて助かるよ』
そういう事になるらしい。
いつもだったら、今みたいに撒き餌をする際、一体ごとに専用のものを都度撒かないといけない。人外漢が三体いたら三回、おンなじことをやる必要があるんだって。
それが、飛行(一)科行き初見のアタシがお手製の餌を撒いたら一発で全部が片付きそうな気配。
そりゃ、『ををッ!』ってなるよね。
仕事だから仕方がない――そう諦めてはいても、誰だってこんな地獄に長居はしたくない。だから、実村曹長がアタシに感謝したくなる気持ちもわからないじゃないけど……、
『知らんがな』
さっきと同様、アタシとしてはそう言いたいんだ。
なにしろ、中尉殿、御宅曹長から教えてもらった秘伝(?)のレシピ通りに作っただけのことだもん。
にもかかわらず、人外漢全員の食いつきがいいってなったら、それは取りも直さず、主計科のなかでアタシが一番料理が下手って結論になりそうで、スゴい納得いかないってか、プライドが傷つく。
実村曹長から褒められたって、感謝されたって、ちっとも全然うれしくないどころか、敗北感さえ感じてしまう。
自分を含め、フネの一般乗員たちの食事は、艦長から兵までほぼレトルト。
科員の役割分担を決めた時、司厨担当をふられて渋るアタシに御宅曹長が言った文句。
『司厨担当の主な仕事は献立決めさ。補給を受ける際、どんな料理を積み込むかってぇ選定作業。調理済みのレトルトパックを戦闘糧食一覧表の中から選ぶだけの仕事だよ』
正直、最初は半信半疑だったけど、でも、珍しく、御宅曹長のその言葉は嘘偽りではなくて真実だった。
それだというのに、人外漢たちだけは、毎回毎食、アタシたち主計科員が手ずから調理した料理を口にする。
中尉殿をはじめ、御宅曹長もアタシも、みんな料理が苦手……、と、もと~い! 好きじゃないっていうのに!
皇国の戦闘糧食って、〈ホロカ=ウェル〉銀河系一美味しいって評判なんだから、スナオに一緒の献立を食べればいいじゃん! ワガママ言うな!
「……よぉし、よしよし。いいよぉ、そのままそのまま、ジッと動くなよぉ……」
内心の不満に、ちょっとの間、注意がそれてたみたい。
なんか、被写体を前にしたカメラマンみたいなセリフを実村曹長が吐いていた。
見れば、いつの間にやら鏑木、垂水、久坂――このフネ乗り組みの人外漢全員が目の前にいる。
ガフガフ……?
ベチャベチャ……?
ズルズル……?
グチュグチュ……?
咀嚼音を響かせ、一心不乱にアタシの料理に口をつけていた。
(巨大ナメ○ジの食事だぁ……)
げっそりしながらそう思う。
料理が床に……って言うか、タールみたいな液溜まりの上に直に置かれてるから仕方ないっちゃないけど、料理、またはそれが盛られた器を手で持つだとか、そんな普通の所作はなく、モロ犬喰いな感じで舐め啜るように貪っている。
ちいさな子供が見たら、泣くどころかオシッコちびってPTSD患うこと間違いナシの光景だ。
で、
「よし。よしよしよしよしよしッと、よし、どンピシャ!」
そんな、ある意味ホラーな光景をジッと凝視していた実村曹長が、舌なめずりしているような口調から一転、叫ぶと、突然おおきな球があらわれた。
ほとんど透明――表面に床面を覆ったタール様の穢れを油膜めいてまとわりつかせた球体は、最初に気付いた時にはビーチボール程の大きさだったのが見る間に拡大。
最終的には三メートルくらいにまで膨張し、そのふくらみゆく過程で人外漢たちを一体一体、個別に呑み込んでいった。
「まんま、クリーチャー・ボールじゃん……」
自分が目にした光景に、人気のゲーム内のアイテムを思わず連想し、それがポロリと言葉になってまろび出た。
そして、
「捕獲完了、っと!」
ふぅ……、と汗など拭う動作をしてみせる実村曹長のもらした言葉に、この地獄行きミッションが完了したことを遅まきながらアタシは悟ったのだった。




