89.〈砂痒〉星系外縁部―27『Trick Art of War―8』
「え……?」
思わず、といった体で羽立情務長の唇から呟きがこぼれる。
目許で瞬く光が、難波副長からの通話要求だったからである。
もちろん、そのこと自体は珍しくはない。
珍しくはないが、しかし、その要求には通話を秘話状態でおこなう旨の付記がされていた。
呼出者画像が小さく描かれているすぐ傍らに、そのことを告げるアイコンがマークされていたのだった。
(他の要員には聞かせたくない話?――艦長?)
今、この場において、話を伏せるべき相手というのは他に思いつかない。話の内容はわからないものの、いずれ厄介事だろう。
羽立情務長は、眉をしかめた。
だから、
「大丈夫、なんですか?」
返事の第一声が、そんな質問となったのは、まぁ仕方ない。
なにしろ、副長がこれから話題にのぼすのであろう人間には前科が山盛りだ。
盗聴の心配をするのは当然だった。
「ええ。主計長に言って確認済みよ。――寝ているわ。回線にはスクランブラーもかける」
対する難波副長の返事がコレである。
自分がだした通話要求に省略形きわまる問いが返ってきたのだったが、予想の範疇だったようである。相手の言わんとするところをキチンと汲んだかたちの答であった。
羽立情務長は、頷いた。
なるほど、対象の動向、と言うか、念には念をで、生体情報を把握した上で、盗聴対策として閉回路に更に攪乱までかけるという事か。さすが副長、抜かりないわね、と感心する。
緊張感で満ち満ちた艦橋にあって、ひとり惰眠をむさぼっている者――それが誰かは言うまでもあるまい。
念のため、〈纏輪機〉画面に、ちらと目をはしらせてみれば、たしかに件の人物は、姿勢も正しく、前方をひたと凝視していた。
まるで彫像ででもあるかのように微動だにしない。
目を開けたままグッスリ熟睡しているようだった。
「それで?」
納得すると、〈纏輪機〉回線を一対一の秘話モードにしながら、ふたたび質問した――超・圧縮された構文で。
「うん」
今度は難波副長が頷く。
相手がコミュ障なのは承知しているから、向けられた問いの言葉遣いに関して殊更云々などしない。
端的に質問を向けてきた。
「情務長に確認をしたい。現状は、既定路線なのかしら?」
「――!!」
ズバリ言われて、羽立情務長は息をのむ。
知らず、身体が硬直していた。
「そうなのね……」
そして、自分の問いに対して言葉による返答はなくとも、情務長のしめした反応に、難波副長は答の如何を悟ったようである。肺の底から吐き出すような、深々とした息をもらすと、そう言った。
「私たちは、とんだ道化者だったというワケか……」
「申し訳……ありません」
羽立情務長は、唇を噛みしめ、頭をさげる事しかできない。
心を灼いてやまない屈辱感が、どうしようもなく火勢を増すのを感じていた。
「情務長が謝る必要はないわ。それで……、聞かせてもらえるかしら、あなたの分析を」
「……はい」
難波副長に促され、羽立情務長は、最前まで考えていたことの続きを口にしはじめた。
それが情務科長として、彼女に課せられた任務でもあったからである。
ともすれば乱れそうになる言葉をなんとか平静に保ちながら説明の言葉を紡いでいく。
が、
つかえつかえしつつも自分なりの推測、考察を開陳していくなかで、感情がマグマのようにグラグラと煮えたぎっていく心の動きまではどうしようもない。
(悔しい……!)
心の底からそう思っていた。
自負はあった。
当然だ。
努力したからこそ今の自分がある。
軍人という身分はともかくとして、課業や職場には愛着があった。
人付き合いが苦手な自分が、自分として勝ち取った居場所なのだ。
だからこそ、何より大切に思っている。
それなのに……、
そのいずれもを自ら貶めるような醜態をさらしてしまった。
自分が誰よりも優れているなどと自惚れたことなど一度もない。
しかし……、
上には上がいる。
その事をこの上ないかたちで思い知らされ、唇を噛みしめるしかない自分……。
悔しくて悔しくて、やりきれなくてたまらなかった。
〈あやせ〉が、無為無意味としか思えなかったナルフィールドの超・長期展張から解放された時、自分が真っ先に考えたのは、〈LEGIS〉の反応――星系入域審査の更なる厳格化であり、浪費されることとなるだろう待機時間の増加。そして、最悪、味方である筈の存在から攻撃をうけることだった。
(せめて……)
言葉を紡ぎながら、そう思う。
せめて、新たな未確認飛翔体が探知され、最終的には、それが字義通りの『敵』――〈USSR〉宇宙軍の機雷と判明した時点……、遅くとも、それが、こちらに接近する気配を見せ、直後に爆散した時点で気づけば、こうまで自分を情けなく思うことなどなかったろう。
わかった時には遅すぎた。
ナルフィールドは、その展張タイミングを思えば、敵味方識別が中途半端なグレー段階にとどまっている時点でわざと起動をされた。
攻撃(それには、後方の味方への通報もふくまれる)するとも、入域を許可するともつかない判断未決状態であれば、〈LEGIS〉は、当然、己が身体である機雷堰を不明艦の追跡にあてる筈であるからだ。
そして、そう考えれば、ナルフィールド展張直前に、空間リターダを起動したのも納得がいく。
要するに、それは、〈あやせ〉の道連れとして、同行する索敵機雷の数を無理矢理にでも増やすのが目的だったに違いない。
「そう理解できれば、あとは簡単でした」
羽立情務長は、言った。
情動面に、かなりな負荷を抱え込んでいるせいか、コミュ障にまでまわす余力がないとばかりに、常とは異なり言葉の吐出は流暢である。
「艦長が、そうまでして〈LEGIS〉を騙し、機雷堰をそれも複数、本艦の周囲にまとわりつかせようとしたのは、機雷堰の定置軌道の内側に『敵』の待ち伏せがあることを確信していたが故だった。襲いかかってくるだろう『敵』の邀撃をあらゆる意味において自艦の消耗を避け、しかし、確実におこなうために物理的なバリアー――自分たちの身代わりとして戦わせる機雷堰をここまで引っ張ってきたのだ、と」
絡まり合ったパズルの結ぼれが、スルスルほどけていくように、〈あやせ〉が置かれていた状況の不可解さが整理整頓され、理解可能となった――その結論について語ったのだった。
「無手勝流、というワケだ……」
一部始終を聞き終えた難波副長も深く息をつく。
明かされてみれば、村雨艦長がとった不可解な……、不可解でしかなかった一連の愚挙は、むしろ実にシャープで無駄のない戦術行動だったと理解ができた。
現に、今この時点にも艦橋内部では稲村船務長が新規不明目標の探知を告げる声。それに続いての、それらが撃破、爆散したとの告知。防御戦闘が無用と知った鳥飼砲雷長の不満の嘆きが、ひっきりなしに伝わってきている。
まるで事務処理仕事のように淡々と、自らは指一本うごかすことなく、脅威対象の排除がすすんでいるのだ。
十重二十重と実に分厚く索敵機雷にくるみこまれているのだから、その外部から〈あやせ〉に危害をくわえようというのは、まず不可能だろう。
演技か素かはわからない。
しかし、当の本人がグゥグゥ眠っているのであるから、これは村雨艦長にとって、既定路線なのに間違いなかった。
「うん!」
自分に気合いを入れるように一言いうと、難波副長は、パン! と手を鳴らした。
「情務長の推測については了解した。私もその想定に間違いないものと同意する。……これまでの経緯については、仕方がない。あまり気に病まないように。それで――」と、更に何かを言いかけた。
と、
そこに、通話割り込み要求のサインが灯る。
難波副長の方は、コンソール――〈纏輪機〉画面の上に、そして、羽立情務長の方は、八八式装着型情報投影端末機の仮想ディスプレイの片隅に。
呼び出し表示がチカチカと点滅していた。
通話を要求してきたのは、狩屋飛行長。
通話相手に選択されたのは、難波副長である。
「お話し中、申し訳ありませんっス」
副長が通話設定を変更し、秘話モードを解除すると、飛行長は、まず頭をさげて謝ってきた。
「構わないわ。それで、どうしたの?」
難波副長が問う。
通話対象を制限する秘話モードでの会話ではなかったものの、指名外であるから羽立情務長が退出しようとすると引き留められた。
「いや、ちょうどいいから情務長にも聞いてほしいんスけど」
難波副長、羽立情務長は、思わず顔を見合わせた。
「これを見てくださいっス」
狩屋飛行長が、そう言って、通話相手のふたりに転送してきたのは、数値の羅列――空間飛翔体のテレメトリ情報だった。
「これは、艦長がナルフィールドを展張する以前――減速噴射後、実施した艦位反転の際に放出したプローブ三基から送られてきた軌道変更の完了報告ッす」
狩屋飛行長の補足に、難波副長、羽立情務長ともに表情が険しいものとなる。
「動作記録は当たった?」
と、難波副長。
「はい。ナルフィールド解除後、本艦から変針指示が出されてました。修正軌道として、〈香浦〉近傍を航過するよう指定されているっス」
「〈香浦〉近傍にね……」
副長が呟く。
惑星〈香浦〉――それは、〈砂痒〉星系最外縁をめぐる惑星であると同時に、星系の主権領域境界を守備する防空部隊の根拠地でもある。
〈砂痒〉星系における〈あやせ〉の最初の目的地――偵察指定対象でもあった。
「それで、飛行長が問題視するのは?」
羽立情務長が質問をする。
「最接近時における〈香浦〉とプローブとの距離と、なにより三基の軌道」
同席こそ求めたものの、自分と上官との対話に割り込んできた事、そして、常とは異なり滑らかな相手の口調に、すこし驚きながら狩屋飛行長が答える。
「どういうこと?」
難波副長が首をかしげた。
「はい。〈香浦〉を航過しながらの観測が目的と考えるには高度が低すぎ、何より、わざわざ針路を調整させたのにもかかわらず、これら三基の相互距離が近すぎる――ほとんど同一針路の上にあるという二点に不審を感じるっス」
そう指摘され、難波副長、羽立情務長は、それぞれに自らの手許に送られてきたデータを見直してみる。
「確かに飛行長の言うとおりね」
「はい。これでは多方面、別角度からの観測はおこなえないっスし、航過間観測実行の継続時間もけして十分とはいえないと考えるっス」
観測効率を故意に低下させるような修正指示だと狩屋飛行長が見解を述べる。
「何かある、ということか……」
視線を〈纏輪機〉上の別の場所――身じろぎひとつ、瞬きひとつすることもなく、爆睡している少女にむけて難波副長が嘆息する。
「くそロリ婆ぁが、またぞろ良からぬことを企んでいるというワケですね」
ええ、と頷きながら、滑らかな口調を維持したまま、羽立情務長も同意した。




