88.〈砂痒〉星系外縁部―26『Trick Art of War―7』
「本艦前方に新たな赤外線反応複数を確認」
平板な、何かが欠落した口調で稲村船務長は言った。
「対象数は14。全対象のドップラーは『青』、全反応の規模は同一。すべて小型宇宙機主機噴射相当。熱紋分析は、〈EP-1〉同型機と判定。――以降、当該対象群を〈EP-8〉より〈EP-21〉までの符丁付けとし、呼称する」
コマンドスタッフたちはその声に反応し、それぞれがそれぞれの席、担任している職責に応じて動く――機械人形めいたぎこちなさで。
味方を、無害をよそおい、埋伏していた敵の機雷が仮死状態から覚め、凶暴なその正体もあらわに自艦に迫ってきつつある。
宇宙にあっては超・至近と言うべき距離で、しかも多数が。
が、
にもかかわらず〈あやせ〉艦橋内の雰囲気、コマンドスタッフたちの態度は、あまりに危機感の感じられないものだった。
いっそ、しらけていると言っても過言ではない生気の無さ。
事の重大さがわかっているのか怪しまれる危機意識の薄さ。
……仕方がなかった。
「本艦前方に新たな赤外線反応を検知。対象数14。全対象のドップラーは『赤』。全反応の規模は同一。すべて小型宇宙機主機噴射相当。熱紋分析完了。対象は、すべて大倭皇国連邦宇宙軍、八九式索敵機雷と判定」
稲村船務長が、すこしの時間経過の後、センサーが新たに捉えた探知結果をそう告げた。
そして、
「本艦前方に突発反応複数発生あるを検知。発生源は〈EP-8〉より〈EP-21〉予想伏在空域。当該すべての対象の赤外線反応に異常発生と認む。赤外線反応はすべて突発的に増大、後、観測されたる反応数値を現在急速に減衰させつつアリ」
更に時間の経過をみた後、つづけて為された観測結果告知もまた、先に艦橋内の誰もが耳にしたのとほとんど同一内容だったからである。
前回、前々回のそれの繰り返し。
これで都合三回目となる反復劇。
(『天丼』かよ……)
その場の誰もがそう思っていた。
お笑いの場における繰り返し芸。
戦闘なのに、自分たちの生死が関わっているのになんと滑稽な。
知らず、「く……ッ」と、おかしみの無い笑いがこぼれてしまう。
あまりに空虚で虚無的な状況であり、また推移。悪意すら感じる。
自分たちに都合の良すぎる偶然、幸運――天佑が続きすぎている。
まるで、『誰か』が劇の台本を書いていたかのように思える程だ。
十重二十重と索敵機雷群に重囲され、敵味方識別の認証を待った。
自業自得(?)とは言え、フネは累卵の危うきにある。死が近い。
だから、誰もが緊張していた。不安だった。祈り、未来を願った。
しかし、
だからといって、このような『現実の実現』を願ったのではない。
幸運――そうだとしても、あまりに幸運すぎる。ツキすぎている。
〈EP-1〉の時にはそもそも気付きもしていなかった。
〈|EP-2〉から〈EP-7〉《にかいめ》の時はワケがわからなかった。
だが、それも三回目ともなると、さすがにわかる。
『敵』の発見。
『味方』による邀撃。
双方の相打ちによる危険のクリア。
その一部始終を自分たちは安全な場所で繰り返し、ただ見物しているのだと。
幸運と考えるにも、あまりに幸運が過ぎる。
では、この筋書きの作者は誰か?
本当に偶然か、それとも、何者かの意思が?
それはわからなかった。
もし仮に、『何者か』の意思なるモノがはたらいていたのだとして、その『何者か』が『人間』だとは限らない。
つい先程のように思える半・幽冥界――ナルフィールドによって常空間から隔絶された場所、そして、何より繰り返し実行された遷移によって進入した裏宇宙。
『異界』における体験が、異常なまでの幸運を人間以外の存在がもたらしている可能性を絶対にない、荒唐無稽と否定させなかった。
だから、
その事についてはそこまでだった。
疑念を追求しようとしたら、それだけで手一杯になってしまう。
そんな余裕――贅沢に、有限なリソースを割くなど許されない。
これまでは安全だった。
しかし、次もそうである保証は無い。
故に、
その事について推理を試みかけた人間も、今はその時ではないと自らを戒め、目の前の事態に対処するべく、あえて意識をそのことから逸らした。優先順位を振り分けた。
すべては現在直面している状況をクリアしてから――そう考えたのだ。
若干名を例外として。
「〈LEGIS〉……」
羽立情務長は呟いた。
〈纏輪機〉の集音装置がひろいきれない程の音量。
空気をほとんど揺らすこともなかったそれは、呟きと言うよりささやき……、いや、単に唇がそのかたちに沿って動いただけだったのかも知れない。
とまれ、
(そうか。そういう絡繰りだったのか……)
もはや表情筋が死滅しているとしか言いようのないほどの無表情。
現在、そして将来における健康状態を懸念させる血の気のない肌。
吃音、くわえてコミュ障からくるのだろう、発信力の極端な弱さ。
――それら要素が相まって、羽立情務長の異変に誰も気付かない。
羽立情務長は号泣していた。
羽立情務長は激怒していた。
そして、
羽立情務長は絶望していた。
もう何度となく、
(してやられた……!)
その一言を心の内で繰り返していたのだった。
(一体いつ、いつの時点で……!? どうして気がつかなかった……!?)
そんな悔恨の念が胸中を支配し、轟々と渦を巻いている。
『おおおそ、らくは、わ、わわたしたちの『前』に〈砂痒〉星系へ侵入した『敵』が、ざ残置し、た機雷だと思う。目的は、わ、わたしたちのような、ここ、の状況を調査に来た艦艇をこ、攻撃すること。そそ、れによって、我が国、我が軍、の対応行動を遅らせ、かか攪乱をはかること。い、まの爆発は、〈あやせ〉、に敵対行動をと、ろうとした敵の機雷を味方のき機雷が邀撃した結果、生じた――わ、わたしは、そう考える』
つい今し方、他ならぬ自分自身が発したセリフがよみがえり、恥辱と自責――双方の思いに心を炙られて、人目もかまわず、「あぁ……!」と身悶えしたくなる。
出来うる限り身を縮こまらせるだけではまだ足りない。いっそ消えてしまいたいとさえ思っていたのだ。
つづく思いは、
『そこまでわかっていながら、どうして!?』――それだ。
〈USSR〉宇宙軍の制式機雷、mk.26。
そうと判明した敵性飛翔体は、仮想敵国……、もはや『仮想』の接頭辞をはずして構うまい彼の国の宇宙軍が、開発、装備し、使用している自律型対艦兵器だった。
存在が確認されている先行モデルの同種兵器、mk.25の縮小版であり、実際、それを搭載運用しているのは軽巡、駆逐艦といった小型の戦闘航宙艦である。
つまり、
(つまり、もっと大型の戦闘航宙艦を護衛していた艦艇群がバラ撒いていった――そう考えられる。事実上、〈砂痒〉星系に対する〈USSR〉宇宙軍の侵攻が、この事実によって確認されたと判断すべき)
そういう事になる。
小型の戦闘航宙艦のみが艦隊を組み、長駆、星間空間を超えて侵攻してくる事などありえない。だから、〈あやせ〉のセンサーが捉えた機雷は、大型の主力艦――たぶんは戦艦の護衛任務にあたっている艦艇群が定置機雷堰を突破した後、置き土産に撒布していったものであるに違いない。
敵機雷と判定された最初の熱源につづく熱源体が、ことごとく最初のそれ――〈EP-1〉と同型の機雷と判定されたことも、この推論を裏付けている。
それら〈USSR〉宇宙軍の機雷は、今まで虚空の闇黒のなか、推進装置はもちろん、内部の電子装置類もその動作を可能な限りカットし、外部への熱放射を極限まで抑えて無害な空間漂遊物に擬態していた。
獲物が付近を通り掛かるのを機械ならではの辛抱強さで、ひたすらジッと待っていたのだ。
そして、
星系最外縁を護る定置機雷堰の入域審査をクリアし、だから、ほんの少しであれホッと安堵し、気が抜けているだろう大倭皇国連邦宇宙軍の航宙船に対して奇襲をかける。
群をなして襲いかかり、それを撃破するべく待ち構えていたものと推測できる。
〈砂痒〉星系は、大倭皇国連邦の最東端の地。
すなわち、その更に東側からやって来るのはほぼ他国のフネと考えて間違いない。
にもかかわらず、念には念とばかりに、このような罠をはっていた。
事後、状況が一段落し、態勢を立て直そうとする皇国側に更なるダメージ――たとえば、掃界作業のあらゆる意味での妨害や、皇国が〈USSR〉に対して直接的な反撃を企てた場合、その実行が遅滞せざるを得ないようなダメージを与えんことを期待して。
それは、どこまでも『勝つ』ことに拘泥した、一種、偏執的なやり口である。
もしも自分が『敵』侵攻艦隊の指揮官であってもそうしただろうが、それはともかく、
だからこそ、
(そこまでわかっていながら私は……!)
どうして気づかなかった!?――と、羽立情務長は自分自身をなじるのだ。
自分自身の不甲斐なさに、怒りと、それから絶望を感じていたのだった。
これまで彼女は、自分のことをそれなりにデキる軍人だと自負していた。
じっさい、能力の無い人間が士官であり、実戦部隊の、それも科長になれる筈がないのだから、決してそれは驕りなどではないだろう。
特に、彼女が所属している情務科は、大倭皇国連邦宇宙軍において立ち位置が特殊な兵科であったから、二重の意味でそう言えた。
何故なら、
移動はともかく、通信については未だ光の速さを超える手段がないというのが〈ホロカ=ウェル〉銀河系諸世界の現状である。そこに割拠する国々のいずれにおいても、恒星系を跨いでの情報の伝播に、安全性、確実性、迅速性を確保し、維持し続けることは、ある意味、国家としての死命を制する命題であった。
大倭皇国連邦宇宙軍において、そうした至上の命題を技術的な限界からくる現状と擦り合わせた上で、それを満足させるべく設立され、運営されているのが、すなわち情務科なのである。
その将兵が、無能などということは、およそありえず、考えられもしないことだった。
しかし、
局面がここに至り、羽立情務長は、否応なしに自覚せざるを得なかった。
自分を含め、このフネに乗り組む誰よりも早い時点で現在のこの状況――自艦を待ち受けている陥穽を予測し、その対策までたてた人間がいること。
『敵』の仕掛けた罠を逆手にとった人間がいることに。
事前に何らかの情報を得ていたのか、それとも論理、経験等から為した推断か、あるいは単なるマグレ当たりだったのか。
いずれであるかはわからないものの、結果はこうだ。
羽立情務長は、爪の先が掌の皮膚を傷つけ、血が滲むくらいに強く両の拳を握りしめる。
その人物は、『敵』が艦隊戦力をもって〈砂痒〉星系最外縁――機雷堰を突破侵入したと想定するや、自艦の入域審査手続き開始の時点でアクションをおこした。
前方に展開している機雷堰が複数と判明すると、当該の機雷堰群――それらを統制している戦闘プログラムの動作設定、その条件付けと限界とを看破。
取り分け、それらが戦術行動要素として、『味方』同士の連携を実装されていないと見抜いて、その隙を突いた。
(そのために実行されたのは二点。――減速噴射の実行にまぎれてコッソリ展張された空間制動と、そして何より、非在場の使用……)
羽立情務長は、艦内の乗員すべてを唖然とさせた愚挙のことを思い出す。
あの時は、何が何だかわからなかった。
あまりに突飛。あまりに非常識で、無意味をはるかに通り越し、ただただ自艦の状況をみずから危うくする、あるまじき所業だとしか思えなかった。
そうすべき、合理的な理由がまったく思いつかなかったのだ。
だから、
そんな愚かな真似をしでかした理由というのが、ただただ己の欲求を満たさんと――お菓子をたらふく食べたかっただけと知れた時には、正直、殺意さえおぼえたものだった。
それは、なにも羽立情務長に限ったはなしではなく、難波副長をはじめのコマンドスタッフたちの間で共通していたようだ。
ナルフィールドに閉じ込められた二日の間に、件の人物の評価が地の底ふかくにまで堕ちた――コマンドスタッフたちの間で囁かれていた、『あの人には、なにか秘めた思惑があるのでは……』といった期待が一気に霧散してしまった事からも、それは確かなことだった。
(なのに……)
と、思考が堂々巡りしそうになった時、羽立情務長は、彼女の視界――八八式装着型情報投影端末機の仮想ディスプレイの片隅で、呼び出し表示がチカチカ点滅を繰り返しているのに気がついた。




