87.〈砂痒〉星系外縁部―25『Trick Art of War―6』
「本艦前方に新たな赤外線反応複数を確認!」
鋭く、切りつけるような口調で稲村船務長は言った。
「対象数は6! 全対象のドップラーは『青』! 全反応の規模は同一! すべて小型宇宙機主機噴射相当! 熱紋分析は、〈EP-1〉同型機と判定!――以降、当該対象群を〈EP-2〉より〈EP-7〉までの符丁付けとし、呼称する!」
コマンドスタッフたちの誰しもが反射的に目をやった〈あやせ〉センサー画面の中に、ぽぅと灯った新たな輝点群に関し、そう告げた。
「――!!」
つい今し方おこった爆発――その原因も理由も、十分な理解、把握をしえない状態での更なる変事。
混乱とまではいかない。しかし、抑えきれない当惑を胸に、それでもコマンドスタッフたちは行動を開始する。
自艦近傍に敵性飛翔物体が、唐突に複数あらわれた。
ならば、それに即した行動をとらなければならない。
当然のことだ。
宇宙における空間戦闘は、寸秒をあらそうということはない。
探知から触接に至るまでに、それ相応の時間を要するからだ。
しかし、一旦、触接段階に達すれば、以降の展開は急となる。
ほとんどの場合、大相対速度、軌道要素は反航戦となる為だ。
パラメータの把握に追われ、須臾の間に状況は推移していく。
熟慮の時間は失われ、言うなら即興的に事は進んでいくのだ。
膨大な流れ作業に追いまくられる感じ。
遅滞、逡巡、熟考――いずれもが不可。
兵は拙速を尊ぶ――そういう事である。
舌打ち、罵声、独語、それから呻き声。
音量はさほどでもない。しかし、艦橋内部は、にわかに騒然とした雰囲気につつまれた。
そして、
そうした慌ただしい動きの筆頭となるのは、当然、鳥飼砲雷長――自艦防御戦闘の事実上の責任者である。
「船務長! mk.26の諸元をこっちに寄越しておくンない!」
視線を戦術ディスプレイに固定したまま要請をとばした。
自艦針路の前方で生じた熱反応――正体不明の小型宇宙機について、一応の識別結果を得たことで、その詳細を頭の中に叩き込んでおく。
適切な対応をおこなうためには必要な手順だ。
とは言え、それを求めるべき相手が(厳密にいえば)間違ってもいる。
役割分担からすれば、その詳細情報は、船務長ではなく情務長に求めるべきものであったからである。
それが単なる勘違いだったのか、それとも稲村船務長が重度の航宙船オタクであるが故――答が返ってくるまでの時間短縮を見込んだ効率重視な指名だったのかは不明だが、
とまれ、
そんな、ご愛敬めいた脱線に、それを耳にしていた者たちから緊張感が若干であれ抜け、空気がやわらいだのは事実ではあった。
実際、砲雷長にならって自艦操艦を任とする埴生航法長、大庭機関長のふたりも当該情報を手許に取り寄せ、精査にとりかかったが、その頬が、わずかにではあるがゆるんでいる。
「機関長、主機、咄嗟加速対応準備は?」
埴生航法長が言った。
結局、起こらないかも知れない。
起こらないに越したことはない。
しかし、危急の際には回避運動をおこなう必要がある――瞬時に、かつ、俊敏に。
軌道の算出自体は航法長の仕事だが、そもそも機関の側が準備できてなければ意味がない。
「いつでもどうぞ。主機、全スラスタはすべて即時噴射待機状態にアリ」
打てば響く感じで大庭機関長が応じる。
〈砂痒〉星系に至るまでの航路――工夫をこらし、高速化をはかった遷移実行の際もそうだったが、この二人、相性がいいのか、ツーカーレベルで関係性が良好である。
「飛行長、バリアーコントロール、頼んでいいっスか?」
「まかせろ!」
鳥飼砲雷長、狩屋飛行長、双方共にマニッシュなスタイルを好むという嗜好が共通しているからか気が合うようで、こちらもコンビを組むのに不安はなかった。
「れ〈LEGIS〉き機雷堰な内通信状況概観にへへ変化ナシ。か各きき機雷配置の変、更要求等指令文はか確認できず。あアクションオーダーはげ現状い維、持のままと思われる」
羽立情務長が、いつも通り(つっかえながら、ではあるが)淡々とした口調で最新の周辺状況を報告し、
後藤主計長が、
「艦内環境に変化ナシ。艦体、乗員ともに異常ありません」
と言って、すべての準備がととのった、その確認作業が完了した――筈だった。
「本艦前方に新たな赤外線反応を検知! 対象数6! 全対象のドップラーは『赤』! 全反応の規模は同一! すべて小型宇宙機主機噴射相当! 熱紋分析完了。対象は、すべて大倭皇国連邦宇宙軍、八九式索敵機雷と判定……って、エッ?」
稲村船務長が連続して捉えられた熱反応があることを報告し、それら新規対象物体の分析結果を口にした――その途中からおかしくなったのだ。
現在〈あやせ〉をスッポリ取り囲んでいる機雷群のうち、進路前方にあって先行するかたちで同航していた味方機雷の一部が突如としてその位置関係をくずし、更に前へと飛び出していったというのである。
しかも、その数、六。
こちらを目がけて接近しつつある敵の機雷と同数だ。
という事はつまり……?
〈LEGIS〉の判断は……?
艦橋内の要員たちが、そうして首をひねったのは、さして長い時間でもなかった。
「本艦前方に突発反応複数発生あるを検知。発生源は〈EP-2〉より〈EP-7〉予想伏在空域。当該すべての対象の赤外線反応に異常発生と認む。赤外線反応はすべて突発的に増大、後、観測されたる反応数値を現在急速に減衰させつつアリ」
間を置かず、稲村船務長が続けてそう告知してきたからだ。
「〈LEGIS〉が敵の機雷を邀撃、撃破した……?」
なかば呆然とした口調でつぶやいたのは、誰だったろうか……。
観測された赤外線の反応、その変化の有様は、先の〈EP-1〉とおなじ経緯をたどった。
であれば、実際におこった事象も〈EP-1〉と同一の筈。
つまり、
〈EP-2〉から〈EP-7〉――現在、こちらに向けて接近中であった敵機雷群は、〈LEGIS〉がくだした指示により、飛翔していった敵と同数の機雷によって撃破されたと見るのが妥当。
そして、
してみると、先の〈EP-1〉もまた、今と同様、〈LEGIS〉によって撃破されたのに違いない。
〈EP-1〉についてそれが明確でなかったのは、その出現と接近がほぼ不意打ちな、突然すぎるものであった事。
油断、迂闊と言えば、それは酷に過ぎるかもしれない。しかし、大量の味方機雷群に包囲されているという状況に人間がとらわれすぎてしまっていたのは事実で、それ故、虚を突かれたというのが一点。
それから、おそらくは激突した『敵』と『味方』――mk.26と八九式索敵機雷相互の距離が至近であって、敵機雷の起動に対し、味方機雷の反応が文字通り間髪入れない同時進行的なものであったろう事がもう一点としてあげられよう。
観測情報を精密分析まで実行していれば違ったかもしれない。
だが、それはなされず、探知情報はエンハンス処理等のほどこされない生の状態のままで供された。
結果、観測情報は、センサーの分解能――機械の性能を上限とする不十分なレベルにとどまってしまった。
邀撃にあたった八九式索敵機雷の主機噴射――赤外線放射は、先のmk.26のそれと重なり、呑まれ、ダブってしまって、結果、見落とされることとなったのだ。
人間、そして機械――双方ともに完全ではないからこそ起きたミス、とまではいかないものの、手抜かり。
それは、機械的……、いや、いっそ物理的制約からくる限界ゆえのことでもあった。
つまり、
宇宙を舞台として戦われる空間戦闘は、ほとんどの場合、戦場が広大に過ぎて能動的な探知手段は、特に交戦初期の段階においては役に立たない。
敵情獲得手段として自艦より虚空に投射される探査波――その光速限界がため、探査波の反射をひろって探知行為を完遂させるアクティブセンサーでは、有意な時間内での探知が難しく、また、その精度も厳密さを欠くからだ。
港湾、造修施設等の空間施設ならまだしも、機動性はもとより、速度発揮も大なる宇宙機――対手が互いに戦闘航宙艦である場合、その傾向はより著しいものとなる。
みずからの存在、情報は秘匿しつつ、敵の動向については把握したい――干戈を交える者同士、思惑はおなじであるからだ。
かくして空間戦闘の対敵探査とは受動探知にほぼ限られる。
とりわけ交戦初期段階における敵情把握は、夜空に星を観測するのと同様の、パッシブな手段によるものが主となる――ならざるを得ないわけだった。
現状、〈あやせ〉が直面している状況も、対手こそ戦闘航宙艦ではないものの、これとさして変わらない。
いや、相手が機雷――無人の宇宙機であるから、必然的にそれは小型で、かつ、能動的な行動をおこすまでは外部へ漏らす熱量も極微量。加えて、艦体寸度がほぼ二〇〇〇メートル内外、艦種によってはそれ以上にもなる戦闘航宙艦と、数十から百メートル程度の機雷とでは探知の難易度からして違う。
大きなモノと小さなモノ――遠目にどちらの方が見つけやすく、逆に見つけにくいか、そういうことだ。
空間戦闘における機雷は確率兵器である。
端的に言うなら大型の対艦誘導弾に他ならない。
かつてあった海の軍事組織同士の、その戦闘において使用された機雷は、水圏――膨大な量の水の奥底に隠れ、外部からの発見が困難であることを武器とするものであったが、宇宙には隠れる場所など無いからだ。
したがって、水圏にての阻塞兵器と異なり、宇宙でもちいられる機雷は飛翔する。
艦載された対艦誘導弾とちがうのは、艦載のそれが射出時の初速は母艦の電磁カタパルトによって与えられ、自機に組み込まれてあるロケットは、目標への最終加速時にしか使わないのに対し、機雷の方は移動の最初期から自前のロケットをもちいて飛翔する点だ。
そうして、自らに備わったセンサーによって捉えた標的めがけて加速。内蔵している電子脳が最適と判断したタイミングでもって自爆する。
弾頭部――標的に損害をあたえるべく装填されてあるのは、固体化された反水素。反物質であり、それに接触した等量の常物質と一〇〇パーセントのエネルギー変換効率でもって対消滅反応――大爆発をおこす。
もちろん、標的を完全に撃破してしまうのが兵器の理想ではあろう。しかし、損傷をあたえた程度であっても、敵艦の戦闘力は減殺し、その戦闘、もしくは以降の戦闘において敵軍組織そのものにまでも負の影響をおよぼす可能性は期待できる。
古来より陸戦において言われる、『敵兵は殺してしまえばそれまでだが、負傷させることができれば最低でも三人の救護者が必要となる』が空間戦闘においても適用できるはずであるからだ。
故に、機雷は標的への直撃をねらう必要はなく、むしろ爆散する弾頭の破片――猛速、かつ広範囲に拡散しながら敵艦を押し包み破壊する、確率兵器として製造、運用されているワケだった。(もっともこれは艦載誘導弾の方も同様なのではあったが)
つまり、
〈EP-1〉にはじまる敵の攻撃に、後手にまわりはしたものの、〈あやせ〉の側も対応行動をとりはじめていた。
敵機雷の針路予測はもちろんだが、当該機雷が爆散した際、撒き散らされる弾片群の空間密度――経時変化を加味した上での危害範囲をザッと弾きだし、互いの軌道が交叉する予想襲来時刻を算出、自艦におよぼす脅威の度合いを把握しておく。
そして、それへの対抗手段を選択し、準備を整え、体勢を完成させようとしていたのだ。
が、
それがまったくの無駄。
空振りであり、無為であり、不必要ですらあった――そうとわかる……、自覚せざるを得ない状況にあったと気付かされた。
「なんじゃ、こりゃあ!?」
鳥飼砲雷長が喚く。
まったく、その通りなのではあった。




