86.〈砂痒〉星系外縁部―24『Trick Art of War―5』
「本艦前方に赤外線反応! ドップラーは『青』! 規模は小型宇宙機主機噴射に相当! 熱紋、現在精査中なれど、味方登録データに該当ナシ!」
ふいに目付きを険しくすると、身を乗り出すようにして稲村船務長はそう叫んだ。
「航法長! 本艦、即時旋回頭! 艦位反転、正位置と為せ!」
間髪入れず、難波副長が指示を飛ばす。
ただちに艦をクルリと反転――一八〇度回転させて艦首を前に向けろと命令した。
現在〈あやせ〉は、ナルフィールドを展張する以前――〈LEGIS〉との間で本格的に入域審査手続きを開始しようとしていた時点と変わることなく、進行方向に艦尾を向けたままでいた。
審査の処理を円滑にすすめるため、併せて星系内を航行するには大きすぎる船足を減ずる為おこなった機動の、それは結果だったが、今となっては状況にそぐうものではなくなっている。
反動推進式という艦の基本構造上、センサー類は艦首を中心に装備をされており、外部状況を精確に把握することが、現状のままでは難しいからだ。
(通信については問題なかった。アンテナ類の装備箇所が艦首部に集注している事実は同じだが、現時点での交信相手たる〈LEGIS〉――索敵機雷群が、〈あやせ〉をすっぽり囲繞する格好となっているため、支障の生じようがなくなっている。せいぜい通信回路構築の補強手段にと放出していたプローブ数基が、単なる無駄遣いになってしまった事が勿体ないと言えば勿体ない程度だ)
とまれ、
「アイアイ・マム」
打てば響く感じで埴生航法長が答え、ことさら言葉にされる事はなくとも、それに連動するかたちで大庭機関長が動きはじめる。
直接に指示こそ受けてはないが、稲村船務長も再び通信装置へ向き合っていた。
いらざる事故――同士討ちの危険を防ぐため、〈LEGIS〉に艦位変更機動をおこなうことをあらかじめ達しておくためである。
そうして、以心伝心的にコマンドスタッフたちが動き、心の裡では誰もが固唾を呑んで状況の推移を注視するなか、
「〈LEGIS〉からの艦位変更機動の申請に対する許可信号を受信。おなじく、本艦至近へ〈ストーカー〉複数基を配置する旨、通達あり」
稲村船務長は、そう言ったのだった。
艦橋内に、すこし、ホッと安堵の空気がただよう。
なにしろ、〈あやせ〉/〈LEGIS〉間の通信および、当の〈LEGIS〉内部における情報処理に時間がかかり、申請に対する諾否応答程度でさえも、相応の遅延を見込んでおかなければならない。
そして、こういう局面でただ待つしかないというのは、けっこう心理的にクるもの――ストレスやプレッシャーに、ひたすら耐え続けるより他なくて、なかなか辛いものなのだ。
「こっちが不審な動きをしないよう、見張り兼、自爆装置をつけてきやがったか。ま、妥当といえば妥当だがよ……」
為か非ずか、鳥飼砲雷長がボソボソと毒づく。
たとえ僅かの間、仮初めであっても安心を得られた反動で、思わず悪態をついたという事なのだろうか……。いずれしにしても、口にした推測自体は的を射たものである。
〈あやせ〉が進行方向に対し前を向く――機動の自由度が増すということは、〈LEGIS〉にとっては、いまだ敵味方不明艦であるところの戦闘航宙艦が、何かをしでかす危険度が増すのと同義であるからだ。
なにしろ、入域審査の途中でナルフィールドの展張などと意味不明な挙にでた相手だ、用心するに如くはない。撃鉄を起こした状態の銃をつきつけておくくらいの保険はかけておくべき――〈LEGIS〉の通達は、そういう意味も併せ持っているのだった。
〈あやせ〉入域審査のもたつき具合と較べ、対応や決断が早かったのも、要するに〈LEGIS〉にとって、それは警戒・排除準備行動の継続にすぎず、本来の任務には影響を及ぼすことがないから即断できただけのはなしに過ぎない。
もちろん、〈あやせ〉のコマンドスタッフたちも、そうした含みには気づいている。
が、
それにしたところで、問答無用! いきなりズドン! とはやられなかった――まだハッキリと敵認定されているワケではないのだと知れて、とりあえずだが、一息ついたのだ。
やがて、
艦内全域に加速度警報が鳴り響き、〈あやせ〉の艦体がゆっくりと回転をはじめる。
急いで――しかし、急ぎすぎることなく、どこまでも不審の念を見る者に抱かせないことに注力した機動。
埴生航法長、大庭機関長コンビの手になる一種、芸術的な、滑らかな機動だ。
慣性中和装置の働きがあると言っても、ほとんどGを感じさせないのは非凡である。
「本艦、旋回頭完了まで、あと一八〇」
埴生航法長が、その終了までの時間を告知する。
「姿勢制御スラスタを全閉止へ。主機は現在、予備暖機状態にアリ。咄嗟加速移行に要する時間は、四〇と推定」
「バリアー発生装置、動作は正常。現在、出力50パーセントにて稼働は安定。全対空兵装は即時発砲可能状態にアリ」
次いで、大庭機関長、鳥飼砲雷長が、それぞれ管掌している業務の現状についてを口にした。
機関長は、いざという時に備えて主機の全力噴射をおこなうのに要する準備時間を、
砲雷長は、同じく戦闘状態となった場合の自艦の受動防御と能動防御の準備状況を、
それぞれが報告したのだった。
そして、〈あやせ〉の艦位が変わりつつある――周辺状況の情報収集量が増加し、精度があがりつつある状況下で、ふたたび稲村船務長が、
「本艦前方の不明目標は、依然、加速中。ドップラーは『青』儘。熱紋分析、なおも精査中なれど、他国宇宙機登録データ内に近似機種を確認。近似機種は、〈USSR〉宇宙軍制式機雷、mk.26。よって、現刻より当該目標を〈敵性飛翔体-1〉と呼称――」と言いかけた時、
Biiii! Biiii! Bii……!
変事を告げる警鳴音が、艦橋内部に鋭く鳴り響いた。
自艦外部の状況に、突然の変化が生じたという警告。
好ましからざる事態が追加された事実の通報だった。
コマンドスタッフたちが、揃って身体をビクッと痙攣させる。
反射的、ほぼ無意識に視線が惑い、〈纏輪機〉画面上に互いが互いの顔を見合わせていた。
機雷堰による重囲、不明目標の探知にくわえ、不測の事態まで生起するのは、正直、勘弁してほしい――誰しもの顔に、そんな思いが透けて見えている。
そこに、
「本艦前方に突発反応発生あるを検知。発生源は〈EP-1〉推定伏在空域。当該対象の赤外線反応に異常発生と認む。赤外線反応、突発的に増大、後、反応数値は急速に減衰しつつアリ」
稲村船務長が、言葉をかぶせる格好で、警鳴音により指し示された事象についてを告知してきた。
その語調の冷静さに感化されてか、艦橋内部の空気が変わる。
ざわめきかけたコマンドスタッフ達の心が凪いでしずまった。
浮き足立ちかけていた場の雰囲気が、ほぼ瞬時に常態へ還る。
艦橋内部は、落ち着きを取り戻した。
たった今、もたらされた情報をもとに、誰もが対応行動にとりかかったのだった。
(ふぅ……)
そうした変化を間接的に肌で感じとりながら、稲村船務長は、心の内で汗を拭っている。
外面は、いかにも泰然としていたものの、実のところ、コマンドスタッフたちのなかで一番ホッとしているのは彼女であった。
今の警鳴音が、絶妙(?)すぎるタイミングで発報されたもの――突然、背後、間近からどやしつけられたような不意討ちだった事実は、彼女にとっても変わらない。
にもかかわらず、他の面子のように、硬直したり、狼狽しかけたりがなかったのは、
(指揮序列の第三位……、いや、実質、第二位なんだものね、私)
溜め息まじり、苦い思いまじりに自覚する、そういう理由からである。
立場的に、同僚たちと横一列ではなく、一歩その前を歩く気構えを示さなければならなかったのだ。
まぁ、仮に、状況が悪化したとて、自分が対応するまでもなく、きっと、副長が何とかしたに違いない――正直な内心を明かせば、そう思っていたりはするのだが。
序列第一の人間でなく、序列第二位の人間が、だ。
およそ普通のフネであれば、考えられない事ではあった。
が、
それ程までに、〈あやせ〉の現状はひどいものなのだった。
指揮系統上、最上位に君臨している人間が、まるであてにならない……どころか、逆に足を引っ張りまくっている。
それを糊塗し、カバーし、フォローしなければならない人間の苦労は、冗談抜きで甚大で、必然的に、いま以上、これ以上の負担をかけるワケにはいかなかったのだ。
(ホント、困ったものだわ……)
稲村船務長は、溜め息をつく。
(それに、皆が落ち着いてくれたのはいいけど、艦外状況の方は質、量ともに、まだまだ満足できるレベルの情報確保ができてないのが現実だし)
戦術ディスプレイに目をやりながら、そう思った。
目標物が極めてちいさい、かつ、距離が離れすぎているため、依然として〈EP-1〉正体の厳密な割り出しはもちろん、速度その他の諸元を把握できていない。
精測不能であったから、対象を『敵』と定めたのにもかかわらず、それにまつわる事象については曖昧なことしか口にできない状態だ。
したがって、現時点で、そうと断定的に判断可能なことは唯ひとつ、センサーが捉えた観測対象の赤外線放出量の変化を根拠としての突発反応の性質――それのみに限られている。
瞬間的な赤外線反応の増大――その熱量と要した時間。そして、反応がピークに達した後の急速な減衰。
その推移をたとえば折線グラフ上にプロットするなら、それは極度に鋭利な山形――変化の頂点をナイフの鋒にも似た形状としてもつ数値変動となるだろう。
つまりは、航宙船、宇宙機の主機運転等からみられる通常の熱反応ではない。
観測された熱量からして、集束兵器、投射兵器等をもちいた攻撃などにも該当しない。
となれば、残された可能性のうち、もっとも妥当と思えるものは一つ。
赤外線の突発変異――平易に言い換るならそれは、爆発に他なるまい。
ドップラー(反応)が『青』――すなわち、〈あやせ〉に向かって接近中だった対象が、途中で爆発四散した。
そうであるのに違いないと考えられるのである。
「おおおそ、らくは――」
羽立情務長が口をひらいた。
「おおおそ、らくは、わ、わわたしたちの『前』に〈砂痒〉星系へ侵入した『敵』が、ざ残置し、た機雷だと思う。目的は、わ、わたしたちのような、ここ、の状況を調査に来た艦艇をこ、攻撃すること。そそ、れによって、我が国、我が軍、の対応行動を遅らせ、かか攪乱をはかること。い、まの爆発は、〈あやせ〉、に敵対行動をと、ろうとした敵の機雷を味方のき機雷が邀撃した結果、生じた――わ、わたしは、そう考える」
たどたどしい口調で、しかし、これまでに把握しているデータから、想定しうる状況を提示した。
そして、
「わ、わたしの推測ど、おりなら、こ、これで終わ、りじゃない。つ次が、あるは――」ずと、なおも言いかけるところに、またもや警鳴音が響きわたったのだ。




