84.〈砂痒〉星系外縁部―22『Trick Art of War―3』
「現在、わたしたちが相対している機雷堰――なかんずく、その自律型指揮統制システム〈LEGIS〉の弱点は、詰まるところ、それがネットワークに依拠したOSであり、それによって統制を受ける機雷堰が、まったく同一型式の索敵機雷で形成されている二点に尽きると自分は考えます」
稲村船務長は言った。
難波副長に促され、話す相手を羽立情務長に限定するのではなく、艦橋に位置するコマンドスタッフたち全員とするよう言われて、自分の推論を開陳していた。
他のコマンドスタッフたちは、自分が担任している業務に支障をきたさない範囲でそれに耳をかたむけている。
「本艦が機雷堰と接触してからこの方、入域審査にこれまで経験した事もないほど時間を要しているのもその為と言ってかまわないでしょう」
「……それは、〈LEGIS〉が動作する環境として、機雷堰の構成要素たる索敵機雷を自分の演算素子に使用するから、ということ?」と、大庭機関長。
稲村船務長は首肯した。
「ええ、その通り。群体構造型として設計された〈LEGIS〉は、自らの演算回路を構成する素子――索敵機雷間の距離が離れれば離れるほど情報伝達に時間を必要とするようになり、必然的に処理速度が低下してしまう不利を免れ得ない。これは開発当初から問題視されていた点のようだけど、どうやら未だに有効な解決法を得るには至ってないようね。残念ながら」と溜め息をつく。
「……ンな欠陥品をなんで中期防の要に据えたんだかなぁ、迷惑な」
鳥飼砲雷長。
「たぶん予算面からの要求でしょうね。宇宙軍全体のリソース配分を考えた結果、そうせざるを得なかったんでしょう」
吐き捨てるような彼女の物言いに、稲村船務長は、肩をすくめてみせた。
「〈LEGIS〉を採用することによって可能となる人的要素の削減。そして、それに伴う関連資源の再配置――従来方式の防衛システムと較べれば、予算配分における自由度の再獲得は、軍官僚たちにとって何より魅力的だった筈だもの」
指折り数えるようにしながら、そう言った。
人件費、それに戦闘航宙艦をはじめの正面装備の拡充、また整備。そして、もちろん、そうした兵備を支える港湾造修設備をはじめの後方支援の一切合切。――何をするにも、とにかく先立つものは、予算、予算、予算の世の中なのだ。
だから、
家計をあずかる主婦/主夫同様、宇宙軍は他の省庁と、軍内部においては他部署の身内や同僚たちと――限られてある予算をめぐって獲得合戦が繰りひろげられる事となる。
使用可能な限りの伝手、コネ、風聞、それから、もちろん、書類を武器の暗闘は、時に人死にさえ出かねぬ熾烈さで、およそ官僚組織ができてこの方、一時たりとも絶えた事などないのであった。
「……でもよ、こうして、いちいち入域審査に手間取るようなら塵積も式に、トータルな経済的損失は、バカにならなくなるんじゃねぇの?」
砲雷長が食い下がる。
「う~~ん。確かにそれは否定できないけれど、でも、今のわたしたちのような事例は、本当に例外中の例外よ? だって、〈LEGIS〉は、回路素子として扱う索敵機雷の連結数が増せば増すほど総体としての能力が向上していく構造だから、対応すべき事項の数が増えても問題ない。状況対処にあたり、量的な側面は問題ないの。不得手であるのは、あくまで単位時間あたりの情報処理量を大きくする事――対応行動算出にかかる所用時間の短縮であって、それすら機雷堰という兵備の性格上、問題ナシと判断された。敢えて黙認されたと思しき形跡がみとめられるのよ。別に収賄絡みの不正とか、事務処理上のミスとかじゃあなくってね。つまり、艦政本部にせよ軍令部にせよ、宇宙軍の上層部は、〈LEGIS〉の弱点を承知しつつも、それを致命的な欠陥だとは見なしていないという事になる。何故なら――」
そこで稲村船務長は、ちらりと視線を〈纏輪機〉上で横にながした。
目が向けられた先は、現在、艦橋内部にあって、唯一、退屈そうに座席の上でぐんにゃりしている人物である。
「何故なら、星系へ進入しようとする航宙船と機雷堰――〈LEGIS〉が接触して審査が開始されるのは、本来、もっと互いの距離が隔たっていて、時間的にも十二分な余裕が確保されてる時点の筈だから」
ナルフィールドの使用によって、審査処理にあてられる筈の距離と時間を自ら削ってしまった〈あやせ〉の場合とは違う――そう言った。
自分たちの苦境は、どこまでいっても例外であって、そうなったのは自艦の長のやらかしの結果だと断罪……、もとい、結論づけたのだ。
その結果、
「チッ! くそロ……」リめ、まったくロクな事をしやがらねぇ! と鳥飼砲雷長(だけでなく、他のコマンドスタッフの何名かも)の〈纏輪機〉画面――その、とある箇所を見つめる目が一段と厳しいものになってしまったが、これはもう仕方がないだろう。
とまれ、
〈LEGIS〉は、単基であってもある程度、自律的な判断や行動が可能な索敵機雷を通信回線によってネットワークし、一個の任務集団――随意行動可能な堰として運用するべく開発された兵器であった。
任意の空間における航宙船の航行を制限・管制する兵備としての機雷堰――その指揮統制を人間を介さずおこなう電子戦兵器だ。
機雷敷設艦が索敵機雷を撒布する範囲――機雷堰を構築する空域は、数百万から千万立方キロのオーダーにもなるが、その空漠を通信回線で結びつけ、一つのネットワーク、自己完結した有機的兵備システムにするべく企画されたものなのである。
優れた点や利点は、もちろん数あるが、しかし、アイデアの起草段階においてすら、その弱点が明白なものでもあった。
その根本にかかわる脆弱性……、いや、いっそ欠点と言っても構うまい――光速限界が、その動作の不備不完全性を規定している。
この宇宙において、たったの秒速三〇万キロでしかない光の速さが、機雷堰の機能を制限し、アイデアを陳腐なものに堕しているのだ。
つまり、
仮に、ここに二基の索敵機雷があったとして、互いを隔てる距離を三〇万キロだとすると、信号ひとつを届けるのでさえ一秒もの時間がかかってしまう。返事がかえってくるのには、(受信側における内部処理時間をゼロだとしても)当然、もう一秒が必要だ。
これでは複雑な判断をくだし、結果としての対応行動にうつるまで、どれほどの時間が必要となるか、まったく知れたものではない。
他の索敵機雷からの情報を受信し、それを演算処理し、解を得た後、今度はそれを送信して、対応行動の指示を出す――状況ひとつに対応しようとするのでさえも、そうした手順をそれこそ無限にも等しい複数回おこなう必要があるからだ。
おのずと、その反応速度はまるで真空管で組み上げた化石の如き骨董品のそれと変わらない……どころか、悪くするとその骨董品にさえも劣る結果となりかねない。
計画立案者が、そうあれかしと目指した通り、〈LEGIS〉を一個のコンピューター――それを駆動するOSと見なすのならば、出来損ないだと評する他ないだろう。
ネットワーク型OSとしての〈LEGIS〉――索敵機雷一基一基を仮想の巨大コンピューターの素子として扱うという構造上、抱え込まざるを得ない弱点こそがそれだった。
「うん。星系入域審査をスムーズに進めるために必要な距離と時間をかんちょ……、と、もとい、ナルフィールドの超・長期展張によって本艦は失ってしまった。だから、審査手続きの処理が短時間に集中されざるを得ず、それが〈LEGIS〉の構造的な問題と負の相乗効果を起こして現状のような停滞状態をきたしめている、か。――なるほど、船務長の見立ては了解した。その推論にも異論はないわ」
これまでずっと、考え込む風で聞き入っていた難波副長が口をひらいた。
「それで、もう一つの理由の方は?」
淡々と言う。
現在、艦橋にいる者たちのうち、ある特定の人物に対してもっとも腹立たしい思いを抱えているのは彼女だろうに、場の空気がどろどろ澱んでいきつつあるのに気づいたのだろう――萌芽の内にそれを一掃するべく、心の裡はおくびにも出さず、稲村船務長を再度、促した。
思惑を察し、船務長はニコリと頷いてみせる。
「はい。先程、わたしは、現在、本艦がおかれているような状況は、例外中の例外なのだと言いました。本艦が直面している星系入域審査の遅滞、その原因の一つはこれまで述べた通りのものと、わたしは考えていますが、同時に、同一型式の索敵機雷によって機雷堰が形成されている――それが想定しうる原因ふたつの内の二番目であろうとも考えています」
間を開けることなく、同僚たちの意識が脇道に逸れてしまう事のないよう、興味を引くよう推論の続きを口にした。
「?――どういう事かな? 同一型式のパーツでシステムを組み上げる方が、機能や効率、整備の面では有利だし、ひいては、それは、システム全般の信頼性向上にも寄与すると思うんだけど」
大庭機関長が首をかしげる。
「機雷堰を一個の『機械』と見るなら、その通り」
稲村船務長は、それに半分、同意した。
そうした上で、
「でも、『組織』と考えた場合は違うんじゃないかな。一個の『組織』――とりわけ『戦闘組織』には、『指令→受令』、『優先順位』等の『序列』が必要だろうと思うから」
別視点から見ての理由を挙げて否定する。
「そそそう、かな」
羽立情務長が、言葉を差し挟んできた。
「そそれは、な、んだか、構成要素が『均一』であ、る事と、要素、間序列が『平等』とゆゆいうのを混同して、いいるように感じる、よ? それに、〈LEGIS〉のヴァージョンⅢには、ああある程度、そのあ、たりの機能が付け加、えられていた、んじゃなかったか、な?」
少したどたどしい語調で反問と質問を投げかけてきた。
「そうね。現行ヴァージョンに至り、機雷堰単独については、この問題は、その深刻度をかなり減少できたと思う。――情報伝達方式を順送り型としたり、情報重心である〈結節点〉の形成を索敵機雷が稠密な空域にすると設定したりで、実用に耐えうるレベルまで体裁を整えることは出来たから。
「でも――」
「でも?」
「それはあくまで機雷堰が単独であればのはなし」
稲村船務長は言い切り、そして続けた。
「現行の――ヴァージョンⅢの完成をみて、〈LEGIS〉はようやく完成品といえるようにはなった。でも、そこでお仕舞い。先に砲雷長が口にした言葉を借りれば 、『お役所仕事の掛け持ち』――『外部』との連携をはかれるようにはなっていないのよ」




