83.〈砂痒〉星系外縁部―21『Trick Art of War―2』
「定時報告-七。敵味方識別および認証手続きの経過は依然順調。現在、進捗率18パーセント。フェイズ2、ステージ3が進行中」
目の前の戦術ディスプレイを見つめつつ、稲村船務長が言った。
〈あやせ〉と機雷堰――〈LEGIS〉との間に通信回路が(再)構築されて、早や二時間強。
目には見えないが、〈あやせ〉を中心として、その周辺空間には大量のデータが奔流となって飛び交っている。
通信状態は明瞭で、〈あやせ〉、そして〈LEGIS〉双方ともに関連機器の異常もない。
そういった意味では手続きの処置は『順調』そのもの。
しかし、その進捗度合いについては『不順』であった。
齟齬をきたしているとか、異常が生じたなどではない。
そうではなくて、処理待ちの時間がとにかく長いのだ。
「ッたく!」
鳥飼砲雷長が、チッ! と舌打ちする。
「お役所仕事の掛け持ちかっての!」
苛立ちをそのまま声にし、吐き捨てた。
「ぜんたい、機雷の数が多すぎだって! 4,600基ってなんだよ、4,600基って!?」
ナルフィールドが解除され、あらためて判明した〈あやせ〉を包囲している索敵機雷の数を忌々しそうに口にした。
「正確に、は4,687基。――そそそれが第一警戒ラララライン内、に確認されていいる索敵機、雷の基数です。第三警、戒ラインまで、ももを含めると、総数は11,843基。し従って、まず確実に、ほほ本艦、周、辺に展開している機、ら雷堰数は複数。――三群と考ええて間違いないでしょしょ、う」
その、激昂まじりの文句をどこまでも無感情な口調で、羽立情務長が淡々と修正する。
さすが(?)コミュ障だけあって、人間の感情の機微にとことん疎い。
鳥飼砲雷長の吐き出した言葉は単に愚痴にすぎず、もし万が一の状況となったら、至近に漂遊しているものだけでも単艦で対応するのは困難かも、という弱音なのがわかってないのがアリアリだった。
「本来だったら、こういう状況には早期警戒管制艇が介入してくる筈なんだけれどね」
砲雷長のイラつきが増したのを察したか、埴生航法長が取りなすように割って入った。
早期警戒管制艇――Area Warning And Control System。
それは、平時においては機雷堰の維持管理――索敵機雷のメンテナンスをおこない、戦時においては機雷戦防御戦域をより広汎に見た上での状況判断、そして指示をくだす指揮統制艦艇。
いわば、機雷堰を構成する索敵機雷――無人兵器群のディレクターであり、コーディネーターだ。
巧妙に造られているとはいっても、あくまで人間の代用品にすぎない無人兵器が、所与の機能を超える状況に直面した際に、上位者として行動することを任とするフネであった。
それが出てこない。
定置機雷堰は機雷敷設艦によって設置され、AWACSによって維持管理されるものであるのに、その両輪の片割れがいつまでたっても不在なままなのだ。
によって、〈あやせ〉の星系入域審査は、対機雷堰――複数の〈LEGIS〉を相手に為されるものとならざるを得ず、結果、いまに繋がるフリーズに等しい停滞状態に陥っている。
いかな熟練の兵士といえども人間である。
二時間以上の時間が経過してなお審査の進捗率が二割を切る処理速度とあっては、状況が完了するまで緊張状態を維持し続けることは難しかろう。自艦防御の切り札たるナルフィールドの使用ができない状態――警戒の度合いを極大に保たなければならない状態とあってはなおの事、だ。
閉ざされた部屋に閉じ込められてある中、いつ我が身を突き刺そうとしてくるか知れない無数の剣に四周をかこまれ、唯一の脱出路たる扉が開くのをただひたすらに待つ――〈あやせ〉が置かれているのは、まさしくそうした状況だったからである。
「まさしく蛇の生殺しだねぃ」
場にそぐわない、のんきな声が艦橋内にふわりと漂う。
だらんと緩んだ眠たそうな声。子供の発した声だった。
途端、
(それもこれも、ぜんぶ貴様のせいだろうが……ッ!)
艦橋内部がビリッと強く帯電した(かに思えた)。
アクビ混じりに漏らされたその言葉に、鳥飼砲雷長といわず、艦橋に在席している人間たちのすべてから、目に見えるくらいの激しさでもって得体の知れぬエネルギー(?)がブワッと立ち昇り、室内に充満したのだ。
負のオーラ、と言うか、どす黒くも熱い、それは怒気、闘気、殺気、瘴気――とにかく、そういった良くないモノの噴出であった。
せっかくナルフィールドが解除され、幽冥界――半・彼岸とでも言うべき環境から開放されて間もないというのに、またぞろ百鬼が夜行しそうな……、おどろどろしい夜闇に世界が沈んでいきそうな……、そんな禍々しさが、はち切れんばかりにたっぷり蓄えらた呪詛とも言えるモノだった。
まぁ、確かに、『オマエが言うな』の無反省な発言者の態度も態度だし、〈あやせ〉の現状を一言で表現するのに『蛇の生殺し』とは言い得て妙すぎた。
だからこそ、余計にカチンとくるのもわからないではない。
しかし、〈あやせ〉が現在おかれている状況は、その指揮を執る者たちが、感情のままに行動することが許されるほど悠長なものではないはずだった。
(やめよう。子供相手にバカバカしい)
こういう場合は、結局、大人が我慢するしかないのだ。
というワケで、
「これがヴァージョンⅢの限界と弱点か……」
はからずも艦橋のあちらこちらで深呼吸らしき音がひとしきり繰り返された後、稲村船務長は、そう呟いていた。
あわや、ぶちキレかけた名残は、もはや微塵も無い。
一時的な感情の昂ぶりは醒め、ふたたび冷静さを取り戻すことに成功していた。
と、
「Ⅳではかか解決、済みなななんですか?」
八八式装着型情報投影端末機の能力だろうか――船務長の独語をひろったのだろう、羽立情務長がそう問いかけてくる。
一人言のつもりが、それに質問をむけられ、すこし気恥ずかしく思いながらも、稲村船務長は〈纏輪機〉画面にうなずいてみせた。
情報――それも技術情報は、可能な限り、おなじ職場で働く仲間とは共有しておく方が良い。
「そうね。ヴァージョンⅣは、当該の問題解決をするため群体構成アルゴリズムのコア・アーキテクチャから見直したみたいだから、多分そうなんでしょう。〈LEGIS〉の名前は一緒でも、実質、ⅢとⅣではまったくの別物らしいし、Ⅳのβテストがなかなか終わらなかったのも、そのせいだと言われているから、きっとそうだわ」
「な、なななるほど」
説明を受けて羽立情務長もうなずく。
「き機雷堰が自律的なしし指揮統制をおこなう〈情報結節点〉のせ、生成トリガーが、ヴァージョンアップの際、へへへ変更されたとの情報は、わわたしも掴んでいましたが、それだけでなく、ぐぐ群体統制アルゴリズムそのものにまで手がくく加えられている、と?」
「ええ。断定はできないけれど、試験運用がされているらしき恒星系の位置からすると、まず間違いないと思う」
念押しするような情務長に、稲村船務長は、自分の推測の補強材料と考えている情報を伝えた。
大倭皇国連邦――それを構成している複数の恒星系のうち、他国と面している恒星系、いわゆる外星系ではなく、首都星系にちかい(そこまでの防備が必要ないはずの)内星系で、近年、艦隊演習が頻繁というにも度を超した頻度でおこなわれているのだ。
戦争間近と世に喧伝されているワケでなく、予算や志願者を増やすことが目的であれば、場所がおかしい。
なにかある、と勘繰らざるを得なかった。
「たしか、〈追浜〉で、したね。……なるほ、ど、そそそれで寂れた内星、系のくせに、ややたらと艦政本部の連ち中やら聯合艦隊、やらが、あそこに出入りして、いるワワケですか、なななるほど……」
案の定、証拠(?)を示された羽立情務長は納得顔になる。
その反応に、我が意を得たりとばかり、稲村船務長は勢いづいた。
「それだけじゃないわ。他にもね――」等々々。
技術的な素養の点で通じ合える者同士だからか、それともライフスタイル(?)が同じような者同士だからか、
航宙船オタクと、情報耽溺症――ある意味、似たもの同士とも言える二人の間で、かなりな省略形ですすむ会話は、いっかな終わる様子もない。
言葉の端々から推測するに、〈LEGIS〉についてのアレコレであるらしきそれは、さして時を要せず、濃度と温度をグングン増していく一方となった。一対一の親展設定でなく、普通のオープン回線上で。
「船務長、情務長?」
別に聞き耳をたてていたワケではない。しかし、難波副長がそう問いかけたのは、だから、自然な流れであったろう。
いっそ、それが単なる雑談であれば放置もしたろうが、話題にされている対象が対象である。コマンドスタッフの誰もが注目し、しかし、首をかしげているとなれば、右代表として、質問するのは立場上、当然といえば当然ではあった。




