78.〈砂痒〉星系外縁部―16『Ghost In The Realm―2』
幽霊。
現代科学技術の結晶たる航宙船になんと不似合いな……、と言いたいけれども、我が国、我らが宇宙軍にあっては、それはムリ。
だって裏宇宙航法そのものがもぉオカルトだし、軍艦には(全部が全部じゃないらしいけど)バケモノがとぐろを巻いてるし。
正直アタシね、航宙船とか宇宙軍なんてのは、もっとこぉ、電脳、金属、樹脂、な、クールで清潔な感じを想像してたのよね。
どこか非人間的っていうか、喩えるなら病院の手術室とかああいう感じ。生活感の無い、シンと無音な冷蔵庫内っていうか、ね。
だって、アタシはつい先日まで田舎の農家で学生でアスリートだったんだもの。宇宙だなんて縁遠い場所でしかなく、だから、
星から星へと渡っていくのは、すごく頭の良いひとじゃないと考えつかない理論をベースに実用化された超・難しい航宙技術。
そして、その目的のために建造された見るからに周囲を圧倒させる航宙船と、それを自在に操る訓練のいきとどいた将兵たち。
じっさい、ドラマとかを見聞きする限りにおいてはそうなってたし、情報源といえばそれだけだったから、そう信じてたから。
でも、レッドカードを喰らって、このフネに乗り組んでみたら、こうなんだもん。イメージと現実のギャップがデカすぎるわ。
と、
はなしが逸れそうになったけど、『幽霊』ね。
今のはなしにそれは関連してるし、なんなら、この懇話室に乗員たちが殺到? してきた理由の一つがそれでもある。
要するにさ、裏宇宙航法――いわゆる宇宙連続体なる無限に折り重なった宇宙の『束』を貫くことで光の速さを超える技術。
現在、このフネが展帳中のナルフィールドは、その、『光の速さを超える』って部分が無い裏宇宙航法ってことらしいんだ。
アタシが理解できた限りだと、アタシたちのこの常空間とは違う宇宙に半分だけ移る――存在位置をずらす? んだそうな。
その結果、航宙船は、この世にいながらにして同時にいないという事となるんで、それがつまりは無敵の楯となるんだそう。
聞いててわかんないと思うけど、言ってるアタシもよくわかんない。
でもまぁ、それはひとまず脇に置いといて『幽霊』の話に戻るわね。
幽霊というのは、およそ普通の生活においてもこの世ならざる存在――そうよね?
では、逆に、この世ならざる場所に、自分が位置しているのならどうかしら?
完全に、じゃなくて、半分だけ、だけど。
昔々の大昔――今は歴史の闇にかすんだ〈古代・銀河帝国〉よりも更に昔。
そんな神話と変わらない、人間がよその恒星に行くだなんて行為が夢物語と変わらなかった太古代――『We Are Not Alone』って言葉があったんだって。
一個の惑星の表面から見える限りの満天の星――いまだ手の届かぬ星々を見上げて、きっとそこには『誰か』がいる。よその星にも『人間』が、生きて、暮らしているに違いないんだって呟きね。
うん。情景を想像するとなんだかロマンチックな気分にひたれるかも……。
でも、
『我々はひとりではない』――その言葉を今のアタシたちに当てはめたなら、ガラリと様相が違ってくる。
裏宇宙――宇宙連続体というのは、単純には、その『宇宙』を定義づける光速度が異なる宇宙の集合体。
だけどね、
つまりね、
という事は、別の宇宙には違うアタシたち……、ううん、このフネにも乗ってる艦載機搭乗員の例もあるから、アタシたちに相当する知性体? がいるかも知れない。もしくは、いても不思議ではない――そういう理屈につながってはこないかな?
少なくとも、そう考えてもおかしかないわよね?
だって、〈授学〉が示す宇宙論によると、アタシたちの常空間に存在している星たちは、無限に積み重なった紙束を上から下まで貫く超・長い釘だと説明されている。
つまり、常空間をふくむどの宇宙にも、同じ数、同じ配置で星は存在してるんだって。
では?
この常空間にアタシたちが存在しているように、別の宇宙にもそんな存在はいるんじゃないか――そう考えちゃうのは、そんな突飛なことかしら。
宇宙連続体において星々の存在がそうであるなら、それら星々に付随する格好で存在している知性体もまた同じじゃないのか、って――そう考えたって、それは決して『変』じゃあないよね。
というワケで、
つまりは、それが幽霊の正体――少なくとも、そうじゃないかと考えられてるって結論。
幽霊なんて、常空間で普通に暮らしてたって、『見る』ひとは見る。
またまた〈授学〉によると、それは、『〈世界〉構成基盤の差異に起因する知性体の異階層認識の不可能性、および、それに関連する階層間接触にともなう知性体心理平衡状態異常の惹起』なんだそうだけど、まぁ、何いってんだかわかんないよね。
要は、無限数折り重なり、積み重なった重畳構造をなしているところの宇宙連続体――その宇宙と宇宙を隔てる『境界』の薄いところから、本来、感知できない筈の異宇宙に属する存在の気配が常空間に滲み出てきてるんだって説明ね。
ことさら『気配』ってあるのは、要するに、相手が異なる『階層』に属しているため、明確なかたちで認識することが出来ないから。
ほら、遷移――完全に異宇宙が積み重なった、その真っ只中に航宙船が跳び込んだとき、『外部』の観察はいっさい不可能になるじゃない。
あれと一緒よ。
星々と同じで、常空間とは別の宇宙には人間に相当する……、ううん、アタシ自身が存在しているのかも知れない。
それもまったく別の座標でなく、アタシが今いるこの場所、そのすぐ隣。いいえ、もしかすると、まったく同じ座標にいるのかも。
でも、仮にそうでも、その事は決してわからない。
何故って、『階層』が違うから。
平面的には同じ座標。でも、垂直方向から見たら、立ってる座標は上下方向にズレているんだもの。
だから、互いが互いを直接的に認めることは出来ないこと。
ただ、それでも物音はする。
ちょうど安普請の積層建築みたく、自分の上階、あるいは隣室にいる人間のたてる物音が、天井や壁越しに伝わってきたりはあるかも知れない。
床、天井、壁――互いを隔てる境界が薄かったなら、なおのこと。
ナルフィールドを展帳し、半分だけにせよ違う宇宙に潜りこんでる今みたく、ね。
そして、そういう『物音』をアタシたち航宙船乗員は、『幽霊』と呼んで、まぁ、ビビっているワケなのよ。
害は無い。
〈授学〉はそんな風に言うけど、でも、怖いもの。
まず雰囲気が不気味。
たぶん人間も生き物だからだとそう思う。
誰しも暗闇は怖いよね。
自分が今、立っている場所からすぐ先が、真っ暗闇に閉ざされてたら、ほとんどの人がそこに怖さを感じるんじゃないのかな。
そこに何があるのかわからないから。
だから、
暗がり、背後、物陰、曲がり角の先――そうした場所に、『なにかがいる』
あるいは、一人でいる時、ふと気がつくと、『何者からかの視線を感じる』
思わず背筋がゾクッとするような、意味なく不安に襲われるような空気感。
それを四六時中感じてしまう環境に自分がおかれたらって、想像してみて?
そりゃ、遷移の際に相対するような〈超・存在〉からうける『圧』とはレベルが違うわよ?
自分の存在が消し飛ばされる、自我が破壊されて自分が自分でなくなってしまう――そこまでの『魂』の危機のような危険は感じない。
でも、それじゃあ、スゴいリアルなお化け屋敷のなかで二四時間すごせって言われたら、それを喜ぶ人間って、まぁ、いないんじゃない?
そこで、宇宙軍のとった対策として、ナルフィールドの展帳が長期に及ぶ場合は、懇話室の、あらゆる意味での開放が実行されることとなったの。
艦内には、癒し、軽快、情熱的な曲がBGMに、照明は演色をやわらかく、暖かいもの、照度は平常時よりも増して、字義通り無影灯で照らしたように暗がりをつくらず、空調も温度を適正値よりも少し上げ、暖かくする。
それでも『怖い』――そう感じてしまう人間のため、集団生活ができる場として、懇話室を(医療とよりリンクしやすくした上で)ひろく開放しておくよう定められたのよ。
ナルフィールドの展帳中は、ほとんどの人が仕事もなくて退屈してるしね。
精神的にも肉体的にも、そんな疲れることもないから、逆に良くない。
寝て過ごすにしたって、そんなグウグウ際限なしに眠れるはずもナシ。
一人でいると思考が良くない方良くない方へと行っちゃいがちだから。
それで『みんなでいれば怖くない』じゃないけど、懇話室の大開放よ。
飲食をする他、本を読んでもいいし、ビデオを鑑賞してもいい。なんならトレーニングなどして汗を流してみても構わない。
懇話室は大会議室他の用途にも使える広い部屋だし、部分部分を可動間仕切りで仕切って任意に小部屋を作れるようにもなっている。
で、
あとは、ドッとばかりに押し寄せ、くだを巻き、寝るのもこの部屋でと、居座りを決め込む連中の面倒を懇話室室長がみるだけ、で、最初にも言った通りに、そのお仕事を引き当てた、貧乏くじの当選者が、かく言うこのアタシだったと、そういう次第。
でも、
「おかげさまで、つい今の今まで目がまわるくらい忙しかったですからね。幽霊を見るヒマなんて、とんとありませんでした」
ま、それだけは良かったかな、とアタシは実村曹長に返事をしたのだった。




