77.〈砂痒〉星系外縁部―15『Ghost In The Realm―1』
「お疲れ~、深雪ちゃん」
ふいに名前を呼ばれて、思わず身体がビクッとなった。
お仕事中なのにちょっと呆けてた。
あったかいカップを両掌のなかに包み込み、湯気をほんのり顎にくゆらせボンヤリしてた。
……いや、だって、てんてこ舞い、という程でもなかったけども、それでも『客』がひっきりなしで、対応に追われまくってたんだもん。
メシ時の飯場っていうか、まぢ修羅場だった。
お前ら餓鬼か!? 育ち盛りの運動部男子か!? ってくらいに懇話室の中は喧噪に満たされたとか言うもおろかな地獄の惨状……、いや、軍艦の中なんだから、むしろ、戦場?
ホント、異性の目がないとなると、安心感? 開放感? それで地が出る?――女ばかりの集団で、ほぼ全員が顔見知り以上の仲ともなると、まぁ、遠慮が無いってか、とてものこと、『お淑やかさ』なんて言葉は死語になる。
『女子校』とか単語や施設に夢を描いてるような男の子たちには申し訳ないけど、羞恥心なんてぇモノは、やっぱり、『共学校』に特有のモノなんだよねぇ。
いわゆる一つの『世間の目』が無い、もしくは気にしなくて良い環境に群で解き放たれたなら、女子とは言ってもすさまじいもの。
そこに出現するのはガテン系だよ、ガテン系の大群。
男のガテン系は、とにかく筋肉と汗、体臭なんかで、ウッ……! となるけど、女の方もそう大差ない。
まぁ、宇宙軍で航宙船乗員ばかりだから、そのぶん不潔さの点ではマシっちゃマシなんだろううけど、かわりにウルサい。
音量というより、そこはそれ、女だもんで、男の声と違ってやたらと音質が高い。キンキン声が鼓膜に刺さる&話題も最低。
なにせ狭く……はなくとも、閉鎖環境に長時間いるから、今言った通りに程度の差はあれ誰もが誰もを知っている。
だから、下界だったらハラスメントとして非難されそうな会話が身内故に許される下ネタとしてまかり通ってしまう空気があるのよね。
そんな、『うわぁ』な手合いがよ?――やれ食事時間だ、休憩時間だ、非直時間だ~ッと、どッとばかりに来てごらん?
ほぼセルフサービス、ほとんど客あしらいは機械がするって言っても、数が数。
基本、大所高所に立ってのマネジメントしかしないでいい筈の懇話室長の所にまで来るヤツ……、と、もとい、人間も出てくるんだって。
でサ?
そういう客に限って、機械じゃダメ、人間のスタッフじゃなくちゃ解決できない、なぁんて問題、依頼は無いんだな。
とにかく、『人間』と話したいのね――世間話をペチャクチャやりたいの。
ぶっちゃけると、このフネの一番の新入り、一番の若輩、一番の下っ端なアタシをいじりたいのよ。
ッたく! アンタらは休みかしらんが、こちとら仕事時間中。
ジャマだし、ウザイし、からんでくるなよ。アタシをオモチャにしようとすンな……!
って、口に出してそう言えたらなぁ……。
つくり笑いを浮かべすぎてて今にも表情筋が攣っちゃいそうだし、場にふさわしい適当な相の手を入れようにも語彙が足りてないしなぁ。
あぁ、もういっそのこと、うぜェと切り捨て、殴りてぇ……。
――な状態だったのが、ついさっきまでのアタシだったワケ。
もぉね、(精神的に)メッチャ疲れた。
主計科が担当している三大業務――経理、衛生、司厨。
衛生は船医の中尉殿
経理担当は御宅曹長。
残りの司厨がアタシ。
このフネに乗った初日に決まった役割分担。
で、
今更ながらの案内だけど、艦乗員の食事、休憩、会議、自習その他の用途でもちいられるオープンスペースが、ここ――懇話室。
そして司厨担当のアタシは故に、懇話室詰めの給努員っつ~か、まぁ、管理者も担当しなきゃなんないの。
いや、もちろん、毎日がそうだと本業に支障が出るから時々、ね?
民間の航宙船はともかく軍艦って眠らないじゃない?
一直八時間、三交代の勤務体制でもって乗員がフルタイム操業を支えてるから。
だから、つまりは、各科が持ち回りで懇話室管理の担当者も出してて、たまたま今日はアタシがそのお当番だったと、そーゆーワケよ。
なんとも貧乏くじって言うか、思いッ切りハズレを引き当てちゃいましたけどねぇ、だ。あはは……。(乾いた笑い)
ホント、畜生、アタシが実家が畜産農家で、自分自身はアスリート――生まれついての体育会系、かつ、まがりなりにも家の手伝いやらバイトなんかで飯場経験があったからまだ何とかなった。
〈あやせ〉主計科給食担当者としての業務の一環――艦内懇話室にて給努員をつとめることを何とかかんとか乗り切った。
もぉ、気分は給努員ってよりか厩務員。
ほとんど家畜の群の世話係な感じだったけど。
女三人寄れば姦しいって言うけどホントだよ。
なにしろ字面からしてそうなってるもん。
とにかく、みんな、退屈しまくっちゃってるからハメの外し方が常よりヒドいったらありゃしない。さっきだって――
と、
そこまでアタシの思考が流れた時だった。
「コラ」という、低めで、かつ、少しドスのきいた声と同時に頭のてっぺんに衝撃がきた。
ゴン! と擬音が聞こえてきそうな打撃――拳骨を頭に落とされた。
目から火花が飛び散った……って程じゃないけど、それでもじゅうぶん痛かった&どこかへ行ってた意識が元にもどった。
そして、
「あと少しで終わりといっても、交代が来て、引き継ぎをすませるまでは就業時間中でしょ? 接客をほっぽらかすのは職務怠慢よ!」
口をへの字に曲げた実村曹長が、アタシをかるく睨んでた。
あ、声をかけられてたの忘れてた……。
「ッたく……!」
消えて無くなりたいと、小さく身を縮めるアタシの前で、カウンターを挟んで座った実村曹長は溜息をついた。
「『画竜点睛を欠く』、『九仞の功を一簣に虧く』――良く聞く語でしょう? それとも近頃の若い娘はこういう故事成語には興味ない?」
お酒を満たしたグラスを片手にお説教された。
いや、『若い娘』って、(確かにそうですけど)そういう自分だって、まだまだ若いじゃないっスか。
つい、反射的にそう思っちゃったアタシの心の動きを察したように、テーブルの上にグラスがタン! と音高く置かれる。
最初に呼ばれた時みたく、ビクッと身体がまたも竦んだ。
「まぁ、この惨状を見れば察しは付くけど――」
けれども実村曹長は、だからと更に叱ってくる事なく、肩越しに懇話室内に視線をめぐらしながら、そう続けた。
そう。
そこにひろがっているのは酔漢の群。
喫食空間にふさわしく、室内に何卓も設置されてあるテーブル上に酔いつぶれ、正体をなくし、突っ伏している屍どもの集団だった。
酒場なんかでは定番(?)の、急性アルコール中毒だとか、ケンカする、からむ、わめく、歌う、踊る――傍迷惑な酔っ払い方をしている手合いはいない。
英気を養い、心身をリラックスさせる場所と、この部屋は定義されていることから、当人の許容値を越えた酔いがチョーカーに検出された場合、即、強制的、問答無用で睡眠導入もしくは医療処置がほどこされるから。
でもって、実は、懇話室を取り仕切る給努員の仕事のひとつが、深酒、悪酔いの検知と対処だったりするからだった。
在室者の生体情報を簡略表示しているモニターが、カウンターテーブルの管理者以外立入り禁止側には取り付けてあって、給努員役の人間は、定期的にそれのチェック、客の健康状態の追跡が業務のなかに盛り込まれてるのよね。
なんとも、『只でさえ忙しい時間にそこまで手がまわるか!』なお達しだけど、これも哀しい宮仕え――不平不満が満ち満ちて言いたいことが山ほどあってもやんなきゃならない。
というワケで、
アタシがようよう一服つける余裕ができたのも、つまりは殺到してきた客どもほぼ全員が酔いつぶれ……、と言うより、酔いつぶしたが故のことなのだった。
で、
寝落ちした連中は順次ロボノイドが自室、もしくは医務室へはこぶ段取りになっている。
ほぼ流れ作業化されてはいるけど、その手配までが給努員の担当。
お仕事って、ホント大変だ……。
今更ながら溜息を深々つきたくなる。
そこに、
「それでも、油断しちゃダメよ深雪ちゃん」
と、実村曹長のお説教が降りかかってきた。
「あのね、わかってるでしょうけど、ここは宇宙で、わたしたちはプロの宇宙生活者よ? にもかかわらず前後不覚になるまで酔うとか、命知らずというか、なってないにも程があるけど、でも、それだからこそ、この部屋の管理担当やってる以上、あんな酔いどれ連中の生にも責任をもたなきゃならない」
そこでグラスをクイと傾ける間として一拍あくと、
「今、なにかトラブルが起きたとして、ちゃんと対応できる? その自信はある?」
瞳をのぞき込むようにしてそう訊かれた。
正論すぎて、ぐぅの音もでない。
「……ありません。すみません……って、わ、わわッ!?」
他に答えようもなくて、頭を下げたけど、突然その頭頂部あたりをぐわし! と掴まれ、変な声がでた。
「ま、それは建前――建前ね?」
あはは……、と一転して明るい笑い声をあげる実村曹長に、ウリウリといった感じで頭を左右に揺さぶられ、髪をグシグシ掻きまわされた。
「なんといってもナルフィールドの展帳中だし、トラブルなんて無い無い無い」
今のお説教は一般論で、兵隊としての辛気くさい『常在戦場』の心構えをちょっともっともらしく語ってみただけよ」
これでも深雪ちゃんより階級は上だし、先輩だしね、と更にわらう。
そして、
「で? どう? 幽霊は見えた?」
またまた口調は一転、実村曹長はアタシにそう訊いてきたのだった。




