74.〈砂痒〉星系外縁部―12『Trick & Treat―1』
「放出せるプローブ、〈A〉、〈B〉、〈C〉――いずれも飛翔は順調。間もなく本艦主機噴射危害範囲内より離脱」
「本艦主機は、噴射待機状態を維持しアリ。反応予備室、推進剤充填は順調。バーニア、反応室、噴射装置――推進系は、いずれも形状形成に異常ナシ」
「了解。主機制動噴射は、プローブ各機の退避完了確認三〇〇秒後に開始。――かんちょ……、副長、願います」
「うん。――全艦へ達する! こちらは副長! 間もなく本艦は減速噴射を開始する! 乗員総員は、耐加速度態勢準備、最終チェックせよ!」
「〈LEGIS〉より、『堰は本艦制動噴射警戒待機状態にアリ』との通告あるを確認。本艦制動噴射軸線上に障害ナシ」
「高角砲各砲塔は、射撃準備完了済み。投箭射出機各基は、投射準備完了済み。――本艦対空防御戦闘、空間制圧モードにて待機中」
「防御力場、展張準備は完了。ジェネレーター動作に異常ナシ。作動権限は砲雷長に移管済み」
「艦内環境監視装置による全乗員心身健常度のチェック完了。すべての乗員に健常度異常ありません」
〈あやせ〉の艦橋内部に、コマンドスタッフたちの発する報告、応答、通達どもが行き来する。
着々と組み上げられてゆく旋回頭、ならびに制動噴射実行のための手続き、および実行作業。
艦橋内部――いや、多分に〈あやせ〉全艦が、完璧に調律をされた楽器のようにほんの僅かな狂いも乱れもない有機的な動きをみせている。
「おッ菓子おッ菓子ぃ、あッまいモノ~~♪ ウキウキわくわく、たッのしぃなッ♪ ケーキにクッキー、プリンにパイ♪ キャラメル、クレープ、シャーベット♪ シュークリームだって食っべちゃうぞ♡ ゼリーにタルトも持ってこぉい♪」
ただ一人、最上位者としてこのフネに君臨している(筈の)人間を貴重な(?)例外として。
いや、色々な成り行きの末というか、フネ――とりわけ艦橋内の士気を保つため、そして、窮極、我が身に降りかかってきそうな災厄を回避せんが為、狩屋飛行長、後藤主計長の二人は村雨艦長に罠を仕掛けた、それは確かだ。
しかし、その結果がコレでは、さすがに引く。
いくら容姿がローティーンの幼女であっても、精神はイイ歳どころではきかない老女な筈なのだ。
それが、どンだけ間食を楽しみにしてるんだというハナシであるし、そもそも宇宙軍において個人割り当ての嗜好品は、そこまで量が多くない&絶対、食べきれない量だよねソレ!? というハナシでもある。
なんだか聞いているだけでも脳味噌がタプタプ糖蜜漬けになりそうなのだが、それはともかく、
「あーもぉ、あーもぉ。もぉッたら、もぉ……ッ!」
快調(怪調?)に鼻歌を口ずさんでいた村雨艦長は、やがて、う~う~唸りはじめた。
モダモダ身悶えなどして、それまで以上に落ち着きがなくなる。
トイレか?――そうも思える様子だったが、そうではなかった。
「ねぇねぇ、はぶちゃん?」
埴生航法長を手始めに、部下たちに次々、声をかけはじめたのだ。
曰く、『何か手伝うことない? アタクシ様が力を貸すよ。とっとと仕事を終わらせよ?』――どうやら、一人だけ手持ち無沙汰で退屈、かつ、この後に控えるモグモグ時間(?)が待ちきれなくなってしまったものらしい。
良い気分になってお菓子の名前を列挙していたものだから、きっと、その反動がきたのだろう。
そして……、
「お~い、さっちゃ~ん!」
声がけをした誰も彼もから、(当たり前だが)すげなくあしらわれ続けた村雨艦長は、それでも懲りることなく鳥飼幸砲雷長の名を呼んだのだった。
「……なんスか、艦長?」
もっさりとした口調で砲雷長はこたえた。
ベリーショートに切り揃えた髪、アーモンド型をした瞳は猫科の猛獣のようで、いかにも武闘派――気が強そうな女性士官である。
艦長に対する返事がもっさりしていたのは、だから性格的なものでなく、有り体に言うと、内心のウンザリをかろうじて噛みころした結果、そうなったようだ。
人が忙しくしている時に、キャンキャン煩え――つまりは、そういう事である。
「ウン。あんたも何かと大変だろうから、このアタクシ様が負担をへらしてあげましょう。なにせ、アタクシ様は目下の者を思い遣ること天下一~な出来た上司であるからね。――ってなワケで、バリアー制御権をこっちにお寄越し? 対空戦闘をやるにしたって、パカスカ撃ちまくるだけが仕事の方が楽だし、スッキリするだしょ?」
「…………」
その物言いに、じわりと眉間に皺を寄せ、すこしの間、沈黙する鳥飼砲雷長。
一理とまではいかなくとも、半理はある……か?――村雨艦長の申し出を一応検討してみているらしい。
防御と攻撃は表裏一体。
艦が交戦状態ともなれば、その指揮官は同一者であるのが望ましい。
しかし、今回の相手は索敵機雷であるし、その攻撃方法も知れている。
ここは艦長の提案にのって、自分は攻撃にのみ集中すべきだろうか……?
――そんなところだ。
さすがに判断に迷って〈纏輪機〉越しに難波副長に目を向ける。
すると、(すこし苦い顔をしていたものの)コクリとちいさく頷かれたので、砲雷長もソッと頷きかえした。
「了解っす。権限をお渡しするんで、あとはヨロシクお願いするっす」
アイコンタクトにての質疑と応答が成立したのでそう答える。
「モチの攏~。大船に乗った感じでオマカセよ~ん♪」
そして、返ってきたノリノリの言葉に、このお調子者が! と(心の中で)舌打ちをした。
権限移管の処理をしながら、無表情の仮面の裏にイラつきとムカつきを押し込める。
助力については有り難い半分、このタイミングで面倒な、との感情が抑えきれない。
たぶんは艦橋内にいるコマンドスタッフたちは皆おなじ気持ちを抱いたことだろう。
ぐんぐん距離が詰まってきている機雷堰。
いつも通りの対応で大丈夫なのだと思う。
しかし……、万が一があるかも知れない。
そうした思いが、コマンドスタッフ……、いや、艦乗員の誰しもに不安と緊張を強いているのだ。
そこに空気を読まない脳天気者にキャンキャンうるさく騒がれるなど、堪ったものではない。
だから、自分も副長と示し合わして体よく厄介払いを喰らわした。
それが……、わかっているのかいないのか(多分わかってないのだろうが)、再び鼻歌など口に、当の本人は表情をだらしなく緩めている。
それが何とも腹立たしくて、同時に自分が焦っていることも自覚させられ、艦長と自分との落差から、どうにも感情を持て余してしまうのだった。
「制動噴射開始まであと六〇」
埴生航法長がそう告げる。
減速航程開始に至るこれまでの作業はここに収斂し、そして始まる。
「カウントダウン開始。一〇、九、八……、
……三、二、一。制動噴射開始!」
慣性中和装置に抑えられ、実際のそれとは異なる穏やかな加速度変化。
着座した身体の背中から腹部へ、わずかに前に投げ出されるような感覚。
五秒……、十秒と、内蔵があらぬ方向へもっていかれる不快感にひたすら耐える。
作業や所作に不自由をおぼえる程の圧ではないが、無視するのには不愉快すぎる。
遠い……、雷鳴か、地響きのような重低音が艦橋――いや、〈あやせ〉の艦内全域に伝播し、響もしている。
航宙船のもっとも深い部位である生存可能区画――乗員たちが活動するそこへ、更に深い部位たる艦軸線上に据え付けられた機関部から漏れ伝わってくる音だ。
主機の吼え哮る轟音が、艦体そのものを震わせ、共鳴させて、それの作動を艦の隅々にまで知らせてきているのだった。
「主機出力は安定。反応室内乱流生起による対消滅反応不均衡の実測誤差は、マイナス0003」
「索敵機雷群に変化ナシ。〈LEGIS〉よりの信号は、依然、『待機』告知、儘」
「放出全プローブの状態は安定。現在、通信回路チェックを実行中。空間ノイズは許容範囲内」
コマンドスタッフたちによる、〈あやせ〉、また、周辺状況についての報告が、ささやかな喧噪となって艦橋内部をふたたび満たす。
そうした中、
異常に気がついたのは、埴生航法長だった。




