75.〈砂痒〉星系外縁部―13『Trick & Treat―2』
〈あやせ〉が減速航程にあるなか、最初に異常に気がついたのは埴生航法長だった。
「本艦減速航程、制動噴射開始よりTプラス二〇〇。経過状況は順調。艦軸線に偏差ナシ。減速率……、え……?」
眼前のコンソール上に目をはしらせながら、減速航程の状態チェックをしていたところ、ふいに眉をひそめる事となったのだ。
「減速率がおかしい。想定よりも大きすぎる。え? どうして……?」
口許にもってきた手で呟きをおさえるようにしながら、それまでよりも更に目を凝らしてディスプレイ上のデータを注視してゆく。
「機関長、主機の動作状況について精測レポートをお願い」
同僚にそう呼びかけた。
「?――了解」
依頼をされて大庭機関長は小首をかしげたが、どのみち彼女は彼女で担当している部門のチェックはおこなっている。最終確認、そして情報共有の項目をよりきめ細かくしたところで特段負担が増すワケでない。
実行中のそれをより細密にあらためたレポートをすぐに口にしはじめた。
「本艦主機は、現在、制動噴射実行を強速相当にて維持しアリ。タンク内推進剤の昇華処理は正常。処理進捗誤差は03未満。チャンバー内圧力に異常ナシ。圧密平均は設定数値を七五パーセント平均にて推移。流量制御の示度はグリーン。IN/OUT端部における流量差異はゼロ。反応予備室、推進剤充填は規定値を維持。インジェクター吐出量も同じ。設定/実測の値は同値。バーニア、反応室、噴射装置――推進系は、いずれも鏡界面反射率一〇〇パーセントにて構築を達成、純鏡面状態を維持しアリ。内部乱流は制御範囲内。突発反応ナシ。反応後推進噴射流、軸線からの逸脱度はコンマ00014rd。流速は規定値をクリア。マイナスAa2相当。
「――と、こんなところだけれど、どうしたの?」
ズラズラズラッと項目を読み上げ、最後に埴生航法長へ問いを返した。
「ウン……」
それに頷きながらも、すぐには答をかえす様子のない埴生航法長。
目の前に示されてあるデータと、同僚がもたらしてくれたデータとの付き合わせをし、それでも疑問が解消されないでいるため思考に没頭しているらしい。
「主機出力は正常、噴射速度にも異常ナシ、か。……でも、そうすると、この余剰な減速効果は一体どこから……?」
まったく上の空な様子で眉根を寄せ、ブツブツブツ……とやりはじめた。
さすがに相手のこの様子に大庭機関長も眉をひそめる。
セクション的にも航法と機関はタッグを組んで業務にあたることが多い。それもあって、個人としても公私の別なく親しくしていたから尚でもあったろう。
「お~~い」
つい、といった感じでユルく呼びかけた。
規律の遵守に厳しいフネであったら、士官と言えども叱責ものであっただろうが、まぁ、〈あやせ〉は艦長からしてユルユルなので、ことさら咎める者も、まぁ、いい。
しかし、
そうした部下ふたりのやりとりに難波副長はさすがに気づき、
「航法長?」
と、すこしく変調の見受けられる側に声をかけた時、
「警急信!」
当の稲村船務長が、突然、大声を上げたのだった。
「〈LEGIS〉より警急信複数を受信。――本艦、空間制動作動中との通知。機雷堰を構成せる索敵機雷複数に影響が認められるとのこと。至急の展張停止要求が勧告されてきています」
「はぁ!?」
それに対して、呆れ混じりの声を張り上げたのは鳥飼砲雷長だった。
「リターダが作動してるって、俺はそんなこと」してない……と言いかけ、
「あ……ッ」と、(〈纏輪機〉画面上の)あさっての方を見る。
視線の先は、もちろんと言うか、村雨艦長である。
〈纏輪機〉は、ことさら設定されなければ、通常、双方向通信状態となっているのに、画面のなかの少女は砲雷長の視線に気づかないげに、素知らぬ顔をしたままだ。
鳥飼砲雷長は、頭に血が昇るのを感じた。
そうだ。そういえば、あのく○ロリ婆ぁが何だかだと煩かったから、今回に限り管理権限を移管したんだった……。
ッたく、俺たちがキリキリ忙しい時にキャンキャンキャンキャン騒ぎたてやがって……! 結果がコレかよ!
「艦長!」
一体、なにしてくれてやがるんですか!?――我慢しきれず、ガッと噛みつく。
「はやく動作を解除してください!」
難波副長からも叱責……と、もとい要請がとぶ。
すわ修羅場か!?――あたりの空気は一変した。
「なるほどね、それで……」などと、不可解な事象に答が得られて納得顔の埴生航法長のような例外もいるにはいたが、艦橋内部は総じてツッコミ一色である。
とまれ、
空間リターダというのは、ある意味、防御力場の一種とも言えるものだった。
いや、より精確を期すならバリアーの展張設定のバリエーション――そう言った方が、より適切かもしれない。
つまりは、自艦外部空間に張りめぐらせる力場の展張位置や方向をかえただけ。
自艦を繭状にくるみこむのではなく、自艦の進行方向に対して高角度、円盤状に展開させる――バリアーと空間リターダの最もおおきな違いは、その一点のみであるからだ。
力場を展帳する場所は、自艦前方、また後方空間――距離や角度は、任意に設定可能。
そうした展張形態が、(もちろん、肉眼で視認できるワケではないが)ちょうど気象を有する地上世界にあって、そこの住人たちが降雨の際、傘をさすのにも似ていることから『天傘』と呼ばれたりもする。
まぁ、それはさておき、
その、力場で構築された天傘により、周辺空間に作用し、以て自艦運動量に変化を生じさせることを目的とするのが、すなわち空間リターダなのだった。
遷移と遷移の間――常空間を航行している際の航路調整等で用いもするし、今の〈あやせ〉のように(?)制動噴射の補助として使うこともある。
たとえば、気圏、水圏を有する惑星上で、風を動力とする帆船の帆にも似たはたらきを力場に行使させて(緩やかな)転舵をおこなう。
或いは、展張力場をドラッグシュート(大気圏突入体、あるいは気圏航空機がもちいる減速用パラシュート)代わりに減速装置とする。
――そういう使い方である。
そして、いずれの用途でもちいるにせよ、共通するのは、自艦周囲の空間――そこに散在している原子や分子、はたまた、磁場や重力場等を自艦ベクトル変更のための作用体として活用するという点だ。
帆やパラシュートが気体を捉えてそれをおこなうように、直径百万キロ超のオーダーで展張された力場帆に同様のことをさせるのだ。
それによって、半径が数光年のオーダーにもなる、転舵とも言えないような転舵――自艦進行方向の変更や、単独にては自艦を完全停止にまでもっていくには非力すぎるが、ある程度、その速度を減殺する補助ブレーキの役目を担わせるのである。
問題は、だから、現在の〈あやせ〉が置かれたような状況において、そんなものを使えば、当然、周辺の物体を巻き込むことになってしまう――索敵機雷群を〈あやせ〉の進行方向に向け、いっしょに引きずってしまうという事なのだった。
〈あやせ〉の減速にとっては効果増かも知れないが、本来、定点守備が任の機雷堰側にとってはマイナス。
即時の使用中止を要求されるはずだった。
(くそ、くそ、くそ……! く○ロリ婆ぁめ! 畜生。やっぱり、どんなにせっつかれようと、管理権限なんて渡すんじゃなかった! なにが〈リピーター〉、なにが『英雄的存在』だ! いくら外見を『再生』したところで、中身の方は、とっくに耄碌しちまってるんじゃないのかよ!?――バリアー・モードで索敵機雷を自艦の周囲から排除するんならともかく、反対に引きずり寄せてどうすンだっての!?)
鳥飼砲雷長は大荒れだった。
バリアー、また、それの転用である空間リターダの管理者は、本来、彼女が務めるはずだったのだからムリもない。
しかも艦長の失策(?)により状況が悪化してしまった――そのリカバリーに自分は関与できないのだから尚更だ。
自艦防御戦闘の実行責任者であるため、それをほっぽらかしてまで問題解決にあたるワケにはいかないからである。
オマケに……、
「え~~、皆、なんで怒るのサ。どうせ減速すンだから、ちゃっちゃとやっちゃった方が絶対良いだしょ? 何基か引っかけちゃったって、相手は機械。――人間みたく喜怒哀楽があるワケでなし、別に対応が変わったりなんかしないって」
オマケに、犯人の態度がコレ、なのだ。
『すみません』どころか、まったく悪びれた様子もないのである。
くわえて難波副長をはじめの部下たちが、いくら要請しても、ぜんぜん聞く耳もたず、いっかなリターダを畳もうとしないのだ。
艦橋内部の空気は、今やどうしようもないほど劣化……、もとい悪化……、もとい……ダレてしまった。
雰囲気が刺々しくなる反面、緊張感を一気に欠くこととなってしまったのだった。そんな場合ではまったくないのに……。




