67.〈砂痒〉星系外縁部―5『臨場―5』
〈御神籤〉
情務科所属の特技兵が、その持てる異能によってもたらす未来予知情報のことである。
通称だ。
宇宙軍将兵たちの間でそう呼び慣わされてはいるものの、とは言え、それは定められてある軍制式の用語ではない。
〈独立自我管制共有結合システム〉を〈連帯機〉と呼んでいるのと同様、半公式の通称であった。
軍制式としては、『近未来時制鳥瞰予測概観』と称するのが正しい。
大倭皇国連邦独自の超光速航行技術――その根幹をなす基本理論、〈授学〉のひとつの成果、と言うよりも役得。
〈授学〉のもっとも表だった金看板たる成果が裏宇宙航法だとすれば、〈御神籤〉はその派生技術だ。
つまり、この『世界』は、基本定数の異なる宇宙が不可分密接に無限数積み重なった宇宙連続体である――そう唱える〈授学〉の宇宙観、〈重畳宇宙〉論によって予告をされた差分。
裏宇宙航法が自分たちの住まうこの宇宙――常空間よりも光速度の大きな異空間、すなわち宇宙の裏側を経由することで単位時間あたりの移動距離を稼ぐ技術であるなら、それを『空間軸』から『時間軸』に対して適用したものだと言えた。
宇宙の性格をさだめる基本定数のひとつである光速度――それを時間の、言うなら流速を測る指標とみなした場合、常空間とは異なる光速度にて律されてある異宇宙は、また同様に、異なる速さの時間に支配されていることになる。
そして、〈授学〉の説明するところ、宇宙連続体を構成している宇宙群は、常空間と空間的な構造は寸分違わずまったく同じ。
であるならば、では、常空間から裏宇宙を覗くことが出来たなら、観測者の目に映るのは自分を座標の中心に置く『未来』の情景ではないか……?
それが実現できれば、タイムトンネルよろしく異界の扉越しに、これから来るべき時間を掌中におさめられるのではないか……?
ちょうど大空高くを舞う鳥が、人間の目では見ることのかなわぬ遙か遠くまでを見晴るかすのにも似た案配で。
と、
こうした想定のもと、研究され、そして実用化されたもの――未来時制情報の取得技術こそ、『近未来時制鳥瞰予測概観』に他ならなかった。
言ってしまえば、時間軸にむけて作用する超光速レーダーであると表現することも出来るだろう。
そんな、ある意味、必殺兵器とさえいえる技術であり、宝石よりも貴重な取得情報であるはずなのに、にもかかわらず、もたらされた成果を、ともすればその不確実さの方をこそ連想させるような〈御神籤〉なる語で何故よんでいるのか?
『当たるも八卦』、ではないが、いまひとつ信をおけないといった感じの語をどうしてそこにあてはめる?
それは――
「ほ、ほ本艦、〈巫女士〉ににによる近未、来時ッせ制鳥瞰予測ががが概観で、すが――
「『霧たちて 照る日のもとは見えずとも 身はまどはれじ寄る辺あるやと』で、しした」
難波副長の問いかけに対し、たどたどしくも応じた羽立情務長の返答に、きっとすべてが集約されていただろう。
『霧たちて 照る日のもとは見えずとも 身はまどはれじ寄る辺あるやと』
それは、詠。
フネに乗り組む〈巫女士〉が、その異能によって獲得した未来情報を提示するその方法が、ほぼ間違いなく一片の詠のかたちをとっていたからだ。
取得情報の信頼度、妥当性、いや、まず何よりも内容についての『解釈』をおこなわなければ、情報の告げるところがわからない。
世間でふつう、気軽に利用されている『予言』や『占い』にも似て曖昧で、ともすれば、如何様にも受け取れてしまう。
くわえて、その精度についても〈巫女士〉――差分情報観測行為担当者の能力、また心身の調子による偏差が、どうしても生じがちだからであった。
せめて〈巫女士〉たちが、取得した情報を数値、あるいは映像で告知できればまだマシだったのかも知れない。
しかし、いくら異能があると言っても万能ではない。
未来を観測した結果よまれる〈詠〉は、〈巫女士〉が一種の入神状態にて詠まれるものであるため、その伝達方式についての変更はできない。かつ、その段階で、〈巫女士〉の主体はいっさい関与していない――忘我の状態で為されるものであるため、事後に自身が唱えた〈詠〉、また観じた未来観そのものを憶えていなかった。
一過性であり、再現性に欠けていたのだ。
結果、もたらされた〈詠〉を現実面へ反映させる行為そのものは、ひとえに〈詠〉を託されたものたちに任されることとなる。
告げられたことの真意を汲み取り、活用しようとするには、〈詠〉の『解釈』が絶対的に必要だが、その難易度は高く、たとえば、解釈しようとする人間が複数いる場合、個人個人によって出した結論にバラつきがあるなど、信頼性にも問題が生じてしまう。
『解釈』しだいで内容の変わりかねない『予言』など、事後に振り返って、『ああ、あれはこういう事を言っていたのか』と憫笑される程度の価値しかないからだ。
そうなると、極論、それを指標に行動をおこす事など出来ないし、『予言』そのものについても無価値、無意味と言い放つ者が、(その声は大きくはないにせよ)広くは議会、軍部に出てくるのもムリからぬ事と言わざるを得ない。
そして、これが、もっと直接的に自分の生命にもかかわる未来を占おうと欲する戦闘部隊にとっては更に切実さを増すのは言うまでもない。
確実性、蓋然性に乏しい未来情報に自分の命を託せる者などいない。
だから、〈御神籤〉
『近未来時制鳥瞰予測概観』は、そう通称されている――そういう事だ。
「……ありがとう」
羽立情務長の返答に、わずかに遅れて礼をいうと、難波副長は、それきり黙った。
(『霧が立ちこめて日が差す方向は見えなくても、身を寄せる所はあるかと迷わされないようにしよう』か……)
大倭皇国連邦古来の雅語でなされた〈御神籤〉を、まずは現代語に直訳する。
一般に、〈巫女士〉となるのは、大倭皇国連邦――その基となった皇国における旧家。
すなわち、家系をはるかに遡れば、最終的には皇族にまで及ぶとされる一族の末裔たちである。
〈授学〉に代表される知識やそれにともなう恩恵を民草に下賜されたとされる初代の女皇陛下をはじめ、まさしく現人神として、超常の神通力を有するとされる貴人につらなる系譜の姫たち。
『近未来時制鳥瞰予測概観』も、その〈巫女士〉個人をふくめた『家系』に代々受け継がれた『血』によっておこない、なされる行為だ。
故にか、〈巫女士〉たちからもたらされる情報――〈詠〉は、雅語にて詠まれているのが常だった。
(なんともはやハードルの高いこと……)
思わずぼやきそうになる心根をおさえて、難波副長は、本格的に〈詠〉の解釈に取りかかる。
自席のディスプレイに戦術情報をいくつも映しだし、それらをつきあわせ、組み合わせ、条件をあたえてシミュレートをおこなったりして、〈詠〉を読み解く――現実に落とし込もうと試みはじめた。
その一方で、上官からの礼を受け、羽立情務長もまた、自分にあたえられてある任務にもどっている。
ただし、その胸中にはすこしく不満が渦巻いていた。
顔面の筋肉が死んでいる。もしくは鉄面皮と囁かれている通りの表情の無さで難波副長に気付かれることはなかったが、それでも心の裡には面白からぬ気持ちを秘めていたのだった。
難波副長は〈御神籤〉と言い、自分はそれに対して『近未来時制鳥瞰予測概観』と返した。
通称と制式名称。
不満というのは、つまりは、それだ。
公平な目で見れば、仕方がないとは自分も思いはしている。
しかし、自分が代表する兵科の、直接の部下が少なからぬ苦労の末に獲得した未来情報を揶揄するような、軽んじるような語で呼ばれることはやはり面白くはなかった。
自分にはそのための素養、と言うか、〈A・B・C〉プロトコルの階梯が届いていなくてわからない。
しかし、遷移の際に体験しているあの感覚を、『近未来時制鳥瞰予測概観』をおこなう度に、部下の〈巫女士〉は味わっているだろう筈なのだ。
そうした辛苦を経た末に得た情報を軽々に扱われたり、おろそかにされたりするのには、異議を唱えると言うより、いっそ我慢がならなかった。
(このフネの未来に、『なにか』が待ち構えているのは確実なんでしょうけどね……)
羽立情務長も、だから、難波副長とおなじく〈御神籤〉の解釈作業に取りかかる。
再確認した〈御神籤〉をまずは直訳し、イメージを脳裡に描きながら、自分たちを待ち受ける未来の実相を解き明かそうとしはじめたのだった。
そうして、
やがて……、
〈あやせ〉は、ゆっくりと舳先をまわし、進行方向へ向け、艦首を指向しはじめた。
艦首センサー群が向けられた先遙かには〈香浦〉――〈砂痒〉星系最外縁をめぐる惑星がある。
そして、そこに居を置く星系防空部隊もまた、(その動静は未だ不明だが)星系へ進入をはかる者の探知につとめている筈だった。




