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66.〈砂痒〉星系外縁部―4『臨場―4』

……艦長は当てにならない、と言うより、いっそ信頼できない。

〈あやせ〉艦橋の自席にあって、難波副長は考えつづけている。

 自分に限らず乗員のほとんどすべてが、〈あやせ〉で起居するうちに、いつしかその言動に慣れてしまって村雨艦長が『変』である事をことさら不審にも思わなくなっていた。

 多分にローティーンな外見に引きずられての事ででもあるが、そもそも子供が戦闘航宙艦の艦長はおろか軍人になれる筈がない。相手は英雄と同義の〈リピーター〉であり、かつ、『中の人』はこのフネに乗り組んでいる誰よりも年上なのである。

 その事実を常に意識している必要があるのに、それなのに、当人の言動+外見によってその努力には常にマイナスの補正がかけられるのだ。

 意識していてなお、本人の言動に誘引されて、見た目通りの子供なのだと、ついつい惑わされがちになってしまうのだった。

(その結果が、コレだものね……)

 見るともなしに目の前のコンソールを眺めながら、難波副長は自嘲まじりの溜息をついた。

 先日、コマンドスタッフ全員がそろった会議の席でキレてしまった――その件だ。

 いや、()()たことそのものについては後悔していない。

 このフネの艦長として、乗員たちの生命をあずかる責任者として、責務をないがしろにするような言動は誰かが(いさ)めなければならなかった――その確信に揺らぎはない。

 だから、それは良いのだが、今更ながらもっとやりようがあったのではないか、と考えるようになっていたのである。

 有り体に言えば、なんだか、艦長の掌の上でいいように踊らされたような気がする――そういう事だ。

(思えば、脱走騒ぎがあってからよね――艦長の(サボタ)(ージュ)がひどくなったのは……)

 思考の海に沈みながら、難波副長はこれまでの事を思い返している。

 現在遂行中の命令を受領した直後におきた(かけ)(おち)騒ぎに対し、艦長は司令部に報告の要アリとして、即座の帰投を口にした。

 それはそれで一理あるようにも思えるが、状況的には受領したばかりの命令の遂行が優先されるべき筈で、脱走兵については現地の憲兵隊へ対応を依頼しておけば、まだ済むはなし。

 なにより実行を要求された任務は、国境星系の不穏――未確定ではあるが、隣国〈USSR〉からの軍事的な接触をうけた可能性についての調査であったから、重きを置くべきがどちらであるかは誰の目にも明らかだった。

 結局その場はコマンドスタッフ全員が総掛かりとなって翻意させはしたものの、次に言い出したのが乗員の補充。

 これについては、荷厄介なのが()っぴ……、もとい、一人減ったとはいえ、同時に世話係もまた一人減っている。既存乗員の(心理的、肉体的な)負担を考えれば、任務そのものを含めフネの運用をスムーズにこなす為にも呑まざるを得なかった。

 しかし、その結果、()()い込んだのが、何事もなければする必要のなかったよけいな寄り道に、新規乗員の選定、徴兵、練度不足なこと間違いナシの新兵を迎え入れるための準備と、それから、可能な限りの訓練の実施等々々。

 任務遂行の遅延に対する焦りと苛立ち、向かうべき作戦行動予定地――そこでフネを、部下たちを、自分を待ち受けているだろう『敵』

 いや増す苦難と危険の度合い。任務遂行の阻害要因……、いや、そこまではいかなくとも負担の追加。

 そんな諸々を、これも果たすべき任務のためだと、グッと唇を噛みしめる思いで受け止め、飲み込んだ。

 なのに……、

 事ほど然様(さよう)に、同意すべきは同意し、配慮すべきは配慮し、譲るべきは譲って、日常業務、また任務の遂行――それを()()()として差配しなければならない立場の艦長に尽くし、協力してきたつもりだったのに……、

 なのに……、

 度重なる奇矯な言動、そして口を酸っぱくしてもやまぬ怠業に、我慢に我慢を重ねていたが、いよいよ本番に取りかかる第一歩という段になってもそれが改まらず、とうとう積もりに積もった(うっ)(ぷん)を爆発させてしまった。

 そんなに仕事をしたくないのか!? 軍人として(くに)(たみ)を護るという高貴なる誓いはどうした!? いやしくも二度の再生処置をかさねた『英雄』だろうが!! と。

 ついつい売り言葉に買い言葉で、ケンカまがいのやり取りをしたあげく、フネの指揮権を掌握した……、と言うより握らされてしまった。

 あまつさえ、その時点ではしっぺ返しがみごと成功したなどと舞い上がり、溜飲を下げまでしていたのだった。

――度しがたい。

 我がことながら、今となってはそう思わざるを得ない。

 難波副長は口元に苦く自嘲の笑みを刷いた。

 家族や友人――周囲の人間たちに言わせると、自分という人間は、真面目すぎ、融通がきかない堅物の石部金吉なんだそうな。

 そうかも知れない。

 きっとそうなのだろう。

 だから今のこの状態も、そんな頑固者が持って生まれた性分故におかしたあやまち、なのか。

 時間の経過にともない頭が冷えると、見えてきたのだ。

 途中の経過はどうであれ、結局は艦長が望んだ通りになっているではないか、と。

 村雨艦長は、とにかく仕事をしたがらないし、実際しない。

 日常業務はもとより、命じられた任務からさえ何の彼のと理屈をつけては逃げようとする。

 冗談抜きでお国の一大事であるかも知れないというのに。

 それでキレてしまったのだったが、さすがにこれは怪しいと、(いぶか)しむ気持ちがわいてきた。

 もう、ことさら繰り返すまでもないが、村雨艦長は〈リピーター〉である。

〈リピーター〉とは、その当人があげた功績によって与えられる不死の特権。

 自然死、事故死、病死、戦死といった死因は問わず、授与者当人の死亡が確認されると、あらかじめ用意されてある()()()()()()()に、生前採取しておいた(パー)(ソナ)(リテ)(ィー)をインストールし、新しい肉体で(じん)(せい)を継続させようという英雄存在の保存策。

 それを現時点で二度経験しているのが他ならぬ村雨艦長なのであり、

 しかし、二度目の再生処置の際に生じた何らかのトラブルによって、成人の肉体にて再誕されるべきところが子供の姿で完了されてしまった。

 だから、ふて腐れている。

 心に負った傷、もしくは鬱憤を(よの)(なか)に八つ当たりすることで意趣返しをしているのだろう。

 これが、村雨艦長がことさら奇矯な言辞を弄し、怠業をあらためない理由の一般的な見方であった。

 だが――と、難波副長は思うようになったのだ。

 だが、おかしいではないか、と、遅まきながら。

 再生処置の過誤――それは確かに不運ではある。

 だが、その程度の不運、不幸、不具合で、宇宙軍、皇国政府、そして何より今上陛下より(じき)(じき)に再生の栄誉を賜ったほどの英雄が、こうも不見識かつ無責任な存在へ堕すものか?

 誓いも責務も投げ捨て、自堕落な暮らしぶりを日常とするそんな社会不適応者……と、言って差し障りがあるなら、外見通りの子供に返ってしまえるのか?

 そこまでするか? と――疑念を抱くようになったのだ。

 今更――まったく今更な気づきであり振り返りではある。

 しかし、村雨艦長を外見通りの『子供』としては見ない。

 このフネの誰より年長で、(ベテ)(ラン)航宙船(ふな)乗りとして扱う。

 村雨艦長を上官として対する時の基本に立ち返ってみると、これまでの艦長の言動はすべからく逆の意味を帯びてくる。

 艦内()所在()不明()事件。

 ()()在庫窃盗事件。

 先の会議のみならず日常での言動に加え、直近であった二つの()()()

 その他にも村雨艦長が引き起こしたと思しき(と言うより、そうとしか考えられない)いくつかの不可思議な事案。

 これら不祥事、厄介事を自艦の、そして、〈リピーター〉としての村雨艦長の名誉をまもる為、大事にしないよう後始末に奔走し、苦労もした。それだけにいっそう腹も立った。

 副長をつとめる自分は元より部下たちの誰もヒマではない。

 各自に任されてある努めがあるし、とりわけ今は、『戦地』に向かう――そうした意識が、少なくともコマンドスタッフたちは共有していて、けして少なくない緊張状態にある。

 平常心平常心――そう意識するほど空気がピリついているのである。

 それ故に村雨艦長の言動や悪さが(かん)(さわ)ってしまいがちだったのだ。

 が、

 そうした過去の(わずら)わしかった事どものすべて――やらかし、悪さとしか思えなかったすべてが実はそうではなかったのだとしたら……?

 隠された意図や仕込まれた伏線等が、実はそこには仕組まれていたとするならどうか?

 今、この状況で、何故、そんなマネをするのか――動機も目的もそれは何もわからない。

 しかし、一連の事どもすべてが、村雨艦長の仕掛けた何らかの『罠』だとしたら……?

 はた、と思いあたったこうした疑念にこたえは無く、また思いつく事もできずに、以来、難波副長は、部屋の隅にころがっているゴミが気にかかるような、そんな何とも落ち着かない気分でいるのだった。

 いっそ、村雨艦長に頭を下げて、降参ですとでも言えば、楽になれるのかも知れなかったが、そこはやっぱり意地がある。

 いくら相手が宇宙軍を志す動機となった憧れのひとといえども……、いや、それだからこそ、けして出来ないことだった。

(だいたい、こちらは何一つ間違ってない。非も落ち度もあるのは向こうの方なワケだし……)

 それなのに、こちらが折れたり下手に出たりするのは違う――難波副長はそう思うのだ。

 どうにも手詰まり状態なのだった。

 だからだろう。

「情務長」

 気がつけば、難波副長は、同じシフトにある部下に声をかけていた。

「……〈御神籤〉の結果はどうだったかな?」

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